運命の番と別れる方法

ivy

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12話

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「元気にしてる?講義の板書メールで送るね!」
電話の向こうで明るい声が響く。
三葉は陽の差し込む桜宮邸のリビングで一人、ソファに腰掛けながら健斗の声を聞いていた。
「ありがとう。助かるよ」
「やっぱり休学するの?一緒に卒業出来ないの寂しいな」
「俺も頑張りたかったんだけど流石に色々あって無理かもって思ってさ」

健斗の手前軽い言い方をしてみるが実際どうにもならない状態だった。
浩太の報復が、と言うだけではなく授業料を浩太に無断で引き出された為に来期の学費が払えない。かろうじて休学する場合の手数料である数十万円程度は手元にあるので辞めるよりマシだとやむなく休学を決めたのだ。

「ところで浩太は学校辞めたみたいだよ。そりゃそうか。警察からも追われてるもんね。折角αに生まれたのにどうして真っ当に生きられないんだろうね」

「そうだな・・」
暗い路地を逃げ回る浩太を想像して沈んでしまった三葉に気付いたのか健斗が「ところでお世話になってるバイト先のオーナーはどんな人?かっこいい?」と殊更声を弾ませ話題を変えた。

「すごく格好良くていい人だよ」
「いいなー!海に聞いたよ!上級αなんだって?伊織さんに早く番解消薬を発明して貰って番直せたらいいね!」
「そんなんじゃないよ!」
慌てて否定したが声が上擦ってしまい健斗に揶揄われる。
「いいじゃないか。幸せになるのに遠慮なんかいらないよ!三葉頑張って!」
そんな励まし?を聴き、その後二言三言会話をして賑やかな電話を終えた。




俺なんかが彼と番い直すなんてそんな事出来るわけない・・。少し朱の散った頬の熱を頭を振って霧散させる。最初のうちは緊張ばかりだったが一緒にいれば居るほど桜宮は誠実で紳士的な人物だった。
元々この家は本家の別宅で、住んでいたのは桜宮だけだったらしい。普段は食事も適当で寝に帰るだけだったこの家に、三葉がいるから本宅から狭山を呼んだし毎日早く帰って来る。三葉は自分がとても大切にされている気がして嬉しい反面落ち着かない毎日を過ごしていた。

「体調も良くなったしいつまでも甘えてられないよな。休学中にバイトして来期の学費を貯めなきゃいけないし」
独り言のようにそう呟くと胸がきゅうと鳴く。それはこれから先の不安なのかそれとも桜宮との別れを思ってのことなのか。
御しきれない気持ちに知らずため息が漏れた。

「悩み事かな?」
「ひっ?!」
文字通り飛び上がるほど驚いた三葉の振り向いた先には笑顔の桜宮がいた。
「今日は早いお帰りですね」
「美味しいケーキを手に入れたからみんなで食べようと思ってな」
桜宮はそう言って手にしていた箱を後から来た狭山に手渡す。
「コーヒーは深煎りにしましょうね」
そう言いながらキッチンに消えた狭山を見送り桜宮は三葉の隣に腰掛ける。

ふわりと優しく漂うのは香水だろうか。
番のいるΩは他のαのフェロモンを感じる事が出来ない。三葉はそれをとても残念におもっている自分に戸惑い、目を逸らして俯いた。
















天気のいい週末。
閉じこもりっきりの三葉の為に桜宮が休みを取って外に連れ出してくれた。
黒ずくめのボディガードも一緒に驚くくらい磨かれた黒い車に乗り込む。
「この窓は防弾だから安心していい」
「大袈裟ですよ!」
いくらなんでも銃で襲われるとは思えない。
それに以前助けてくれた時の桜宮さんはボディガードなんていらないくらい鮮やかな拳や蹴りを繰り出していたけど・・。

「用心に越したことはない。一番大事なのは三葉くんが安心して過ごす事だから大袈裟なくらいで良いんだ」
「・・ありがとうございます」
「悪かった。負担に感じたか?」
「いえ!もしあの時桜宮さんに連絡しなかったら、俺は今頃浩太に酷い目に遭わされて死ぬより辛い毎日を過ごしてたと思ってます。本当にありがとうございます」
三葉は改めて桜宮には深々と頭を下げた。

「やめてくれ。私はそんなことを言って貰える人間じゃないんだ」
「え?」
そう言って窓の方に顔を背ける桜宮を不思議に思って見つめていると運転席から着きましたと声がかかる。
「よし、行こうか」
そう言われて言葉の意味を聞き損ねたまま目的地を前にした三葉だが車から降りてその景色を見るなり驚きで目を丸くした。

「ここって!」
「覚えているか?」
「勿論です!」

目の前に広がるのは遊園地。
オメガ園にいた頃皆で遊びに来た場所だ。
防犯上の理由で外出、それも全員でなんて不可能なはずなのに一度きりだがここに連れてきて貰った。あの時は園長もいてみんな大はしゃぎしながら思う存分生まれて初めての遊園地を楽しんだ事を覚えている。

