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第39話 アッシュの疑問
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夕方になり櫓の様子を見に来たアッシュは、余りの驚きに空から落ちそうになって「兄貴、すげえ!」を連発していた。
彼と共にポチに乗ってキャンプ地まで戻ると、アッシュが今日狩猟したという猪肉をごちそうになる。
食事の席でエドへ女王アリのことを告げると、彼は目を見開き固まってしまう。
「エドさん? エドさーん」
数十秒たっても瞬きさえしないエドが心配になり呼びかけてみても、未だ彼はみじろきひとつしない。
仕方ないので、猪肉を口にしココナッツジュースを飲む。
「あ、ああ。すまない賢者よ。伝説に聞く女王を仕留めたと聞いて……いかな賢者でもと思ってしまった」
「何言ってんだよ、エド。俺はこの目で倒された女王を見たんだぜ!」
豪快に口元と手を汚しながら食べるアッシュはエドの背中をバーンと叩く。
「巣に残ったアリがまだいるかもしれませんので、明日、煙で追い立ててみようと思ってます」
「いや、その必要はないだろう。あなたとアッシュの説明から、アリはもう巣穴から出てこないんだろう?」
「女王アリを倒してからは一匹も出ていませんが……」
「ポツポツと出る程度なら、村人でも仕留めることは全く問題ない。できれば、巣穴をあなたの大魔術で閉じてくれるとありがたいのだが」
「任せてください。明日一番でやってしまいます」
どうやら後は彼らに任せても問題ないようだ。
てことは、俺のお仕事もこれで終わりってことだよな?
俺の気持ちを察したかのように、エドが立ち上がり頭を深く下げた。
「賢者よ、本当に感謝する。村人を代表して礼を言わせてくれ」
「無事解決してよかったです」
俺も立ち上がってエドへ会釈をすると、アッシュも同じように立ち上がって俺の肩を叩く。
「兄貴! 本当に凄かったぜ!」
「アッシュ、いろいろありがとうな」
「ところで兄貴、終わったらもう行ってしまうのか?」
「うん、自分の拠点に戻ろうと思う。待たせている人もいるからな」
俺はエドへ目を向けながら、応じた。
彼は俺へ会釈を返すとアッシュに向けて口を開く。
「アッシュ、賢者には待ってる人がいるのだよ」
「そ、そうなのか! 兄貴。それじゃあ仕方ないかあ」
アッシュは納得したように「うんうん」と小刻みに首を振る。
そうだよな、待たせているライラに早く顔を見せたい。俺の無事をきっと祈ってくれているだろうから。
「なーなー、兄貴。その人って……まさか、人間とか?」
アッシュは目を輝かせて好奇心いっぱいに尋ねてきた。
「違うぞ」
否定する俺に言葉を被せるように、エドが口を挟む。
「無事アリを退治した今なら言っていいだろう。待ち人はライラなのだよ」
「ライラねえちゃん! 生きていたんだな! よかった。ねえちゃんはドジなところがあるから……ずっと戻ってこないし……」
エドはライラのことを村のみんなに黙っていたのか。これまで彼女のことが話題に上ることは無かったからなあ。
半ば人質のように彼女を扱ってしまって、後ろめたい気分があったけど……。
知らせていないってことは、エドはともかく村のみんなが友好的に接してくれる要因の一つにライラは絡んでいなかったってこと。
結果論だけど、ライラを窪地に残す必要はなかったってわけだ。
って考え事をしていたら二人が不穏な会話を続けているじゃあねえか。
「エド、ライラねえちゃんは戻ってこないの?」
「それは賢者次第だな……」
「へええ。村で住みたくないのかなあ? ねえちゃんの刺繍が俺、大好きだったんだ」
エドは着ているベストの裾を掴み胸の前に持ってくる。そこには、見事な鷹の意匠が施されていた。
お、おお、これはカッコいいな。
何やらライラのことで誤解があるかもしれないから、彼女のためにもちゃんと説明しておこう。
「エドさん、ライラのことなんですが」
「構わない。あなたに救ってもらった命だ。むしろあなたにならこちらからお願いしたいくらいだ」
ん、エドとどうもニュアンスが食い違っている気がする……。
と、ともかく説明を続けないと。
「ライラはエドさんとちゃんと話がしたいって言ってます」
「ほう。それは殊勝な心掛けだ。もちろんだよ。といっても私も妻も否定することなんてありえないがね」
