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28.ぱーんもきゃ

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 ぎゅうっと俺にしがみつくラウラの顔が俺の胸からようやく離れる。
 上目遣いでこちらを見つめる彼女と目が合い、自然と距離が……。
 
『そうもきゃー』
「どええ」

 パパっと離れる俺とラウラの間にもきゃーっと割り込んできたルルー。
 
『ラーテルは「選ばれし者」もきゃ』
「どういう意味だ?」
『魔素を取り込み、力と換えることができる者はそういないもきゃ』
「普通はどうなるの?」
『ぱーん! もきゃ』

 つぶらなお目目で鼻をヒクヒクさせながら言われましても。
 パーンって何だろう。やっぱあれか、魔素を取り込み風船のように膨らんで……ぎゃあああ。
 想像してしまったじゃねえかよ。
 
「ラウラがパーンしなくてよかった……」
「パーン?」

 息がかかりそうな距離で首を傾げられると破壊力抜群だな。
 不覚にも顔が火照ってきた。
 しかし、そんなムードなどお構いなしに俺の頭の上に乗ったルルーがペシペシと俺の額を叩く。
 
『魔素は力もきゃ。半端な者では耐えられないもきゃ』
「ルルーも魔境の中にいたんだよな?」
『オレサマは邪神もきゃ。当然もきゃー』
「ルルーは魔素が体の中にあるか分かるのか?」
『当然もきゃー。魔素を自由自在に扱い、言葉まで操るのは邪神たるオレサマだけもきゃー」
「ん、スレイプニルは?」
『スレイプニルは我が僕もきゃ』
「んじゃ、ラーテルは?」
『オマエの愛人もきゃ?』
「……」
 
 ひょっとしたら何か情報を得ることができるかもと思って、ルルーに聞いてみたが藪蛇だった。
 のしいっとラウラが密着した状態で、そんなことを言われると意識してしまうだろうに。
 ルルーの割り込みで、ラウラの気持ちも切り替わってくれたようだし……。

「ちょっと待って。何かあと少しで繋がりそうなんだ」

 彼女をやんわりと体から離し、あぐらをかく。
 ええと、整理しよう。
 この辺には魔素がありました。魔素は生物、植物に関わらず浸食する。
 その結果、生物を変質させる。
 魔素溢れる魔境だったころの植生を一瞬しか見ていないから、殆ど覚えていない。
 だけど、大自然溢れるような土地じゃあなかった……はず。
 もっとおどろおどろしい、ハロウィンな夜みたいな樹海だったような。そんな感じだ。
 動物や人もまた、魔素に侵食され姿なり性質なりが変質するんじゃないか?
 
 ルルー曰く、魔素は膨大な力を持っている。
 でも、俺の認識だと、魔素は毒素だ。
 魔素を取り込んだ時、激しい痛みに襲われたのも、魔素が持つ魔力を帯びた毒からきているんじゃなかって。
 
「あ、そうか! ラウラ。確かラーテル族って毒に強いとか言っていたよな?」
「うん。ラーテルはそれで飢饉の時でも飢えずに生き抜けたわ。でも、それで……」
「ごめん。辛い記憶を。そうか、だからラウラは生き延びることができたんだな」
「どういうこと?」
「ラウラは元々魔境だった場所にいた。俺と出会う少し前には高層ビルの近くにいたわけだ」
「たぶん。覚えてはいないけど、倒れていたとしてもあの場所だったわ」
「うん。となるとだな。ラウラは魔素に侵食されたけど、生き残った」
「毒に強いから?」
「きっと、そうだと思う」

 ラウラは魔素を取り込んだが、回復できた。
 だけど、魔境の中にいる限り継続的に魔素が入り込んでくる。
 なら、魔素のくびきから抜け出せたのはどうしてだろう?
 原因は俺しかない。
 
「俺が魔素を全て取り込んだのか……。魔力吸収体質で」
『今更何を言ってるもきゃ。だからこそ、邪神たるオレサマが監視するもきゃと最初に』
「そういやそんなことを言っていたような。てっきり方便で、単に楽して食事にありつけるもきゃ、なんて思っているだけだと」
『……そ、そんなことはないもきゃ』

 何だよ。今の間は。
 あれ、でもおかしいな。ラウラは魔素に取り込まれていた時のことをまるで覚えていない。
 俺が魔素を吸収して初めて元に戻ったと推測できる。
 だけど、ルルーはどうだ?
 魔素が体にあるかどうかまで分かっていて、全部覚えている。
 こいつ、本当に邪神……ではないにしろ、魔境において特別な存在だったんじゃ?
 
