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第56話 いけ好かない奴

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 対する俺もファールードの真似をして不適な笑みを浮かべた。
 
「そうかそうか。俺に勝つために健気にも修行してたってわけか」
「ッチ!」

 図星だったようでファールードがそっぽを向く。
 ようやく奴へやり返せたことで胸がすっとした。ははは。あの顔。
 
 ん、肩をつんつんされて振り向くと千鳥が何か言いたげだ。
 
「どうした? 千鳥」
「ストーム殿。目的を忘れているでござる……」
「そ、そうだった。ファールードと遊んでいる場合じゃあねえ」

 地形が変わっていたのはファールードの鍛錬(笑)だったから、よしとしてまずは深層の拠点に戻らないと。

「あ、遊ぶだと……いい度胸だな。ウィレム」
「モンスターの様子がおかしいから調べに来てるんだよ」
「ウィレム。お前のことだから、深層を巡回した後、最深部に行こうとか浅はかに考えているのだろうが」
「……」

 図星を突かれて憮然とした顔になる俺。
 それに対し、ファールードは愉快そうに腹を抱えて笑う。
 
「相変わらず無駄に動き回る奴だな。浅慮では時間を損するだけだ」
「ご高閲どうも。そんなわけで俺は行くぞ」
「まあ、待て。ウィレム。この先にある丘は知っているか?」
「……知っているが、あそこは樹上からでも最深部は見渡せないぞ」
「……お前は本当に……ククク」

 ファールードなら、石柱か何かを積み上げて最深部まで見渡せるだろうよ。
 でも俺には……あ、できるじゃないか。
 かあああっと自分の考えの無さに頬が熱くなる。
 
「そういうことだ。じゃあな。ウィレム」
「……感謝はしないからな」
「当然だ。お前からの謝辞など虫唾が走る」

 ファールードは踵を返し森の奥へと消えて行った。
 
「実はお二人って仲がいいのでは?」

 千鳥がボソリと呟くが、俺は全力でかぶりを振る。
 
 ◆◆◆
 
 あいつのアドバイスに従うのは癪に障るが、確かに理にかなっているし時間も大幅に短縮できることは確かだ。
 だが、大股で憮然とした顔のまま丘までくるくらい許してくれ。
 
「着いたぞ。千鳥」
「はいです」

 千鳥の手を引き、樹上に登る。
 一番高いところで、背伸びして左右を見渡す千鳥が眉根を寄せた。

「深層は一部であるにしても見えるは見えるのですが、最深部の様子はよく分からないでござる」
「そうなんだよ。最深部の方が高いところにあるから樹木で隠れてみえないだろ」
「はいです」
「だから、こうするんだ」

 千鳥の肩をポンと叩き、力強く踏みしめて足場を確認。
 うん、これなら大丈夫だな。
 
超筋力力こそ正義

 膝を屈め、全身が伸び上がるように枝を蹴る。
 俺の体はぐんぐんと高度をあげ、数十メートル上まで飛び上がった。
 
 おお、見える見える。
 ジャンプしているだけだから、じっくりと眺めることはできないけどここから安全に最深部の様子を見ることができる利点は非常に大きい。
 それに、深層の様子もよく見える。
 
 最深部はおおよそだけど円形になっていて、中央部に巨大な木――世界樹が存在感を示している。
 世界樹は他の木と一線を画す大きさを誇っていて、幹は育ち切った巨木が横に十本並べたより太く、高さも巨木を縦に五本分くらいもあるという規格外の木なんだ。
 
 遠くから見ただけでも世界樹は圧巻だなあとか思っていると、体が重力に引っ張られ下降しはじめる。
 その時、世界樹の辺りを小さな影が横切った気が。遠すぎて見えないので何が起こったのかここからは分からない。
 しかし、ここから米粒ほどの大きさに見えるものでも実際には数十メートルくらいの巨体になるんだから、気のせいで済ますことはできないぞ。
 
