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第四章 全てを暴いて幸せになります!
74・そんなに謝らないでください
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「……あなたが、ライネル・グランチェスターですね」
低く、よく通る声だった。
感情を乗せない声音が、かえって重く胸に落ちる。
ライネルは思わず背筋を正した。
目の前に立つバロウズ男爵は、噂どおりの体格と風格を備えている。
「……はい。ライネル・グランチェスターと申します」
生家とは縁を切ったつもりだ。
だが、この場でそれは関係ない。
だから、ライネルは、敢えてグランチェスターの姓を名乗った。
喉が詰まり、声がかすれる。
それでも、視線は逸らさない。
男爵は一瞬、何も言わずにライネルを見下ろした。
沈黙が、重く場に落ちる。
ライネルは深く頭を下げた。
「このたびは……兄のアシュレイが、取り返しのつかない罪を犯しました。謝って済む話ではないと分かっています。どうか、どのような罰でも——」
「ライネル様」
その声に、ぴたりと動きが止まる。
「顔を上げなさい」
命令ではない。
だが、拒む余地もない声音だった。
ゆっくりと顔を上げると、バロウズ男爵は真っ直ぐにこちらを見ていた。
怒りも、嘲りもない。
ただ、まっすぐな視線だ。
「……あなたは、自分が罰を受けるべき存在だと思っていますか」
唐突な問いだった。
ライネルは一瞬、言葉を失う。
だが、逃げてはいけないと直感した。
「……いいえ」
小さく、しかしはっきりと答える。
「僕は、今回の件には何も関わっていません。でも……血を分けた兄が犯した罪です。責任から目を逸らすつもりはありません」
自分でも驚くほど、言葉は迷わず口をついて出た。
再び、沈黙。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
やがて、男爵はゆっくりと息を吐いた。
「なるほど……」
その口調が、ほんのわずかに和らぐ。
「あなたは、グランチェスター家らしからぬ、きちんとした人だ」
そう言って、男爵は一歩だけ距離を縮めた。
「私は、あなたを責めるために帰って来たのではありません」
ライネルは、バロウズ男爵を見上げた。
「むしろ、礼を言うべき立場です。あなたが証拠を暴き、真実を明るみに出してくれたからこそ、私は戻ることができた」
「……っ」
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「ですから」
男爵は、はっきりと言った。
「この件に関して、あなたに謝罪される理由はありません。貴方にはなんの罪もないのですから」
その言葉に、張り詰めていた何かが切れた。
「……ですが……」
なおも言い募ろうとするライネルの肩に、そっと手が置かれる。
「もう十分だ」
アルヴェリオだった。
「父上も、これ以上の謝罪を望んでいない」
男爵は、わずかに頷く。
その瞬間、ライネルの視界が滲んだ。
(……ああ)
責められる覚悟はしていた。
拒絶されることも、疑われることも。
けれど、
こんなふうに許されるなんて……。
「……ありがとうございます」
かすれた声で、そう告げるのが精一杯だった。
その様子を見て、後方に控えていたレオポルドが一歩進み出る。
「ライネル様」
跪き、深く頭を下げる。
「私も、あなたに謝罪しなければなりません。同じグランチェスターの名を持つというだけで、あなたを疑い、冷たい態度を取りました」
「顔を上げてください!」
ライネルは慌てて言った。
「仕方のないことです。僕でも、同じ立場なら疑ったと思いますから」
「……ありがとうございます」
続いて、アルヴェリオもライネルに向き合った。
「俺もだ。最初に会ったとき、必要以上に冷たくした。あれは俺の落ち度だ」
「い、いえ……!」
(何でみんな、僕に謝るの?!)
混乱するライネルの横で、ぱん、と手を叩く乾いた音が響いた。
「はいはい。ここで全員謝罪大会を始めると収拾がつきません」
ブラウンだった。
「ひとまず、この場は和解成立ということで。この話はおしまいにしてもよろしいですか」
男爵は苦笑し、頷く。
「その通りだな。
……ライネル様、改めて今日は貴方とゆっくり話がしたい」
「……はい!私もです」
ようやく場の空気が緩み、ライネルは深く息をついた。
「それでは食事の用意が出来てますので皆様、食堂にお越しください」
ブラウンの言葉に、皆が食堂に向かった。その途中で、バロウズはライネルにこっそりと話しかける。
「小耳に挟んだんですが、どうやらアルヴェリオ様と良い仲のようですね」
「あっ、……はい……」
(お父様にこんなことを聞かれるなんて恥ずかしい……。いや、それにしても養子とはいえ息子にアルヴェリオ“様”なんて、礼儀正しいお父様だな)
ライネルは感心しながら他愛のない話に相槌をうちつつ、共に食事を楽しんだ。
それから三日後、
アシュレイの処刑が決まったと、バロウズ邸に知らせが入った。
異例の速さだが、本人が全く申し開きをせず、無言を貫いているのが理由らしい。
「会いに行くか?」
アルヴェリオの問いにライネルはしばらく考えてから首を振った。
「じゃあ、俺もやめとくか。見ていて気持ちいい物でもないしな」
(あんなにアシュレイを憎んでいたのに、こういうところ根が優しい人なんだよね)
ライネルは読んでいた本を閉じて、アルヴェリオの隣に座った。
「……週末に職人村に行くか。俺は仕事があるから二日ほどしかいられないが、ライネルはどうする?」
「僕は……可能であればしばらく滞在したいです」
