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リア・ウォールマンの追憶①
しおりを挟むリアムが生まれたのは王都の下町だった。
気づいた時には母親との二人暮らしで、父親の顔は知らない。女手一つで子供を育てながら暮らしていくのは大変な苦労があっただろう。朝から晩まで働く母の姿はけれど、いつだって溌剌としていて、リアムに向ける笑顔ばかりが記憶に残っている。
慎ましいけれど、満たされた母との生活。
それが崩れたのはリアムが九歳の時だ。
ぼろい共同住宅に全身をマントで覆った男が訪ねてきた。怪しい風体でもそのマントの仕立てがいいことは見るものが見れば分かる。男はとある貴族の使者だと名乗り、さる方がリアムを引き取る旨、この事は他言無用であると一方的に告げ、リアムの腕を掴んで連れて行こうとした。
母親は死に物狂いで抵抗しようとした。連れて行かれそうになる我が子を腕に抱き決して離すまいと力を込める。そんな彼女を虫でも払うように暴力を振るう男に我慢できなかったのはリアムの方だ。
『なんでもするからお母さんをいじめないで!』
使者は一人ではなかった。後ろに控えていた男たちが力尽くで親子を引き離す。使者はリアムを見下ろし、冷淡な声で告げた。
『お前がその言葉通り振る舞うなら、母親に手出しはすまい。だが、一度でも違えればどうなるか分かっているな?』
リアムは幼いながらも察していた。自分の行動次第で母の命の天秤が傾く事を。彼らにとって自分たちの存在など風が吹けば飛んでいく塵芥のようなものだ。選択肢など初めからない。それでもリアムは選ばなければならなかった。
『大丈夫。僕は大丈夫だから』
我が子を取り戻そうと手を伸ばす母の顔をリアムは覚えていない。ただ、彼女が惜しみなくくれた笑顔を決して忘れないように、まぶたの裏に鮮明に刻みつけた。
馬車に乗せられて辿り着いたのは大きな屋敷だった。
まず初めに風呂に放り込まれ、痛いくらいに全身を磨かれた。風呂から出れば、当然のようにリアムが着ていた服はない。代わりに用意されていたのはお姫様が着るようなひらひらしたドレスだった。
困惑するリアムをよそにメイドたちは無言で着付けていく。
支度が終わると、ひとつの部屋に通された。
そこにいたのはリアムを連れてこいと命じたその人だった。豪奢な調度品が並ぶ室内で、負けず劣らず煌びやかな衣装を身に纏った男は冷たい眼差しでリアムを見下ろしていた。
『見た目だけならば誤魔化しは効きそうだな。決して露見せぬように教育を施せ』
男の側仕えらしき人間が「かしこまりました」と慇懃に頭を下げる。男はすでに興味は失せたとばかりに部屋を出て行った。そして、残されたリアムに側仕えは語った。これからリアムがしなければならないこと。
なりきらなければならない人物について。
*****
『あら。本当に私そっくりだわ』
まるで鏡を覗いているようだった。髪の長さこそ違えど鮮やかな赤い髪も新緑のような瞳も、顔の造作もどれをとっても似ている。他人の空似では説明がつかないほどに。リアムが少女と同じように髪を伸ばせば見分けるのは肉親でも難しいだろう。
それでも、二人を決定的に隔てるものが少女の顔の半分ほどを覆う火傷痕だった。
『これのせいで王子との婚姻が破棄されるかもしれないって、あんなに焦っていたのに、代わりを見つけちゃったのね』
あなたもかわいそうにと言ってリアムを見つめる新緑の瞳は何故か楽しげだった。
あなたの名前は? 今いくつ? 好きなものは? 矢継ぎ早に質問してくる少女にリアムは戸惑いを隠せない。そんな反応すら面白いとばかりに少女はリアムを構い続けた。
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