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第35話 最強のぼっち超能力者
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「おい、人間」
深夜、どうしても寝付けなかったので公園を散歩していた僕は、突然何者かに呼び止められた。
「………………?」
「貴様のことだ、人間」
本当に僕のことだろうか? 別の人を呼んでいるのでは……?
――うん、そうに違いない。
「聞いているのか? 黒い服を着た貴様だ。無視をするな」
「ぁ、は、はぃ」
スルーしようと思ったけど、明らかに僕のことだったので、慌てて返事をしながら振り返った。
そこに立っていたのは、赤い和服らしきものを着た背の高い男の人だ。どう見ても現代人のする格好ではない。
……だけど、すごく見覚えのある格好だなあ。二回くらい似たような人と遭遇したことがある。しかもこの公園で。
「あの……も、もしかして……鬼ですか……?」
「ほう、よく見破ったな。我が名は悪どくっ――」
刹那、僕は超能力を発動させ、危ない鬼を爆発四散させた。
「ぐ、ぐわああああああああああッ!」
悪霊退散。どうか安らかに……。
「……かえろ」
かくして、散歩をする気分じゃなくなった僕は、仕方なく家へ帰って眠りにつくのだった。
――僕の超能力が存外にやばいことが判明してから、一ヶ月ほど経った。現在は八月。ちょうど夏休みである。
僕の力について知っている人はそれほど多くない。
超能力のことが魔法使い達の間に知れ渡りすぎると、家族に危険が及びそうだと思ったので、月城さんにお願いして黙っておいてもらうことにしたからだ。
何でもいうことを聞くと僕に言ってしまった月城さんは、すんなりと要求を受け入れてくれた。フレドリカとシルヴィアも、何故か僕のいうことだけは素直に聞いてくれるので、今のところ超能力のことを知っているのはその三人だけだ。
国際魔法機関とやらは、裏切り者が出るような危ない組織だし……その方が安全だよね。たぶん。
……裏切り者といえば、結局鳴神さんの消息は分かっていないらしい。シルヴィアとフレドリカは、国際魔法機関のトップである秘密の存在『五大老』から、鳴神さんの捜索を新たに命じられたそうなので、未だに家にいる。
秘密の存在なら僕にもバラしちゃだめな気がするけど……聞いたことは何でも教えてくれるので、二人の暴走を止められない。「五大老よりも一樹様よ! 一樹様さえいれば人々は幸せなの! 世界の平和は護られるわ!」と二人揃って言っていた。僕に対する信頼が怖い。お年寄りの人はちゃんと敬ってあげてね……。
ともかく、そういうわけだから、最近は家がだいぶ賑やかだ。下の妹が四人に増えた感じである。湊は弟だけど。
……まあ、そんなこんなで毎日忙しいのだ。
嘘です。基本的に暇です。
家が賑やかになっただけで相変わらずぼっちなので……夏休みも特に予定はありません!
*
公園をうろついていた危ない鬼を爆散させた、翌日の朝。
「おにーちゃんおっはよー!」
湊の声が部屋に響く。
「うう……みなと……まだ眠い……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「あと……五分……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「おはよう……ございます……」
僕は観念して起き上がった。最近は何もない日でもこうやって起こされる。湊は、僕を早寝早起きするまともな人間に仕立て上げようと目論んでいるのだ。
「じゃあ、僕は他の三人を起こしてくるね!」
僕が目覚めたのを確認すると、湊はそう言って部屋を出ていった。みんな寝起きが悪いので大変そうである。
「………………頑張ってね……」
起きて満足した僕は、再び横になるのだった。
「おにーちゃんッ!」
「ひっ!」
「もうっ! せっかくボクが起こしてあげてるのにっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
――その後、部屋に戻ってきた湊にすごい怒られた。
ちなみに、今日は妖魔退治のアルバイトの給料日だ。相変わらず手渡しだから、月城さんに会いに行かなければならない。
朝食を済ませてドタバタした後、お昼ごろに家を出た僕は、安穏茶屋へ向かった。
そこで先に待っていた月城さんは、僕に恭しく茶封筒を手渡してくる。
「一樹様……っ。こちらが今月分のお給料です……! どうぞ、お納めください……!」
「あ、ありがとうございます……」
今月のお給料は五万円だ。こんなに貰えちゃうなんて……やっぱり良い仕事だなぁ……!