「そうか、寂しいが仕方ない。婚約式の準備はこちらでやっておくから何かあればブラウンに言ってくれ」
「分かりました」
確かにアルヴェリオと離れるのは寂しい。けれど、それと同じくらい職人村のみんなに会うのが楽しみだった。
(いつの間にか、あそこは僕の大切な場所になってたんだな)
低く、よく通る声だった。
感情を乗せない声音が、かえって重く胸に落ちる。
ライネルは思わず背筋を正した。
目の前に立つバロウズ男爵は、噂どおりの体格と風格を備えている。
「……はい。ライネル・グランチェスターと申します」
生家とは縁を切ったつもりだ。
だが、この場でそれは関係ない。
だから、ライネルは、敢えてグランチェスターの姓を名乗った。
喉が詰まり、声がかすれる。
それでも、視線は逸らさない。
男爵は一瞬、何も言わずにライネルを見下ろした。
沈黙が、重く場に落ちる。
ライネルは深く頭を下げた。
「このたびは……兄のアシュレイが、取り返しのつかない罪を犯しました。謝って済む話ではないと分かっています。どうか、どのような罰でも——」
「ライネル様」
その声に、ぴたりと動きが止まる。
「顔を上げなさい」
命令ではない。
だが、拒む余地もない声音だった。
ゆっくりと顔を上げると、バロウズ男爵は真っ直ぐにこちらを見ていた。
怒りも、嘲りもない。
ただ、まっすぐな視線だ。
「……あなたは、自分が罰を受けるべき存在だと思っていますか」
唐突な問いだった。
ライネルは一瞬、言葉を失う。
だが、逃げてはいけないと直感した。
「……いいえ」
小さく、しかしはっきりと答える。
「僕は、今回の件には何も関わっていません。でも……血を分けた兄が犯した罪です。責任から目を逸らすつもりはありません」
自分でも驚くほど、言葉は迷わず口をついて出た。
再び、沈黙。
数秒。
いや、もっと長かったかもしれない。
やがて、男爵はゆっくりと息を吐いた。
「なるほど……」
その口調が、ほんのわずかに和らぐ。
「あなたは、グランチェスター家らしからぬ、きちんとした人だ」
そう言って、男爵は一歩だけ距離を縮めた。
「私は、あなたを責めるために帰って来たのではありません」
ライネルは、バロウズ男爵を見上げた。
「むしろ、礼を言うべき立場です。あなたが証拠を暴き、真実を明るみに出してくれたからこそ、私は戻ることができた」
「……っ」
胸の奥が、じん、と熱くなる。
「ですから」
男爵は、はっきりと言った。
「この件に関して、あなたに謝罪される理由はありません。貴方にはなんの罪もないのですから」
その言葉に、張り詰めていた何かが切れた。
「……ですが……」
なおも言い募ろうとするライネルの肩に、そっと手が置かれる。
「もう十分だ」
アルヴェリオだった。
「父上も、これ以上の謝罪を望んでいない」
男爵は、わずかに頷く。
その瞬間、ライネルの視界が滲んだ。
(……ああ)
責められる覚悟はしていた。
拒絶されることも、疑われることも。
けれど、
こんなふうに許されるなんて……。
「……ありがとうございます」
かすれた声で、そう告げるのが精一杯だった。
その様子を見て、後方に控えていたレオポルドが一歩進み出る。
「ライネル様」
跪き、深く頭を下げる。
「私も、あなたに謝罪しなければなりません。同じグランチェスターの名を持つというだけで、あなたを疑い、冷たい態度を取りました」
「顔を上げてください!」
ライネルは慌てて言った。
「仕方のないことです。僕でも、同じ立場なら疑ったと思いますから」
「……ありがとうございます」
続いて、アルヴェリオもライネルに向き合った。
「俺もだ。最初に会ったとき、必要以上に冷たくした。あれは俺の落ち度だ」
「い、いえ……!」
(何でみんな、僕に謝るの?!)
混乱するライネルの横で、ぱん、と手を叩く乾いた音が響いた。
「はいはい。ここで全員謝罪大会を始めると収拾がつきません」
ブラウンだった。
「ひとまず、この場は和解成立ということで。この話はおしまいにしてもよろしいですか」
男爵は苦笑し、頷く。
「その通りだな。
……ライネル様、改めて今日は貴方とゆっくり話がしたい」
「……はい!私もです」
ようやく場の空気が緩み、ライネルは深く息をついた。
「それでは食事の用意が出来てますので皆様、食堂にお越しください」
ブラウンの言葉に、皆が食堂に向かった。その途中で、バロウズはライネルにこっそりと話しかける。
「小耳に挟んだんですが、どうやらアルヴェリオ様と良い仲のようですね」
「あっ、……はい……」
(お父様にこんなことを聞かれるなんて恥ずかしい……。いや、それにしても養子とはいえ息子にアルヴェリオ“様”なんて、礼儀正しいお父様だな)
ライネルは感心しながら他愛のない話に相槌をうちつつ、共に食事を楽しんだ。
それから三日後、
アシュレイの処刑が決まったと、バロウズ邸に知らせが入った。
異例の速さだが、本人が全く申し開きをせず、無言を貫いているのが理由らしい。
「会いに行くか?」
アルヴェリオの問いにライネルはしばらく考えてから首を振った。
「じゃあ、俺もやめとくか。見ていて気持ちいい物でもないしな」
(あんなにアシュレイを憎んでいたのに、こういうところ根が優しい人なんだよね)
ライネルは読んでいた本を閉じて、アルヴェリオの隣に座った。
「……週末に職人村に行くか。俺は仕事があるから二日ほどしかいられないが、ライネルはどうする?」
「僕は……可能であればしばらく滞在したいです」
「そうか、寂しいが仕方ない。婚約式の準備はこちらでやっておくから何かあればブラウンに言ってくれ」
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