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第一章 兄の代役?望まれぬ結婚は誰も得しないのですが
17・取り戻すための一歩
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馬車の窓から、景色がゆっくりと遠ざかっていく。
ライネルは小さく振り返り、屋敷を見つめた。
朝日が差し込み、重厚な石造りの壁が金色に光っている。
まるで――アルヴェリオの瞳のように。
(さようなら、アルヴェリオ様)
胸の奥がきゅっと痛む。
けれど、もう会うことはないだろう。
彼の幸せを願うなら、これが一番いい――ライネルはそう思った。
馬車が曲がり角を過ぎ、屋敷の姿が完全に見えなくなると、ライネルはようやく前を向いた。
◆ ◆ ◆
「誰か、ライネルを見ていないか!」
勢いよく開いたドアの音。屋敷中に緊張が走る。
アルヴェリオは声を張り上げ、廊下を駆け抜けた。
「レオポルド! ライネルを見なかったか!」
「……いいえ、見ておりません。旦那様とご実家へ向かわれたのでは?」
「そうなんだが、途中で姿が消えた。先に戻ったと思ったが……一体どこへ行ったんだ」
「さあ、私にはわかりません」
レオポルドは涼しい顔で答え、仕事に戻ろうとした。
その背に、低い声が飛ぶ。
「嘘ついてんじゃねえよ、親父」
「ブラウン!?」
アルヴェリオとレオポルドが同時に振り向いた。
「ライネルは帰ってきたんだろう?庭でこれを拾ったんだ」
ブラウンが差し出したのは、くしゃくしゃになった封筒だった。
端は泥で汚れ、湿った土にまみれている。
「お前、勝手なことを!」
レオポルドが奪い取ろうとした瞬間、
アルヴェリオが先にそれを掴み取った。
「ライネルから……俺宛じゃないか! なぜ勝手に捨てた!」
怒気を帯びた声のまま、アルヴェリオは封を切る。
柔らかな筆跡で綴られていたのは、感謝と別れの言葉だった。
『短い間でしたが、本当にお世話になりました。
アルヴェリオ様の優しさを、僕は一生忘れません。
アシュレイとどうかお幸せに。』
読んだ瞬間、アルヴェリオの目が見開かれる。
「……一体どこへ行ったんだ。肝心の行き先が何も書かれていない!」
怒りと焦りが入り混じった声が屋敷に響く。
「レオポルド!ライネルはどこへ行った!」
「……西の領地、と聞いております」
もう隠しきれないと悟ったのか、レオポルドは絞り出すように答えた。
「なんだと?すぐ追うぞ!あんな辺境に行って何をするつもりだ。馬車を出せ!」
「お待ちください、旦那様!いくら不憫でも、あの子はグランチェスターの血を引く者です!
あの家を根絶やしにすると、仰っていたではありませんか!」
「それは……」
確かにそうだ。
だが、胸の奥が灼けるように痛む。
(……ライネルは何もしていない。むしろ、あの家族に傷つけられていたのに)
拳を握りしめ、アルヴェリオは顔をゆがめた。
「あの子は何も知らない。このまま行かせれば、きっと後悔する」
「旦那様!」
レオポルドの制止も聞かず、アルヴェリオは走り出そうとする。
だが、その腕を掴んだ者がいた。
「ブラウン!」
「アルヴェリオ様、一度落ち着いてください」
「離せ!」
「俺が追いかけます」
「えっ?」
「今、連れ戻してどうするんです?アシュレイが屋敷に来れば、ライネル様の居場所はありません。むしろ、あいつに目をつけられたら――また酷い目に遭うかもしれない。そう考えると、西の領地は隠れ場所として最適です」
「……だが」
「俺がそばで守ります。だから、アルヴェリオ様はやるべきことを進めてください」
「……ブラウン……わかった。取り乱してすまない」
アルヴェリオは深く息を吐き、額に手を当てた。
だが、ライネルの寂しげな笑顔が何度も脳裏をよぎり、たまらない気持ちになる。
「……頼んだぞ、ブラウン。必要なものは何でも使え。報告は逐一だ」
「承知しました」
ブラウンは軽くうなずき、素早く部屋を後にした。
「……旦那様、私は間違ったとは思っておりません。前当主様の無念を晴らすために――」
執務室に残ったレオポルドが言い訳がましく言い募る。だが、アルヴェリオは深いため息を落とした。
「お前の気持ちは分かる。だが、今回はやり過ぎた。当分、部屋で謹慎していろ。その後の処遇は改めて通達する」
「私は先代からずっとここで……!」
「早くしろ」
「……っ!承知しました」
パタン、と扉が閉まる。
アルヴェリオは椅子に腰掛け、窓の外を見つめた。
