徒花の先に

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第八話 憩い

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「くそっっ!!」
 がしゃんと瓶の破片が散らばり、茶色の酒が床一面に広がる。手からひたひたと血が滴るが気が立って痛みは感じない。
『何を苛々しているんだ?』
 響く人ではない声。その声に苛立ちが増す。
「分かってるんだろ。一々訊くな」
 グラスに残っていた酒をぐびっと呑み干す。エルモアが手配した薬で身体は少し楽になったが、この酒の量だ。追い討ちをかけるようなものだが寿命が縮まろうが今はどうでも良かった。


 なぜこんなに上手くいかない??


 隠すのは上手かったはずだ。だけど公衆の面前であの有様。きっと感づいた者もいるはずだ。
 自身に苛立ちが募る。
 以前は俺が虚弱だなんて悟らせもしなかった。



 いや、実のところ俺は分かっている。自分のことは自分がよく知っている。だから確信していた。

 俺の身体は隠せないほどに蝕まれている。

 封印の代償による痛苦で身体は鈍ってしまっていたのか最初は気付かなかったが、確実に俺の身体は以前より悪くなっていた。今は戦闘に支障はないが、これ以上ひどくなれば剣を握るのも難しくなるだろう。

 理由を知ったって何もかもが上手くいかないことには変わりない。俺の身体は更に弱くなるわ、人にバレるわ。それにまた俺は兄を不幸にした。
 ふと思い出して苦しくなる。
 あんな顔二度とさせるつもりなんてなかったのに。
 忘れたくてまた酒を煽る。だけど目を逸らしてはいけない気がして酔えはしなかった。そもそも俺は酒が強い。楽になろうにもなれない質なのだ。
 ぐるぐると思考が巡るうちに苛立ちは募る。俺はなんて不出来なんだ。
『教えてやろうか? 貴様がなぜこうも上手くいかないのか? そもそもの原因を』
「知ってる言いぶりだな」
『ああ我は神だから「神だから」な』
 声が被る。
 言うと思った。
『我をからかっているのか?』
「別に。一応聞いてやるから言ってみろよ。ただ簡潔に述べろよ」
『……いいだろう』
 瓶片手に俺はどかりとソファに座る。
『貴様の先祖は人ではない。言うなれば神の御使いつまり天使だ』
 それは知ってる。以前見つけた石版に何度も出てきた。
『貴様の先祖は天使の中でも一際美しく、神にさえ寵愛された。だがお前の先祖はあってはならぬ過ちを犯した。天使は人に恋をしたのだ。天使は心を奪われた相手に夢中になり自身の使命すら忘れた。天使は言った。恋した相手と同じ姿形にして欲しいと。神はそんな天使に鉄槌を下すことなくその願いを快く聞き届けた。天使から翼を取り上げ、肉体を人間と同じくした。天使は喜んだがその後は悲惨なものだった。天使の魔力は人間の身体には合わず身体は魔力を拒絶し、天使は死ぬまで悶え苦しむことになった。つまり神はそれを分かっていて天使を人間にしたのだ』
「…………」
『どうした??』
「……俺をからかっているのか?」
『別に』
 こいつ……。苛立ちはするがそんな素振り見せたら奴の思う壺。素気なく「あっそ」と答える。
「しかし随分とえげつないことをするもんだな」
『神の寵愛を裏切ったのだから当たり前だろう? 天使はそれ程のことをしたのだ』
「……?」
 邪神らしくない物言いに違和感を覚える。てっきり天使に見向きもされなかった神を嘲笑うかと思った。
「……そうか。だが言うなれば神は天使に悶え苦しめという呪いをかけたということか」
『そういうことだ』
 宗教じみた話は興味ないが、こうして聞くと残酷なものだ。なぜこんな明らかに性格悪そうな奴を皆一様に縋るのか理解できない。
『天使の苦しみは血によって受け継がれ、身体を蝕むその苦しみに一族の寿命は皆短かった。しかし血が薄まるにつれ呪いもなくなり人と変わらぬ生を送れるようになった。たまに天使の血が濃く現れ、呪いが出る者もいるがな』
「それが俺というわけか。だがなぜ呪いが強まった? 前は人にバレることなんてなかったんだぞ」
『それはお前の魔力が増したからだろう』
「魔力が増える? そんなことが起こるのか?」
『貴様は我を封印した際覚悟したのではないか? 自身がどうなろうとも兄のために世界を救うと』
 そうだ。俺は兄のためならなんだってできる。そのためなら自分の命なんて軽いものだ。
『貴様はその覚悟によって魔力の源である魂を削ってまで我を封印した。そして今も尚貴様は我を封印し続けるために魂を削っている』
「つまり魔力が増えたのは俺が俺自身の魂を削ってるからだと?」
『そういうことだ』
「……いずれ俺は魂ごとなくなるのか?」
『使い果たせばいつかはそうかる。そうだな、このままいけばあと五年といったところか。貴様もよく知る暗闇が包むあそこなら全てが混沌である故に時間の概念もあやふやで時と共に魂を使い切るなんてことは起こらなかったがな』
「俺とお前は魂の繋がった運命共同体だろ? 俺の魂が消えたらどうなるんだ?」
『もちろん運命を共にするのだから我も消えるだろうな』
 正直俺の魂が消滅しようが兄が幸せならそれでいい。それに俺が消えて邪神を解放させる心配もない。あとは俺がいつ消えるかどうかだ。
「もし俺が今ここで死んだらどうなる?」
 問題の種である俺がいなくなれば帝国は平和になり兄の幸せも守れる。だけど俺が死んだらなにかあっても手出しできなくなる。だから未来に安心したかった。時を司る邪神なら未来も知ってるかもしれない、そう思ったのだが……。
『未来は無限大だ。前よりも悪くなる未来も良くなる未来も両方ともある。どうなるかはなんとも言えんな』
 ……そんなの何も知らないと同義じゃないか。
「神のくせに役立たずだな」
『人間のくせに神に対し随分と横柄だな』
「どんなに苦しんでいたってどうせ助けてはくれないんだろ。そんな奴になぜ敬意を払わなければいけないんだ?? それにお前は邪神だろうが」
『ハッハッハ。お前らしいな。ま、たとえ結末を知っていても貴様には教えんさ。そんなことしたらつまらんだろう?』
「お前に訊いたのが悪かった。未来は己の手で切り開く。結局自分でなんとかするしかないんだ」
『よく分かってるじゃないか。我々は簡単に手を差し伸べたりはしない』
「そうかよ。だったらもう話しかけんな」
『──だが慰めることはできる』


