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第52話:バレンタイン特別編~はじめてのおねだり~(その1)

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「んで、彼女との快楽漬けの日々はいかがっスか?」
カウンター席で浅葱がニヤつきながらユキヤに聞いてくる。
「人聞きが悪い上に、そういう事を大きな声で言わないでください・・・」
ユキヤが苦々しく返す。
ここはユキヤのバイト先の喫茶店。この時間帯は店内には他に誰もいない。

関係が逆転してから随分経つが、おそらくもうユキヤの身体で
すみれの指と口が触れてない部分はないだろう。
全身隈なく愛撫された結果、 敏感になった身体では
彼女の唇や手から与えられる快感に逆らう術などあるはずもない。
「ふふふ、あれを責められたら、逆らえる男の子はいないっスからね~」
浅葱がしたり顔で言う。

「だからそんな事大声で言わないでくださいってば!」
ユキヤが顔を真っ赤にして抗議する。
「あはは、ごめんなさいっス。でも気持ちいいのは否定しないんスよね?
 じゃあいいじゃないっすか」
「・・・・・・!」ユキヤは歯ぎしりしながら黙ってしまう。
事実なのだから言い返せない。

それにしても浅葱という女性はどうしてこうも明け透けなのか。
しかもそれを全く悪びれずに言うあたりがたちが悪い。
そもそもなんでこんな話題を振ってくるのか。
「まぁまぁ、そう怒らずに。仲良きことは美しきかなっスよ」
「・・・」
ユキヤはジト目で浅葱を見る。

「ところで、もうすぐバレンタインっスね。」
浅葱が話題を変えて来た。
「ああ、そろそろですね。」ユキヤが答える。
「うちでもネギのやつが張り切ってるっスよ。」
「あいつ男なのに・・・」
ユキヤがあきれ顔になる。
「教授のために甘くないものを作るらしいっスよ。」
「・・・どこの乙女ですか?あいつは」
ユキヤがため息をつく。
「そりゃあんたらのせいっスよ。」
浅葱は呆れた顔でユキヤを見つめる。
「えっ?俺ら?心当たりがないんですけど」
「ネギのやつは確実にあんたらの影響けてるっスよ」
「・・・???」
ユキヤは困惑した表情を浮かべる。

「かつては道ならぬ恋に偏執的な情熱を燃やすヤンデレコミュ障が、
今やすっかり恋する乙女っスよ。」
「・・・でも相手はあの変態教授なんでしょう?」
ユキヤの顔が引きつる。

「ま、それはそれとして・・・」浅葱が何か言いかけると
「ああ、バレンタインデー限定メニューだったら、
いつものメガ盛りメニューはありませんけど、
カップル二人で食べる前提のなら浅葱さん一人でも・・・」
「いや、そっちじゃなくて」
「?」ユキヤは首を傾げる。

「彼女さんとのバレンタインはどうするっス?」
浅葱はニヤニヤ笑いながら聞いてくる。
「あっ、その話か」
ユキヤは納得してうなずく。

「もうすぐっスね。」
「はい。」
「で、当日は何するっスか?全身チョコ掛けプレイとかっスか?」
「しません!しませんってば!」
「ふふふ、冗談っスよ。」
浅葱は楽しげだ。

「大体そう言った食べ物を粗末にする系のはちょっと・・・」
「そっちかい?!」
浅葱が思わず突っ込む。

「いやまぁ、確かにあれはちょっとどうかと思うっスけど」
「ですよねー」
「じゃあ手作りチョコレートとかっスか?」
「・・・確か、去年はそうだったような・・・?」
「あれ?なんかあやふやっスね?」
「・・・」
ユキヤは顔を赤くしている。

「ん~、まさかとは思うっスけど、その日、浮気してたとか?」
浅葱が少し呆れた顔で聞く。
「・・・・・」
ユキヤの顔を見ると冷や汗が流れている。「・・・図星っスね?」
「・・・はい。ほかの子に誘われてケーキバイキング行ってました・・・」
ユキヤは観念したように白状した。まだ関係が逆転する前の話である。

「うわぁ、最低っスね」
浅葱が露骨に嫌悪感をあらわにする。
「その後、チョコと一緒に腹パン喰らいました・・・」
ユキヤは力なく項垂れている。「自業自得っスよ。」
「はい・・・」
「今だったら、熱く煮えたぎったチョコを体内に注入されてたところっスね。」
「ひぃっ!?」
ユキヤは青ざめる。

「ま、今年はその分優しくしてやるっスよ。」
浅葱は苦笑しながら言う。
「はい・・・」
ユキヤは力なく答える。

****
一方大学では、そのすみれと根岸が話していた。
「やっぱりネギちゃんは手作りで行くの?」
「は、はい!お菓子なんか作るの初めてですけど・・・」
「大丈夫だって、レシピ見れば誰でも作れるから。」
「で、でも不安で・・・」
「しょうがないなぁ。私も一緒に作ってあげるよ。
一見女の子二人がキャッキャウフフしてるように見えるが
、片方は男である。

