3 / 13
残酷な真実
しおりを挟む
「これは政略結婚だ。君も承知の上だろう」
「ええ、もちろん」
「ならば話は早い」ルパートは淡々と続けた。「私たちの間に愛情はないし、必要もない。これは家と家の契約であり、私たちはその駒に過ぎない」
セシリアは息を呑んだ。
彼の言っていることは間違いではない。しかし実際に言葉にされると、胸が締めつけられる。
たとえ事実がそうだとしても――あえて言葉にはしないのが、思いやりというものではないのか?
「私には……」ルパートの声が、わずかに震えた。「私には、愛する人がいる」
「え?」
「だから君を愛することはできない。愛するつもりもない」
セシリアは目の前が真っ暗になるような気がした。
あまりにも途方もない展開だ。
ルパートは、言いにくかったことをようやく口にできて、さばさばしたような表情になった。
「君にも恋人がいたかもしれない。それは気の毒だと思う。だが、これが貴族の運命だ。互いに割り切って、形だけの夫婦でいよう」
「……そう、ですか」
セシリアは短い返事を絞り出すのが精一杯だった。
「君は当面の間、好きにしてくれればいい。無理に伯爵夫人らしくしようとしなくてもいい。この屋敷の女主人の役割は、引き続き、私の母が務める」
「はあ……」
「では、おやすみ。君の寝室へは、メイドが案内してくれるはずだ。明日からは、必要な時以外は顔を合わせることもないだろう」
「私の寝室? 主寝室、ではないのですか」
セシリアは反射的に尋ねていた。
伯爵夫人であれば、伯爵の部屋と続きの間になっている主寝室に入るのが当然のはずだが。
ルパートは、はっきりとした侮蔑の表情を浮かべてセシリアを見返した。
「主寝室は君のものではない。私たちは形だけの夫婦だ。距離を詰める必要はない」
セシリアが、二の句を継げないでいるうちに、ルパートは部屋に入って扉を閉めてしまった。
セシリアは廊下に一人残された。茫然とその場に立ちつくす。
やがて、メイドがやってきて、セシリアを寝室まで案内してくれた。
長い廊下を進む。示された部屋は、屋敷の西の端にあった。文字通り「隅っこに追いやられた」形だ。
寝室自体は非常に豪華なものだった。大きなベッドと、最新流行のデザインの家具が備えられている。窓も大きく、快適そうだ。
扉を閉め、背中を扉に預けた瞬間——
「ふふっ」
セシリアの口から、ひとりでに笑い声が漏れた。
「あはは……最悪だわ」
笑いながら、涙があふれてきた。
結婚式の日に、夫から愛情を否定される。
屋敷の女主人としての権限も与えられず、主寝室への立ち入りも拒否される。
それではいったい何のために、自分はあの人の妻となったのか。
もともと政略結婚だから、甘い初夜などそれほど期待してはいなかったが。
ここまでひどい展開も、想像を超えている。
セシリアは涙を拭い、大きく息を吸った。
(泣いている場合じゃないわ。私には家族を守るという目的があるんだから)
彼女は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。
涙で少し赤くなった目。それでも、そこにはあきらめの色はなかった。
「よし」
セシリアは自分に言い聞かせた。
「契約結婚なら、契約結婚でいいじゃない。夫の愛が得られないなら、別の居場所を見つければいい」
少なくとも、この結婚のおかげで、実家であるフォレスター侯爵家は救われるのだ。
彼女はドレスを脱ぎ、ナイトガウンに着替えた。そしてベッドに横たわった。
天蓋付きの豪華なベッド。でも、そこにはセシリア一人だけ。
(明日から、どうなるのかしら)
不安がないと言えば嘘になる。でも、セシリアは元々前向きな性格だった。
なるようになる、と自分に言い聞かせて、目を閉じた。
こうして、セシリアのレンフォード伯爵家での生活が始まった。
「ええ、もちろん」
「ならば話は早い」ルパートは淡々と続けた。「私たちの間に愛情はないし、必要もない。これは家と家の契約であり、私たちはその駒に過ぎない」
セシリアは息を呑んだ。
彼の言っていることは間違いではない。しかし実際に言葉にされると、胸が締めつけられる。
たとえ事実がそうだとしても――あえて言葉にはしないのが、思いやりというものではないのか?
