愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら

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幼なじみとの再会

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 知らない相手だと思って、気にもとめていなかった。
 その青年が近い距離に来るまで。

「……今日は、里帰り?」

 低く落ち着いた声が響いた。

 セシリアは驚いて顔を上げた。微笑みをたたえて見下ろしてくる、明るい琥珀色の瞳。その瞳には見覚えがある。

「……あなた、まさか……?」

 青年は片方の眉をわずかに上げ、照れたように微笑んだ。

「さすがに、もう気づいてもらえないかと思ってたよ。……久しぶりだね、シー」

 呼ばれた瞬間、胸の奥が強く跳ねる。
 この呼び方を、最後に聞いたのはいつだっただろう。
 セシリア(Cecilia)の「シー(C)」。それは、と彼女の間だけの呼び名だった。

「そんな……だって、あなた……昔は……もっと……」

 もっと小さくて。
 もっと頼りなくて。
 泣き虫で、すぐセシリアの後ろに隠れて――。

「……成長、しただろ? まあ、あの頃のままだったら、小さすぎて君の目にとまらなかったかもしれないけど」

 静かに微笑む青年の名は――リオン・ハートウェル。
 ハートウェル男爵家の三男坊で、セシリアの幼なじみだ。

 二人は幼年学校で出会い、すぐに仲良くなった。
 幼年学校を卒業してから、リオンは王立学院へは進まず、商人の道を選んだと聞いていた。
 世界中を駆けめぐり――もう何年も、王都にも領地にも帰ってこなかったのだ。

 さらり、と風に揺れる茶色の髪と、甘さを含んだ笑顔には昔の面影があるが。
 それ以外はまるで変わってしまった。
 背が高い。筋肉質で、動作がきびきびしている。手が大きい。声が低い。落ち着き払っている。

 昔はセシリアより小さかったのに。落ち着きがなかったのに。

「……泣きそうな顔をしてる。誰に、そんな顔をさせられた?」

 リオンはふっと表情を曇らせ、さらに近づいてきた。
 セシリアは笑おうとした。

「泣いてなんて……」
「嘘だよ」

 あっという間にセシリアの傍らまで来たリオンは、触れるか触れないかの距離で、セシリアの睫毛の下に指先を浮かべた。

「君は昔から、泣きたいときに笑う癖があった」

 あれは十年以上前。
 セシリアが、彼の涙を拭いてやっていた頃。
 誰にも認めてもらえなかった彼の味方を、セシリアひとりだけがしていた頃。

 痛みに似た記憶が、甘くうずく。

「……どうして、ここに?」

 やっと絞り出せた声は、自分でも情けなくなるほど震えていた。
 リオンは一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりとセシリアを見つめ返す。

「聞いたんだ。……フォレスター侯爵が、困った事態になってるって」
「……!」
「だから来た。今の僕には、助ける力がある。こう見えても、商人としてけっこう成功しているんだよ。だけど……どうやら、困っているのは侯爵だけじゃなさそうだね」

 強がり、虚勢、言い訳。体面を取り繕うための言葉。
 それらすべてが、セシリアの喉の奥で止まる。

 まるで時間が巻き戻ったかのように、彼はあの日の少年のまま、セシリアをまっすぐに見つめていた。

「昔、泣いてた僕の手を握ってくれただろ?」
「……ええ……覚えてるわ」
「じゃあ……今度は僕の番だ」

 あたたかい風が花の香りを運んでくる。
 かつて一緒に遊んだことのあるこの庭は、今、セシリアとリオンだけの世界になっていた。
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