「こっ、このような額しか支払えず……申し訳ございませんっ!」
そう思ったけど、月城さんの方は違うみたいだ。
「現在、どうにか上と交渉しているのですが、真実を話さずにこれ以上お給料を上げてもらうのは難しいと思われます……っ! 無力な私をお許しください一樹様……っ!」
涙ながらに訴えかけてくる月城さん。これじゃあ、まるで僕が搾取しているみたいだ。
「あ、あの、月城さん…………」
「はいっ! なんでしょうかっ!」
「そろそろ……その話し方をやめませんか……? ぼ、僕の方が気まずいです……」
「と、とんでもございませんっ!」
月城さんはぶんぶんと首を振る。正直、とてもやりづらい。前の感じに戻って欲しいな……。
「今私がこうして生きているのは、全て一樹様のおかげなのですから……! 私は、一樹様に全てを捧げます……!」
「か、買い被りすぎです……」
「そんなことはございません! 一樹様は、崇拝されて然るべきお方ですっ!」
褒められることは嬉しいけど、ここまでくると一周回って恐怖でしかない。宗教じみている……。
「なぜなら、一樹様はこの世界の救世主なのですからっ!」
というかこれ、宗教そのものだ……!
「ああ……眩しい……一樹様が眩しすぎるぅっ……! 目がぁっ!」
「え、えっと……僕……今日はもう帰りますね……」
二人きりだとすごく居心地が悪いので、そう伝える。
「お気をつけてお帰りくださいっ! 一樹様っ!」
すると月城さんは立ち上がって、僕に深々と頭を下げた。……本当に、ずっとこんな調子である。
ひょっとして、逆に馬鹿にされてる……? と思ってしまうくらいには異常だ。
「さ、さようなら……」
「不甲斐ない私に別れの挨拶をしてくれるだなんて……どこまで寛大なお方なのですか……っ!」
「…………………………」
そうして安穏茶屋を後にすると、すぐに月城さんからメッセージが入った。
【いつき君バイバイ! お姉さん、今日もお話しできて楽しかったヨ! して欲しいことがあったら、なんでもお姉さんに命令していいんだから……ネ? いつでも待ってるヨ……】
こっちは平常運転である。僕は【ありがとうございました】とだけ返しておいた。
「せめて、どっちか片方は普通に接して欲しいな……」
僕は思わず呟く。
【できれば普通に話してください】
これでよし。
【何を言ってるのカナ??? お姉さんはいつも普通だヨ(笑)】
だめだった……。
――そんなこんなで家に帰ると、シルヴィアとフレドリカが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、一樹さ……お兄ちゃん」
「お帰りなさい! イツキさ――お兄ちゃん!」
とりあえず最近は、せめて「お兄ちゃん」と呼ぶようにお願いしている。以前、大勢の前で一樹様呼ばわりされて、周囲からすごい目で見られたからだ。
あの時は恥ずかしくて死にそうだった。社会的には死んでいたのかもしれない。とにかく、もうあんな目に遭うのはごめんだ。本当に外へ出られなくなってしまう。
「二人ともただいま」
僕は、シルヴィアとフレドリカに言った。
「……しばらく会えなくて……寂しかったわ……ぐすっ」
「ふん! お兄ちゃんのこと、すっごい待ってたんだからね!」
すると、そんな反応を返される。二、三時間くらいしか外出してないけど……。
「ま、待たせてごめんね……」
僕は、一歩だけ後退りながら言った。
「許してあげるわ……。だって、お兄ちゃんだもの」
「お兄ちゃんで命拾いしたわね!」
「ど、どうも……」
二人は複雑な環境で育ってきたらしいので、お兄ちゃんという立場の人間が珍しいのだろう。だから、やたらと僕にくっついてくるのだ。……かわいそうだから、なるべく優しく接してあげよう。
一応そう思っているけど……二人からは少しだけ今の月城さんと同じものを感じる。要するに怖い。
今日は湊と渚が部活の練習試合で夕方まで帰ってこないので、家に残っているのは僕を含めた三人だけである。
「ところでお兄ちゃん……今日は何をして遊びましょうか……?」
「絶対に部屋には戻らせてあげないんだからねっ! お兄ちゃん!」
「ひっ…………!」
つまり、湊と渚が帰ってくるまでの間、僕は暇つぶしの相手として二人に弄ばれ続けるということだ。
みんな早く帰ってきて!
