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俺の番には大切な人がいる⑫
それからも静かに泣き続ける直人を見かねた医者が、彼に安定剤を打った。
ゆっくり眠りに落ちる様を見届けて、俺は大久保さんと隣の談話室に移る。
「驚かれましたよね。医者が言うには脳に異常も無かったので一過性のものだろうと。匠様に会えば正気に戻るかと思ったんですが」
俺を見て「優斗」と呼んだ。
直人の目には俺が優斗に見えているんだ。
「直人は……優斗さんの死が受け入れられないんですね」
「……そうですね」
「それってつまり、優斗さんを死んだと認めるくらいなら俺が死んだと思った方がマシだったってことですよね」
「匠様!」
大久保さんが驚いたように俺を見る。
「仰っていたでしょう?唯一の家族だって自分を責めて泣いておられたじゃないですか」
わかってる。
わかってるけど。
「医者の言う通り一時的に混乱しているだけです。直人様は匠様をとても大事にされていました。いつでも戻って来られるようにお部屋はそのままですし、優斗とは結婚の意志はありませんでした。先ほどの言葉通り、匠様は直人様の唯一の家族です。どちらを失った方がマシなどと仰らないで下さい」
俺は膝に置いた手をぎゅっと握った。
「でもそんなの優斗さんに不誠実です。俺とは契約結婚なんだからさっさと忘れて優斗さんと幸せになれば良かったのに」
「匠様」
大久保さんは穏やかに言葉を続ける
「直人様は優しいけれど人の気持ちに少々疎い方です。
匠様が出て行かれた時、原因が思い当たらずとても驚かれておりました。けれどそこでやっと匠様が自分を愛しておられたと気付かれたようです。
けれど優斗と別れることは出来ないと、後は追われませんでした。
その代わり優斗との法的な結婚はしない、戻るかどうかわからないあなたを待ちたいと。
二人で決めていたようです。
どちらにしても後天性のΩは妊娠できません。子を成すなら相手は匠様だけだとご実家にもはっきり仰っておられましたから」
そんなこと知らなかった。
じゃあやっぱり……
「もしかしてうちへの援助も続けてくれているんじゃないですか?」
「はい。引き続き、と直人様から指示されております」
俺の脳裏に機嫌の良かった両親の顔が浮かんだ。
悪いのは俺なのに。
勝手に好きになって
勝手に傷ついて
勝手に離れて
そんな俺のために
「……なんですか、二人で俺を待つと決めたって。俺から直人を奪って高笑いするような、そんな人なら良かったのに!」
自分の腕に抱えられるものは限られている。
いつでも最優先する大事な人。
そんな相手は1人でいいんだ。
別の形の愛なんて必要なかったんだよ。直人。
「匠様、お疲れでは無いですか?
本日は急にご連絡を差し上げて申し訳ございませんでした。ご自宅までお送りします。後はお任せください。」
その言葉にはっとして見上げると深々と頭を下げる大久保さんが目に入った。
「とんでもない。知らせてもらえて良かったです。
今後のことは少し考えさせてください」
「勿論です」
直人の為にまた来てほしいと言いたいはずなのに。
優斗と呼ばれ続ける限り、俺が傷つくことを分かっているからそれを言わないんだろう。それがとても大久保さんらしい。
まだ1年という短い付き合いではあるけれど
この人がいれば直人は安心だと心から思える。
「それにしても大久保さんがあんなに慌てた所見たことがなかったのでびっくりしました。」
電話での様子を思い出し、そう言った俺に、ぎこちない笑顔で彼は言葉を返した。
「優斗は私の愚息でございました。柄にもなく取り乱してしまい秘書失格でございます。
また優斗の事で色々と匠様にはお辛い思いをさせてしまって申し訳ございませんでした。
それなのにそんな優斗の気持ちを慮って下さり本当にありがとうございました。」
その姿を見て、先ほど看護師が遺族の方と声をかけたことを思い出した。
俺は驚き、先程より更に深く頭を下げる大久保さんにかける言葉もなく立ち尽くした。
そのあと手配された車で実家まで送り届けてもらい、今日のことを考えながら自室のベッドに横になった。
俺はどうするべきなんだろう。
どうしたいんだろう。
誰と一緒にいたいんだろう。
直人のこと
晃のこと
いるかもしれない子供のこと
そしていなくなってしまった優斗のこと
一度も会ったことは無かった。
でもまだ直人のことをなんとも思っていない時に好奇心で直人の携帯に入っていた写真を見たことがある。
線の細い綺麗な人で、心配になるくらい痩せていたっけ……。
直人が俺のところにいる間、どんな気持ちで帰りを待っていたんだろう。
優斗は優斗で苦しい夜を過ごしていたのかもしれない。
誰かが幸せな時、別の立場の誰かは不幸なのだ。
優しさは自分に向けられている間は良いけれど違う人に向かっている時
地獄にいるような苦しさを味わう。
それはまるで甘い毒のようだと思った。
目を閉じてぼんやりしていると、携帯が鳴った。
開くと晃とユキから沢山の俺を心配するメッセージが入っている。
なんだか話をする気になれず、二人に心配無い旨の短い連絡を入れ、携帯と目を同時に閉じた。
今日はもう何も考えずに眠りたい。
