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第34話 魔法使いが暗躍する世界で――
しおりを挟むそうこうしているうちに六時になってしまったので、僕は自室へ逃げ帰り、今日もリモート清掃――もとい、アルバイトを始めるのだった。
【今日もガンバッテね! いつき君!!!】
月城さんからそう連絡が来たので、【はい】とだけ返しておく。
そうして十分くらいが経過した時、突然部屋の扉が開け放たれた。
「失礼するわっ!」
「……迷惑をかけてごめんなさい」
そう言って入ってきたのは、フレドリカとシルヴィアである。
「あ、あの、ええと……?」
「とりあえず……今からここを抜け出してツキシロのところに行くわよ!」
「えっ? ど、どうして月城さんのことを……!」
「それはね――――」
それからフレドリカの話を聞き、僕はようやく二人が妖魔を祓う魔法使い――僕と同じ退魔師であることを知るのだった。向こうはアルバイトじゃなくて本業らしいけど。
二人は元々、守矢市に潜入調査をする任務に失敗して鳴神という人から洗脳されていたらしい。だけど、さっき僕が虫を爆散させたおかげで自由に動けるようになったようだ。
潜入調査をする際のホームステイ先にこの家が選ばれたのは、国際魔法機関という名前のそれっぽい組織が決定したことで、その決定には月城さんも関わっていたらしい。
月城さん……? 今朝、どうして僕にそれを教えてくれなかったんですか……? はぐらかしたってことですか……? 月城さん……?
「とにかく、だいたいそんな感じよ!」
「な、なるほど……」
「全てはナルカミのせいなの! 絶対に許さないわ!」
それから二人は、鳴神って人のことを裏切り者だとか死刑だとか言って散々罵っていた。
……よく分からないけど、僕にはあまり関係のないことだろう。
ただのアルバイトが深入りすると危なそうだし、聞かなかったことにしよう。
それにしても、裏切り者なんて言葉が飛び交うなんて……魔法使いの界隈は物騒なんだなあ。敵は妖魔だけじゃないんだ。
「でも、僕には関係ないよね――」
「さあ、行きましょう! 付いてきて!」
「湊も渚も、今は疲れてお昼寝しているわ……」
「えっ、ちょ、ちょっと……!?」
なるべく深入りしない方針を固めた瞬間、僕は深入りさせられる羽目になるのだった。
*
フレドリカとシルヴィアによって『安穏茶屋』に連行された僕は、仕方なく座布団の上に座る。
向かい側には青ざめた顔の月城さんが座っていて、僕の両隣にはシルヴィアとフレドリカがいる。
何やら、まだ話すべきことがあるらしいけど……正直早く帰りたい……。
「まさか……鳴神が裏切り者だったとはな……。危うくこの世界はあいつに滅ぼされるところだったのか……」
最初に口を開いたのは、月城さんだった。
「そう。けれど一樹様のおかげで世界は救われたの……」
「あんた、イツキ様に何か言うことがあるんじゃないかしらっ!」
机から身を乗り出し、月城さんに詰め寄る二人。
ところで、どうして僕のことを様付けで呼んでるんだろう? 少し気になるけど……外国の人だから日本語を勘違いしているだけかな……? 間違っているわけではないし、今すぐ訂正するほどのことでもない……よね……? 後でちゃんと教えておこう。
「…………………………」
僕は沈黙を貫くことにした。そもそも、どうしてここに連れて来られたのかも未だによく分かっていないので、余計な口は挟まない方がいいだろう。
真剣な話をしているみたいだし。
ぼんやりとそんなことを考えていたその時。
「一樹君!」
「は、はいっ!」
――突然、月城さんが立ち上がって僕の真横まで歩いてきた。
「申し訳ございませんでしたッ!」
そして、畳に手をついて綺麗な土下座を決める。
「えっ、え、ええええええええっ?!」
急なことに驚き、その場で硬直する僕。
今日は朝から色々なことが起こりすぎて心臓がもたない。そもそも、どうして月城さんは土下座してるの……?!
