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11話
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桜宮家で世話になって二日。
ここでの生活は三葉の想像を遥かに超える物だった。
まず最初に驚いたのは食事。食べ切れない程の贅を凝らした料理が所狭しと食卓に並べられる。夕食だけではなく昼食、更に朝食までそんな調子だ。
昼食に至っては三葉一人の事が多いので簡単な物でとお願いするが聞き入れられた例がない。
部屋にしても最初に寝かされていた広間のような部屋が普段は使っていない客間だと言うから驚きだ。クローゼットから簡単な家電までホテルのように全てが揃っており三葉の家より遥かに立派で貧しい暮らしに慣れている三葉にとってここはまさに夢のような場所だった。
「三葉さんお食事ですよ」
「はい!」
ノックと共に現れたのはこの家で家政婦をしている狭山だ。年配の女性でとても親切に三葉の世話を焼いてくれる。
「魚がお好きと伺ったので今日はアクアパッツァですよ。鯛が新鮮で香りが良いので沢山召し上がってもう少し太って下さいね」
にこりとしながらそう言われると期待に応えたいとは思うが・・。三葉は目の前の丸ごと一尾の魚を前に言葉を失う。確かにいい匂いだし美味しそうだけど四人前はありそうだ。
「三葉さんが太ると仁様が喜ばれますよ」
「え?どうしてですか?」
「痩せすぎだと嘆いておられましたから。毎日帰宅してすぐに三葉さんの様子を尋ねられます。それに一喜一憂してますよ。まるで思春期の恋する少年です」
微笑ましそうにそう言う狭山に三葉は唖然とした。
いつも冷静で落ち着きのある大人の桜宮が一喜一憂?思春期の少年?
「狭山さん揶揄わないで下さい」
「あら自覚なしですか?仁様は三葉さんに恋をしておられますよ」
「そんなはずありません」
三葉はキッパリと言った。
あんな上級αが自分のように平凡なΩを好きになんてなるはずがない。
ましてや番持ちでその相手は厄介な男だ。関わるだけでも面倒なのにこうして家に置いてくれるのは哀れだと思っての事だろう。桜宮はとても優しい人だから。
「居ない人の噂話は感心しないね」
開け放たれていた扉の影からそう言って桜宮が顔を出す。心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。
「あら仁様お早いお帰りで。仁様があんまり奥手だからもどかしくってつい喋ってしまいましたよ」
狭山はそう言っておほほと笑い食事の済んだ食器を持ち上げ部屋を出ていく。そしてすれ違い様、桜宮に意味深なウインクを残すことを忘れない。
「狭山さん・・」
桜宮は困ったように呟いて三葉の顔を見ながらすまないと謝った。
「狭山さんはわたしが子供の頃からうちにいた人だから頭が上がらないんだ」
照れくさそうにそう言う桜宮を三葉は思わず可愛いと思ってしまった。
もしこの人が番だったらどんな感じだろう。恋人にはもっと優しくて全力で甘やかすだろう。そしてたまに甘えてくれたらとても幸せだろうな。そんな事を考えると気持ちがふわふわする。
「着替えてくる。今日は一緒に夕食を取ろう」
「はい」
三葉は自分が微笑んでいる事などまるで気付かず桜宮の後ろ姿をいつまでも見送っていた。
「美味しい!!」
夕食の席で思わず三葉が感嘆したのはテーブルに広げられたシーフード料理だった。
桜宮家での食事は大抵ナイフとフォークを使う。だが今日の料理はどこかの国の食べ方らしく手袋をして手づかみで魚介類の殻を剥き、そのまま手で食べるのだ。
カトラリーをあまり上手く使えない三葉に気付いての配慮かもと思うと恥ずかしさと申し訳なさで一杯になったが食べ始めてしまえばそんな事も忘れ夢中で海老の殻を剥いた。
「この方法は最大限に魚介の旨みを堪能できるな。ナイフとフォークじゃ食べた気がしない」
桜宮までそんな事を言って一心不乱に牡蠣と格闘している。
微笑ましく眺めていると俯いた頬に長い睫毛の影が落ちて普段の隙のない男らしい輪郭がまろやかに見え三葉は心臓がドキドキした。
それと同時に先ほどの狭山の言葉が耳に蘇る。
桜宮さんが俺に恋してるなんてありえない。
狭山さんの冗談か勘違いに決まってる。
そうは思うものの勝手に跳ねる心臓は止められない。
浩太とは恋する前に番になったので誰かにこんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
だがうっとりと幸せに浸る一方で浩太の事を思うと暗く沈んだ気持ちになった。
「どうかしたか?」
桜宮が三葉を見上げる。
その頬にソースが付いていて思わず笑った。
「失礼します」
そう断ってナプキンで桜宮の口元を拭うと側で給仕をしていた狭山があらあらと口に手を当てて笑い出した。
「仁様思ったよりあざとい手をお使いですねえ」
「・・狭山さん、そろそろ帰られた方がいいですね。後は片付けておきます」
「邪魔者は退散いたしますね。ではまた明日」
ころころ笑いながら去って行く狭山をなんとも言えない顔で見送る桜宮に三葉は当初の緊張がまるで無くなっている事に気付いた。
「三葉くん。気にしないでくれ」
「はい、分かってます」
勘違いしちゃいけない。
身の程をわきまえなくては。
三葉は止まっていた手を目の前の蟹に集中させた。
ここでの生活は三葉の想像を遥かに超える物だった。
まず最初に驚いたのは食事。食べ切れない程の贅を凝らした料理が所狭しと食卓に並べられる。夕食だけではなく昼食、更に朝食までそんな調子だ。
昼食に至っては三葉一人の事が多いので簡単な物でとお願いするが聞き入れられた例がない。
部屋にしても最初に寝かされていた広間のような部屋が普段は使っていない客間だと言うから驚きだ。クローゼットから簡単な家電までホテルのように全てが揃っており三葉の家より遥かに立派で貧しい暮らしに慣れている三葉にとってここはまさに夢のような場所だった。
「三葉さんお食事ですよ」
「はい!」
ノックと共に現れたのはこの家で家政婦をしている狭山だ。年配の女性でとても親切に三葉の世話を焼いてくれる。
「魚がお好きと伺ったので今日はアクアパッツァですよ。鯛が新鮮で香りが良いので沢山召し上がってもう少し太って下さいね」
にこりとしながらそう言われると期待に応えたいとは思うが・・。三葉は目の前の丸ごと一尾の魚を前に言葉を失う。確かにいい匂いだし美味しそうだけど四人前はありそうだ。
「三葉さんが太ると仁様が喜ばれますよ」
「え?どうしてですか?」
「痩せすぎだと嘆いておられましたから。毎日帰宅してすぐに三葉さんの様子を尋ねられます。それに一喜一憂してますよ。まるで思春期の恋する少年です」
微笑ましそうにそう言う狭山に三葉は唖然とした。
いつも冷静で落ち着きのある大人の桜宮が一喜一憂?思春期の少年?