「でもどうして?」
それを桜宮が知っているんだろう。

「その時私もいたんだ。多忙な父に代わって責任者として参加した」
「じゃあ・・」

丸一日貸切にして沢山の警備を準備し、あの夢のような1日を皆にくれたのは桜宮家の人々だったんだ。

「その時三葉くんに会った」

その言葉に驚き、必死で記憶を手繰るが一向に思い出せない。
「すみません・・」

しょんとなって謝る三葉にまだ子供だったしなと笑う桜宮。
「私もまだ高校生だったし、与えられた責務に必死で君とはろくに話もしてない。けれど自分もまだ子供なのに自分の事より小さい子の世話を一生懸命焼いていた三葉くんはとても印象に残ってる。だから今日は心置きなく遊んでもらおうと思って連れて来たんだ。貸切とは行かないけど私が全力で守るから存分に楽しんで欲しい」

三葉は夢の中の出来事のようにその話を聞いていた。
会っていたのか。そんなに昔に。

「いや、ちょっと待って下さい」
「なんだ?」
「高校生?俺あの時小学校の六年生だったと思うんですけど」
「六年?四年生くらいかと思った」
「・・小さいのは今もなのでそれは置いといて」
「可愛いと思うぞ」
「あっありがとうございます」

思わず照れるが今はそこじゃない。

「高校生だったら十八ですか?失礼ですが今おいくつ・・」
「二十七だが?」
「!!!!!」
驚きで声にならない。
てっきり三十超えかと思ってた。

「老けてると言いたいんだろう?」
「あ、いや、そんな」
長めの髪を全部後ろに流し、鋭く険しい目元も露わな今の見た目に落ち着いた様子も相まって、まさかそんな若いとは考えもしなかった。

「桜宮の跡を継ぐにあたり若いことはデメリットにしかならない。たとえ身内の前でもな」
そう言うと桜宮はくしゃっと前髪を崩しジャケットを脱ぐ。
そうすると途端に若々しい雰囲気になる。

「二人きりの時は素のままでいてもいいか?」
いつもの堂々とした表情からは打って変わって眉を下げた情けない顔に三葉の心臓はぐうっと鷲掴みにされた。

「勿論です!」
そう答えると桜宮はくしゃりと相好を崩す。
「じゃあ何から乗る?」
「ジェットコースターが良いです」
「よし!」

目的の遊具を目指して二人は競うように走り出した。













遊園地で夢のように楽しい時間を過ごした翌日、伊織からラボに来て欲しいと連絡があり、何故か桜宮も一緒にと請われたので二人で向かった。


「いらっしゃい!良く来たね」
相変わらず飄々とした中味を柔らかい布で包んでまろくしたような人だなと思いながら三葉は挨拶を返した。

「お久しぶりです。伊織さん」
「元気にしてた?」
「はい」
「桜宮さんもようこそ!」

二人が挨拶を交わしている様子を見るともなく眺めていた三葉はふと伊織の後ろに小柄な人影を認めた。
「こんちには」
そう言うとその影はびくりと震える。

「ごめんな。この子うちのラボに来たばっかりなんだけど人見知りで。でも凄く優秀なんだよ」
そんな伊織の言葉に赤くなったり青くなったりしているがその少年は言葉を一切発さない。

「もしかしてその人が?」
「そう。スカウトした人。三葉くんのお陰かもね」
「え?」
意味が分からず戸惑う三葉に桜宮が説明をしてくれた。


浩太の事件の時に三葉が飲まされた薬を警察が押収したが、それ以外にも使おうとしたであろう錠剤等が多数見つかった為、成分分析に伊織のいるラボに持ち込まれたのだ。

「それがさー、独特の製造方法だし原材料もまさかの物を代用してたりでかなり知識のある人だなあと思ってんだよ。だから興味が湧いて警察に頼んで探してもらったんだ」

見つけたのは古い倉庫の中。不運にも碌でもない輩に腕を見込まれて攫われ監禁されていたのがこの少年だと言う。

「名前は春田圭太郎くん。圭ちゃんって呼んでる」
そう言われ圭太郎はくすぐったそうに少しだけ笑った。

「彼に協力して貰えたら薬の完成も夢じゃないな」

桜宮の言葉に伊織も頷く。
その様子に三葉ははっと気付いた。

「もしかして桜宮さんがここに支援を?」
「そうなんだよー!ラボはどこも資金不足だから凄くありがたい!しかもびっくりの高額寄付。ほら見てこの最新の機器の数々!」

幸せそうにそう言う伊織に桜宮は苦笑いだ。

「1日も早くΩが不自由なく生きられる世界に出来るよう頑張るよ。ね!圭ちゃん!」

そんな伊織に圭太郎も力強くこくっと頷いた。





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