*
「ま、待って、二人とも……あっ、だめ……っ! 最下位になっちゃうぅ……っ! …………って、あれ?」
リビングのソファーに拘束され、レースゲームでシルヴィアとフレドリカの遊び相手をさせられていた僕は、ふと気づくと何もない真っ暗な空間に立っていた。
何となく嫌な感じがする。ここはどこなのだろうか……?
「クククッ、どうやらついに成功したようですね」
周囲をきょろきょろと見回しながら、あたふたしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。
そして、僕の目の前に黒いスーツを着た男の人が姿を表す。
「ど、どちら様ですか……?」
どう見ても怪しくて胡散くさい――月城さんと同じような感じの人だったので、僕は警戒しながら問いかけた。
「私の名は鳴神。元、二等退魔師です」
「な、なるかみ……!」
その名前は知っている。シルヴィアとフレドリカが探している相手――魔法使いの裏切り者の人だ!
……ってことはつまり、悪い人? そうに違いない……!
「ぼ、僕に何か用ですか……?」
とりあえず、質問をして相手の様子を伺う。
「海原……一樹……」
すると、突然名前を呼ばれた。
「………………!」
ど、どうして僕の名前をこの人が……!
「……ククッ、ようやく分かりましたよ。私の計画をことごとく邪魔してくれた敵の正体がねぇ……!」
動揺していると、鳴神さんは怨めしげにそう言って僕を睨みつけてきた。
「まさか、昔の私と同じような、根暗少年に邪魔されるとはね……ッ!」
「ね、ねくらしょうねん……」
ひどい。悲しい気持ちになった。
「どうせ俯いて過ごす日々を送っているのでしょう? ……私の邪魔をしないでくださいよ。そうすれば、あなたの嫌いな日常を私がぶち壊して差し上げますからねェッ!」
鳴神さんは、僕に詰め寄りながらまくし立ててくる。
「か、勝手なことを言わないでください……!」
どうやら、僕がこの人の計画を知らない間に片っ端から潰してしまったので、ものすごく恨まれているらしい。
だからこんなよく分からない場所に呼び出されたの……? ちょっと迷惑かも……。
「そ、それ以上近づくつもりなら……!」
僕が言いかけたその時。
「超能力を使うのですか?」
「…………!」
鳴神さんが言った。
この人……一体どこまで把握しているんだ……! 僕が動揺していると、鳴神さんはさらにこう続けた。
「確かに現実世界ではあなたに敵わない。ですが、こちら側ならどうでしょうか? 夢の世界で得意の超能力は使えますか?」
「え……!」
使えないってこと……? そもそも、ここは夢の世界だったの……!?
「クククッ! その反応を見るに、やはり超能力は使えないようですねェ。……当然です。凡人のあなたは、身に余るその力を恐れ、心の内で抑え込んでいますからねェ」
「…………!」
確かに、妖魔以外には超能力を使わないと決めているけど……。
「貴方に勝つため、夢幻術を習得した甲斐がありましたよ」
「むげんじゅつ……!」
なんかカッコいいかも……!
「……では、じっくりと時間をかけて嬲って、拷問して、その精神を破壊して差し上げますッ! あなたは二度と目覚めることはないでしょうッ!」
「くっ…………!」
「ですが、その方が幸せだと思いますよ? 根暗少年が、この先まともな人生を歩めるはずありませんからねェ! 私のように!」
この人……コンプレックスがすごい!
「…………ち、違います……」
「はァ?」
「確かに……僕は……人ともまともに話せなくて……いつも家族に心配かけてばっかりの冴えないぼっちだけど……」
僕は、鳴神さんの前に一歩踏み出した。
「全部ぶち壊されちゃえって……思ったこともあるけど……」
「ふっ! だから私が全てぶち壊してやると――」
「でも……あなたとは違う!」
「はい?」
「例えば……この先……死ぬまでぱっとしない人生だったとしても……何も知らない人に全部めちゃくちゃにされて終わるよりはマシだ……っ!」
鳴神さんは、不愉快そうに首を傾げながらこう言った。
「分かりませんね……さっきからごちゃごちゃと……何が言いたいのですか?」
「――それで家族が……みんながいつも通りに過ごせるならっ! ……僕は誰が相手でもこの力を使うことを躊躇わないっ!」
「きっ、綺麗事抜かしやがってえええええええええええ!」
「くらええええええええええええッ!」
僕は一か八か、いつものように念力を飛ばす。
「な、なんですとおおおおおおおおおッ!」
すると、鳴神さんの体は爆発四散した。
「くっ! 覚えていなさいッ! 次こそはあああああああッ――」
悪霊退散。鳴神さんごめんなさい!
