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第24話 魔法講師、鳴神悠紀夫

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 国際魔法機関の命を受けたシルヴィアとフレドリカが日本へ降り立ったのは、明くる日の夕方だった。

「すっごーい! アニメで見たことある風景だわ! サムライとニンジャはどこ!? …………って、はしゃいでも良いのよシルヴィア。思いっきりバカにしてあげるから!」

 フレドリカは、意地悪な笑みを浮かべて言う。

「……私は任務で来ているの。バカならあなた一人で間に合っているでしょう? はしゃぎたいのなら勝手に観光でもしてなさい。邪魔だから」

 それに対し、ため息混じりにあしらうシルヴィア。

「うっさいわね! 別にはしゃいでなんかいないわよッ! あんたこそさっき――」
「騒がないで。変に目立つじゃない……まったく……」

 二人はいついかなる時でも喧嘩を始めることができるのだ。

「人の話を聞きなさい! バカ! バカバカバカバカっ!」
「あー、聞こえなーい……あなたがバカすぎて……会話が成立しないわー」

 低レベルな言い争いを繰り広げるフレドリカとシルヴィア。

 そんな時、彼女らの元に一人の男性が近づいてきた。

「お待ちしておりました。あなた方が一等退魔師のシルヴィア様とフレドリカ様ですね」
 
 神経質そうな顔つきをしたスーツ姿の男――魔法講師の鳴神悠紀夫である。

「よろしくお願いします」

 鳴神は深々とお辞儀をした。

「……よろしく」
「早速だけど、問題のモリヤシってとこまで案内してちょうだい!」

 対して、澄まし顔のシルヴィアと、慣れ慣れしい態度のフレドリカ。

 一等退魔師である二人は、魔術の力によって、言語の勉強をすることなく即座に意思の疎通を図ることが可能なのだ。

「向こうの駐車場に車を用意してあります。私が案内しますので、ついて来てください」

 鳴神は、二人に対してそう説明する。

「………………そう」

 その言葉を無視し、お礼も言わずに車が停めてある駐車場の方へ歩いていくシルヴィア。

「まったく、車に乗るならここまで持ってきなさいよ! 気が利かないわね!」

 もう一方のフレドリカは、文句を言いながら駐車場の方へ歩いていくのだった。こちらも鳴神の話は完全に無視である。

「クソガキどもが……」

 そんな二人の後ろ姿を見ながら、額に青筋を立てて吐き捨てる鳴神。仏頂面の彼がここまで怒りを露わにすることは珍しい。

 鳴神は近頃、原因不明のアクシデントに見舞われ、長年準備をした計画が上手く進んでいないのだ。

 ただでさえ追い込まれているところに、厄介者二人の面倒を任されてしまった鳴神。

 果たして、彼の精神はもつのだろうか?

「ちょっと! あんたが運転するんでしょ! どうしてぼーっと立ってんのよ! ついて来なさい! そもそも車はどれ! ちゃんと説明しなさいよ!」
「……………緊急事態なのだから、急いで。一等退魔師の手足となって働くという自覚が足りていないわ……」
「……もっ、申し訳ございません。今行きます」

 ――その時、鳴神はフレドリカとシルヴィアを抹殺する決心をしたのだった。

 *

 空港を後にした二人は、鳴神が運転する車で二時間ほどかけて守矢市へ向かった。そして、問題の地である昭間公園へやって来る。

 時刻は午後六時ちょうどだ。

「なるほど。確かに、普通の場所より霊力が高いわね! 何かあるのかしら?」

 車から降り、公園の入り口に立ったフレドリカは大声でそう話す。

「分からないけれど……何らかの理由で妖魔が寄り付きやすい場所になっていることは確かね……」

 続いて、シルヴィアは小さな声で呟いた。

「それと……あなたはこれ以上ついて来なくていいわ、鳴神。車の中で待っていて」

 それから後ろへ振り返り、車から降りようとしていた鳴神に告げる。

「で、ですが……」
「……邪魔なの。中途半端に霊力が高い人間がいると。……集中できない」
「なるほど! 気づかずに申し訳ございませんでした! では、私は少し離れた場所で車を停めて待っていますね! 七時ごろに一度様子を見に伺います! どうかご無事で!」

