愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら

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覚悟していた政略結婚

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 春の陽光が、フォレスター侯爵家の応接室に差し込んでいた。しかしその明るさとは裏腹に、部屋の中の空気は重苦しい。

「セシリア、すまないが……お前にはレンフォード伯爵家への嫁入りを受けてもらわなければならないことになりそうだ」

 父の言葉に、セシリア・フォレスターは静かに紅茶のカップを置いた。二十歳になったばかりの彼女は、栗色の髪を優雅に結い上げた美女だ。秀でた頬、優美な眉、澄んだエメラルドグリーンの瞳が、聡明そうな印象を与える。

「承知いたしました、お父様」

 静かに答えた。
 母が小さく息を呑む音が聞こえた。セシリアは母の方を向き、穏やかに微笑んだ。

「大丈夫ですわ、お母様。私はもう子供ではありません」

 家の都合や利益のために結婚が決められる。そんなことは、貴族にとっては当たり前のことだ。
 セシリアも少し前から、この日が来ることを覚悟していた。

 フォレスター家の財政が火の車であることは、隠しきれない事実だった。
 父は投資に失敗してしまったのだ。父ははっきりとは言わないが――長年信頼していた商人にだまされたらしい。とうてい成功するはずもない事業に投資した父は、多額の借金を負った。

 そこへ、レンフォード家から婚姻の申し込みがあったのだ。

 セシリアはレンフォード伯爵とは会ったこともない。だからこのプロポーズは、疑いなく、打算に基づくものだろう。

 レンフォード家は、フォレスター侯爵家に金銭的援助を行う。
 その見返りとして、レンフォード家は侯爵家の持つ南方との交易権を手に入れる。

 一見すると、つり合いの取れない取引だ。交易権にはそれほどの経済価値はない。
 しかしレンフォード家にとっては、家格が上の侯爵家とのつながりができることも、メリットの一つなのだろう。

「大丈夫かしら。レンフォード伯は、気難しい方だという噂もあるわ。社交界にもほとんど顔を出していないし……」

 母が不安そうな声を出す。

「顔を出さずにいると、勝手にいろいろな噂を立てられるものですわ。単に、派手なことがお嫌いなだけかもしれませんよ」
 セシリアはあえて明るい声を出してみせた。

 父が咳払いをした。

「結婚式は一月後だ。準備を整えなさい」
「はい、お父様」

 部屋を出たセシリアは、廊下で大きく息を吐いた。見知らぬ相手との結婚が決まったことで、不安はある。それでも、彼女は顔を上げて窓の外を見た。

(家のために、ふさわしい相手に嫁ぐことも、私の務め。しっかりしなくては)

 彼女は幼い頃から、貴族の娘としての自覚を持つよう育てられた。貴族には責任がある。家を守り、領民を守る責任が。

 セシリアは自室に戻ると、机の引き出しから一冊のノートを取り出した。それは祖母が遺してくれた、薬草と香料についての覚書だった。

「おばあ様…」

 優しかった祖母の顔を思い出す。祖母はセシリアに、様々な薬草の知識を教えてくれた。どの花がどんな効能を持つか。どの香りが人の心を癒すか。
 ノートをめくりながら、セシリアは小さく微笑んだ。

(この知識が、レンフォード家の役に立てばいいのだけれど)
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