 暗闇から足音が聞こえる。
 ……賊か!?
 コツコツと足音が近付き、身体が自然と身構える。剣は壁にかけてる。取りに行くには微妙な距離だが……。

「イライアス」
 瞬間、俺は闇に潜む見えない声の主に目を奪われる。

 よく知る声。優しさに満ちた声。
 俺がかつて焦がれた想い人。

 薄明かりに照らされ、輪郭が露わになる。
 暗闇に溶けるような黒髪。慈愛の籠った青い瞳。人とは思えないほど美しい相貌。
「……兄上」
「イライアス。もう大丈夫だよ。俺がそばにいるから」
 動揺でぼうっと突っ立ってる俺に柔和に微笑みながら近寄り、そっと抱きしめる。優しい声色が耳を撫でる。それは昔の兄そのものだった。かつて焦がれていた懐かしい心地に包まれ、涙が出そうになる。
「俺がお前を守るからな」
「兄上……」
 頭を撫でる兄の優しい手つき。思わず俺も兄の背中に手を回し、抱きしめたくなる。
 だけど違う。
 これは兄じゃない。
 よく見れば分かる。
 何もかもが俺の兄とは噛み合わない。


 兄の姿をしたなにかを俺は思いっきり突き飛ばす。床に倒れたそれは驚いたように目を見開いた。

 その顔に怒りと殺意に視界が真っ赤に染まる。

 俺は落ちていた瓶の破片を掴み、奴に馬乗りになって首元に掲げたそれを力一杯振り下ろす。だがそれは防がれる。どんなに力を入れても掴まれた手首を振り払えない。
「手を離せ。今すぐその首掻っ切ってやる……!!」
「お気に召すと思ったのだがな」
 あと数ミリで破片が突き刺さるというのに怯えることなく奴は薄気味悪く笑う。その雰囲気には憶えがあった。
「お前、邪神か!!」
 奴が笑みを深める。
「なんだこれはっ??」
「お前の影を使ったのだ。どうだこの出来栄えは? お前の慕っていた昔の兄そっくりだろう??」
「……俺をからかうのも大概にしろよ」
「喜んで抱きつくと思ったのだがなぁ」
 喜ぶわけがないだろう!! こいつ、分かっててやりやがったな。
「今すぐ姿を消せ。でないとお前の首が飛ぶぞ」
 そう首元までぐっと破片を近付ければ、邪神はふっと笑い煙のように消えた。
「二度とこんな真似するな」
『そんなに怒るな。我は健気にもお前を元気付けようとしただけなのだぞ』
「どこが健気だ。こんなのただの嫌がせだ」
 姿を偽り兄を騙ろうなどと俺の精神を削りにいってるとしか思えない。
『それはすまないことをした』
「思ってもないくせに」
『フハハ、そうだな。だがこれも全てお前のせいだ』
「……なんだと??」


