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54.突撃!

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「敵襲! 敵襲! うわああああ!」
「ぐうあああ!」

 一斉に突出してきた俺たち騎兵に帝国軍はなすすべもなく崩されて行く。
 味方が進出したはずの場所から敵軍が突如姿を現したのだ。
 帝国軍中央の横から攻めたということもあるが、彼らの混乱は相当なものだった。
 多くの者は握りしめる剣を振るうこともなく、王国軍騎兵の槍で串刺しになっていく。
 
「敵本陣を探せ! ノヴァーラ及び帝国軍指揮官を!」
「イル様、恐らくあちらです」

 馬を寄せてきたヴィスコンティが槍で左前方向を指し示す。
 なるほど。双頭の鷲との旗が立っているな。旧王国軍の騎士団は仕留めた。
 残った旧王国軍は元王親衛隊の一部だけだろう。
 四つ葉のクローバーを尚掲げているということは、つまりそういうことだ。
 あれだけ密集していた敵兵は完全に崩され、組織だった動きができていない。

「このまま突っ切るぞ。邪魔する敵兵は全て斬り伏せろ!」

 叫びながらも槍で敵兵の喉を突き刺す。
 帝国軍の士気はもはや戦闘を継続できそうにない。逃げ出す者まで出始めた。
 要塞側に進出している帝国兵は矢や石に散々に打ち倒され、要塞に取りつくところまで到達できていない様子。
 現状、まともに動けそうなのは目指す先にいる帝国軍司令官らや四つ葉のクローバーたち周囲くらいか。
 後はここからだと見えないが、最後部の部隊も無傷故に士気を保ててそうだ。それも、長くはないだろう。
 
 前にアレッサンドロともう二騎、後ろに二騎。そして横にヴィスコンティが付き添い、一直線に旗の立つ方に向かう。
 俺たちを先頭にして後続の騎兵も続く。
 
「この盗人どもが!」
「うおおおおおおお!」

 なんて憎まれ口を叩いた旧王国軍の生き残りが俺の前を行くアレッサンドロにあっさりと打ち倒された。
 彼の声は相変わらず、耳にキンキンくる。
 喋っている暇があれば剣を取れ、振るえ。
 そして、倒れた兵に言ってやれ。
 
「お前たちの時代はもう過去のもの。亡霊どもよ。降伏か死か選べ!」
「ぐううあああ!」

 槍を振るった後に悠々と宣言する。
 ゴクリと喉を鳴らした旧王国騎士と帝国兵もヴィスコンティともう一人の味方騎兵の前に倒れ伏す。
 
 そしてついに、俺と奴の間を遮る兵はたった三人となったのだ。
 四つ葉のクローバーの旗の元、筋骨隆々の偉丈夫が二人。
 一人は50歳手前くらいの男だが、年齢の割に肌艶がよくたてがみのように生えた髪と髭が見る者を圧倒する。
 もう一人は青年だった。こちらも精悍な顔つきに太い首と武人らしい見た目をしていた。
 年長の方が我が父ノヴァーラ。若い方が我が兄ルドヴィーゴである。って説明するまでもないか。

「久しぶりだな。我が父上。そして兄上」
「イル! 早く兵を引け、今なら許してやる!」

 ふうん。父上、それでいいんだな?
 一応確認してやろう。面倒だが。

「父上、辞世の句はそれでよろしいか? 兄上は無言でいいのか?」
「イル! 馬鹿なことを。父上の後を継ぐのはこの私、スフォルツァ家次男ルドヴィーゴと未来永劫決まっている」
 
 父も父なら、次男も次男だな。
 どの世界線で生きているんだ? こいつら。
 次男のルドヴィーゴは本気で言っているのかもしれないが、父は違う。
 あいつはずる賢い。奸計を実行しヴィスコンティをハメ、俺をスケーブゴートにする絵図を描いたくらいだからな。
 でも、ま。どっちでもいいか。
 
「ヴィスコンティ。どっちがいい?」
「私はこの場に馳せ参じることができただけで満足です。我が部隊で我が汚名を雪ぐことができれば」
「殊勝な男だ。集の勝利と自分の勝利を結び付け、我が事のように思えるという心は尊敬する」
「いえ、全てはイル様あってのこと」

 ヴィスコンティはどっちでもいいだってさ。
 それにしても、こいつら剣も抜かないんだな。供の兵も同じく。
 あ、お供の三人が一斉に剣を抜いた。
 
「ぐああ!」
「ぐ……」

 抜いた途端、ヴィスコンティとアレッサンドロに仕留められるお供の者達。

「降伏か死か。二つに一つ。どうする? 友軍はしばらく助けにくることはできないぞ」

 この場においては、俺たちがノヴァーラらを取り囲んでいる。
 帝国軍指揮官を護る兵達は俺たちと同数程度いるが、逆に俺たちの方が彼らを攻め立てていた。
 
 その時、轟雷のような雄叫びが遠くから聞こえたくる。
 
「うわああああああ!」
「行くぞおおお! イルに続けえええ!」

 お、グリモアたちか。もう帝国兵を潰したのか。やるじゃないか。
 なんて思っていると、今度は逆方向が騒がしくなる。
 
「イル様を。我が主を御護りせよ! 王国騎士よ。奮い立て!」
「突撃、突撃である!」

 ほう。騎士団長らも完遂したのか。
 不整地とはいえ、さすがは王国一の実力者たち。
 そして後ろでも。
 
「矢だ! 火矢が!」
 
 帝国軍最後部から悲鳴があがる。
 あああ。あの馬鹿! 何て指示を出しやがるんだ。
 ロレンツィオの奴、後方に控える食糧に火をつけやがったな。持って帰ろうかななんて思っていたのに。
 ネズミも言っていただろ。なるべくなら、持ち帰れって。
 城壁のものは仕方ない。あれは、燃やし尽くす必要があった。食糧を燃やすことで、帝国軍を短期決戦に導こうとしたのだ。
 もちろん、帝国軍は後方から補給を行おうとすれば行うことができる。
 リグリア領を素通りできるからな。
 しかし、城壁にある食糧を潰されたという事実が枷になる。再度補給したとして、出撃した時に再度燃やされると懸念することだろう。
 そうなれば、大胆に兵を動かすこともできなくなる。ならば、全軍で出撃している今こそが最大の好機を「思わせることができる」。
 
「……ジョルジュ隊の矢は精密だから、完全に糧食が燃えるか……」
「イル様。今はそのようなことより」

 アレッサンドロが放置している俺の父と兄に目を向ける。
 
「そうだな。サンドロ。友軍の奮闘を称えている場合じゃないな」
「称えましたか……?」
「心の中でな」
「そ、そうですか」

 絶句するアレッサンドロはそのままにしておこう。すぐに再起動する。
 
「考える時間は済んだか? それとも祈りの時間だったか?」
 
 二人に向けサーベルを突きつけ、目を細め顎を上げた。
 ぐぬぬと額から冷や汗を流すノヴァーラと情けなくも尻餅をつくルドヴィーゴ。
 次の発言次第で、即叩き斬る。
 
「黙っていては進まないぞ。どうするんだ?」

 とっとと何か言えよ。待っている間にも多くの帝国兵と僅かではあるがこちらの兵も命を失っているんだ。
 まあいい。何も言う事がないのなら仕方ない。
 すとんと馬から降り、ぐるりと首を回す。俺の動きに対し、慌ててアレッサンドロとヴィスコンティも馬を下り脇を固めた。
 ほら、剣を握ってもいいんだぞ?
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