 気になりつつも元の場所へ着地し、息を吐く。幸いこれだけの衝撃を与えても枝はビクともしなかったからよかった。
 もしかしたら枝が折れるんじゃないかと思ったからさ。
 
「どうでござった?」
「んー、一瞬何か見えた気がしたんだけど、何かは分からなかった」
「飛竜か何かです?」
「飛竜ならいいんだけどなあ……。何度か飛び上がって見てみるよ」
「はいです」
「割れると困るから、これ持っててもらっていいかな」

 先に渡しておくんだった。
 俺は千鳥へ赤色ポーションの入った袋を手渡し、再度飛び上がる。
 
 何度か確認した結果、深層で何らかの異常事態は起こっている様子は見て取れなかった。
 やはり、怪しいのは最深部にある世界樹付近だろうな。あれから一度だけだが、影が見えたんだ。飛行系の巨大モンスターなら普通のことなんだけど、確認しに行くか。
 何もなければそれでよし。もし、何かが世界樹付近で起こっているのなら、対策を練らないとだな。うん。
 
 ◆◆◆
 
 千鳥と深層の拠点で一夜を過ごし、彼を拠点に残し一人最深部に向かう。
 最深部はエルダートレントとやりあった時と同じ理由で千鳥は置いてくることにしたのだ。
 ここのモンスターはとんでもなく厄介な奴もいるから、樹上を進みそいつらを避けつつ進む。樹上なら超巨体のモンスターは登ってこれないし、手が届く奴らもいるけど樹木が天然の盾となってくれる。
 
 三時間ほど進むとようやく世界樹が見えてきた。
 近くで見る世界樹はいつもと変わらない様子に見えた……いや、違うぞ。
 世界樹には一年中果実が成っているんだけど、これらは季節によって色が変わる。しかし、こんな色今まで見たことが無い。
 形こそ直径二十センチほどの球体と変わらないけど、淡い紫色をしているじゃあないか。世界樹の果実は赤色からオレンジ色に変化するのだが……これは一体?
 
 果実を採取すべく世界樹の枝へ乗り移ろうとした時、眼下にヘルべロスが。
 慌てて身を隠し様子を伺うが、ヘルべロスは何者かから逃げているみたいだ。奴が逃げるほどの敵となると、よっぽどヤバいのがこの近くにいるということ。
 額に嫌な汗が流れる。
 
 まさか龍種か……もしくはキマイラかもしれない……。
 龍は種類にもよるが、体長十五メートルを超えるものは超危険だ。とんでもなく鱗が硬い上に広範囲のブレスを吐く。
 キマイラはライオン、ヤギ、蛇の頭を持つ空を飛ぶこともできる獅子のようなモンスターで、三つの頭が同時に動くので手数が非常に厄介。
 ライオンの頭はブレスも使い、ヤギは攻撃魔法、蛇は強力な毒をと……どの頭も嫌らしい攻撃をしてくる。
 
 だが見たところ、そのような巨体は見当たらない。
 危険だが、進んでみるか。
 
 世界樹の枝に飛び乗り、再び左右を見渡す。
 モンスターはいない……む、むむ。これは。
 
 人の気配を感じる。しかし、その方向には影さえ見えない。
 隠遁か!

「見えているぞ。出てこい」

 気配の方へ目をやり、武器を構えた。
 しかし、相手は姿を現さずとんでもない速度で俺へ近づいてくる。

 こいつだ。こいつにおびえてヘルべロスは逃げ出したんだ。
 俺はそう確信する。
 
 間に合えよ!
 両手を掲げ、指先を動かす。
 
超敏捷速さこそ正義

 気配へ向けて、翅刃のナイフを振り下ろす。
 しかし、気配は超敏捷で振るったナイフを躱し俺の懐へ。
 
 ま、マズイ。
 腹部を思いっきり拳で強打されてしまった。
 
「ウィレム……」

 急速に意識が薄れて行くなか、最後の俺の名を呼ぶ声が聞こえた気が……。
 
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