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第11話 書写無双

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 にゃんこ先生は、幸い俺がわしゃわしゃするのを我慢できなくなる前に目覚める。

「すまぬな、取り乱してしまった」
「いえ、驚かしてしまってすいません」
「全て買い取らせてもらうよ。非常に助かる」
「そのことなんですが、ミャア教授……」

 俺はにゃんこ先生へ自分の「書写本販売計画」を身振り手振りを交えて語った。

「ほうほう。魔術師ギルドだけでなく、市井の本屋にも供給したいと」
「はい」
「あとは原本を貸し出してほしいと?」
「はい……」

 「魔術師ギルドと関わりのない街の本屋でも売るけど、原本を貸してくれ」は虫が良過ぎるよなあと思っていたけど……にゃんこ先生はピンと張った長い髭を指先で弾きながら悩むそぶりを見せる。
 お、これは脈ありかな?

「うーむ」
「やはり、難しいでしょうか」
「うむ。入門書や薬草系の実用書ならともかく、専門書は市井で売るには難しいと思うぞ。ストームくん」
「え、えっと……」

 なんかズレてない?

「ストームくん、そんな顔をしないでくれたまえ。君の書写の速さ、書写本を供給するという崇高な思い。どちらも素晴らしい!」

 ちょっと待って、話が変な方向に進んでるって。
 
「あ、あの……ミャア教授……」
「ん、どうしたのかね?」
「え、ええと、魔法の入門書とか専門家じゃない人でも学ぶことができる簡単な魔法の講座や薬草本とか……そういう誰にでも取りかかれるような内容のものだけを本屋にと思いまして……」
「お、おお、そうかねそうかね。いくらでも貸し出そうじゃないか! その代わりといってはなんだが相談がある」

 よかった。貸してくれるみたいだ。俺が求める原本は街の本屋でもたぶん置いている。
 しかし、魔術師ギルドからかりたかったんだよ。というのはだな。もし、書写本売りがうまく軌道に乗ったとする。そうなると、必ずアウストラ商会の奴らが圧力をかけてくると思うんだ。
 「俺たちにも甘い汁を吸わせろ」ってね。
 もちろん俺は奴らに一切妥協する気はない。奴らが対抗手段として街の本屋に圧力をかけて原本を抑えられると厄介だ。その点、魔術師ギルドならばアウストラ商会の手は及ばなってわけだよ。
 
 おっと、にゃんこ先生が俺の言葉を待っている。
 
「何でしょうか?」
「それはだね、魔術師ギルドでは魔術学校を併設している」
「はい。先日教えていただきました」
「春になると新入生、進級と大量の教科書が必要になるのだが、本が足りないのだよ」

 にゃんこ先生ははああとため息をつき、いかに本が不足しているのかを教えてくれる。
 学生は春になると、五人で一つの原本を使って書写本を作らなければならないほど本が不足しているようだ。せめて、二人に一冊くらい原本がいきわたるほどにしたいとにゃんこ先生は言う。
 本が不足していると聞いてはいたが、これほどだったのか……。

「なるほど。学生用でしたら……二年次、三年次の生徒用のものはともかく、新入生用の本でしたら入門者用と思いますし、こちらとしてもちょうどいいと思います」
「そうかね、『まず優先して学生の教科書用のものから書写本を作ってもらえないか』というのが相談内容なのだよ」
「分かりました。それではまずは入門書の原本からお預かりしてもいよいでしょうか? 数はどれくらい必要ですか?」
「できれば、一種類につき最低十冊ほど欲しい」

 俺はにゃんこ先生に順次完成した書写本を届けることを約束し、彼の元を去る。
 その際に貴重な原本を十種類も預かったのだった。ぽおんとこれだけの量を貸してくれるあたり、にゃんこ先生の信頼を多少は獲得できたのだと思う。
 
 ◆◆◆
 
 書写本を大量に作る為、トレーススキルの「記憶」を見直しながら新たな原本の「記憶」を行っていく。
 結果、記憶済みの原本ならば一日に十五冊から二十冊は作成できるまでになった。夜通しやれば三十冊はいけるが……そこまで切羽詰まっていないので夜は書写を行っていない。
 
