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第68話:俺の総てを君に(後編)(最終回)

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「・・・とは言ったものの、俺はあの人に勝てるのかな」
あれから数日たって、ユキヤは藤田のツテで涼香とのアポを取っていた。
また気まぐれに突撃されるぐらいなら・・・
とこちらから出向いてケリを付けよう・・・
という考えで動いたが、正直足も気持ちも重い。

「はぁ・・・」ユキヤはため息をつく。
しかしこれは自分自身でケリをつけないと意味がない。

「お嬢様がお待ちです」藤田が扉を開けてユキヤを案内する。
「はい・・・」ユキヤは緊張気味についていく。
案内されたのはホテルの中にあるカフェだった。
ユキヤは席に着くなり、コーヒーを注文する。
そして暫くして、涼香が現れた。

「まさかあなたの方から訪ねてくるとは思わなかったわ」
涼香は余裕の表情でユキヤを見つめる。
「はい・・・」
ユキヤは涼香を睨みつける。
「ふーん・・・」涼香は面白そうに見返す。
「で、今日は何の用かしら?」

「単刀直入に言わせてもらいます。俺とはもう、関わらないでください!」
ユキヤは涼香に言う。
「あら、どうして?」
涼香は意地悪い笑みを浮かべている。
そんな涼香の態度をよそにユキヤは続ける。
「そもそもなぜ、今更俺にちょっかいを出してくるんですか?
貴女にとって、俺はもう過去の人間なのに・・・」
「私が何をしようが私の勝手よ。それに、私との関係は、
あなただって嫌ではなかったでしょう?」
「それは・・・」ユキヤは口ごもる。

「ねぇ、ユキヤくん。私達、もっと仲良くなれると思わない?」
涼香は何処までも優しく緩やかな態度を崩さない。
しかしユキヤはその裏にある彼女の冷たさを直感的に感じ取っていた。
「・・・っ」彼女に対し、ユキヤは思わず身構える。

涼香の最近の趣味についてはすみれから聞かされていた。
そんな涼香の事を思い出せば出すほど、
ユキヤの中で恐怖心が増していった・・・。

「そんなに怖がらないでよ」涼香はクスッっと笑う。
「・・・」ユキヤ真剣な顔をして黙ったままだ。

「まあいいわ。それで、もし私がまた付き合いたい・・・
と言ったらあなたはどうする?」
「そのときは・・・」ユキヤは拳を強く握りしめる。
「そのときは、またいい関係に慣れると私は思うけど」
涼香は妖艶な笑みを浮かべた。

「・・・・俺はもう、あなたの思うようにはならないと思います。」
ユキヤはまっすぐな瞳で涼香を一瞥する。
「へぇ・・・」涼香は感嘆の声を上げる。

「あなたの最近の趣味についてとやかくは言いません。
だけど俺にはもう貴女へのそう言った感情は一切残っていません。
だから・・・いくらあなたが手を出しても無駄です。」
ユキヤは眉一つ動かさず、そう言い放った。

「あら、随分と強情なのね。可愛くない」涼香は不満そうな顔を見せる。
その眼は何処までも冷たく、人をさげすんだものだった。
「・・・・!」ユキヤはここで彼女の本性を垣間見た気がした。
(やっぱりこの人は・・・)
ユキヤは改めて目の前の女性に嫌悪感を抱く。

「そう残念ね。あなたぐらいタフなら、
うちで好待遇で雇ってあげられたのに・・・」
この言葉の真意もすみれから聞かされている。

「ご期待に沿えず申し訳ございません。」精一杯の皮肉で返した。
「それだけ?じゃあ、私はこれで失礼するわ」
涼香は伝票を手に取る。

「はい、ありがとうございます」
「あなた、本当に可愛くなくなったわね。昔はあんなに従順で
私の後を付いて回っていたのに・・・。」
「・・・」ユキヤは沈黙を貫く。
「まぁ、いいわ。次に会うときは覚悟しておきなさい」

「いえ、それはありません・・・」

そう言ってユキヤスマホをで写真を見せる。
「これがどういう事だか、あなたなら分かると思います」
そこには、先日のユキヤのバイト先での様子が映されていた・・・。
「・・・・?!」