や、やっぱりなんかおかしいって……。
「え、ええと……できればライラが希望したら村で元通りに……」
「来てくれるのか? それなら、私だけでなく村人も大歓迎だ!」
「兄貴ー! 俺もそれなら超嬉しいよ!」
え、ええと。ああああ、もういいや。根本的な認識のズレがあることは分かった。
それが何かは何となく察することができたけれど、触れたくない……きっと面倒なことになるだろうから。
俺はあいまいな笑みを二人に向け、ココナツジュースを飲み干したのだった。
◆◆◆
――翌朝
キャンプ地から悪魔族の村人と共にアリが巣くっていた悪魔族の村へと入る。
エドとアッシュの二人と雑談しながら、巣穴の前まで来たんだけど村人が使っている台車が気になったんだ。
ニーナが荷物を運ぶためにもってきた馬車の車輪は鉄の車軸に木の車輪だった。一方、悪魔族の村人が使っている台車は車軸も木でできている。
車軸は一番傷みやすい部分で、負荷がかかる上に少しでも歪むと車輪の進みがガタガタになって動かすのが困難になってくる。
村人が持っている道具に鉄製品がないわけじゃないから、鉄自体が不足していることは無いと思うんだけど……。木だと強度が足りずすぐに使い物にならなくなると思う。
「エドさん、それではここの穴を全部塞いで、櫓と囲いを撤去しますね」
「よろしく頼む」
俺はタブレットを手に出すと、ちょいちょいと操作して櫓と囲いを取り、巣穴をブロックで塞ぐ。これだと見栄えが悪いんで、巣穴の周辺もブロックで固めることにした。
現実世界に反映すると、一瞬で音も立てずにブロックの配置が切り替わりエドとアッシュが感嘆の声をあげる。
「兄貴、相変わらず圧巻だな! でもさ、ブロックの数が減ってるよな。どこにいったんだろ?」
アッシュが腕を組んだまま首を傾げた。
櫓と囲いには相当数のブロックを使っていたからな、確かにその疑問は当然だ。
彼らはタブレットを見ることができないから……どう説明したらいいものか。
「アッシュ、見えない空間に収納されてるんだよ」
「お、おおお! 兄貴は伝説の空間魔法まで使えるのか!」
はて、また聞きなれないワードが。何じゃその魔法。そういやライラが生活魔法を使ってるとか言ってたけど、魔法にも種類があるの?
「ど、どうだろ。俺のは全て一つの能力でやってることだからね」
「ふうん、よくわかんねえけど、ま、いいや。兄貴だし!」
「ははは」
「あはは」
笑いあう俺とアッシュ。いいぜ、その竹を割ったような性格。細かいことはいいよなもう。
ブロックが作成できる。それだけでいいじゃないか。その仕組みがどうなってんだとかはどうでもいい。どのようなことができるのかってところが重要なんだよ。
「賢者よ、異次元に収納しているブロックはどうするつもりなのだ?」
「えっと、このブロックは全て村の周辺にある木から作ったものなんですが……使いたいところがあります?」
「それなら是非ともお願いしたい」
エドは村の生活路を舗装してくれないかと依頼してきた。
俺も最初不便だなあとは思ったんだよね。村の中だというのに、舗装が全くされておらず草を抜いて踏み固めただけなんだもの。
熱帯雨林という気候関係上、雑草が生えてくるスピードも速いはず。道を維持するだけでも大変だろう。
俺としても特に手間がかかるわけでもないから、喜んでエドの提案を引き受け路面をブロックで敷き詰めていった。
しかし、ここで使っていた大きいサイズのブロックだと土の路面との境界線の高さが高過ぎたから、小さい方のブロックで作り直した。
いずれにしろ、道に全てブロックを敷き詰めるには足りなかったから手間は変わらない。
土とブロックの境界線は土を盛って傾斜にすることで、台車でも通れる箇所を作るとエドが言っていた。
「……こんなところですかね?」
「アリだけでなく舗装まで……あなたにはいくら感謝してもしきれない。謝礼は何でも言ってくれ」
「欲しいものは情報。あとは家畜とか……道具とかその辺りです。またライラと一緒に村に来させてもらいますよ」
「そうかそうか。『ご挨拶』か。なるほど。私たちが待ち合わせした切り株のところまで送ろう。知りたいことがあるなら、道すがら話をしようじゃないか」
「兄貴! 俺も送っていくぜ!」
この後、フィアも合流して例の切り株のところまで向かうことになる。
お別れの時、フィアが「おねえちゃんー」と言っていたけど、エドが「フィア。しばらくは……」なんてことを呟くとあっさりと引き下がったのが印象に残った。