同じ人を愛した
彼の魂を悼みながら。
ゆっくり眠りに落ちる様を見届けて、俺は大久保さんと隣の談話室に移る。
「驚かれましたよね。医者が言うには脳に異常も無かったので一過性のものだろうと。匠様に会えば正気に戻るかと思ったんですが」
俺を見て「優斗」と呼んだ。
直人の目には俺が優斗に見えているんだ。
「直人は……優斗さんの死が受け入れられないんですね」
「……そうですね」
「それってつまり、優斗さんを死んだと認めるくらいなら俺が死んだと思った方がマシだったってことですよね」
「匠様!」
大久保さんが驚いたように俺を見る。
「仰っていたでしょう?唯一の家族だって自分を責めて泣いておられたじゃないですか」
わかってる。
わかってるけど。
「医者の言う通り一時的に混乱しているだけです。直人様は匠様をとても大事にされていました。いつでも戻って来られるようにお部屋はそのままですし、優斗とは結婚の意志はありませんでした。先ほどの言葉通り、匠様は直人様の唯一の家族です。どちらを失った方がマシなどと仰らないで下さい」
俺は膝に置いた手をぎゅっと握った。
「でもそんなの優斗さんに不誠実です。俺とは契約結婚なんだからさっさと忘れて優斗さんと幸せになれば良かったのに」
「匠様」
大久保さんは穏やかに言葉を続ける
「直人様は優しいけれど人の気持ちに少々疎い方です。
匠様が出て行かれた時、原因が思い当たらずとても驚かれておりました。けれどそこでやっと匠様が自分を愛しておられたと気付かれたようです。
けれど優斗と別れることは出来ないと、後は追われませんでした。
その代わり優斗との法的な結婚はしない、戻るかどうかわからないあなたを待ちたいと。
二人で決めていたようです。
どちらにしても後天性のΩは妊娠できません。子を成すなら相手は匠様だけだとご実家にもはっきり仰っておられましたから」
そんなこと知らなかった。
じゃあやっぱり……
「もしかしてうちへの援助も続けてくれているんじゃないですか?」
「はい。引き続き、と直人様から指示されております」
俺の脳裏に機嫌の良かった両親の顔が浮かんだ。
悪いのは俺なのに。
勝手に好きになって
勝手に傷ついて
勝手に離れて
そんな俺のために
「……なんですか、二人で俺を待つと決めたって。俺から直人を奪って高笑いするような、そんな人なら良かったのに!」
自分の腕に抱えられるものは限られている。
いつでも最優先する大事な人。
そんな相手は1人でいいんだ。
別の形の愛なんて必要なかったんだよ。直人。
「匠様、お疲れでは無いですか?
本日は急にご連絡を差し上げて申し訳ございませんでした。ご自宅までお送りします。後はお任せください。」
その言葉にはっとして見上げると深々と頭を下げる大久保さんが目に入った。
「とんでもない。知らせてもらえて良かったです。
今後のことは少し考えさせてください」
「勿論です」
直人の為にまた来てほしいと言いたいはずなのに。
優斗と呼ばれ続ける限り、俺が傷つくことを分かっているからそれを言わないんだろう。それがとても大久保さんらしい。
まだ1年という短い付き合いではあるけれど
この人がいれば直人は安心だと心から思える。
「それにしても大久保さんがあんなに慌てた所見たことがなかったのでびっくりしました。」
電話での様子を思い出し、そう言った俺に、ぎこちない笑顔で彼は言葉を返した。
「優斗は私の愚息でございました。柄にもなく取り乱してしまい秘書失格でございます。
また優斗の事で色々と匠様にはお辛い思いをさせてしまって申し訳ございませんでした。
それなのにそんな優斗の気持ちを慮って下さり本当にありがとうございました。」
その姿を見て、先ほど看護師が遺族の方と声をかけたことを思い出した。
俺は驚き、先程より更に深く頭を下げる大久保さんにかける言葉もなく立ち尽くした。
そのあと手配された車で実家まで送り届けてもらい、今日のことを考えながら自室のベッドに横になった。
俺はどうするべきなんだろう。
どうしたいんだろう。
誰と一緒にいたいんだろう。
直人のこと
晃のこと
いるかもしれない子供のこと
そしていなくなってしまった優斗のこと
一度も会ったことは無かった。
でもまだ直人のことをなんとも思っていない時に好奇心で直人の携帯に入っていた写真を見たことがある。
線の細い綺麗な人で、心配になるくらい痩せていたっけ……。
直人が俺のところにいる間、どんな気持ちで帰りを待っていたんだろう。
優斗は優斗で苦しい夜を過ごしていたのかもしれない。
誰かが幸せな時、別の立場の誰かは不幸なのだ。
優しさは自分に向けられている間は良いけれど違う人に向かっている時
地獄にいるような苦しさを味わう。
それはまるで甘い毒のようだと思った。
目を閉じてぼんやりしていると、携帯が鳴った。
開くと晃とユキから沢山の俺を心配するメッセージが入っている。
なんだか話をする気になれず、二人に心配無い旨の短い連絡を入れ、携帯と目を同時に閉じた。
今日はもう何も考えずに眠りたい。
同じ人を愛した
彼の魂を悼みながら。
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