古代兵器の少女チハルはおっさんに拾われ、人間のフリをする

うみ

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28.遭遇

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 イブロ達が出たところは坑道の奥深くらしく、人の気配が一切感じられなかった。
 鉱石運搬用のトロッコが放置されていて、ところどころが朽ち、砂ぼこりが厚く覆いかぶさっている。ツルハシが放置されているのも発見したが、こちらも錆が浮き長期間使われていない物だと推測された。
 どうやら、ここは廃坑のようだな。イブロはトロッコの縁に手を触れ、砂ぼこりを払う。被った砂の厚さは思ったより厚いと彼は思う。
 この感じだと、放棄されてから数年……下手したら十年以上経つかもしれない。

「おっちゃん、誰もいないようだな」
「進もうか。ここは廃坑だ。突然壁や天井が崩れてくることがあるから俺が先に進む」
「イブロ、どこを目指すの?」
「とりあえず、出口に向かおう」

 イブロを先頭に彼の腰の辺りを手で掴んだチハル。彼女を挟むようにしてその後ろにアクセルが続く。
 坑道はあちあこちらに横道があり複雑ではあったが、チハルが風を感じ出口の方向を指し示すことで彼らは淀みなく進んでいった。
 
「イブロ、あと少しで外だよ」
「ありがとうな。チハル。む……」

 外の光が差し込み、洞窟が明るさを増してくる。しかし、そこでイブロは数人の人影が入口から奥へ向かおうとしていることを発見した。
 急ぎランタンの灯りを消し、三人は近くの大きな岩の後ろへ隠れ様子を伺う。
 
 洞窟の外は明度の関係からイブロから何が起こっているのか見ることができないが、人の数は最低五人……下手したら十人以上いるかもしれない……。
 洞窟の入り口で手招きしているのが二人。その様子から何かを運んでいるのだろうか……。残念ながら、ここからだと会話は聞こえない。
 
 しばらく様子を伺っていると、大きな台車を押す男が二人。それを支える男が二人。先導する男が二人。の計六人の姿が確認できた。
 彼らはゆっくりと台車を押し、イブロ達の方へと迫ってくる。
 台車には零れ落ちんばかりに何かが積まれていて、上から白い布がかぶされていた。
 その時カランと乾いた音が響き、男の内一人が声を出す。
 
「おいおい、気を付けてくれよ。それ全部商品なんだからな」
「悪い悪い。ちゃんと拾えばいいんだろ。そうそう壊れるものじゃねえし」

 拾った石のようなものを手の平で弄ぶ男の姿。
 あ、あれは……魔石か。あいつらの会話から察するに、この台車に乗っている物は魔石の山だろうか。
 このままやり過ごし、街へ報告することにしよう。イブロは人差し指を口に当て、チハルとアクセルへ黙っているよう目配せする。

「望まぬお客様がいらしているようですよ。あなた方は誰も気が付かないのですか?」

 いやに耳に残る甲高い男の声が台車を押す男たちへ警告を発する。
 岩の隙間から声のした方向を伺ってみると……入り口付近に長身痩躯の壮年の男の姿が見えた。
 男はすっかり色が変わってしまった真っ白い髪を長く伸ばし、神経質そうな細い目をしていた。体にピタリと張り付くようなソフトレザーを身に着け、真っ白な絹のケープを羽織っている。
 片眼鏡から覗く目はぎょろりと嫌らしい輝きを放っていて、イブロとしてはあまりお近づきになりたく人種であった。
 
