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一章 「この婚約は間違いだった」
①
しおりを挟む「この婚約は間違いだった」
開口一番そう言われたミシュリーヌは目を見開いた。
まさかのまさか。レダー公爵家との縁談がトントン拍子でまとまったのだが、やはりみんなの予想通り。
こうなってしまったようだ。
(やっぱりクロエと間違えていたのね……そうだと思ったわ。わたしがレダー公爵に選ばれるなんておかしいと思ったもの)
ミシュリーヌは落ち込むことはなかった。むしろ納得するように頷く。
すべてを持ち合わせているであろう彼が平凡であるミシュリーヌを選ぶことがおかしいと思っていたからだ。
ミシュリーヌはシューマノン子爵家らしいピンク色の髪にブラウンの瞳。どこにでもいる平凡な顔だ。
十七歳のミシュリーヌは気づいた時には、今のところ婚約者もおらず好きなことに全力投球する普通の令嬢である。
ベガリー王国では貴族ならば魔法を使うことができるのだが、爵位が上がるほどに強力な魔法が使えるといわれていた。
また爵位が低くとも魔法属性次第では成り上がることができるとあって、結婚相手はかなり重要。
各家、慎重に相手を選ぶ。
またよりよい家に嫁ごうと令嬢たちの気合いやアピールも凄まじい。
ミシュリーヌの婚約相手は、社交界でアイドル的な人気を誇る第一騎士団の副団長オレリアンだった。
アイドル的な人気ということは言わずもがなみんな顔がいい。
とにかくこの国の騎士団は顔がよすぎる男が揃っている。
顔で選んでいるのか思いきや、そんなことはない。
ベガリー王国の騎士団は、厳しい条件をクリアしなければ入ることはできない。
故に令息たちの夢は騎士団に入団すること。
爵位にも影響するからと騎士団に入るために腕を磨くのだ。
その中でも第一騎士団のトップにのぼりつめるためには、生まれ持った魔法の才能や国民からの人気、爵位や実績など様々な要素が加味される。
第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団とあり、約十五人ずつ在籍している。
もちろん第一騎士団が一番強く、国王や王妃など王家の護衛を任されている。
第二騎士団は大臣たちや外交、依頼があれば貴族たちの警護も行う。
第三騎士団は主に街の警備などを担当していた。
その中でも王家直属の第一騎士団の副団長、レダー公爵の若き当主オレリアン・レダーは常に注目の的だ。
歳は二十二歳で婚約者はいない。
ヴァイオレットの髪とラベンダー色の瞳は珍しく、この国では唯一のものだ。
体格は騎士団の中でも細身で白い肌に中性的な顔立ち。
とにかく麗しい、美しいという言葉はぴったりな男性だ。
寡黙で剣の腕も国で一、二を争うそう。
圧倒的な魔法の強さと彼の容姿、クールでミステリアスな部分が人気の要因なのだろう。
オレリアンの魅力にこの国の令嬢たちは虜になっている。
華やかな第一騎士団の中でも、彼を慕っている令嬢が一番多いと言っても過言ではないだろう。
オレリアンはベガリー王国でただ一人、闇魔法という珍しい魔法を使う。
そもそも闇魔法自体がとても珍しいことに加えて、使える者がいない。
ベガリー王国では本来では闇魔法は畏怖されるべきものだった。
その理由が闇魔法を使う自身が魔法に支配されて気が触れてしまうから。
使いこなそうとするものの、歴代の闇魔法を使う者たちは皆失敗してしまう。
魔法が優位となり、暴走してしまい、手がつけられなくなってしまう。
それほど強大な力なのだが、オレリアンはあっさりと闇魔法を使いこなした。
今までの闇魔法は畏怖するものという常識を覆したのだ。
そんな彼の婚約を申し込まれたミシュリーヌだが、特段強い魔法を持っているわけではない。
花魔法という花を好きなだけ出せる魔法を持つ普通の令嬢だ。
珍しくはあるが、特に何ができるわけではない。
そんなシューマノン子爵家はベガリー王国で年に二回、寒い時期と温かい時期に開催される〝花祭り〟で大活躍する。
あとは外交時や誕生日パーティーの時の飾り付けなどに役立つだろうか。
シューマノン子爵家が持つ家系特有の魔法だ。
この国には珍しい魔法を持つ貴族たちが複数いる。
花祭りには大量の花が必須なため、シューマノン子爵家は子爵でいられるのかもしれない。
花は木に囲まれているシューマノン子爵邸の和やかな昼下がり。
オレリアンと話したことすらなかったミシュリーヌに宛てて届く婚約を申し込む書類。
オレリアンからの説明はなく、ここにサインして提出すれば婚約者になるという。
乱暴にどこか歪んでいる文字を見つめながら、ミシュリーヌは何かおかしいと思っていた。
接点すらなく女性嫌いと知られる彼がこんなことをするなんて考えられない。
最初はいたずらかと思いきや、レダー侯爵家の家紋が刻まれた蝋封が押されているし、書類には印も押されている。
『このまま黙って婚約しろ』
言葉には書いていないが、かなりの圧力を放っている書類を見つめながらミシュリーヌはゴクリと喉を鳴らす。
しかしミシュリーヌたちには一つだけ心当たりがあった。
それはミシュリーヌの一つ下の妹、クロエについてのことだ。
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