……思い出すのは、痩せた肩と琥珀の瞳。それに陽だまりのような笑顔。
「どうか、元気でいてくれ」
窓の外には、西の空へ続く大地が広がっていた。
ライネルは小さく振り返り、屋敷を見つめた。
朝日が差し込み、重厚な石造りの壁が金色に光っている。
まるで――アルヴェリオの瞳のように。
(さようなら、アルヴェリオ様)
胸の奥がきゅっと痛む。
けれど、もう会うことはないだろう。
彼の幸せを願うなら、これが一番いい――ライネルはそう思った。
馬車が曲がり角を過ぎ、屋敷の姿が完全に見えなくなると、ライネルはようやく前を向いた。
◆ ◆ ◆
「誰か、ライネルを見ていないか!」
勢いよく開いたドアの音。屋敷中に緊張が走る。
アルヴェリオは声を張り上げ、廊下を駆け抜けた。
「レオポルド! ライネルを見なかったか!」
「……いいえ、見ておりません。旦那様とご実家へ向かわれたのでは?」
「そうなんだが、途中で姿が消えた。先に戻ったと思ったが……一体どこへ行ったんだ」
「さあ、私にはわかりません」
レオポルドは涼しい顔で答え、仕事に戻ろうとした。
その背に、低い声が飛ぶ。
「嘘ついてんじゃねえよ、親父」
「ブラウン!?」
アルヴェリオとレオポルドが同時に振り向いた。
「ライネルは帰ってきたんだろう?庭でこれを拾ったんだ」
ブラウンが差し出したのは、くしゃくしゃになった封筒だった。
端は泥で汚れ、湿った土にまみれている。
「お前、勝手なことを!」
レオポルドが奪い取ろうとした瞬間、
アルヴェリオが先にそれを掴み取った。
「ライネルから……俺宛じゃないか! なぜ勝手に捨てた!」
怒気を帯びた声のまま、アルヴェリオは封を切る。
柔らかな筆跡で綴られていたのは、感謝と別れの言葉だった。
『短い間でしたが、本当にお世話になりました。
アルヴェリオ様の優しさを、僕は一生忘れません。
アシュレイとどうかお幸せに。』
読んだ瞬間、アルヴェリオの目が見開かれる。
「……一体どこへ行ったんだ。肝心の行き先が何も書かれていない!」
怒りと焦りが入り混じった声が屋敷に響く。
「レオポルド!ライネルはどこへ行った!」
「……西の領地、と聞いております」
もう隠しきれないと悟ったのか、レオポルドは絞り出すように答えた。
「なんだと?すぐ追うぞ!あんな辺境に行って何をするつもりだ。馬車を出せ!」
「お待ちください、旦那様!いくら不憫でも、あの子はグランチェスターの血を引く者です!
あの家を根絶やしにすると、仰っていたではありませんか!」
「それは……」
確かにそうだ。
だが、胸の奥が灼けるように痛む。
(……ライネルは何もしていない。むしろ、あの家族に傷つけられていたのに)
拳を握りしめ、アルヴェリオは顔をゆがめた。
「あの子は何も知らない。このまま行かせれば、きっと後悔する」
「旦那様!」
レオポルドの制止も聞かず、アルヴェリオは走り出そうとする。
だが、その腕を掴んだ者がいた。
「ブラウン!」
「アルヴェリオ様、一度落ち着いてください」
「離せ!」
「俺が追いかけます」
「えっ?」
「今、連れ戻してどうするんです?アシュレイが屋敷に来れば、ライネル様の居場所はありません。むしろ、あいつに目をつけられたら――また酷い目に遭うかもしれない。そう考えると、西の領地は隠れ場所として最適です」
「……だが」
「俺がそばで守ります。だから、アルヴェリオ様はやるべきことを進めてください」
「……ブラウン……わかった。取り乱してすまない」
アルヴェリオは深く息を吐き、額に手を当てた。
だが、ライネルの寂しげな笑顔が何度も脳裏をよぎり、たまらない気持ちになる。
「……頼んだぞ、ブラウン。必要なものは何でも使え。報告は逐一だ」
「承知しました」
ブラウンは軽くうなずき、素早く部屋を後にした。
「……旦那様、私は間違ったとは思っておりません。前当主様の無念を晴らすために――」
執務室に残ったレオポルドが言い訳がましく言い募る。だが、アルヴェリオは深いため息を落とした。
「お前の気持ちは分かる。だが、今回はやり過ぎた。当分、部屋で謹慎していろ。その後の処遇は改めて通達する」
「私は先代からずっとここで……!」
「早くしろ」
「……っ!承知しました」
パタン、と扉が閉まる。
アルヴェリオは椅子に腰掛け、窓の外を見つめた。
……思い出すのは、痩せた肩と琥珀の瞳。それに陽だまりのような笑顔。
「どうか、元気でいてくれ」
窓の外には、西の空へ続く大地が広がっていた。
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