……というか、
「使えるじゃん、超能力……」
結論、夢の中でも超能力は普通に使える! やはり僕が最強……!
*
――ガチャン。
「…………うん?」
玄関の扉が開く音で、僕は目覚めた。
どうやら、湊と渚が帰ってきたようだ。
「あ…………」
ソファーから立ち上がろうとしたけど、両隣でシルヴィアとフレドリカが寝落ちしていたので動けなかった。
「こんなところで寝たら……風邪ひいちゃう……!」
そうこうしている間にリビングの扉が開き、中にジャージ姿の二人が入ってくる。
「お兄ちゃん……ただいま」
「我は今、帰還した! ただいまなのである!」
湊と渚は、僕の方を見て言った。
「……二人とも、お帰り」
僕はいつものようにそう返す。全ていつも通りの日常だ。
……それにしても。
「ふわーぁ……」
なんだか、随分とあれな夢を見ていた気がする。
身に余る力に目覚めて、実はちょっとだけ浮かれてるのかも。……ちょっとていうか、だいぶ浮かれてるな。前より軽率に超能力を使ってる気がするし……。
「…… みんながいつも通りに過ごせるなら……僕は誰が相手でもこの力を使うことを躊躇わない……か」
確かに、夢の中で鳴神さんに言ったことは嘘じゃないけど……。
でも――
「あれ? お兄ちゃん、顔赤くない? 熱? だいじょうぶ?」
「な、なんでもないよ……!」
寝てる時の妄想って恥ずかしいね。えへへ。
(おしまい)
深夜、どうしても寝付けなかったので公園を散歩していた僕は、突然何者かに呼び止められた。
「………………?」
「貴様のことだ、人間」
本当に僕のことだろうか? 別の人を呼んでいるのでは……?
――うん、そうに違いない。
「聞いているのか? 黒い服を着た貴様だ。無視をするな」
「ぁ、は、はぃ」
スルーしようと思ったけど、明らかに僕のことだったので、慌てて返事をしながら振り返った。
そこに立っていたのは、赤い和服らしきものを着た背の高い男の人だ。どう見ても現代人のする格好ではない。
……だけど、すごく見覚えのある格好だなあ。二回くらい似たような人と遭遇したことがある。しかもこの公園で。
「あの……も、もしかして……鬼ですか……?」
「ほう、よく見破ったな。我が名は悪どくっ――」
刹那、僕は超能力を発動させ、危ない鬼を爆発四散させた。
「ぐ、ぐわああああああああああッ!」
悪霊退散。どうか安らかに……。
「……かえろ」
かくして、散歩をする気分じゃなくなった僕は、仕方なく家へ帰って眠りにつくのだった。
――僕の超能力が存外にやばいことが判明してから、一ヶ月ほど経った。現在は八月。ちょうど夏休みである。
僕の力について知っている人はそれほど多くない。
超能力のことが魔法使い達の間に知れ渡りすぎると、家族に危険が及びそうだと思ったので、月城さんにお願いして黙っておいてもらうことにしたからだ。
何でもいうことを聞くと僕に言ってしまった月城さんは、すんなりと要求を受け入れてくれた。フレドリカとシルヴィアも、何故か僕のいうことだけは素直に聞いてくれるので、今のところ超能力のことを知っているのはその三人だけだ。
国際魔法機関とやらは、裏切り者が出るような危ない組織だし……その方が安全だよね。たぶん。
……裏切り者といえば、結局鳴神さんの消息は分かっていないらしい。シルヴィアとフレドリカは、国際魔法機関のトップである秘密の存在『五大老』から、鳴神さんの捜索を新たに命じられたそうなので、未だに家にいる。
秘密の存在なら僕にもバラしちゃだめな気がするけど……聞いたことは何でも教えてくれるので、二人の暴走を止められない。「五大老よりも一樹様よ! 一樹様さえいれば人々は幸せなの! 世界の平和は護られるわ!」と二人揃って言っていた。僕に対する信頼が怖い。お年寄りの人はちゃんと敬ってあげてね……。
ともかく、そういうわけだから、最近は家がだいぶ賑やかだ。下の妹が四人に増えた感じである。湊は弟だけど。
……まあ、そんなこんなで毎日忙しいのだ。
嘘です。基本的に暇です。
家が賑やかになっただけで相変わらずぼっちなので……夏休みも特に予定はありません!
