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第72話 聖女の聖水
しおりを挟む「お待たせ~。こ、これが、出来上がった女神の秘薬だよぉ! ……今のところ」
そう言いながら、大きな釜に入った液体を机の上に乗せるカサンドラ。
「今のところって……どういう意味ですか?」
彼女が最後に付け足した言葉を聞き逃さなかったマルクは、そう問いかける。
「じ、じつはまだ完璧じゃないんだ……。これだけでも十分効果はあると思うけど……」
「それは一体どういうことですか!? 完璧に作っていただけなければ、ワタクシ、マルクさんの大切なお金を払うことはできませんよっ!」
「そ、そんなこといわれても……完成させるのに必要な<聖女の聖水>とやらが何なのか、さっぱりわからないんだよぉ!」
「――――へっ!?」
クラリスは、その単語を聞いて明らかに動揺する。
「そっ、それがっ……本当に必要なのですか…………?」
「そ、そうだよぉ……。見たところ、あなた聖女だよね……? な、何か知らないかなぁ……?」
「……それは……その……ワタクシが作れます……けど……」
小声で呟くクラリス。
「本当ですかクラリスさん!? お願いします、お姉ちゃんを助けたいんです! どうにかして作っていただけませんか!?」
「ぐ、ぐぬぬ……バケツ一杯分の水さえ用意してさえいただければ、すぐにでも…………」
マルクに詰め寄られたクラリスは、半ば折れる形で<聖女の聖水>を作ることを承諾した。
「……そ、それでは、これから儀式を行います。――カサンドラさん、空いている部屋はありますか?」
「隣の部屋が開いてるよぉ……ちょっと散らかってるかもしれないけど……」
「わかりました。それでは、ワタクシが出てくるまで、絶対に中を覗かないでください」
そう言い残して、クラリスは水の入ったバケツと一緒に隣の部屋へ姿を消したのだった。
「………………………………………」
沈黙が辺りを支配する。
「そんなに大変な儀式なんでしょうか……? 少し心配です」
マルクはそう呟いた。
「ライムちゃんも心配。何してるのか見てみたい。気になる。せつじつに」
ライムは完全に心配より好奇心の方が勝っている。
「…………ばれないように覗いちゃいましょうか、ちょっとだけ」
そして、とうとうカーミラが悪魔の提案を持ち掛けてしまう。
「ボクは賛成だよ! どうせ見られても減るもんじゃないだろうし!」
「わ、私も後学の為に<聖女の聖水>の作り方を見ておきたいかも……!」
リタとカサンドラは、あっさりとその提案に賛成した。
「だ、だめですよ……! ちゃんと言うことは聞きましょう!」
「ライムちゃんも気になるけど……そういうのは良くないと思う。……すごく、気になるけど」
良識を持ち合わせているマルクとライムは、皆のことを制止する。
「三対二だから多数決で決まりね。アタシが中を覗いて、何をしているのか皆に教えてあげるわ」
「カーミラさん…………!」
「これが民主主義よ。アタシの生まれた国ではこうやって決まるの。勉強になったわねマルクちゃん」
「少なくとも、この国を治めてるのは王様です……! そっちに従ってください…………!」
クラリスのことを守るために、それでもなお食い下がるマルク。
「アタシ、実は王族の血筋なの。……今は形骸化しているけれど、身分だけで考えるのならこの中では一番偉いんじゃないかしら。――というわけで、王族の末裔であるアタシが、中を覗くべきであると決定するわ」
「めちゃくちゃです……! こんな時に衝撃の事実を判明させないでください……!」
しかし、もはやカーミラは無敵だった。
「ふふふ、初めて自分の血が役に立ったわ……!」
マルクの制止をふりきり、扉の前に立つカーミラ。
「アタシがこっそり中を覗いて、何をしているのか教えてあげるから、楽しみに待っていなさい」
「ライムちゃん、もう知らない」
「それじゃあ、ご開帳~」
そう言いながら扉を開けた瞬間、クラリスが仕掛けていた魔法が発動し、カーミラに直撃した。
「ええっ!? ぎゃああああああああああああああああああああああああっ!」
久しぶりに聖なる魔法をくらい、のたうち回るカーミラ。
「まったく……あなたならそうすると思っていましたよ!」
そして中から、液体の入った瓶を持ったクラリスが姿を現す。
「リタ、それから、そこのあなた。……話し声がワタクシに聞こえていないと思っていたのですか? 後でお仕置きです、覚悟しておいてください」
「わわっ!? ゆ、ゆるしてよクラリス! ほんの出来心だったんだっ!」
「ひ、ひぃっ!? ご、ごめんなさい! お仕置きしないでぇっ!」
いつになく威厳に満ち溢れたクラリスの姿が、そこにはあった。
「――――と、いうわけで、これが<聖女の聖水>です。これを使って早くお薬を完成させてください!」
「は、はいぃっ!」
クラリスは、怯えるカサンドラへ近づき聖水を手渡す。
「……へ、へぇ~。これが聖女の聖水なんだぁ……なんかちょっと甘い匂い? がするかも……」
瓶のふたを開けて、中を確認するカサンドラ。
「余計なことはしないでくださいっ!」
「は、はいぃぃぃっ!」
クラリスに怒られ、大慌てで釜の中へ聖水を加えるのだった。
「…………ふぅ。色々あったけど、これで<女神の秘薬>が完成したよぉ!」
「カサンドラさん、クラリスさん、――それから皆も、本当にありがとうございます! これで、お姉ちゃんのことが助けられそうです!」
マルクは大喜びしながら皆に礼を言う。しかし、クラリスとライム以外はそれどころじゃなさそうだ。
――とにかくこうして、マルクはとうとう念願の<女神の秘薬>を手に入れることが出来たのである。
「ふふ、マルクさんの為なら、このくらい当然――」
クラリスが言いかけたその時、何者かによって家の扉が叩かれた。
「な、なんだろう? ……お、お客さんかな……?」
怒られてヘロヘロのカサンドラは、おぼつかない足取りで家の入り口へ向かう。
「は、はーい……」
そして、返事をしながら扉を開けるのだった。
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