愛人の子を育てろと言われた契約結婚の伯爵夫人、幼なじみに愛されて成り上がり、夫を追い出します

深山きらら

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遠い思い出

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 あれは、まだ二人が十歳にも満たなかった頃のことだ。
 森でかくれんぼをしていて、リオンがひとりで泣いていた日のことを、セシリアは唐突に思い出した。

   *   *   *

「……っ、……ひぐ……置いていかれた……」

 日が傾きかけた頃。どこからかリオンの声が聞こえる。
 彼を探していたセシリアは懸命に走り、森の中でリオンを見つけた。彼は低い茂みの影で、膝を抱えてべそをかいていた。

「どうしたの、リオン?」

 こちらを見上げた彼の顔は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 同じ年頃の子たちと比べると、小柄で痩せっぽちで。
 皆と一緒に行動しようとしても、ついていけないことが多い。よく転ぶので、手足はいつも傷だらけだった。

「……みんな、僕がちびでのろまで、すぐに泣くから……弱虫の、足手まといだって……置いて……いった……」

 震える声。
 セシリアの胸の奥がぎゅっと熱くなった。

「リオンは足手まといなんかじゃない」

 セシリアはしゃがみこみ、リオンの手を握った。
 幼い手は冷たくて、かすかに泥の匂いがした。

「私はいつでもリオンを迎えに来るわ。絶対に、置いていったりしない」

 リオンは、涙をいっぱいに溜めた琥珀色の瞳でセシリアをみつめた。

「ほんとうに……?」
「ほんとうよ」

 セシリアは迷わず言った。

「ちょっと人より背が低いぐらい、何よ。リオンは弱くなんかない。足手まといじゃない」
「……うん……」

 小さな手が、握り返してきた。
 セシリアは微笑んで、リオンを抱きかかえるようにして立ち上がらせた。

「さあ、帰りましょ。急がなくてもいい……二人でゆっくり歩いて帰るの。二人なら、何も怖くないわ」

 その言葉に、彼の泣き顔がすこしだけ明るくなった。

「……ありがとう、シー。僕……がんばるよ」

 その声は、頼りないのに、まっすぐ心に届く強さを持っていた。

 夕闇の中、二人はしっかり手をつないで、寄宿舎まで歩いて帰った。濃い紅色に染まった空と、夜の気配を含む風の冷たさを、今でもありありと思い出せる。

   *   *   *

 記憶から現実へ戻ると、目の前のリオンはもう泣き虫でも小さな子でもなかった。
 長身になり、鋭い目をして、世界を相手に商売をし、自信たっぷりな――大人の男。

 けれど、その瞳の奥に宿る『誠実さのかたまり』だけは、あの日の少年のままだった。

「……君は、昔から強かった」

 低い声が静かに言う。

「強いのに、誰より優しかった。だから……今度は僕の番だよ」

 セシリアの胸が甘く痛む。
 あの日、泣き虫の少年の手を握ったときと同じ痛みだった。
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