「私には……」ルパートの声が、わずかに震えた。「私には、愛する人がいる」
「え?」
「だから君を愛することはできない。愛するつもりもない」
セシリアは目の前が真っ暗になるような気がした。
あまりにも途方もない展開だ。
ルパートは、言いにくかったことをようやく口にできて、さばさばしたような表情になった。
「君にも恋人がいたかもしれない。それは気の毒だと思う。だが、これが貴族の運命だ。互いに割り切って、形だけの夫婦でいよう」
「……そう、ですか」
セシリアは短い返事を絞り出すのが精一杯だった。
「君は当面の間、好きにしてくれればいい。無理に伯爵夫人らしくしようとしなくてもいい。この屋敷の女主人の役割は、引き続き、私の母が務める」
「はあ……」
「では、おやすみ。君の寝室へは、メイドが案内してくれるはずだ。明日からは、必要な時以外は顔を合わせることもないだろう」
「私の寝室? 主寝室、ではないのですか」
セシリアは反射的に尋ねていた。
伯爵夫人であれば、伯爵の部屋と続きの間になっている主寝室に入るのが当然のはずだが。
ルパートは、はっきりとした侮蔑の表情を浮かべてセシリアを見返した。
「主寝室は君のものではない。私たちは形だけの夫婦だ。距離を詰める必要はない」
セシリアが、二の句を継げないでいるうちに、ルパートは部屋に入って扉を閉めてしまった。
セシリアは廊下に一人残された。茫然とその場に立ちつくす。
やがて、メイドがやってきて、セシリアを寝室まで案内してくれた。
長い廊下を進む。示された部屋は、屋敷の西の端にあった。文字通り「隅っこに追いやられた」形だ。
寝室自体は非常に豪華なものだった。大きなベッドと、最新流行のデザインの家具が備えられている。窓も大きく、快適そうだ。
扉を閉め、背中を扉に預けた瞬間——
「ふふっ」
セシリアの口から、ひとりでに笑い声が漏れた。
「あはは……最悪だわ」
笑いながら、涙があふれてきた。
結婚式の日に、夫から愛情を否定される。
屋敷の女主人としての権限も与えられず、主寝室への立ち入りも拒否される。
それではいったい何のために、自分はあの人の妻となったのか。
もともと政略結婚だから、甘い初夜などそれほど期待してはいなかったが。
ここまでひどい展開も、想像を超えている。
セシリアは涙を拭い、大きく息を吸った。
(泣いている場合じゃないわ。私には家族を守るという目的があるんだから)
彼女は鏡の前に立ち、自分の顔を見つめた。
涙で少し赤くなった目。それでも、そこにはあきらめの色はなかった。
「よし」
セシリアは自分に言い聞かせた。
「契約結婚なら、契約結婚でいいじゃない。夫の愛が得られないなら、別の居場所を見つければいい」
少なくとも、この結婚のおかげで、実家であるフォレスター侯爵家は救われるのだ。
彼女はドレスを脱ぎ、ナイトガウンに着替えた。そしてベッドに横たわった。
天蓋付きの豪華なベッド。でも、そこにはセシリア一人だけ。
(明日から、どうなるのかしら)
不安がないと言えば嘘になる。でも、セシリアは元々前向きな性格だった。
なるようになる、と自分に言い聞かせて、目を閉じた。
こうして、セシリアのレンフォード伯爵家での生活が始まった。
28
あなたにおすすめの小説
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
白い結婚を終えて自由に生きてまいります
なか
恋愛
––アロルド、私は貴方が結婚初日に告げた言葉を今でも覚えている。
忘れもしない、あの時貴方は確かにこう言った。
「初めに言っておく、俺達の婚姻関係は白い結婚として……この関係は三年間のみとする」
「白い結婚ですか?」
「実は俺には……他に愛する女性がいる」
それは「公爵家の令嬢との問題」を理由に、三年間だけの白い結婚を強いるもの。
私の意思を無視して三家が取り決めたものであったが、私は冷静に合意を決めた
――それは自由を得るため、そして『私自身の秘密を隠すため』の計算でもあった。
ところが、三年の終わりが近づいたとき、アロルドは突然告白する。「この三年間で君しか見えなくなった。白い結婚の約束をなかったことにしてくれ」と。
「セシーリア、頼む……どうか、どうか白い結婚の合意を無かった事にしてくれ」
アロルド、貴方は何を言い出すの?
なにを言っているか、分かっているの?
「俺には君しかいないと、この三年間で分かったんだ」
私の答えは決まっていた。
受け入れられるはずがない。
自由のため、私の秘密を守るため、貴方の戯言に付き合う気はなかった。
◇◇◇
設定はゆるめです。
とても強い主人公が自由に暮らすお話となります。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
嘘をありがとう
七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」
おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。
「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」
妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。
「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
愛してしまって、ごめんなさい
oro
恋愛
「貴様とは白い結婚を貫く。必要が無い限り、私の前に姿を現すな。」
初夜に言われたその言葉を、私は忠実に守っていました。
けれど私は赦されない人間です。
最期に貴方の視界に写ってしまうなんて。
※全9話。
毎朝7時に更新致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる