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第三章 貴方となら何でも出来る気がしました
59・冷たい部屋
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「……また雷か?」
王城の執務室で書類を捌いていたアルヴェリオが、ふと窓の外へ視線を向けた。
空は晴れている。
夕暮れの金色の光が差しており、雷など鳴るはずがない。
(胸騒ぎがする……)
胸の奥が唐突にざらりと波立ち、落ち着かない。
手元の羽ペンを止めた瞬間、扉が激しく叩かれた。
「アルヴェリオ様!急ぎの報せです!」
駆け込んできたのは、執事のレオポルドだ。王都警備隊の副長を従えて、眉間に深いしわを刻んでいる。
「どうかしたのか」
「ライネルが治安隊に拘束されたそうです!」
その瞬間、空気が一瞬で凍りついた。
「……詳しく話せ」
「はっ!」
それに答えたのは、後ろに控えていた副長だった。
「ライネル・グランチェスターを反逆および詐欺容疑で拘束し、地方監獄へ移送せよとの命令が司法府から出ており、すでに実行されました。今朝、王都を経由せず、森の“調整所”へ連行された模様です」
調整所!!
その名を聞いた瞬間、アルヴェリオの視界が赤く染まった。
(……アシュレイ)
あの男ならやりかねない。
調整所は、証言すら捻じ曲げ、容疑者の存在を消すことも容易い“裏の牢”と呼ばれている場所だ。
自白を促すために手荒い真似も厭わない者たちが管理している。
「誰の命令だ?」
「文面には……財務局、そして――グランチェスター家の紋章が」
アルヴェリオは机を殴りつけ、立ち上がった。
周囲の空気が震えるほどの殺気が部屋を貫く。
「即刻、馬の準備をしろ。最速で調整所へ向かう。合わせて王都警備隊の名において、不正拘束の調査を開始する」
「承知しました!陛下には……?」
「後で私から話す」
そう言うなり、執務室を飛び出したアルヴェリオは、廊下を駆け抜ける。
護衛の騎士たちが慌てて後を追った。
(ライネル……待っていろ。すぐに行く)
胸が締めつけられる。
あの柔らかい笑顔が、脳裏に焼きついて離れない。
(あの子は何の罪もない……!罪どころか、村に尽くし、人を救ってきた。なのに――!グランチェスターに生まれたと言うだけでどうしてこんな目に遭わねばならないのか)
城門に馬が準備されていた。
アルヴェリオは手綱を握り、ひらりと飛び乗る。
「全騎士に告ぐ!調整所へ向かう!遅れる者は置いていく!」
乾いた音とともに、馬が地面を蹴った。
鋭い風が服をはためかせ、赤い夕陽を切り裂くように森へ向かって駆ける。
――もしライネルに指一本でも触れていたら、証拠なんて悠長なことは考えず、即刻アシュレイの首をこの手で落としてやる!
その怒りは、ライネルへの感情と同時に膨れ上がっていく。
(誰が何と言おうと――ライネルを守るのは俺だ)
アルヴェリオが馬の腹に足を当てると、馬蹄が嗎と共に森へ吸い込まれていった。
◆◆◆◆
調整所の奥の暗い牢獄で、ライネルはゆっくりと瞼を上げた。
足音が近づいてくる。
コツコツと硬い靴音。
それはライネルの独房の前で止まった。
「気分はどうだ」
分厚い鉄の扉の小窓から、冷たい視線が覗き込んでいる。
ライネルは身体を起こしながら、その視線に答えた。
「……あなたは?名前を教えてください」
「ここの取り調べを担当する調整官だ。名前は必要ない」
淡々とした声。
温度のない目が、ライネルを見ていた。
「立てるか」
「……はい」
ふらつきながら立ち上がると、調整官は無言で鍵を回した。
鉄扉が重くうなり、軋みを上げながら開く。
生暖かい空気が扉の隙間から入ってきた。
「罪状は理解しているか?」
「……正式には何も聞かされていません」
「そうか。では教えてやろう」
調整官は分厚い書類を広げ、淡々と宣告する。
「ライネル・グランチェスター。
お前の罪は反逆罪だ。他の貴族の領地でその村を掌握し、我がものにしようとした。貴族の領地制度を揺るがす立派な国家反逆罪だ」
「……そんな!僕はただ……」
「黙れ!ここでは私がそうだと言ったらそれが真実だ!」
ライネルの喉がひゅ、と震える。
(……アシュレイが、仕組んだんだ)
調整官はライネルの反応を観察し、わずかに口角を上げる。
「安心しろ。素直に認めれば、処分は軽くしてやれる。ただし条件があるがな」
……この男もグルか。
そうであれば殺されることはないはず。アシュレイにとって自分はまだ商品価値があるはずだ。
そう考えるとライネルは少し冷静になった。
「……我がものにしようなんて気持ちはありません。領地の主人であるバロウズ男爵とも……」
バシッ。
書類を乱暴に閉じる音が、独房の空気を震わせた。
ライネルの背中に冷たい汗が伝う。
調整官は後ろに控えていた兵士にあごで合図した。
「話は取り調べ室で聞く。さっさと行くぞ」
牢獄に入って来た無言の兵士に腕を掴まれ、ライネルの身体は廊下へ引き出された。
そして重い鉄扉の前まで来ると、僅かに隙間の開いたドアから中に背を強く押された。
「あっ!」
身体は勢いを殺しきれず、ライネルは扉の内側へと転がり込んだ。
バンッ──
背後で扉が閉ざされる乾いた音が、狭い室内に響き渡る。
ひやりとした空気。石の壁に吊るされた小さな灯り。
部屋の中央には粗末な椅子が一つ。
そして──
「よく来たな、ライネル」
暗がりから一歩、影が現れた。
それはフェルナンドだった。
無表情のまま、右手には
黒革の鞭──先端が細く割れた“九尾の狐”をゆっくりと持ち上げる。
光を吸い込んだ鞭が、蛇の舌のように揺れた。
王城の執務室で書類を捌いていたアルヴェリオが、ふと窓の外へ視線を向けた。
空は晴れている。
夕暮れの金色の光が差しており、雷など鳴るはずがない。
(胸騒ぎがする……)
胸の奥が唐突にざらりと波立ち、落ち着かない。
手元の羽ペンを止めた瞬間、扉が激しく叩かれた。
「アルヴェリオ様!急ぎの報せです!」
駆け込んできたのは、執事のレオポルドだ。王都警備隊の副長を従えて、眉間に深いしわを刻んでいる。
「どうかしたのか」
「ライネルが治安隊に拘束されたそうです!」
その瞬間、空気が一瞬で凍りついた。
「……詳しく話せ」
「はっ!」
それに答えたのは、後ろに控えていた副長だった。
「ライネル・グランチェスターを反逆および詐欺容疑で拘束し、地方監獄へ移送せよとの命令が司法府から出ており、すでに実行されました。今朝、王都を経由せず、森の“調整所”へ連行された模様です」
調整所!!
その名を聞いた瞬間、アルヴェリオの視界が赤く染まった。
(……アシュレイ)
あの男ならやりかねない。
調整所は、証言すら捻じ曲げ、容疑者の存在を消すことも容易い“裏の牢”と呼ばれている場所だ。
自白を促すために手荒い真似も厭わない者たちが管理している。
「誰の命令だ?」
「文面には……財務局、そして――グランチェスター家の紋章が」
アルヴェリオは机を殴りつけ、立ち上がった。
周囲の空気が震えるほどの殺気が部屋を貫く。
「即刻、馬の準備をしろ。最速で調整所へ向かう。合わせて王都警備隊の名において、不正拘束の調査を開始する」
「承知しました!陛下には……?」
「後で私から話す」
そう言うなり、執務室を飛び出したアルヴェリオは、廊下を駆け抜ける。
護衛の騎士たちが慌てて後を追った。
(ライネル……待っていろ。すぐに行く)
胸が締めつけられる。
あの柔らかい笑顔が、脳裏に焼きついて離れない。
(あの子は何の罪もない……!罪どころか、村に尽くし、人を救ってきた。なのに――!グランチェスターに生まれたと言うだけでどうしてこんな目に遭わねばならないのか)
城門に馬が準備されていた。
アルヴェリオは手綱を握り、ひらりと飛び乗る。
「全騎士に告ぐ!調整所へ向かう!遅れる者は置いていく!」
乾いた音とともに、馬が地面を蹴った。
鋭い風が服をはためかせ、赤い夕陽を切り裂くように森へ向かって駆ける。
――もしライネルに指一本でも触れていたら、証拠なんて悠長なことは考えず、即刻アシュレイの首をこの手で落としてやる!
その怒りは、ライネルへの感情と同時に膨れ上がっていく。
(誰が何と言おうと――ライネルを守るのは俺だ)
アルヴェリオが馬の腹に足を当てると、馬蹄が嗎と共に森へ吸い込まれていった。
◆◆◆◆
調整所の奥の暗い牢獄で、ライネルはゆっくりと瞼を上げた。
足音が近づいてくる。
コツコツと硬い靴音。
それはライネルの独房の前で止まった。
「気分はどうだ」
分厚い鉄の扉の小窓から、冷たい視線が覗き込んでいる。
ライネルは身体を起こしながら、その視線に答えた。
「……あなたは?名前を教えてください」
「ここの取り調べを担当する調整官だ。名前は必要ない」
淡々とした声。
温度のない目が、ライネルを見ていた。
「立てるか」
「……はい」
ふらつきながら立ち上がると、調整官は無言で鍵を回した。
鉄扉が重くうなり、軋みを上げながら開く。
生暖かい空気が扉の隙間から入ってきた。
「罪状は理解しているか?」
「……正式には何も聞かされていません」
「そうか。では教えてやろう」
調整官は分厚い書類を広げ、淡々と宣告する。
「ライネル・グランチェスター。
お前の罪は反逆罪だ。他の貴族の領地でその村を掌握し、我がものにしようとした。貴族の領地制度を揺るがす立派な国家反逆罪だ」
「……そんな!僕はただ……」
「黙れ!ここでは私がそうだと言ったらそれが真実だ!」
ライネルの喉がひゅ、と震える。
(……アシュレイが、仕組んだんだ)
調整官はライネルの反応を観察し、わずかに口角を上げる。
「安心しろ。素直に認めれば、処分は軽くしてやれる。ただし条件があるがな」
……この男もグルか。
そうであれば殺されることはないはず。アシュレイにとって自分はまだ商品価値があるはずだ。
そう考えるとライネルは少し冷静になった。
「……我がものにしようなんて気持ちはありません。領地の主人であるバロウズ男爵とも……」
バシッ。
書類を乱暴に閉じる音が、独房の空気を震わせた。
ライネルの背中に冷たい汗が伝う。
調整官は後ろに控えていた兵士にあごで合図した。
「話は取り調べ室で聞く。さっさと行くぞ」
牢獄に入って来た無言の兵士に腕を掴まれ、ライネルの身体は廊下へ引き出された。
そして重い鉄扉の前まで来ると、僅かに隙間の開いたドアから中に背を強く押された。
「あっ!」
身体は勢いを殺しきれず、ライネルは扉の内側へと転がり込んだ。
バンッ──
背後で扉が閉ざされる乾いた音が、狭い室内に響き渡る。
ひやりとした空気。石の壁に吊るされた小さな灯り。
部屋の中央には粗末な椅子が一つ。
そして──
「よく来たな、ライネル」
暗がりから一歩、影が現れた。
それはフェルナンドだった。
無表情のまま、右手には
黒革の鞭──先端が細く割れた“九尾の狐”をゆっくりと持ち上げる。
光を吸い込んだ鞭が、蛇の舌のように揺れた。
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