 鳴神はそう言って素早く車に乗り込み、どこかへ去っていった。

「……なぜ、嬉しそうだったのかしら」

 彼を見届けたシルヴィアは、首を傾げて呟く。

「ちょっとあんた! なんであいつのこと帰しちゃったのよ! 案内人なんでしょ!? 勝手なことしないで!」

 するとその時、フレドリカが眉を吊り上げて詰め寄ってきた。

「……何を言っているの? こっちの退魔師は裏切り者の可能性があるのだから……なるべく遠ざけておいた方がいいでしょう? バカね」
「逆よ! 近くに置いておいた方がボロを出すかもしれないでしょ! わざわざ遠ざけるだなんて間抜けなことしてどうするのよっ! バカっ!」

 鳴神がいなくなった途端に再び口喧嘩を始める二人。一等退魔師は、少しだけ性格に難がある人物が多いのだ。

「…………はあ。本当にどこまでもおめでたいのね。一周回って羨ましいわ……。いつも何も考えていないあなたに、そんな器用なことができるはずないでしょう?」
「色々と残念なヤツに言われたくないわよッ! ――もう言い争うのも面倒だからいいわ! 代わりにあんたをこき使ってやるっ!」
「違うでしょう? ……あなたが私にこき使われるの」
「お断りよっ!

 口喧嘩しつつ公園の奥へと足を踏み入れた二人は、周囲に満ちている異様な霊力と瘴気の残滓ざんしに、思わず顔をしかめる。

「な、なによこれ……!」
「うそ……でしょ……」

 一見すると、そこは何もないただの広場である。

 しかし、霊力や瘴気を鮮明に感じ取れる二人からすれば地獄のような場所だった。

 立っているだけでS級妖魔であるベルゼブブから睨まれているかのような錯覚を覚え、全身を恐怖が包み込む。

 シルヴィアとフレドリカは、力なくその場に座り込んだ。

「こんなの……私たちじゃ手に負えない……!」

 先程までの威勢は、完全に消失している。

「……ま、待って、フレドリカ。……おかしいわ」
「え…………?」

 しかし、シルヴィアはある違和感に気づいた。

「……ベルゼブブはもう……倒されているのじゃないかしら……?」
「倒された……?!」
「ええ。とても信じられないことだけれど……」
「…………確かに!」

 突然、納得した様子で立ち上がるフレドリカ。

「もし仮にベルゼブブが顕現しただけだったら、ここまで霊力や瘴気が散らばることはないわね!」
「そう……まるで、何か別の力でばらばらにされたみたいな散らばり方だわ……」
「で、でも、それってつまり……!」

 ――ベルゼブブは、何者かによって既に討伐されている。現在の状態からはそうとしか考えられない。

 二人は口に出さずとも理解していた。

「ありえないわっ! だって、相手はS級妖魔よ?! 五大老様が相手をして、ようやくまともに渡り合える存在なの……! 神の領域に至っていない限り、勝ち目なんて絶対にないっ!」
「……ええ、私もそう思うわ。……とにかく、霊力の痕跡を詳しく辿ってみましょう。…………一番最悪なのは、裏切り者が五大老様に匹敵する力を――」
「フハハハハハハッ!」

 シルヴィアが言いかけた次の瞬間、更なる絶望が襲来した。

「蠅の王と化蜘蛛が亡き今、この地の支配者となるのは俺様だァ! 全て破壊し尽くしてやるゥ! ひれ伏せ雑草どもおォ!」

 このタイミングで、ベルゼブブとは別のS級妖魔――蝗の王アバドンが現世に顕現してしまったのである。
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