「ルルー。ワザと核心に触れないようにしていたのかもしれないけど、教えて欲しいんだ」
『オレサマはそんな回りくどいことはしないもきゃ』
 
 素でやっていたのかよ。単純に聞いたことを答えているだけってことか。
 でも、前提知識がない俺からしてみたら、ルルーの常識が分からないからさ。

「魔素を取り込んだルルーは、今より遥かに力を持っていた。スレイプニルも猫じゃなかったんだろ?」
『偉大なる邪神もきゃ。最初に言ったもきゃ? スレイプニルは六本の足を持つ偉大なる僕もきゃ』

 魔素を取り込んだ者は爆発的に強化される。
 それは俺の「創造スキル」のでたらめさからも、明らかだ。
 問題はこの先。
 
「さっき、ルルーは魔素の中にあっても『喋ることができる』と言ったよな。スレイプニルも喋れないにしろ、ルルーの言葉を理解していたんだろ?」
『その通りもきゃ。偉大なる邪神とその僕スレイプニルだけが、魔窟でその力を存分に発揮できるもきゃ!』

 すごいだろと胸を反らし、尻尾を振るルルーであった。
 そうなんだ。喋ることができる――つまり、正気を保っていたと言い換えることができる。
 ルルーとスレイプニルだけが特殊な存在とすれば、他はどうだったんだろう?
 予想は立つが……。
 
「ルルーとスレイプニル以外の魔境にいた生物はどうなる?」
『ぱーんするもきゃ』

 こ、こいつうう。
 でも素でやっているんだから、仕方ない。
 聞き方を誤ると、ちゃんとした情報が返ってこないから注意しなきゃ。
 なるべく、ルルーの使う単語を踏襲しつつ、ゆっくりと固く縛った紐をほどくように……。
 まどろっこしいけど、これが一番確実だ。

「……パーンしなかった生物は動くだろ?」
『強くなるもきゃ。オレサマほどじゃあないけど』
「強くなるのはまあ、魔素を取り込んだのだから当然として。もし、人間が魔素を取り込み無事だったとしたら、喋ることができるのか?」
『喋ることができるのは、邪神たるオレサマだけもきゃー』
「うんうん。邪神以外は喋ることができない。魔素を取り込んだとしても、人間だったら食事もするし、着替えもするだろ?」
『食事は必要ないもきゃ。魔素があるもきゃ。でも、オレサマはグルメだから食べるもきゃ』
「そんじゃあさ。魔素を取り込んだ人間は暴れたりしないの?」
『出会ったら、即ぺしーんして、もきゃーしてしまうもきゃ。小賢しくも邪神に向かって爪を立ててくるもきゃ』

 うん。だいたい分かった。
 魔素に取り込まれた人は、力を得る代償に正気を失い彷徨う。
 ルルーの発言から推測するに、凶暴性も増すみたいだな。更に、睡眠が必要かは不明だけど、食事要らずとなる。
 食事が必要ないから、正気を失っていても大怪我さえしなきゃ生き延びることができるってことか。
 ラウラもたぶん、魔境をさまよい、生きてきた。
 彼女の記憶によると、少なくとも半年間は、だ。
 
「明日、用が済んだら鬼族に会ってくる」
「私も行きたい」

 耳をピンと張り、決意を見せるラウラに対し、戸惑う俺。

「で、でもだな」
「知りたいの。自分の知らない私を。もし、あの人たちが知っているなら。許されないことをしたかもしれない。だけど、知りたいの」
「もし、彼らの恐れる黒銀のなんたらってのとラウラが同一人物だと分かったことで、彼らが君を拘束しようとしたら」
「罰があるなら、罰を受けるわ」

 何言ってんだよ。
 このまま魔素のことをうやむやにしておけば、こうはならなかった。
 パンドラの箱を開いたのは俺だ。
 それに、彼女は何も記憶していない。正気を失っていた時にやったことだろ?
 自分に都合がいい我がままだってことは分かっているだけど、だけどだな。

「させない。俺は全力で君を護る。それでもいいなら、ついてきてくれ」
「……うん」

 きっと、鬼族の彼らは魔素の本質が分かればラウラをどうこうしようとはしないはず。
 それに、彼らもまた魔素に取り込まれていたはずなんだ。
 俺が彼らに会いに行きたいと思ったのは、彼らもまたルルーと同じように正気を保てていたのかってこと。
 正気を保てていたとすれば、彼らが魔素を糧に生きていたはずだ。俺が魔素を吸収したことで、彼らの生活を脅かしているのかもしれない。
 鬼族に会いたい理由は、このことが聞かずにはいられないから。
 もちろん、魔素のことをもっと知りたいってのもある。
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