ま、まあ細かいことは気にしない男なのだ。俺は。
彼と共にポチに乗ってキャンプ地まで戻ると、アッシュが今日狩猟したという猪肉をごちそうになる。
食事の席でエドへ女王アリのことを告げると、彼は目を見開き固まってしまう。
「エドさん? エドさーん」
数十秒たっても瞬きさえしないエドが心配になり呼びかけてみても、未だ彼はみじろきひとつしない。
仕方ないので、猪肉を口にしココナッツジュースを飲む。
「あ、ああ。すまない賢者よ。伝説に聞く女王を仕留めたと聞いて……いかな賢者でもと思ってしまった」
「何言ってんだよ、エド。俺はこの目で倒された女王を見たんだぜ!」
豪快に口元と手を汚しながら食べるアッシュはエドの背中をバーンと叩く。
「巣に残ったアリがまだいるかもしれませんので、明日、煙で追い立ててみようと思ってます」
「いや、その必要はないだろう。あなたとアッシュの説明から、アリはもう巣穴から出てこないんだろう?」
「女王アリを倒してからは一匹も出ていませんが……」
「ポツポツと出る程度なら、村人でも仕留めることは全く問題ない。できれば、巣穴をあなたの大魔術で閉じてくれるとありがたいのだが」
「任せてください。明日一番でやってしまいます」
どうやら後は彼らに任せても問題ないようだ。
てことは、俺のお仕事もこれで終わりってことだよな?
俺の気持ちを察したかのように、エドが立ち上がり頭を深く下げた。
「賢者よ、本当に感謝する。村人を代表して礼を言わせてくれ」
「無事解決してよかったです」
俺も立ち上がってエドへ会釈をすると、アッシュも同じように立ち上がって俺の肩を叩く。
「兄貴! 本当に凄かったぜ!」
「アッシュ、いろいろありがとうな」
「ところで兄貴、終わったらもう行ってしまうのか?」
「うん、自分の拠点に戻ろうと思う。待たせている人もいるからな」
俺はエドへ目を向けながら、応じた。
彼は俺へ会釈を返すとアッシュに向けて口を開く。
「アッシュ、賢者には待ってる人がいるのだよ」
「そ、そうなのか! 兄貴。それじゃあ仕方ないかあ」
アッシュは納得したように「うんうん」と小刻みに首を振る。
そうだよな、待たせているライラに早く顔を見せたい。俺の無事をきっと祈ってくれているだろうから。
「なーなー、兄貴。その人って……まさか、人間とか?」
アッシュは目を輝かせて好奇心いっぱいに尋ねてきた。
「違うぞ」
否定する俺に言葉を被せるように、エドが口を挟む。
「無事アリを退治した今なら言っていいだろう。待ち人はライラなのだよ」
「ライラねえちゃん! 生きていたんだな! よかった。ねえちゃんはドジなところがあるから……ずっと戻ってこないし……」
エドはライラのことを村のみんなに黙っていたのか。これまで彼女のことが話題に上ることは無かったからなあ。
半ば人質のように彼女を扱ってしまって、後ろめたい気分があったけど……。
知らせていないってことは、エドはともかく村のみんなが友好的に接してくれる要因の一つにライラは絡んでいなかったってこと。
結果論だけど、ライラを窪地に残す必要はなかったってわけだ。
って考え事をしていたら二人が不穏な会話を続けているじゃあねえか。
「エド、ライラねえちゃんは戻ってこないの?」
「それは賢者次第だな……」
「へええ。村で住みたくないのかなあ? ねえちゃんの刺繍が俺、大好きだったんだ」
エドは着ているベストの裾を掴み胸の前に持ってくる。そこには、見事な鷹の意匠が施されていた。
お、おお、これはカッコいいな。
何やらライラのことで誤解があるかもしれないから、彼女のためにもちゃんと説明しておこう。
「エドさん、ライラのことなんですが」
「構わない。あなたに救ってもらった命だ。むしろあなたにならこちらからお願いしたいくらいだ」
ん、エドとどうもニュアンスが食い違っている気がする……。
と、ともかく説明を続けないと。
「ライラはエドさんとちゃんと話がしたいって言ってます」
「ほう。それは殊勝な心掛けだ。もちろんだよ。といっても私も妻も否定することなんてありえないがね」
や、やっぱりなんかおかしいって……。
「え、ええと……できればライラが希望したら村で元通りに……」
「来てくれるのか? それなら、私だけでなく村人も大歓迎だ!」
「兄貴ー! 俺もそれなら超嬉しいよ!」
