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025 / 初めてのセッション(5/5) セッションの終わりに

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「今日はここまで、かな」

「え、もう?」

「時計時計」

「──わ、もうこんな時間!」

「気付けば、常連さんたちもいません……」

 代金は、しっかりとカウンターに置いてある。
 俺たちがあまりに熱中していたから、声を掛けづらかったのだろう。

「悪いことしちゃったかな」

「次回以降は、セッション中でも注文をして構わないと周知しておきましょう。私、これでも仕事中ですし」

「……それ、よかったの?」

「──…………」

 アーネがしばし思案し、

「あとでマスターに謝っておきます」

「俺も謝っておくか……」

「じゃ、あたしも……」

「では全員で」

 俺たちは、カウンターの奥の調理場へと向かい、マスターに非礼を詫びた。
 竜とパイプ亭のマスターは、寡黙な好々爺こうこうやだ。
 右手を上げて微笑むだけで俺たちを許すと、明日の仕込みへと戻っていった。

「相変わらず渋い人だなあ」

「ええ。いつも彼の厚意に甘えさせてもらっています」

「たくさん注文して還元しなきゃ」

「だな」

 ふと、大事なことを思い出す。

「──そうだ、フェリテ。明日からもうダンジョンに潜りたいか?」

「うん、そうしたい。路銀もないし、このままだとリュータにお金を借り続けることになるから……」

「では、今のうちに」

 アーネが、カウンターの奥から分厚い登録簿を抱えてくる。

「名前をこちらにお願いします」

「はーい」

 さらさらと自分の名前を記入し、フェリテが頷く。

「よし、と。これで、もう潜っていいんだよね」

「ええ。ログの提出は忘れずにお願いします」

「了解。じゃ、今夜は解散だな」

「あ、お風呂入りたい!」

「では、今から沸かしましょう。三十分ほどお待ちを」

「俺は、明日の朝でいいかな。フェリテを待ってたら深夜になりそうだし」

「ごめんね、もう二日も入れてなくて……」

「いいよ。ゆっくり疲れを取ってきな」

「うん」

 自分のテーブルへと取って返し、散らかった道具を片付けていく。
 羊皮紙の収納と展開が自在にできるのは、本当に便利だ。

「リュータ」

 アーネがこちらを見上げる。

「うん?」

「今日は、とても楽しかった。友達と遊ぶのなんて、初めてでしたから」

「そっか」

 神官って、そういうものなのだろうか。
 アーネの言葉にフェリテも同意する。

「うん、すっごく楽しかった! また続きやろうね。今度はレベルも上げたいし」

「ダンジョンから無事に帰れたら、続きだな」

「ええ。"アーネ=テト"の冒険は、まだ始まったばかりなのですから」

 笑顔で二人と別れ、自室に戻る。
 そして、流れるようにベッドに倒れ込んだ。
 ──楽しい。
 やはり、TRPGは最高の遊びだ。
 四大欲求のひとつであるセッション欲を満たすことができて、俺はたいへん気分がよかった。

 明日は、フェリテとパーティを組んで初めてのダンジョン攻略だ。
 現実はセッションほど上手くは行かない。
 だが、ソロで潜っていたときより、きっと充実しているはずだ。
 フェリテは元気でいい子だし、話していて飽きない。
 ここでアーネがついてきてくれれば最高なのだが、立場上無理だと言うのであれば仕方あるまい。
 しばらくは二人でダンジョン攻略に励むとしよう。
 いつか、最高の冒険譚を綴るために。
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