「あ、ありがとうございます!」
根岸は嬉しそうだ。
「ところで、あのさ、チョコの材料だけど、どこで買うか決めた?」
「えっと、まだ決めてないんですけど、どこのがいいでしょうか?」
「ん~、近所の大型スーパーとかはどうかな?今の時期、
そういった材料の特設コーナーが出来てるし」
「な、なるほど!」
根岸は感心している。

「あと、ちょっと遠いんだけど、業務用の専門店もあるよ。」
「そ、それはどんな感じなんですか?」
根岸は興味津々だ。
「う~ん、ちょっと大きい店だから入りづらいかもしれない・・・」
「そうなんですか・・・」
「ただ、結構種類が豊富でね。」
「へぇ~」
根岸はさらに目を輝かせている。
「あ、もしよかったら、今度案内しようか?」
「ほ、本当ですか!」
根岸はとても喜しそうにしている。

「そういえば白石さんは、その・・・今年も手作りするんですか?」
「うん、一応ね。」
「ど、どういったものを?」
「ん~、去年はトリュフチョコ作ったかな・・・」
「おぉ~」
根岸は感嘆の声を上げる。

「・・・あと腹パン一発・・・」「?」
「い、いやなんでも。」
「???」
根岸は不思議そうな顔をしている。

****

「・・・それでよく腹パン一発で済みましたね・・・としか」
翌日、浅葱からの話を聞いた蘇芳は苦笑して見せる。
「ホント、よく別れなかったなって思うっスよ。」
浅葱も同調した。

「そう考えるとあの二人は結ばれるべくして結ばれた・・・
と言った感じですね。」
「それが今じゃあちこち開発されまくって
浮気したくてもできない身体にされかけてるっスからね。」
浅葱も苦笑する。

「ところで根岸君は何処に行きましたか?姿が見えませんが。」
蘇芳が話題を変える。
「あ、ネギのやつならしばらく来ないっと思うっスよ。
例のアレで、すみれちゃんとウキウキと出かけて行ったっス。」
「ああ、あれですか。彼にも困ったものですね・・・。」
「ひょっとして寂しいっスか?
ここ最近はずっとネギに相手してもらっていたっスからね。」
「い、いえそんな事はありませんよ。私はいつも一人ですよ。」
蘇芳は慌てて否定する。
「ふぅん・・・」
浅葱はニヤリと笑う。
「何ですかその目は?」
「いや別に何でもないっスよ。久々に私が教授に何かしてやろうかなと」
浅葱がますますニヤニヤする。

「それは・・・どういう?」
「さぁねぇ~」
浅葱はわざとらしく肩をすくめる。
「まぁ楽しみにしててくださいよ。」
「そ、それは一体どういう事ですか!?」
「ネギじゃ責められなかった部分を、重点的に責めていくっスよ」
浅葱がイキイキとし始める。

「くっ、わ、わかりました。受けて立ちましょう。」
蘇芳の顔が引きつる。
「ではまず、男の子が責められたら絶対逆らえなくなる場所を・・・」
「そ、それは・・・」
蘇芳は焦った表情になる。

「男に生まれてよかったと思わせるほどの快楽を味わせるっスから、
覚悟・・・もとい期待しててほしいっス!」浅葱は自信満々に宣言した。
「は、ははは・・・」
蘇芳は乾いた笑い声を上げた。
(こ、これはマズい事になったかもしれませんね・・・)
蘇芳は冷や汗を流した。

***

「あと3日か・・・」
ユキヤはカレンダーを見ながらソワソワしていた。
(去年の腹パンはともかく)ユキヤにとって
精神的に立ち直る切っ掛けになったバレンタインデーは特別なものだった。
「うん、去年のは・・・うっかりケーキバイキングの誘いに乗った
俺がいけなかったんだ・・・」
ユキヤはため息をつく。

部屋の入り口付近には、月の予定を書き込むためのホワイトボードがある。
主に今月の予定や、すみれが泊まりに来る日などが書かれているが、
今週はバレンタインデー当日まですみれは来ない。
「楽しみにしてろとは言われたけど・・・」
ユキヤは頭を掻いて悩む。

勿論チョコも楽しみなのだが・・・(そのあと何されるんだろうか・・・)
いや間違いなく何かされる・・・
恐怖と不安はあるが、同時にひそかな楽しみでもあった・・・。
いろいろ想像しつつユキヤは自室のベッドに横になり、
条件反射のように湧き上がってくる妄想と戦っていた。
(俺はもう、すみれなしではいられないのかも・・・)
パブロフの犬だってこうはいかないだろう。
ユキヤは悶々としながら寝返りを打った。