戸惑うユキヤにしなだれかかる涼香・・・
そうとしか見えない構図だった。

これは入店前に店内の異変に気付いた浅葱が
証拠として撮っておいたものである。

「これが公表されると困るのはあなたの方だと思いますよ」
ユキヤは感情をこめずに言う。

「・・・・やってくれたわね」
涼香は少し怒りに震えているようだ。
「防犯カメラの死角と思って、完全に油断していたようですね」
「ふんっ、あんたに何が出来るっていうのよ」
「・・・」
「それにこんなのただの写真じゃない。脅しにも何もなりゃしない」
少し動揺しているのか、どこかぎこちない態度で言い返す。
「そうでしょうかね・・・」
「ふっ、まさかそんなもの用意しているなんてね。」

「別にこの写真で何をしようとは思っていません・・・
ただ俺らに今後一切かかわらないことを約束してくれれば
俺はそれでいいんです。」
ユキヤはあくまで冷静に告げる。

「随分と余裕かましてくれるじゃない・・・」
涼香が殺気立った目で睨む。

「・・・約束していただけますか?」
ユキヤはどこまでも冷静に返す。
「・・・分かったわ。今回は引き下がりましょう。
でもね、こんなにうまい事運ぶことは次はもうないと思いなさい。」
涼香は悔しそうに立ち去って行った。


涼香の姿が見えなくなった途端に、ユキヤの全身から冷や汗が噴き出す。
「危なかった・・・」
(浅葱さんもこんな切り札持ってるなら、
もっと早く出してくれればいいのに・・・)
ユキヤは内心毒づいた。
実際浅葱がこの写真を見せたのはつい昨日のことだった。

(俺、色々考えて覚悟まで決めたのに・・・)
思わず全身から力が抜ける。
正直この写真だけで効力が弱かっただろう。
なので写真に関しては、すべてハッタリで何とかやり過ごしていた・・・。

それだけでも彼にとっては大きな一歩なのだが、実感はわいていなかった。

(プライドの高い彼女のことだから、約束は守ってくれるだろうし、
こんな事を根に持って仕返し・・・とかはないと思うけど)

過去の涼香の人となりをそれなりに知っているせいか、
彼の中での涼香への評価はまだ高かった。

「とりあえず、今日のところはこれで一件落着かな・・・」
ユキヤは安堵のため息をつく。

***

一方、ホテルを出た涼香は足早に駐車場に向かい、車に乗り込んだ。
かつて自分が手なずけていた男に、まんまとやり返されてしまった。
その事実が彼女に激しい屈辱感を与えていた。

車内では藤田が待っていた。
「もういいわ、さっさと出して!」涼香は不機嫌そうに言う。
「かしこまりました」藤田が車を発進させる。
「一体どうしたんですか?涼香様。お顔の色がすぐれませんが?」
藤田が尋ねる。
「何でもないわ!ただ面白くないことが起きただけ!」
涼香は苛立ちを隠せない。

その様子を見て藤田は色々と察したようだったが、口には出さなかった。
しかしその代わりに彼の口から出た言葉は意外なものだった。

「・・・涼香様、お言葉ですがもうこんな事は、
おやめになった方がよろしいでしょう」

「なによ、あんたに私の何が分かるっていうの!?」
涼香が激昂する。普段ならこんな姿は他人に見せないが、
よほどイライラしているのだろう。

「いえ、分かりかねますが、少なくとも今のままだと、
またいつか他の人間から同じことをされる可能性が十分にあります。」
「・・・・」
「今まではあなたのお気持ちが少しでも晴れればと、
目を瞑ってまいりましたが、今回だけは言わせていただきます。
こんな事はもうおやめになってください!」
藤田は少しだけ語気を強める。

「・・・お、大きなお世話よ!相変わらず口やかましいわね」
いつになく強く出た藤田に驚きつつも、涼香は顔を背ける。

「それに貴女はこの私にとって最も価値のある女性なのです。
どうかご自愛下さいませ・・・!」

「・・・あ、あなたに何がわかるというの?!」
藤田の突然の発言にさすがの涼香も動揺する。

「・・・申し訳ありません。差し出た口を利きました。
しかし今回はたまたま相手が寛大に済ませてくれましたが、
この先どんな酷い脅迫の種のされるのかを考えると・・・
貴女が心配なのです」

