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6章 黒土の森

第311話 本番開始

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先程までよりも少し距離を大きく取って、俺は爪牙の三人と対峙している。
彼等の引き締まった表情は先程までとは全く違う。
いや、表情だけではない。
招き猫のポーズを止めているのは勿論、位置取りもお互いの距離を適度に開け、それぞれがお互いの邪魔にならないように......だがそれぞれをサポートしやすいような距離を保っている。
そんな彼らの様子を見る霧狐さんは少し嬉しそうだ。
離れた位置にいる仙狐様も......いや、仙狐様はよく分からないな。

『それでは双方構え!』

さて、ここに来るまで時間が掛かったけど......これからが本番だろう。
当然、俺達は別に彼らに華を持たせるつもりはない。
先程までと同じく、幻惑魔法を使わせない様に先手速攻で行く。
ただ先程までとは違い、彼らは一か所に固まっていない。
一撃で彼らを制圧するのは......ちょっと難しそうだ。
ナレアさんが広範囲に攻撃を仕掛けること自体は出来るだろうけど......突風で吹き飛ばそうとすれば間違いなく俺も巻き込まれる。
土系は......相手も警戒しているだろうから、先ほどみたく大怪我をさせない様に綺麗に決めるのは難しいだろう。
俺は先程までよりも若干深く腰を落とす。
ナレアさんが狙うのは一番左のポジションにいる爪牙弐。
俺が狙うのは一番右にいる爪牙参だ。
マナスに別行動を取ってもらうって手もあるのだが......今回はそれは無しだ。
恐らく......ただの勘だけど、これは最後の試合にならないと思う。
相手は俺とナレアさんの動きには気を付けている感じがあるけど、俺の肩に乗っているマナスの事はすっかり忘れているように思える。
なので、マナスは単独行動はさせずに霧狐さんとの模擬戦の時のように俺に張り付いてサポートをしてもらう予定だ。
とはいえ、今回の試合ではマナスにはまだ控えていてもらうつもりだ。
俺は頭の中でどう動くかシミュレートする。
まぁ、ここで決めるのは最初に二、三手程度で後は流れにお任せだ。
じゃぁ、本番......一戦目始めましょうか!

『......始め!』

霧狐さんの号令を合図に地面を蹴る。
これで今日何度目だっけ?
どうでもいい思考が頭を掠めるがそれを一瞬で振り払い、目の前に迫った爪牙参に掌底を放つ。
今度はしっかりと俺の事を見ていた爪牙参は、いきなり距離を詰められたことに若干驚きを見せながらも、俺の放った掌底を避けて距離を開けようとバックステップをする。
それと同時に左側の戦場ではナレアさんの放った石弾が着弾。
爪牙弐は多少バタバタした動きながらもそれを回避出来たようだ。
さて、向こうはナレアさんに任せて......俺は下がった爪牙参を追いかけるように、掌底を放った手とは逆の手を突き出しつつ深く踏み込む。
身体強化魔法の恩恵により、爪牙参のバックステップの速度を軽く上回った俺の追撃は、逃げる爪牙参を突き飛ばす様に決まる。

『ぐぅ!』

相手が後ろに下がっている所を突き飛ばしただけなので左程ダメージは無いだろうけど、身体能力のアドバンテージが遥かにこちらにあることは理解できただろう。
体勢を立て直そうとする爪牙参に向かって更なる追撃を仕掛けようとしたのだが、横合いから爪牙壱が飛び出してくるのが見えた為追撃を中止する。
俺は昨日何度も使っていた弱体魔法による視界の切り替えを行う。
シャルには遠く及ばないものの、昨日散々と繰り返し行使した為、かなりスムーズに使えるようになってきたと自負している。
切り替えた視界には幻惑魔法による魔力の痕跡は感じられない。
どうやら飛び掛かってきているのは本体のようだ。
俺は飛び掛かって来た爪牙壱の顎を足で押し上げる様にしながら側転をする。
俺に蹴り上げられた爪牙壱だったが、着地と同時に機敏な動きで爪牙参の横へと並び立つ。
先程の蹴りのような側転はダメージを与える事を目的としていたわけではなく、一度距離を取ることを目的として行っただけだ。
飛び掛かられながら視界の切り替えを行った為、視界を戻した際に予想以上に接近されていたのでびっくりしたというのが殆どの理由だが......。
さて、相手に一息つかせるのは非常によろしくない。
相手の余裕を削って幻惑魔法を撃たせないようにするのが最善手だ。
先程一瞬視界を切り替えた感じでは、この近くに幻惑魔法の痕跡は見えなかった。
舞台の外や天井なんかは真っ青だったけど......少なくとも舞台上には魔法の痕跡はない。