*
公園をうろついていた危ない鬼を爆散させた、翌日の朝。
「おにーちゃんおっはよー!」
湊の声が部屋に響く。
「うう……みなと……まだ眠い……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「あと……五分……」
「おにーちゃんおっはよー!」
「おはよう……ございます……」
僕は観念して起き上がった。最近は何もない日でもこうやって起こされる。湊は、僕を早寝早起きするまともな人間に仕立て上げようと目論んでいるのだ。
「じゃあ、僕は他の三人を起こしてくるね!」
僕が目覚めたのを確認すると、湊はそう言って部屋を出ていった。みんな寝起きが悪いので大変そうである。
「………………頑張ってね……」
起きて満足した僕は、再び横になるのだった。
「おにーちゃんッ!」
「ひっ!」
「もうっ! せっかくボクが起こしてあげてるのにっ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
――その後、部屋に戻ってきた湊にすごい怒られた。
ちなみに、今日は妖魔退治のアルバイトの給料日だ。相変わらず手渡しだから、月城さんに会いに行かなければならない。
朝食を済ませてドタバタした後、お昼ごろに家を出た僕は、安穏茶屋へ向かった。
そこで先に待っていた月城さんは、僕に恭しく茶封筒を手渡してくる。
「一樹様……っ。こちらが今月分のお給料です……! どうぞ、お納めください……!」
「あ、ありがとうございます……」
今月のお給料は五万円だ。こんなに貰えちゃうなんて……やっぱり良い仕事だなぁ……!
「こっ、このような額しか支払えず……申し訳ございませんっ!」
そう思ったけど、月城さんの方は違うみたいだ。
「現在、どうにか上と交渉しているのですが、真実を話さずにこれ以上お給料を上げてもらうのは難しいと思われます……っ! 無力な私をお許しください一樹様……っ!」
涙ながらに訴えかけてくる月城さん。これじゃあ、まるで僕が搾取しているみたいだ。
「あ、あの、月城さん…………」
「はいっ! なんでしょうかっ!」
「そろそろ……その話し方をやめませんか……? ぼ、僕の方が気まずいです……」
「と、とんでもございませんっ!」
月城さんはぶんぶんと首を振る。正直、とてもやりづらい。前の感じに戻って欲しいな……。
「今私がこうして生きているのは、全て一樹様のおかげなのですから……! 私は、一樹様に全てを捧げます……!」
「か、買い被りすぎです……」
「そんなことはございません! 一樹様は、崇拝されて然るべきお方ですっ!」
褒められることは嬉しいけど、ここまでくると一周回って恐怖でしかない。宗教じみている……。
「なぜなら、一樹様はこの世界の救世主なのですからっ!」
というかこれ、宗教そのものだ……!