「・・・私は大丈夫よ。こんな事で屈したりしない!」
「そうでしょうか・・・正直今の貴方を見ていると、
とてもそうには見えませんが。」
「・・・・」涼香が藤田の事を無言で睨む。
「あなたの心への負担を晴らす方法はほかにきっとあると思います!
そのためなら・・・私がいくらでも力になりましょう!」

「・・・だから!余計なお世話と言っているでしょう・・・」
涼香はため息まじりに言う。
「・・・失礼しました」
「・・・とにかく、今日は疲れたからすぐに家まで送って頂戴」
「はい、かしこまりました。」
藤田は前方を見つめたまま、アクセルを踏んだ。
(・・・どんな時でも、私がいつもあなたと共に
あったという事を忘れないでください)

藤田は心の中で呟いた。

***

全てが終わり、ユキヤは一人帰路に就いた。
(一応ケリは付いたみたいだけど・・・これで勝てたっているかな?)
結局は浅葱の写真に助けられてしまった。
それは悔しくもあり、情けないとも思う。
とはいえ、今回の件で涼香はおそらくもう二度と
ユキヤに手出しをしてくることはないだろう。
ユキヤはそれだけは確信できた。
それならば、それで良いのかもしれない。

「・・・はぁ、なんかどっと疲れが出てきたな」
ユキヤは小さくため息をついた。
「ま、とりあえず終わったんだし、後はゆっくり休もうっと」
ユキヤ急ぎ足で家へと向かった。

「おかえり」
玄関を開けると、すみれが出迎えてくれた。
「ただいま、すみれ」
「どう?上手くいった?」すみれが心配そうに尋ねる。
「うん、なんとかね」ユキヤは少し安堵した様子だ。
「そっか、良かったね」すみれがニッコリ微笑む。
「すみれのおかげだよ、ありがとう」ユキヤが頭を下げる。

「え・・・でも私何もしてないし」すみれは戸惑う。
「いいや、すみれのおかげでうまくいったんだから」ユキヤが断言する。
「そんなことないよ、私は何もしてない」すみれは否定する。

「そんなことあるって、すみれがいなかったら、
俺はあの人から未だに逃げていたよ」
ユキヤの口調は真剣だった。

すみれは彼女に立ち向かう勇気をくれた・・・
少なくともユキヤはそう思っている。
「でも・・・やっぱり私は大したことなんてしてないよ。
ユキヤが頑張ったからこそ、解決出来たんだよ」すみれも譲らない。
「じゃあ、二人でやったことにしようぜ。
俺達二人の力で乗り越えたっていう事にさ」
ユキヤは笑顔を見せる。

「ふーん、そういう風に言うなら、それでもいいけど」
すみれも少し照れくさそうだ。
二人はお互いの健闘をたたえ合った。
そして、すみれはユキヤの頭を撫でた。
「よく頑張りました」すみれはユキヤの額にキスをした。
「ちょ、ちょっとすみれ!?」ユキヤの顔は真っ赤になった。

「なに慌ててるの、ユキヤは私の彼氏でしょ」すみれはいたずらっぽく笑う。
「いや、だって、いきなりだし」ユキヤはまだ動揺しているようだ。
「え、ユキヤなら、こういうの慣れてるんじゃなかったの」
すみれはクスッと笑う。
「そりゃ、キスは初めてじゃないけどさ、急には無理だって」
ユキヤは顔を赤くしている。
「ごめんなさい、冗談のつもりだったんだけど、嫌だった?」
すみれは少し不安げな表情をする。

「別に、すみれにされるのは全然嫌とかじゃないし」
ユキヤは慌てたように答えた。
「良かった、じゃあ、もう一回」
すみれはまたユキヤに唇を寄せてきた。
今度はユキヤもそれを受け入れる。
そのまま、二人は長い口づけを交わした。

おわり
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