「出ていらっしゃいな。素直に姿を現すというのでしたら、悪いようにはしませんよ?」

 粘りつくような猫なで声でイブロたちを呼びかける奇妙な男。
 一方、男の警告によって、台車を押す男たち六人もイブロ達へ気が付いた様子だった。
 
 ここで隠れていても既にもう発見されている……。ならば、出るか。
 イブロはチハルとアクセルへ手を向け、「俺だけが出る」と仕草で示す。
 
「出て来たぞ。そのまま帰して欲しいところなんだが……。たまたまこの廃坑に来ただけなんだ」
「そうですか、そうですか。なるほど……なるほど……」

 顎に手を当て、考え込むそぶりを見せる奇妙な男。

「俺は探索者でね。ひょっとしたらここに何か無いかと思ったんだよ」
「そうですか、そおおうですか。なるほど。なるほどお」

 うんうんと大仰な仕草で頷きを返した奇妙な男は、「どうぞ」とばかりに腕を上から下に動かし礼を行う。

「助かる。俺は何も見なかった。それでいいか?」
「ええ、ええ。それでいいですよお。だって、あなた『方』は一人もここから出られませんものね……」

 奇妙な男はニタアアと嫌らしい笑みを浮かべ、首を掻っ切る仕草をする。それに合わせるように台車を押す六人の男達が腰の剣を抜き放った。
――アクセル! イブロが心の中で彼の名を呼ぶ。きっと彼ならこのタイミングで動いてくれるはずだ。イブロはそう信じ、腰のダマスク鋼の棒を抜き放つ。
 
 それと同時に、暖かな包み込むような音色が坑道にこだまし、イブロの荒事に向け高揚した昂りが鎮まっていく……。

「アクセル!」
「おっちゃん、任せておきなって!」

 リュートを奏でながら、アクセルは岩陰から飛び出し軽快な動きで岩の上にぴょんと飛び乗る。
 一方の男たちは奇妙な男も含め腕がダラリとさがり戦闘意欲を根こそぎ奪われているようだった。
 
「チハル、奴らを縛り上げてくれ」
「うん」

 イブロはズダ袋から荒縄を取り出す。チハルも岩陰から出てきて、彼から荒縄を受け取った。
 
「これほど穏やかな気持ちになるとは……その少年……」

 奇妙な男は自身の頬を指先で撫で、口から舌を出し唇をペロリと舐める。

「欲しいですねえ……。しかし、このままでは逃がしてしまいます。あなた方を逃がしてしまうと私のビジネスが終わってしまいますし……」

 首を傾けたまま、片眼鏡を指先でコツンと弾き思案顔の奇妙な男。
 一方のイブロは彼の元へ踏み込むか迷っていた。アクセルの音色の影響はイブロにも及ぶ。このままこいつを殴り倒してしまいたい意思があるのだが、どうにも体が動かない。
 だから、縄で縛るのも音色の影響を受けないチハルに任せたのだ。
 
「チハル、あの奥にいる男には寄るな」
「うん、この人たちから縛っていくね」

 既に一人目を縛り上げたチハルが次の男へと向かう。
 
「ふむ。そのお嬢さんは影響を受けていないのですか……謎は残りますが……まあいいでしょう。ところで、探索者さん」
「なんだ?」

 奇妙な男の戯言につい付き合ってしまうイブロは、長年の経験から嫌な予兆を察知していた。彼の背中に冷や汗が流れる。
 
「私はアーティファクトに目がありませんでね……そのためにはお金が必要なんですよ。ですからこうしてお金を稼いでいたわけです」
「……」

 イブロが無言を貫いても、男の口上は続く。
 
「要するに、この音色が都合よく聞こえなくなればいいわけでしょう?」
「まずい、チハル。岩陰に引け! アクセルもだ」

 予兆が確信に変わったイブロは、二人に退避するよう叫ぶ。
 対する奇妙な男は懐から髪留めのような球体に長い針がついた奇妙な物を二個取り出し……両手にそれぞれを持ち――
 ――一息に耳へと突き刺した。
 
 男の耳から血が滴り落ち、頬を伝って床にポタポタと垂れる。

「さて……音色は聞こえなくなりました。……と、その様子だと演奏をやめたようですね」

 クックと背筋が寒くなるような笑い声をあげ、奇妙な男は残念と言った風に首を斜めに傾けた。

「それもアーティファクトか……」

 イブロは顔をしかめ、呟く。
 
「そうですよ? なかなかおしゃれでしょう?」
「このまま行かせてもらいたいところだが、そういうわけには行かねえんだよな?」
「わかってらっしゃる……。見たところ、探索者さん、あなたは相当に戦いに慣れている」
「それがどうした?」
「いえね、私とてせっかく雇った彼らを失いたくないわけなんですよ。私が倒れれば、彼らはあなた方を通してくれますよ?」
「何が言いたい?」
「この場はあなたと私の戦いだということです」
「それなら、俺も望むところだ!」

 イブロは一歩前に進み出て、奇妙な男を睨みつけるのだった。
 手出し無用の一騎打ちならば、話が早い。
 イブロはダマスク鋼の棒を構える。
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