「ああ……眩しい……一樹様が眩しすぎるぅっ……! 目がぁっ!」
「え、えっと……僕……今日はもう帰りますね……」
二人きりだとすごく居心地が悪いので、そう伝える。
「お気をつけてお帰りくださいっ! 一樹様っ!」
すると月城さんは立ち上がって、僕に深々と頭を下げた。……本当に、ずっとこんな調子である。
ひょっとして、逆に馬鹿にされてる……? と思ってしまうくらいには異常だ。
「さ、さようなら……」
「不甲斐ない私に別れの挨拶をしてくれるだなんて……どこまで寛大なお方なのですか……っ!」
「…………………………」
そうして安穏茶屋を後にすると、すぐに月城さんからメッセージが入った。
【いつき君バイバイ! お姉さん、今日もお話しできて楽しかったヨ! して欲しいことがあったら、なんでもお姉さんに命令していいんだから……ネ? いつでも待ってるヨ……】
こっちは平常運転である。僕は【ありがとうございました】とだけ返しておいた。
「せめて、どっちか片方は普通に接して欲しいな……」
僕は思わず呟く。
【できれば普通に話してください】
これでよし。
【何を言ってるのカナ??? お姉さんはいつも普通だヨ(笑)】
だめだった……。
――そんなこんなで家に帰ると、シルヴィアとフレドリカが出迎えてくれた。
「お帰りなさい、一樹さ……お兄ちゃん」
「お帰りなさい! イツキさ――お兄ちゃん!」
とりあえず最近は、せめて「お兄ちゃん」と呼ぶようにお願いしている。以前、大勢の前で一樹様呼ばわりされて、周囲からすごい目で見られたからだ。
あの時は恥ずかしくて死にそうだった。社会的には死んでいたのかもしれない。とにかく、もうあんな目に遭うのはごめんだ。本当に外へ出られなくなってしまう。
「二人ともただいま」
僕は、シルヴィアとフレドリカに言った。
「……しばらく会えなくて……寂しかったわ……ぐすっ」
「ふん! お兄ちゃんのこと、すっごい待ってたんだからね!」
すると、そんな反応を返される。二、三時間くらいしか外出してないけど……。
「ま、待たせてごめんね……」
僕は、一歩だけ後退りながら言った。
「許してあげるわ……。だって、お兄ちゃんだもの」
「お兄ちゃんで命拾いしたわね!」
「ど、どうも……」
二人は複雑な環境で育ってきたらしいので、お兄ちゃんという立場の人間が珍しいのだろう。だから、やたらと僕にくっついてくるのだ。……かわいそうだから、なるべく優しく接してあげよう。
一応そう思っているけど……二人からは少しだけ今の月城さんと同じものを感じる。要するに怖い。
今日は湊と渚が部活の練習試合で夕方まで帰ってこないので、家に残っているのは僕を含めた三人だけである。
「ところでお兄ちゃん……今日は何をして遊びましょうか……?」
「絶対に部屋には戻らせてあげないんだからねっ! お兄ちゃん!」
「ひっ…………!」
つまり、湊と渚が帰ってくるまでの間、僕は暇つぶしの相手として二人に弄ばれ続けるということだ。
みんな早く帰ってきて!
*
「ま、待って、二人とも……あっ、だめ……っ! 最下位になっちゃうぅ……っ! …………って、あれ?」
リビングのソファーに拘束され、レースゲームでシルヴィアとフレドリカの遊び相手をさせられていた僕は、ふと気づくと何もない真っ暗な空間に立っていた。
何となく嫌な感じがする。ここはどこなのだろうか……?
「クククッ、どうやらついに成功したようですね」
周囲をきょろきょろと見回しながら、あたふたしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。
そして、僕の目の前に黒いスーツを着た男の人が姿を表す。
「ど、どちら様ですか……?」
どう見ても怪しくて胡散くさい――月城さんと同じような感じの人だったので、僕は警戒しながら問いかけた。
「私の名は鳴神。元、二等退魔師です」
「な、なるかみ……!」
その名前は知っている。シルヴィアとフレドリカが探している相手――魔法使いの裏切り者の人だ!
……ってことはつまり、悪い人? そうに違いない……!
「ぼ、僕に何か用ですか……?」
とりあえず、質問をして相手の様子を伺う。
「海原……一樹……」
すると、突然名前を呼ばれた。
「………………!」
ど、どうして僕の名前をこの人が……!
「……ククッ、ようやく分かりましたよ。私の計画をことごとく邪魔してくれた敵の正体がねぇ……!」
動揺していると、鳴神さんは怨めしげにそう言って僕を睨みつけてきた。
「まさか、昔の私と同じような、根暗少年に邪魔されるとはね……ッ!」
「ね、ねくらしょうねん……」
ひどい。悲しい気持ちになった。
「どうせ俯いて過ごす日々を送っているのでしょう? ……私の邪魔をしないでくださいよ。そうすれば、あなたの嫌いな日常を私がぶち壊して差し上げますからねェッ!」
鳴神さんは、僕に詰め寄りながらまくし立ててくる。
「か、勝手なことを言わないでください……!」
どうやら、僕がこの人の計画を知らない間に片っ端から潰してしまったので、ものすごく恨まれているらしい。
だからこんなよく分からない場所に呼び出されたの……? ちょっと迷惑かも……。
「そ、それ以上近づくつもりなら……!」
僕が言いかけたその時。
「超能力を使うのですか?」
「…………!」
鳴神さんが言った。
この人……一体どこまで把握しているんだ……! 僕が動揺していると、鳴神さんはさらにこう続けた。
「確かに現実世界ではあなたに敵わない。ですが、こちら側ならどうでしょうか? 夢の世界で得意の超能力は使えますか?」
「え……!」
使えないってこと……? そもそも、ここは夢の世界だったの……!?
