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53.行くぞ、サンドロ

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「ほう。こう来たか」
「いかがなされますか?」

 帝国軍は中央、左翼、右翼に兵を分けてきた。
 中央が本体で1500程度。左翼右翼に残りを配置。数は同数ってところだな。
 罠を覚悟で左右から押し入り、要塞を回り込もうって腹か。
 
「奴らなりに考えてきたということか」
「ですな。罠があるとはいえ、二度目はない、と。ならば、罠での犠牲を織り込み、それを飽和させればよいという決死の作戦ですな」
「奴らからしたら妙案ってことか。俺が奴らの立場なら罠を飽和させる作戦も考慮したかもしれない。伏兵がいることが明らかな状況だしな」
「はい。ですが」
「最も最悪の手だ。こちらにとって無策で真っ直ぐ攻めることと比べどちらが御しやすいか……同じくらいかな」

 分けるなら、左翼か右翼どちらかに兵を集中させるべきだ。
 罠にかかることを承知で兵を進ませることができるのなら、中央も捨て左右どちらかに突撃させることが最良の手だろうな。
 俺? 俺はむざむざ兵を死にに行かせる手なんて取らない。その前に撤退しているさ。
 それが一番、兵を温存する手段だから。
 
「ん、しかし、こうなると指揮官が。ロレンツィオを戻すには間に合わないし。アルゴバレーノと彼女の相棒二人で切り盛りしてもらうか」
「イル様。私も出撃させていただけるのですね」
「そのつもりだ。左翼の対応を頼む。右翼はグリモアに。俺も出る」
「イル様ならそうおっしゃると思っていました。ご武運を」
「騎士団長も。頼んだぞ」
「お任せを」

 敬礼する騎士団長に向け返礼をする。
 アルゴバレーノとイツキに伝えておかないと。ギリギリまでここで指揮を執るつもりではいるが……。

「騎士団長」

 踵を返した彼を呼び止める。
 
「アレッサンドロはもちろん、イル様の元に馳せ参じさせます」
「助かる」

 アレッサンドロとの約束だからな。
 決死の覚悟で飛び込む時、彼と共に駆けると。
 
 ◇◇◇
 
 要塞を囲い込もうと動いた帝国軍だったが、中央に関しては特筆すべき点は何もなかった。
 前回と異なるのは騎兵が出て来たことくらいか。
 騎兵の速度でもって一気に突き抜けようというのだろうが、騎兵と要塞は相性が悪いとか考えないのだろうか?
 左翼、右翼が相変わらず全身鎧を装着しているから、まあ、そんなものだろうしか言えない。
 彼らの考えも分かる。
 騎兵突進を行うのは石壁じゃなく木の板だから、突進しハンマーで殴りつければ壁を壊せるかもしれない。
 鎧を着ているのも、杭が飛んで来るような罠にかかっても鎧がふせいでくれるかもしれない。
 だけど、かもしれないという希望的憶測に過ぎない。

「アルゴバレーノ。ここはもう大丈夫だろ。任せる。防衛に徹してくれ」
「あんたまで出る必要はないんじゃないのかい?」
「いや、あの場には俺がいる。俺が始めた戦争だから、終わらせることができるのも俺だけだ」
「全く、敵兵をあれだけ容赦なく倒すってのに……分かった、分かったからその目はやめな」
「騎兵はほっておいても落ちる。焦らず狙いをつけるように指示してくれ」
「はいはい。大丈夫だから、行った行った。王宮での戦いより余程安全さね」

 アルゴバレーノに双眼鏡を押し付け、司令部からトントンと梯子を伝って降りる。
 そこには馬を連れたアレッサンドロが俺を待っていた。
 
「イル様。どうぞ」
「よっし。行こうぜ。サンドロ」
「どこまでもお供いたします!」

 グッと拳を握り、ヒラリと馬に乗ったところでブオオオンブオオオンという音が耳に届く。
 角笛か。この音は帝国のものだな。
 
 馬で駆けながら戦場を見やる。
 突進する騎兵がオークらの投石でバタバタと倒れていく。
 それでも騎兵は怯まず、前へ前へと奔る。
 そこへ今度は矢の雨が降り注ぎ、更に騎兵が削られて行った。
 修復した馬防柵を飛び越え……いや、踏みつけが正しいか。先に突っ込み、馬防柵を飛び越えられずに屍となった人馬を踏み台にして残った騎兵が直進する。
 この時点で300ほどいた騎馬は半数以下になっていた。
 あと一歩、騎馬たちは両手持ちの長柄のスレッジハンマーを構える。
 「我らは捨て身で道を切り開いたのだ」なんてことを考え、ニヤリと笑みを浮かべたころか。
 
「ぐ、ぎゃあああ!」

 遠くから帝国騎兵の絶叫が聞こえる。
 城壁の前にあるものといえば、堀だろ? 布を敷いて薄く土を被せて隠していたんだよね。
 踏んだら即堀の中にどぼーんだ。ちゃんと底に尖った杭を隙間なく敷き詰めている。
 後は混乱した騎兵に対して、弓か投槍で終了ってところだな。
 後続の敵歩兵が来るまではまだ時間がかかるだろう。次の迎撃準備には十分な時間だ。
 
 俺とアレッサンドロは敵右翼が進む要塞から見て左手方向の裏道を通っていた。
 よし、到着したぞ。
 騎兵の一段が木々に挟まれつつも集合している。
 率いるはヴィスコンティだ。彼が今率いるのは守備隊であるが、馬は騎士団から融通してもらっている。
 騎士団は装備を軽くして、敵左翼に当たっているからな。不整地なら、騎士団長ら一部以外は徒歩の方がやりやすい。
 余った馬は全てこちらに回したというわけだ。
 
「イル様。お待ちしておりました」
「待たせた。戦況は?」
「敵右翼はおよそ800。罠は既に飽和しつつありますが、200以上は削りました。残りはグリモア隊長が対応しております」
「残り500か。グリモア隊の三倍以下なら、特に問題はないな。奴ら未だに全身鎧だ」
「グリモア隊は冒険者あがりなどが多く、不整地での戦いを得意としておりますので」
「うん。緒戦で彼らの動きは見た。ここは任せて問題ない」
「騎士団はいかがでしょうか?」
「分からない。不整地慣れしていないかもしれないけど、装備は整えた。でも俺は全く心配していない。何故なら、彼らは騎士団なのだからな」
「なるほど」

 納得したようにヴィスコンティが頷きを返す。
 王国騎士。それは、王国で最も強き者達が選ばれる職業だ。
 前王の時代は裕福な貴族のぼんくらやら、王のお気に入りが配置されていたが、そいつらはもういない。
 真の意味で王国騎士に選ばれた者だけが、残った者達である。
 彼らが御しえぬ者ならば、誰にも御しえぬ。
 組織的な戦いという点で見れば、ヴィスコンティら守備隊も王国騎士らと遜色ない。
 幾多の戦いをこなしている彼らは実戦で鍛えた猛者たちである。
 しかし、対人ならば日々研鑽を積んできた王国騎士に軍配があがるだろう。
 これまで一度も戦いに参加しなかった王国騎士。溜めに溜めた力を解放する時が今だ。
 ヴィスコンティらもまた然り。
 
 ここ一番の戦いが、今である。

「行くぞ。戦士達よ。今こそ、我の前に力を示せ!」
「応!」
 
 雄叫びをあげた守備隊が帝国軍右翼が作った道を突き進む。
 突然の騎馬突撃に悲鳴をあげる右翼を素通りし、帝国軍中央の横腹に飛び込む。
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