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054 / 食えないやつら

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「隠し通路が五層にあることはアーネ嬢から聞き及んでいるのだが、いちいち探すのも効率的ではない。先人がいるのであれば、多少値が張ろうとも時間を節約すべきと考えてね」

「ああ、それなら構わ──」

 そこまで言い掛けたところで、名案を思いつく。

「──グラナダ。地図と一緒に宝箱も買わないか?」

「どういうことだい?」

「これを見てほしい」

 下ろした背負い袋から、ミスリル鉱石を一つ取り出す。

「……鉱石?」

「ミスリル鉱石だ。俺たちは、これがいっぱいに詰まった宝箱を、あと三つ占有してる。一箱売れば、おおよそ金貨三枚にはなるだろう」

「ほう」

「ちょっと持ってみてくれ」

 グラナダにミスリル鉱石を差し出す。

「ああ」

 鉱石を受け取ったグラナダの腕が、重力に従って思いきり落ちた。

「──って、重ッ!?」

「この通り、重いんだよ」

「見た目以上だね、これは……」

「二人でこれを数十個も運び出すんだ。それで、ようやく金貨三枚。割に合わないとは言わないけど、いい加減うんざりしててさ。この宝箱を半値で買ってくれるなら、ついでに隠し通路の先の地図もつけてやるよ。五層まで、だけどな」

「なるほど……」

 鉱石をテーブルに置いたグラナダが、しばし思案する。

「待っていてくれ。今、我がグラナダ探窟隊の財務担当を呼ぶ」

 グラナダが、それとなくこちらを気にしていた四名へと声を掛ける。

「──おーい、ナナセ! 来てくれ!」

 グラナダが名前を呼ぶと、ハンチング帽をかぶった一人の少女がとててと駆け寄ってきた。
 小柄なアーネよりなお小さく、十代前半の子供のようにも見える。

「なにさー?」

「今、彼らからこんな打診があってな」

 グラナダが、ナナセと呼ばれた少女に事情を説明する。
 ナナセが顎に手を当てた。

「なっるほどー……」

「どう思う?」

「何はともあれ、まずは事の真偽でしょ。アンタ、吟遊詩人なら証拠見せなさい」

「はいはい」

 白紙の羊皮紙と羽根ペンを展開する。

「これに宣誓でもすればいいか?」

「ええ、そうして」

 吟遊詩人は嘘を綴ることができない。
 デメリットのようにも思えるが、使い方によっては、こうして信頼を得ることもできる。
 俺は、羊皮紙に、グラナダに話した内容を事細かに書き記した。

「ほら」

 羊皮紙をひったくるようにして受け取ると、ナナセが内容に目を通す。

「……嘘はないみたいね。金貨三枚の半値だから、金貨一枚と銀貨五枚?」

「妥当だろ」

「金貨一枚、銀貨三枚」

「おいおい、地図もつけるんだぜ。それも、隠し通路の先までだ。銀貨一枚負からないね」

「五層の広さと複雑さにもよるわよ。チラッと見せなさい、チラッと」

「──…………」

 ナナセを観察する。
 華奢な外見に、軽装。
 魔法使いという可能性もあるが──

「なによ、セクハラ?」

「……お前、吟遊詩人だな」

 ナナセの双眸が鋭く引き絞られる。

「どうしてそう思うの」

「向こうの三人と比べて、明らかに戦闘向きじゃない。それに、事の真偽を確かめるのに、俺が吟遊詩人であることを自然に利用しただろ。あれは、同じ吟遊詩人の発想だ」

「……察しが良すぎて可愛くないわよ」

「可愛さは目指してないもんで」

 ナナセが一つ溜め息をつく。

「いいわ。アタシは吟遊詩人よ。で、それがどうかした?」

「吟遊詩人に、今から売ろうって地図を見せられるわけないだろ。吟遊詩人の記憶力はよく知ってる。チラッとでも目にすれば、すべてとは言わなくとも、主要な通路くらいは覚えられる」

「……食えないやつ」

「こっちの台詞だ」

 見た目に反して場慣れしていやがる。

「じゃ、金貨一枚と銀貨四枚」

「今の流れで、よくまだ値段交渉できるな……」

「冒険者は図太くないとねー」

「──ったく」

 仕方ない、すこし譲歩するか。

「じゃあ、金貨一枚と銀貨三枚でいいから、二箱買ってくれよ」

「お、いいわね。それなら即決」

「交渉成立、だな」

「ええ」

 ナナセがこちらに右手を差し出す。
 俺は、その小さな手を握り、苦笑した。
 年若いのにやり手である。

「アンタ、なかなかやるじゃん。名前は?」

「リュータ=クドウだ」

「アタシは、ナナセ=ササヌキ。ここにいるあいだはよろしくね」

「ああ、よろしく」

 値引き交渉には負けたが、二箱売りつけることができた。
 よしとしよう。

「じゃ、魔法の鍵出しといて。アタシはお金持ってくるから」

「了解」

「地図写すの手伝ってよ!」

「はいはい」

 テーブルにつき、五層までの地図を展開する。
 六層ほどではないが、それでも随分と枚数がある。
 それなりの大仕事になるだろう。

「なんか、すごかったね!」

 フェリテが、感心したように言う。

「交渉術っていうのかな。あたしはあんまり得意じゃなくて」

「俺だって言うほど得意じゃないぞ。わりとナナセに押されてたし」

 俺たちの交渉を無言で見守っていたグラナダが、荷物を引っ繰り返しているナナセへと視線を向ける。

「ナナセはしたたかだからね。彼女に言い負かされなかったのだから、リュータもかなりのものだ。誇るといい」

「……お前、ナナセが財務担当だからってより、口が上手くて押しが強いから呼んだろ」

「はてさて。財務担当なのは本当だよ?」

「さいですか……」

 本当、食えないやつらだ。
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