 最初ににゃんこ先生のところに持って行った本は三十冊、他に新たな原本を二種類使いそれぞれ四十冊作成した。
 かかった日数は十日くらいかなあ。
 
 にゃんこ先生に三十冊を納品し、街の本屋にそれぞれ十冊置いてもらうことに成功したんだ。
 にゃんこ先生の方は一冊当たり五千ゴールドで買い取りだったけど、一方で本屋は置いてもらうだけで、売れたら一冊当たり二千ゴールド支払ってもらう契約を執り行った。
 店頭価格はこれまでの半分にまで落ちるから、どれだけ売れるのか楽しみだ。もしうまくいくようなら、ガンガン作って納品しよう。ふふふ。
 それまでは、にゃんこ先生から預かった残り七冊の「記憶」と彼に納品する分だけ書写を行うことにした。
 
「こっちです。ストームさん」
「ごめんごめん」

 エステルが手を振る姿が見える。
 いかんいかん。ついつい書写本を納品したことでニヤニヤしてしまっていた。
 
 ん? 俺は今、エステルと港近くのレストランに向かっている。彼女はなかなか仕事が忙しいらしく、約束していた食事が今頃になってしまったってわけだ。
 ずっと慣れ親しんだ街なんだけど、レストランはエステルが見繕ってくれた。それにしても港かあ……。ルドンたちは元気にやっているのだろうか。
 港といっても広いから、俺がかつて積み荷の上げ下ろしをしていた場所は、ここからだと豆粒ほどの大きさにしか見えない。ここでルドンたちと会うことはまず無いだろう。
 それに、彼らとまだ会うわけにはいかない。アウストラ商会の奴らとの蹴りがついてからだ。
 
 お、考え事をしている間にレストランに着いたぞ。
 
「おお、おしゃれな店だ……」

 真っ白のペンキが塗られたペンションハウスって作りなんだけど、碇とか網とかをオブジェとしていい感じに配置しているからか、上品で気品ある船の雰囲気を醸し出している。
 ぼーっと見上げていたら、エステルが遠慮がちに俺の手を引き店内へと促す。
 
 ◆◆◆
 
 魚介の鍋料理やら、パスタ、ワインに舌鼓を打ちながら、エステルと魔の森のことで盛り上がった。
 彼女はちょっとしたことでも笑ってくれて、とても楽しい時間を過ごせている。
 
「……というわけなんだよ」
「すごいです! 全部の小屋を自作されたんですね」
「うん、でも、モンスターの襲撃も受けることがあるから、小屋の中にある物の様子が変わってないか見る習慣がついたよ」
「へええ。大変なんですね。魔の森は」
「そうかな……慣れればそうでもないよ!」
「あ、あの、えっとですね……」

 うん、先ほどからエステルが何か言いたそうにしていたことは気が付いていた。
 
「エステル、俺に気遣いは無用だよ。むしろ、何でも言ってくれた方が嬉しい」

 にこやかにほほ笑むと、エステルは少しばかり頬をあからめ「で、では……」と言葉を続ける。
 
「お仕事のことで何か悩まれてませんでしたか? うんうんと呟いていらっしゃるところを何度か見かけましたので」
「よく見ているなあ。うん、確かに一つ悩ましいことがあってさ」
「よ、よろしければ……教えていただいてもいいですか?」
「もちろんだよ。本を書写しているんだけど、絵が多い本に手こずりそうでまだ手をつけてないんだ。一回描写してみたけど、なかなかうまく描けないんだよ」
「それでしたら、トレーシングペーパーを使われてはいかがでしょう?」

 何だろうそれ。
 エステルに聞いてみると、向こう側が透けて見えるほどの薄い紙だそうだ。絵の上にトレーシングペーパーを置いて、ペンでなぞるだけで絵をうまく描けるんだそうだ。
 しかし、写本にトレーシングペーパーを張り付けるわけには……あ、ああ!

「エステル、それはとてもいいアイデアだよ! ありがとう」
「そうですか。お役に立てて嬉しいです!」

 エステルは花の咲くような笑顔で両手を胸の前で握る。
 そうだよ。トレーススキルは「動作」を「記憶」するんだから、トレーシングペーパーの上で描いた動作を記憶し、無地の冊子の上で「実行」すればいいだけじゃないか。
 うんうん。
 俺はあっさりと問題が解決したことで、ニヤニヤが止まらなかったのだった。
 
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