「クククッ! その反応を見るに、やはり超能力は使えないようですねェ。……当然です。凡人のあなたは、身に余るその力を恐れ、心の内で抑え込んでいますからねェ」
「…………!」
確かに、妖魔以外には超能力を使わないと決めているけど……。
「貴方に勝つため、夢幻術を習得した甲斐がありましたよ」
「むげんじゅつ……!」
なんかカッコいいかも……!
「……では、じっくりと時間をかけて嬲って、拷問して、その精神を破壊して差し上げますッ! あなたは二度と目覚めることはないでしょうッ!」
「くっ…………!」
「ですが、その方が幸せだと思いますよ? 根暗少年が、この先まともな人生を歩めるはずありませんからねェ! 私のように!」
この人……コンプレックスがすごい!
「…………ち、違います……」
「はァ?」
「確かに……僕は……人ともまともに話せなくて……いつも家族に心配かけてばっかりの冴えないぼっちだけど……」
僕は、鳴神さんの前に一歩踏み出した。
「全部ぶち壊されちゃえって……思ったこともあるけど……」
「ふっ! だから私が全てぶち壊してやると――」
「でも……あなたとは違う!」
「はい?」
「例えば……この先……死ぬまでぱっとしない人生だったとしても……何も知らない人に全部めちゃくちゃにされて終わるよりはマシだ……っ!」
鳴神さんは、不愉快そうに首を傾げながらこう言った。
「分かりませんね……さっきからごちゃごちゃと……何が言いたいのですか?」
「――それで家族が……みんながいつも通りに過ごせるならっ! ……僕は誰が相手でもこの力を使うことを躊躇わないっ!」
「きっ、綺麗事抜かしやがってえええええええええええ!」
「くらええええええええええええッ!」
僕は一か八か、いつものように念力を飛ばす。
「な、なんですとおおおおおおおおおッ!」
すると、鳴神さんの体は爆発四散した。
「くっ! 覚えていなさいッ! 次こそはあああああああッ――」
悪霊退散。鳴神さんごめんなさい!
……というか、
「使えるじゃん、超能力……」
結論、夢の中でも超能力は普通に使える! やはり僕が最強……!
*
――ガチャン。
「…………うん?」
玄関の扉が開く音で、僕は目覚めた。
どうやら、湊と渚が帰ってきたようだ。
「あ…………」
ソファーから立ち上がろうとしたけど、両隣でシルヴィアとフレドリカが寝落ちしていたので動けなかった。
「こんなところで寝たら……風邪ひいちゃう……!」
そうこうしている間にリビングの扉が開き、中にジャージ姿の二人が入ってくる。
「お兄ちゃん……ただいま」
「我は今、帰還した! ただいまなのである!」
湊と渚は、僕の方を見て言った。
「……二人とも、お帰り」
僕はいつものようにそう返す。全ていつも通りの日常だ。
……それにしても。
「ふわーぁ……」
なんだか、随分とあれな夢を見ていた気がする。
身に余る力に目覚めて、実はちょっとだけ浮かれてるのかも。……ちょっとていうか、だいぶ浮かれてるな。前より軽率に超能力を使ってる気がするし……。
「…… みんながいつも通りに過ごせるなら……僕は誰が相手でもこの力を使うことを躊躇わない……か」
確かに、夢の中で鳴神さんに言ったことは嘘じゃないけど……。
でも――
「あれ? お兄ちゃん、顔赤くない? 熱? だいじょうぶ?」
「な、なんでもないよ……!」
寝てる時の妄想って恥ずかしいね。えへへ。
(おしまい)
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