「狭山さん揶揄わないで下さい」
「あら自覚なしですか?仁様は三葉さんに恋をしておられますよ」
「そんなはずありません」
三葉はキッパリと言った。
あんな上級αが自分のように平凡なΩを好きになんてなるはずがない。
ましてや番持ちでその相手は厄介な男だ。関わるだけでも面倒なのにこうして家に置いてくれるのは哀れだと思っての事だろう。桜宮はとても優しい人だから。
「居ない人の噂話は感心しないね」
開け放たれていた扉の影からそう言って桜宮が顔を出す。心なしか顔が赤いのは気のせいだろうか。
「あら仁様お早いお帰りで。仁様があんまり奥手だからもどかしくってつい喋ってしまいましたよ」
狭山はそう言っておほほと笑い食事の済んだ食器を持ち上げ部屋を出ていく。そしてすれ違い様、桜宮に意味深なウインクを残すことを忘れない。
「狭山さん・・」
桜宮は困ったように呟いて三葉の顔を見ながらすまないと謝った。
「狭山さんはわたしが子供の頃からうちにいた人だから頭が上がらないんだ」
照れくさそうにそう言う桜宮を三葉は思わず可愛いと思ってしまった。
もしこの人が番だったらどんな感じだろう。恋人にはもっと優しくて全力で甘やかすだろう。そしてたまに甘えてくれたらとても幸せだろうな。そんな事を考えると気持ちがふわふわする。
「着替えてくる。今日は一緒に夕食を取ろう」
「はい」
三葉は自分が微笑んでいる事などまるで気付かず桜宮の後ろ姿をいつまでも見送っていた。
「美味しい!!」
夕食の席で思わず三葉が感嘆したのはテーブルに広げられたシーフード料理だった。
桜宮家での食事は大抵ナイフとフォークを使う。だが今日の料理はどこかの国の食べ方らしく手袋をして手づかみで魚介類の殻を剥き、そのまま手で食べるのだ。
カトラリーをあまり上手く使えない三葉に気付いての配慮かもと思うと恥ずかしさと申し訳なさで一杯になったが食べ始めてしまえばそんな事も忘れ夢中で海老の殻を剥いた。
「この方法は最大限に魚介の旨みを堪能できるな。ナイフとフォークじゃ食べた気がしない」
桜宮までそんな事を言って一心不乱に牡蠣と格闘している。
微笑ましく眺めていると俯いた頬に長い睫毛の影が落ちて普段の隙のない男らしい輪郭がまろやかに見え三葉は心臓がドキドキした。
それと同時に先ほどの狭山の言葉が耳に蘇る。
桜宮さんが俺に恋してるなんてありえない。
狭山さんの冗談か勘違いに決まってる。
そうは思うものの勝手に跳ねる心臓は止められない。
浩太とは恋する前に番になったので誰かにこんな気持ちになったのは生まれて初めてだ。
だがうっとりと幸せに浸る一方で浩太の事を思うと暗く沈んだ気持ちになった。
「どうかしたか?」
桜宮が三葉を見上げる。
その頬にソースが付いていて思わず笑った。
「失礼します」
そう断ってナプキンで桜宮の口元を拭うと側で給仕をしていた狭山があらあらと口に手を当てて笑い出した。
「仁様思ったよりあざとい手をお使いですねえ」
「・・狭山さん、そろそろ帰られた方がいいですね。後は片付けておきます」
「邪魔者は退散いたしますね。ではまた明日」
ころころ笑いながら去って行く狭山をなんとも言えない顔で見送る桜宮に三葉は当初の緊張がまるで無くなっている事に気付いた。
「三葉くん。気にしないでくれ」
「はい、分かってます」
勘違いしちゃいけない。
身の程をわきまえなくては。
三葉は止まっていた手を目の前の蟹に集中させた。
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