ウォンバットと飼育員さん

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第四話

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 二階堂くんが訪れるのをじっと待つ。
 準備万端。謝罪はいつでも出来る。
 そしていよいよ扉が開き、僕は頭を下げてすぐさま謝った。
「ンギャギャアア~!」
 昨日は咬んじゃってごめんなさい!
 怖くて顔は上げられない。けれどどうか「気にしてないよ」と許しの言葉が欲しかった。
「あら~どうしたの~」
 甘い女性の声にハッとして目を上げる。
 ……二階堂くんじゃない。
「夜、誰もいなくて寂しかったの~?」
 愛おしさを全面に出して獣舎に入ってくる彼女はキリンとシマウマを担当している飼育員、有栖さんだ。
 これってどういうこと。二階堂くんは?
 僕が寂しがってると勘違いしているようで有栖さんが寝室に入ってきて撫でようと近付いてくる。僕は慌てて距離を取った。有栖さんが残念そうな表情を浮かべる。
「まだ二階堂さん以外の人間は怖いか~。ん~、でもこれから一緒になれる時間も増えるし、きっと仲良くなれるよね! うん!」
 自分自身を鼓舞して、「じゃあご飯にしよっか~」とかぼちゃ、りんご、にんじん、干し草などの盛り合わせを目の前に出される。
 けれど僕は食欲なんてさっぱり湧かなかった。
 二階堂くんのことで頭がいっぱいで寝室の隅っこに蹲る。
 どうして二階堂くんじゃないんだろう。もしかして担当が変わった? でもそしたら二階堂くんは事前に絶対僕に教えてくれるはず。
 心に居座る不安がどんどん大きくなる。
 もしかして本当に二階堂くんに嫌われちゃったかもしれない。もう二度と僕に会う気はない、ひょっとしたら動物園のお仕事だって辞めてしまったのかもしれない。
 あわあわと口から泡を吹いて倒れそうな気分になる。
 それでもその時はまだ、なんともない様子で二階堂くんが明日来てくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた。しかし朝になる度絶望して、三日経って僕は望みを捨てた。
 それからの僕はもう生きる気力を無くしていた。ご飯はほとんど食べることが出来ない。一人になりたくてお昼もお家の穴にずっと籠っていた。
「……ココアくん、どうしたのかな。体に異常は見られないって先生は言ってたけれど」
 有栖さんが寝室で目も虚にぐったりと横になっている僕を心配そうにそっと窺う。
「もしかして二階堂さんに関係あるのかな。ココアくん、最近大好きな二階堂さんと会えていないもんね。明日、二階堂さんのことも話してココアくんが元気になれるよう先生とお話ししてみるよ。それまでもう少しだけ頑張ろう」
 有栖さんの優しい言葉は申し訳ないけれど今の僕には届かない。
 大好きな二階堂くんに嫌われた。それは僕にとって世界の破滅と同等だった。
 夜は寂しかった。お客さんがいなくて騒がしくない分、独りを実感する。
 二階堂くんに会いたい。
 瞳からポロリと雫が溢れた瞬間、抑えがきかなくなって僕は泣き叫んだ。
「うわああぁぁん! にかいどうくぅ~ん!」
 そこで僕は我に返った。いつもの獣らしい鳴き声ではない。口から出たのは人間の言葉だった。
 ふと自身を確かめる。短い脚はすらりと長くなっていて、ずんぐりむっくりな体も薄くなり、全身を覆っていた毛もなくなり人間のように肌が露わになっていた。
 そう、人間のように!
「……僕、もしかして人間になったの?」
 そう誰にともなく尋ねる。けれど混乱より先に失われた気力がどんどんと漲ってくる。
 僕にはお家で二階堂くんを待つという選択肢しかなかった。しかし人間になれば色々とウォンバットには出来ないことが出来る。器用な手を使って外に出ることだって出来るだろう。
 つまり自分から二階堂くんに会いに行けるってことだ。
 寝室の扉は鍵がかかっていて出ることは難しそうだった。けれど寝室と外のお家を繋ぐ扉は鍵はなく頑張ればこじ開けられそうだった。
 ウォンバットとは違って人の手は掴みやすくて、頑張ることもなく割と簡単に扉を開けることが出来た。そのまま柵をよいしょと越えて動物園の出口を探す。途中、事務所を見つけてそこからスタッフさんの作業服を拝借した。
 流石に全裸のままじゃあ警察に捕まってしまうからね。それでようやく出口を見つけ、僕は人間社会に出たのだけれど……。僕は重大なことに気付く。
 そうだった、僕はビビリだったのだ。
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