「や、やめてください月城さ――」
「……謝るべきことが多すぎて、どれを謝っているのか分からないわね」
僕の言葉を遮るようにして、シルヴィアが言った。
「一樹様を見つけ出して勧誘した点は褒めてあげるけれど……一樹様の本当の実力に気づけなかったのはあなたの落ち度だわ。……これがまず一つ目」
「二つ目は、イツキ様に馴れ馴れしすぎることよっ! 万死に値するわ! とりあえず踏んづけてやりなさいイツキ様!」
土下座して謝っている月城さんに無慈悲な追撃を加える二人。
「ふ、二人とも何言ってるの……?! や、やめて!」
僕は、慌ててそれを止める。
「……そうよ。やめてフレドリカ。一樹様と会話していいのは、私だけよ。だって、最も一樹様のことを尊敬しているのは私なのだから……」
「は? あんたこそ黙ってなさいよシルヴィア! 私は、イツキ様に全てを捧げると誓ったの! あんたの出る幕なんかないわっ!」
すると、今度はフレドリカとシルヴィアが取っ組み合いを始めた。
そういえば、湊と渚も昔はよく喧嘩してたな。「一人ぼっちでかわいそうなお兄ちゃんと遊んであげるのはどちらか」っていうのが、原因としては一番多かった気がする。
僕が二人の遊び相手をしてあげているつもりだったのに、向こうからは逆の認識をされていたのだ。
あの時はなんとも言えない気持ちになった。
言い争うフレドリカとシルヴィアを見ていると、その時のことを思い出して、とても懐かしい気持ちになる。
――現実逃避おわり。
とにかく、この状況をどうにかしないと。
「ま、まあまあ二人とも。仲良くしてね。……僕はそうしてくれた方が嬉しいな」
とりあえず、まずは言い争っている二人の仲裁に入る。
「……い、一樹様が言うのなら、仕方がないわね」
「ふんっ! 今日のところは仲良くしておいてあげるわ!」
思ったより素直に聞いてくれた。正直、二人とも頑固そうだから意外だったけど……助かった。
「わ、私でよければなんでもするからっ! どうか許してくれっ!」
後は月城さんだけだ。
「月城さんもやめてください! ぼ、僕はそもそも怒ってません……!」
「一樹君……!」
「相談もなく家族を洗脳された件以外は」
「な、何でもしますっ! 誠に申し訳ございませんでしたっ!」
「…………」
僕は深呼吸して気持ちを落ち着かせてから続ける。
「……とりあえず、席に戻ってください。……色々と説明してくれないと……僕にはよく分かりません」
「は、はいっ! おっしゃる通りですっ!」
こうして、騒ぎはひとまず収まるのだった。
今までのやり取りで一生分は会話した気がする。
疲れた……もう無理だ……。
僕は力尽き、そのまま机に突っ伏すのだった。
*
「ええと、それでは、まず……」
言いかける月城さん。
「一樹様の偉大さについて……お話しさせてもらうわ」
「あんたにしては名案ね!」
――その後、三人の口から語られたのは、驚愕の事実だった。
なんと、僕には霊力が存在していないらしい。本来であれば、霊力がないと妖魔を見ることすら出来ないので、当然爆発四散させることもできない。
つまり、僕は魔法使いの皆さんとは別の力を使って妖魔退治をしていたのだ。
やっぱり超能力だった……!
しかも、僕が倒した妖魔のうち、ハエとバッタの二匹はS級に相当する存在らしい。どのくらい強いのかというと、単体で世界を滅ぼせるレベルだ。地上に現れた時点で、確定で人類は死滅するほどの絶望的な存在だったみたいである。
……怖すぎる。通りで大きいと思った。
他に爆散させた鬼とか百足っぽいやつとかは、どれもA級の上位に位置する強さの存在で、国を滅ぼす力を持っているらしい。月城さんには祓えず、フレドリカとシルヴィアでどうにか相手にできる存在のようだ。
そもそも二人がそんなに強いことに驚きだけど……。
……要するに、僕は今のところ、どんな妖魔が相手でも即座に爆発四散させることができているというわけだ。
規格外の強さを持った、規格外な存在、それが僕なのである。最近、魔法使いの界隈を騒がせる大変な事件が起きていたらしいけど、それも僕が知らぬ間にほとんど解決していたらしい。
魔法使いが暗躍する世界で僕一人だけ最強のぼっち超能力者……!
まさか、クラスメイトどころか世界観とすら仲良くできないなんて……。
「……そんなことある?」
全ての真相を知った僕は、がくりと肩を落とすのだった。
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