『お前は休むのが下手すぎる』


 そう言うや否や暗闇から俺めがけて真っ直ぐに何かが伸びてくる。
 それは真っ黒な触手のようで俺の身体を身動きできないように素早く縛り付け、ソファへと押し倒してきた。
「なんだこれ!? おい離せ!!」
 まとめて縛り付けられた両手をなんとか解こうとするもビクともしない。何本もある黒い触手はウニョウニョと蠢きながら俺の股下へと集まり、一本がそろりと敏感なそこを布ごしに触れる。
「ひっ、どこ触って──」
『そう吠えるな。気持ちよくなるだけだ』
 下を脱がされ、ひんやりとした空気が肌を滑る。下腹部にとまった蝶の羽根が艶っぽく光った気がした。
「……ん、んっっぁ。ぅうやめっ……っぁあ」
 蝶の刻まれた腹を触手が愛おしそうに撫でる。陰嚢を揉みしだき、亀頭に吸い付き溢れ出した先走りを残さず搾り取る。触手自身が粘液を持っているのか、陰茎がてらてらと光っていた。自分でするのとは全く違う感覚に思わず声が漏れ、腰が砕けて足にうまく力が入らない。せめてもの抵抗と足を閉じてみてもそうはさせまいと大きく開脚させられた状態で触手に固定されてしまった。
 後ろも全て丸見えになり、羞恥で顔が赤くなる。
『自慰は何回してるんだ?』
「ぅあ、んん……んぁ?」
『一日に何回してるんだ?』
 なんでそんなこと……。
 言い淀む俺を責めるように裏筋を擦られ、先端を強く吸われる。
 俺の思考読めるくせにっっ!!
 絶対に言わないと口を固く閉じるも一向に責め続けられ、腰が勝手に揺れる。固定され快楽から逃れることもできず、かといって決定打になる刺激も与えられない。
 ……くそっ、もう耐えられない。
「……んぁ、っぅあ……いっかげつに、……ぅあ、いちにかい」
『そうか。見るところ性に疎いわけではないようだな。不調が続いて湧くものも湧かなかったか』
 そう淡々と告げるのとは裏腹に先端への責めは止まることがない。
「んん……っんぁ、ぁあっっ!!」
 こいつ……絶対あとで殴ってやる!!
 憎々しく触手を睨みつけるも、それを咎めるように尿道口を啜られる。
『そう睨むな。善意は素直に受け取れ』
 突如陰茎を弄り続けていた触手が離れ、先端を繋いでいた銀糸がつぷりと途切れる。
 終わったと安堵していると、目の前に突如筒状の触手が現れる。触手は見せびらかすように頬に粘液を塗りつけると張り詰めた自身を優しく包み込んだ。
「んぅあ……!! っぁや、やめ……っっ!!」
 温かく柔らかい肉壁が吸い付き、俺はあっさりと射精した。筒状の触手は吐き出した白濁を残さず吸い取り、その刺激にまた腰が揺れる。
 久しぶりの快楽に何も考えられない。はぁはぁと胸が大きく上下し、余韻に浸る。
「っぁあ……」
 だがそれは許してはくれなかった。筒状の触手を抜かれ、露わになった尿道口に細い触手が粘液を塗りつける。触手は粘液をたっぷり絡めつけると、ぐっぐっと小さな穴に捩じ込み、少しづつ中へと侵入を始めた。
「っや、中にはいって……」
 細い管を無理矢理進むそれは本来痛いはずなのだが、触手の生み出す粘液に何かあるのか痛みは感じない。
『今夜だけは全て忘れるがいいさ。嫌なことも辛いことも』
 ぬるぬると突き進みついに膀胱にまで行き着くと、触手はうにょうにょと何かを探すように蠢く。
「……ぅう。なか、んぅ、うごいて……」
 違和感に吐き気が込み上げる。それでも尚触手は中を弄ることをやめず、膀胱手前の壁に辿り着くと触手は狙ったようにそこをぐっと押し潰した。
「っっあ゛ぁ!?」
 瞬間、凄まじい快感が身体を駆け巡る。触手はここかと言わんばかりにトントンと一定のリズムで押し続け、尿道を何度もヌプヌプとピストンする。もう違和感はなかった。俺は気持ちよさに喘ぐことしかできなかった。
「んぅ、っあ、ぁあ゛やめっそこ、っぅぁあ゛お、おすなぁ……!!」
 先走りが溢れ、下腹部をびしょびしょに濡らし、下で蠢いていた何本もの触手が吸い取ろうと一気に集まる。抽挿が速まり、酒を大量に呑んだせいで膀胱はタプタプと波になって揺れていた。
「ぁあっぅ、んぁあ゛っっ──」
 一際大きいピストンで潰され、勢いよく吐精する。だが尿道の間を塞ぐように膨張した触手によって白濁は堰き止められてしまった。出したい欲求に頭が埋め尽くされる。
「ぅぁ、な、なんでっぁあ゛イ、イぎ、たい」
『言っただろう? 今夜だけは全て忘れろと。だから余計なことを考えられなくなるくらい快楽に溺れさせてやる』



 精巣が空になるくらい吐精しても邪神はそれを出すことを許さなかった。結局俺の意識がなくなるまでそれは続いた。




 瞳を閉じた俺の先端から弱々しく白濁が吐き出さされるのを恍惚に邪神が眺めていたことは知る由もない。
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