****

同じ頃。
すみれは根岸と大型スーパーに買い物に出ていた。
バレンタインチョコの材料を買うためだ。シーズンだけあって、
店内にバレンタイン用の特設コーナーが設けられている。

「えっと、生チョコの型にココアパウダーを振って、
チョコペンでメッセージを書けばいいんですかね?」
「うーん初心者なら材料も道具も全部そろってる
キットを使うって手もあるよ。」

すみれと根岸は特設コーナーでチョコを物色している。
「あぁそれもいいですね!じゃあそっちで・・・」と言いかけるも、
「でも、やっぱり手作りチョコに
チャレンジしたいって気持ちはあるんです。」
根岸は目を輝かせながら提案する。
(なんか・・・テンション高いなネギちゃん)
すみれはそのハイな根岸にやや引き気味になる。
普段冷静なだけになおさらそう感じる。

「白石さんはどんなチョコを作りたいんです?」
根岸はウキウキとした口調で訊ねる。
「うーん・・私は、インパクトがあって印象に残るやつ作りたいな。」
「白石さんにしては珍しく抽象的な言い方ですね。」
「いや、ユキヤってことチョコに関しては来るもの拒まずというか・・・
とにかく誰からでも何でもかんでも貰ってくるのよ。」
「ほう?」
「だから下手なもの作ると、そう言ったチョコの中に
私のも埋もれちゃって、記憶に残ってくれないと思うの。」
(それで去年ケーキバイキングの誘いにホイホイ付いていくような奴だからなぁ)

「なるほど・・・」
「それに、ユキヤには『私が作った』っていう特別感が欲しいなって。」
「ふむ・・・」
根岸は腕を組んで考える。
「ホント凄いんだよ。学校の女の子たちは勿論、同じバイトの人たちとか
行きつけの美容院の美容師さんからとか・・・」
「へぇ~」
「バイト先では店長にまで貰ってきててさ・・・」
「それはすごい!」
「お返しどうしようか悩んでるみたいで、
バイト中ずっと上の空だったりしてね。」
「うわぁ・・・それ食べきれるんですか?」(あの人も相当だな)

「食べてるの・・・全部」

「うえっ!?」
「まぁ、貰ったものは全部食べる主義らしいんだけど・・・
好きだから苦じゃないらしいし」
「律儀ですねぇ・・・」
「うん、そこだけは尊敬できるかも。」

「いや、そこはじゃないですよ。そこ以外はダメでしょう。」
「それであいつ1gも太らないのよ!なんなの!おかしいでしょ?!」
すみれは激高する。変なスイッチが入ったらしい。
「そりゃ確かに羨ましいですけど・・・」
(ひょっとして茶木さん、浅葱の奴と同じ体質?!)

根岸はちょっと引くも、気を取り直し
「白井さん、まずは落ち着いて。論点がずれてます!」と諭した。
「あ、ごめんなさい。つい取り乱しちゃった。」
すみれは恥ずかしげに頭を下げる。

「いえ、大丈夫です。それで、
具体的にどういうチョコを作りたいんですか?」
「それが、特に決まってなくて・・・
ただユキヤにあげたら喜んでくれるようなものって思ってるの。」
(うーん・・・これは難しいぞ)
根岸は頭を捻らせる
「・・・だったら一緒に探しましょうよ?このコーナーだけでも
商品が結構な量ありますし、ボクの分と一緒に考えるのもありですよ」
「そうね。じゃあ、お願いします。」
すみれはぺこりと頭を下げた。

(しかし今日のネギちゃん、めっちゃ乙女だな・・・)
「・・・はい、分かりました。任せてください。」
根岸はそんなすみれの様子に微笑みながら返事をした。
そして2人はバレンタイン用のチョコレートを探し始めた。

****
そして1時間後。
「ネギちゃんはチョコブラウニー作るの?」
「はい、これなら結構簡単に作れそうで、
溶けないので、仕事中でもつまみやすいし」
根岸はチョコブラウニーのキットの箱を手にしていた。

「いいわよね、チョコブラウニーは。」
「はい、それにチョコ系だとあまり甘くないし、
男の人でも食べやすそうだし。」
「わたしはまだ決まらないや・・・」すみれはちょっと寂しそうに言う。
「あの、思ったんですけど・・・白石さんは下手に意識せずに
自分が作りたいもの作ればいいのではと思います。」
「え?!」
「きっと茶木さんにとっては、白石さんが作ったってだけで、
それが一番で特別ですよ。」
「そっか・・・。ありがとう。頑張ってみるわ!」
すみれの顔はパッと輝くように笑顔になった。
その顔を見て根岸は安心する。

「それにしても、今日のネギちゃんは乙女だねぇ」
すみれはニヤリとした顔で根岸に話しかける。
「ちょっ・・・それはもういいですから!」
根岸は照れ臭く目を逸らす。
「ふふ、冗談だって。」
すみれはいたずらっぽく笑った。

つづく
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