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第63話 薬師の小屋
しおりを挟む「き、君たちっ!」
ライムを背負って山道を歩くマルクの前に、突如として何者かが飛び出してきた。
それはとても髪の長い女の人で、あまり外に出ていないのか少し顔色が悪い。
――危ない人だ!
数多くの不審者達と接してきたマルクは、女の人から怪しげな雰囲気を感じ取り、思わず後ずさる。
しかし、ついさっき「人を見かけで判断してはいけない」と学んだばかりだ。
マルクは思い直し、女の人の話を聞くことにした。
「はい……なんでしょう?」
「ど、どうして子どもだけでこんなところにいるの? あ、危ないよ!?」
そう話しながら、怪しい動きで素早く距離を詰めてくる女の人。
「どうしてって……会いたい人がいるからです……!」
マルクは腰を低く落とし、逃げ出す準備をしながら答えた。
「あ、会いたい人? こんなところに住んでるなんて一体どんなもの好きが――」
「この山にお薬を作れる人が住んでるって聞いたんですけど……」
「――って、私じゃん!?」
「え……? それじゃあ、あなたが薬師の方なんですか?」
マルクの問いかけに、女の人はおろおろしながら頷いた。
「よかったです! 実は、薬が必要で――」
「そ、その前に、君が背負ってる子は大丈夫なの? だいぶぐったりしてるみたいだけど…………」
マルクははっとする。
言われてみれば、先ほどから背負っているライムがおとなしい。
「大丈夫ですかライム……?」
恐る恐る、名前を呼びかけるマルク。
「……すぅ……すぅ……」
「よかった、寝てるだけですか……」
ライムの寝顔を見て、マルクは気が抜ける感じがした。
「…………溶けちゃう……もう歩けない……冷やされたい……」
「……ちょっと大丈夫じゃなさそうです」
ライムの力ない寝言を聞き、マルクは女の人にそう伝える。
「と、とりあえず……私のうちまで案内するね……」
こうして、マルクは薬師に案内され、彼女の住む山小屋へ向かうことになったのだった。
*
その小屋は、大きな岩陰にひっそりと立てられていた。
小山の隣には温泉が湧いていて、おまけに崖下には川が流れている。
川の向こう側には木々の生い茂る森もあり、人のいない山の中にしては、意外と快適に暮らせそうだ。
「い、いいよ入って。ちょっとだけ散らかってるかもしれないけど」
女の人は小屋の扉を開けて、そわそわしながらマルク達を中へ招き入れる。
中は少し埃っぽく、色々な器具や薬草、書物が部屋中に散乱していた。
「すずしー……生き返るー……」
しかし、外と比べてだいぶ涼しいので、ライムが休むのには丁度良さそうだ。
「わ、私、カサンドラっていうの。……君たちは?」
「僕はマルクです。背中で寝てるの子はライムっていいます」
「うへへぇ! か、かわいいねぇ……」
「……変なことしたら衛兵の人を呼びます」
「し、しないよ!? も、もしかして私……警戒されてる……?」
カサンドラは、困惑した様子で呟いた。
「ごめんなさい……僕、カサンドラさんみたいな少し危ない感じの人とよく関わるので、ちょっと敏感になってるんです」
「あ、危ない感じ!? い、一体私のどこからそんな感じがするの!? だ、大丈夫だよぉ、私はただの優しいお姉さんだよぉ……!」
手をわなわなさせながら、ゆっくりとにじり寄ってくるカサンドラ。
「ごめんなさい……動きが怪しすぎます……」
マルクは、背負っているライムのことを守りながらそう答えた。
「うぅ……じゃあいいよぉ……。――そ、それで、私に作って欲しい薬って一体……?」
「ええと、それは……」
マルクは、カサンドラにこれまでの経緯を手短に話した。
「なるほど……<女神の秘薬>か」
「はい、そうなんです。お姉ちゃんを治すためにどうしても必要で……」
「うぅん…………」
「お金ならちゃんとあるので、作っていただけませんか……?」
そう言われたカサンドラは、しばらく難しそうな顔をして考え込んでしまう。
やがて、申し訳なさそうに顔を上げて言った。
「い、いやぁ……実を言うと、それは作ったことがないんだ……。瘴気に侵される人なんてめったにいないし、そもそも私がこの仕事を継いだの、結構最近だし……」
「そうだったんですか?」
「う、うん、前まで薬を作ってたのは先生で、私はただの生徒だったんだ。……でも先生、二年くらい前にふらっと居なくなっちゃったんだよぉ……。『もう教えることはありません、あなたは立派な薬師です!』……って、ふざけすぎでしょ!」
思い出して腹立たしげなカサンドラ。
「師匠が適当だと……大変ですよね……」
「わ、わかってくれるの!?」
「はい、よくわかります……僕の師匠も大体そんな感じですから……」
マルクは、現在強制労働中のルドガーのことを思い出しながら言った。
「うぅぅ……お互い苦労するねぇ……!」
「はい…………。――それじゃあ、カサンドラさんには<女神の秘薬>は作れないってことですか……?」
「そ、それは大丈夫! 私だって、何年も修行してきたんだから、時間さえあればきっと作れるよ!」
「本当ですか?」
「た、たぶん……」
自信なさげにそう付け足すカサンドラを見て、マルクは少しだけ不安になる。
「で、でも大丈夫だよ! き、君たちが協力してくれれば、絶対に成功させられる!」
「僕たちも、協力するんですか?」
「うんっ! そうっ!」
カサンドラはそう言って唐突に立ち上がり、近くにあった棚を漁り始めた。
「わ、私、小さいお洋服を作るのが趣味なんだっ! だけど、人間が嫌いで友だちもいないから、着てもらう相手がいなくてっ!」
「そ、そうなんですか……」
若干の闇を見せるカサンドラ。
マルクは不穏な空気を感じ取っていた。
「だ、だからこれっ、私が作った服を君たちが着てくれたら、きっと頑張れるっ!」
そう言ってカサンドラが差し出して来たのは、猫耳のカチューシャと、ふりふりのメイド服だった。
「あの、その……ライムはともかく……僕は男の子です……。だ、だから、えっとカサンドラさん、たぶん、これ女の子が着るやつです……!」
マルクはあまりの急展開に、激しく動揺しながら言う。
「知ってるよっ! でもそんなの関係ないでしょっ!」
「えぇ……っ?!」
――やっぱり危ない人だった……!
マルクは、心の中で密かに思うのだった。
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