え、ええと。ああああ、もういいや。根本的な認識のズレがあることは分かった。
それが何かは何となく察することができたけれど、触れたくない……きっと面倒なことになるだろうから。
俺はあいまいな笑みを二人に向け、ココナツジュースを飲み干したのだった。
◆◆◆
――翌朝
キャンプ地から悪魔族の村人と共にアリが巣くっていた悪魔族の村へと入る。
エドとアッシュの二人と雑談しながら、巣穴の前まで来たんだけど村人が使っている台車が気になったんだ。
ニーナが荷物を運ぶためにもってきた馬車の車輪は鉄の車軸に木の車輪だった。一方、悪魔族の村人が使っている台車は車軸も木でできている。
車軸は一番傷みやすい部分で、負荷がかかる上に少しでも歪むと車輪の進みがガタガタになって動かすのが困難になってくる。
村人が持っている道具に鉄製品がないわけじゃないから、鉄自体が不足していることは無いと思うんだけど……。木だと強度が足りずすぐに使い物にならなくなると思う。
「エドさん、それではここの穴を全部塞いで、櫓と囲いを撤去しますね」
「よろしく頼む」
俺はタブレットを手に出すと、ちょいちょいと操作して櫓と囲いを取り、巣穴をブロックで塞ぐ。これだと見栄えが悪いんで、巣穴の周辺もブロックで固めることにした。
現実世界に反映すると、一瞬で音も立てずにブロックの配置が切り替わりエドとアッシュが感嘆の声をあげる。
「兄貴、相変わらず圧巻だな! でもさ、ブロックの数が減ってるよな。どこにいったんだろ?」
アッシュが腕を組んだまま首を傾げた。
櫓と囲いには相当数のブロックを使っていたからな、確かにその疑問は当然だ。
彼らはタブレットを見ることができないから……どう説明したらいいものか。
「アッシュ、見えない空間に収納されてるんだよ」
「お、おおお! 兄貴は伝説の空間魔法まで使えるのか!」
はて、また聞きなれないワードが。何じゃその魔法。そういやライラが生活魔法を使ってるとか言ってたけど、魔法にも種類があるの?
「ど、どうだろ。俺のは全て一つの能力でやってることだからね」
「ふうん、よくわかんねえけど、ま、いいや。兄貴だし!」
「ははは」
「あはは」
笑いあう俺とアッシュ。いいぜ、その竹を割ったような性格。細かいことはいいよなもう。
ブロックが作成できる。それだけでいいじゃないか。その仕組みがどうなってんだとかはどうでもいい。どのようなことができるのかってところが重要なんだよ。
「賢者よ、異次元に収納しているブロックはどうするつもりなのだ?」
「えっと、このブロックは全て村の周辺にある木から作ったものなんですが……使いたいところがあります?」
「それなら是非ともお願いしたい」
エドは村の生活路を舗装してくれないかと依頼してきた。
俺も最初不便だなあとは思ったんだよね。村の中だというのに、舗装が全くされておらず草を抜いて踏み固めただけなんだもの。
熱帯雨林という気候関係上、雑草が生えてくるスピードも速いはず。道を維持するだけでも大変だろう。
俺としても特に手間がかかるわけでもないから、喜んでエドの提案を引き受け路面をブロックで敷き詰めていった。
しかし、ここで使っていた大きいサイズのブロックだと土の路面との境界線の高さが高過ぎたから、小さい方のブロックで作り直した。
いずれにしろ、道に全てブロックを敷き詰めるには足りなかったから手間は変わらない。
土とブロックの境界線は土を盛って傾斜にすることで、台車でも通れる箇所を作るとエドが言っていた。
「……こんなところですかね?」
「アリだけでなく舗装まで……あなたにはいくら感謝してもしきれない。謝礼は何でも言ってくれ」
「欲しいものは情報。あとは家畜とか……道具とかその辺りです。またライラと一緒に村に来させてもらいますよ」
「そうかそうか。『ご挨拶』か。なるほど。私たちが待ち合わせした切り株のところまで送ろう。知りたいことがあるなら、道すがら話をしようじゃないか」
「兄貴! 俺も送っていくぜ!」
この後、フィアも合流して例の切り株のところまで向かうことになる。
お別れの時、フィアが「おねえちゃんー」と言っていたけど、エドが「フィア。しばらくは……」なんてことを呟くとあっさりと引き下がったのが印象に残った。
ま、まあ細かいことは気にしない男なのだ。俺は。
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