『私が止める!魔法を頼む!』

『承知!』

どうやら爪牙壱が俺を止めて、その間に爪牙参が幻惑魔法を使うようだ。
さて、どうしたものか......俺は石弾を放ちながら思考をフル回転させる。
このまま強引に爪牙壱との距離を詰めて倒すのは......今までの相手の動きから考えても難しくはない。
恐らく三秒くらいあれば制圧出来るはずだ。
そのままその奥にいる爪牙参を倒すのは......同じかそれより早いくらいだろう。
問題はその三秒の隙に爪牙参が幻惑魔法を発動させた場合だ。
幻惑魔法を発動された場合、俺はマナスに幻惑魔法を消してもらうことになる。
出来ればマナスによる幻惑魔法の解除は、爪牙の三人が揃っている状態でやりたい。
そんな理由で今回の試合では幻惑魔法を使わせずに押し切りたいのだよね......。
先程放った石弾が爪牙壱の傍に着弾する。
そこまで数は撃っていないけど、綺麗に躱したようだ。
その石弾を追うような形で俺は前進を始めている。
やはり当初の予定通り、今回は幻惑魔法を使わせずに押し切るとしよう。
一気に距離を詰めた俺に対して体を低くして構える爪牙壱。
勿論身体能力の差を考えて、彼は俺を止められるとは考えていないだろう。
それでも時間は稼いで見せると気炎を吐いている爪牙壱を俺は......飛び越えて回避、そのまま後ろに下がった爪牙参へと急速接近する。

『しまっ!?』

目の前で突然跳び上がった俺の動きに、付いてくることが出来なかった爪牙壱が悔恨の叫びを上げる。
慌てて身を翻し俺の背中に飛び掛かろうとするが、時既に遅く、爪牙参との距離を詰めた俺は相手のこめかみへと掌底を放っている。
先程の突き飛ばしとは異なり、確かな手ごたえが手に残る。
白目を剥いて倒れる爪牙参から視線を切り、追いすがって来た爪牙壱へと向き直る。

「ガアァァッ!」

作戦の失敗を悟った爪牙壱が、雄叫びを上げながら飛び掛かってきた。
気持ちは分からなくもないけど......ここは一度距離を取るなりした方が良かったのでは無いかな?
身体能力にかなり差のある相手に対して正面から襲い掛かっても仕方がない。
寧ろ幻惑魔法と言うアドバンテージを生かすため、逆に襲われた仲間を囮にして強引に魔法を発動させるのが最善手ではないだろうか?
壁役が前後入れ替わっただけだときっぱり割り切ることが出来れば、だけど。
まぁ、他人事だから冷静にそんな風に考えられるけど......実際ナレアさんやレギさん達が同じような状況にあったとして、そういう風には......中々割り切れないだろうな。
模擬戦なら多分出来るだろうけど......実戦ではまず無理だ。
偉そうに最善手だとか考えておきながらそんなものである。
っと......また余計な思考を始めているな......多少余裕が生まれるとすぐこれだ。
牙を剥き出しにして飛び掛かってくる爪牙壱を一度いなし、すれ違いざま相手の横腹に肘を叩き込む。
狐の体の弱点とかは分からないけど、内臓を打たれれば相当痛いだろう。
まぁ、内臓の位置もよく分からないけど......お腹殴っとけば大体内臓だよね?
更に振り向きざまに爪牙参と同じようにこめかみを目掛けて掌底を叩き込んだ。
やはり同じように白目を剥いて倒れる爪牙壱。
まぁ、内臓の位置は分からないけど、脳の位置は流石に分かるからね。
爪牙壱がちゃんと気絶したことを確認した俺は、ナレアさんの猛攻に晒されているであろう爪牙弐の方に視線を向ける。
四肢だけではなく、体の至る所に石で出来た枷を嵌められて、身動きが取れなくなっている爪牙弐がそこにはいた。

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