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プロローグ
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――もう少し。
窓から吹き込む風に後押しされ、カーヤは標的の部屋に忍び込んだ。
大きなソファやテーブル、高価な調度品が並ぶ棚、ふかふかの絨毯……暗闇でもわかるくらい豪華絢爛な部屋。
その部屋の奥、ほんのり灯りの漏れる扉の向こうにあるのが寝室――標的が眠っている部屋である。
カーヤは懸命に前へ進んだ。
人間の姿であればすぐに辿り着くだろう距離も、今のカーヤにとっては長い道のり。
しかし、今日のカーヤには運が味方しているようだった。
蒸し暑い気候のおかげで窓は開かれていたし、寝室へつながる扉も風通しを良くするためか開けっ放しだからだ。
さらに、ベッドで眠る標的は、手足を無防備に晒した格好ですやすやと寝息を立てていた。
淡い光に照らされて銀髪がキラリと光って見える。灰色の瞳は瞼の下に隠れているが、意志が強そうなキリッとした眉に、筋の通った鼻、薄い唇。肌艶は女性が羨むほどに美しい。
完璧な美貌を持つ彼こそ、カーヤの標的――ヴァンリッヒ王国の王子、イザークである。
やや離れた場所から彼の様子を窺い、カーヤはごくりと唾を飲み込んだ。
失敗は許されない。
カーヤは何としても彼の血を持ち帰らなければならないのだ。それ以外に自分たちが生き残る術はない。
顔、首筋、腕、足……暑いために露出は多いけれど、どこを狙うのかは慎重に吟味すべきだ。
まず、顔は気づかれる可能性が高すぎる。首筋も耳が近いので音でばれるかもしれない。そうなると腕か足になるが、果たしてカーヤはうまく刺せるだろうか。
人を刺すなんて行為には慣れていない。
今まで、返り討ちに合うのが怖くて近づくことすらできなかったのに。それを、いきなり失敗の許されない状況でやるなんて。
しかし、カーヤには一族の存続がかかっている。彼女に逃げるという選択肢は与えられていない。
生か死か。二つに一つだ。
(やるのよ、カーヤ。手首ならいけるかもしれないわ)
カーヤは覚悟を決めて眠っているイザークに近づいていく。
彼を起こしてしまわないよう、できるだけ静かに、最小限の動きで……そっと彼の肌に切っ先を宛がった。
そして……
カーヤが思いきって肌を刺そうと動いた――そのとき。
「……甘いな」
ぶわっと吹き付ける突風と共に、大きな影がカーヤの身に迫る。
――潰される。
慌てて飛び退こうとするものの、自分の身体の何十倍もある手のひらからは逃れられない。
(死にたくない!)
カーヤは本能的に“吸血”体勢を解いた。
ぼふっと、ヒト型に戻った彼女の身体を受け止めたのはふかふかのベッド。倒れ込んだ衝撃がなかったことにホッとしたのも束の間、両手首をシーツに縫い付けられた。
「なかなか大胆な奇襲だな? 蚊族の姫よ」
「ひ――っ」
ニヤリと口角を上げたイザークの笑顔は冷徹で、カーヤは引きつった悲鳴を漏らした。
窓から吹き込む風に後押しされ、カーヤは標的の部屋に忍び込んだ。
大きなソファやテーブル、高価な調度品が並ぶ棚、ふかふかの絨毯……暗闇でもわかるくらい豪華絢爛な部屋。
その部屋の奥、ほんのり灯りの漏れる扉の向こうにあるのが寝室――標的が眠っている部屋である。
カーヤは懸命に前へ進んだ。
人間の姿であればすぐに辿り着くだろう距離も、今のカーヤにとっては長い道のり。
しかし、今日のカーヤには運が味方しているようだった。
蒸し暑い気候のおかげで窓は開かれていたし、寝室へつながる扉も風通しを良くするためか開けっ放しだからだ。
さらに、ベッドで眠る標的は、手足を無防備に晒した格好ですやすやと寝息を立てていた。
淡い光に照らされて銀髪がキラリと光って見える。灰色の瞳は瞼の下に隠れているが、意志が強そうなキリッとした眉に、筋の通った鼻、薄い唇。肌艶は女性が羨むほどに美しい。
完璧な美貌を持つ彼こそ、カーヤの標的――ヴァンリッヒ王国の王子、イザークである。
やや離れた場所から彼の様子を窺い、カーヤはごくりと唾を飲み込んだ。
失敗は許されない。
カーヤは何としても彼の血を持ち帰らなければならないのだ。それ以外に自分たちが生き残る術はない。
顔、首筋、腕、足……暑いために露出は多いけれど、どこを狙うのかは慎重に吟味すべきだ。
まず、顔は気づかれる可能性が高すぎる。首筋も耳が近いので音でばれるかもしれない。そうなると腕か足になるが、果たしてカーヤはうまく刺せるだろうか。
人を刺すなんて行為には慣れていない。
今まで、返り討ちに合うのが怖くて近づくことすらできなかったのに。それを、いきなり失敗の許されない状況でやるなんて。
しかし、カーヤには一族の存続がかかっている。彼女に逃げるという選択肢は与えられていない。
生か死か。二つに一つだ。
(やるのよ、カーヤ。手首ならいけるかもしれないわ)
カーヤは覚悟を決めて眠っているイザークに近づいていく。
彼を起こしてしまわないよう、できるだけ静かに、最小限の動きで……そっと彼の肌に切っ先を宛がった。
そして……
カーヤが思いきって肌を刺そうと動いた――そのとき。
「……甘いな」
ぶわっと吹き付ける突風と共に、大きな影がカーヤの身に迫る。
――潰される。
慌てて飛び退こうとするものの、自分の身体の何十倍もある手のひらからは逃れられない。
(死にたくない!)
カーヤは本能的に“吸血”体勢を解いた。
ぼふっと、ヒト型に戻った彼女の身体を受け止めたのはふかふかのベッド。倒れ込んだ衝撃がなかったことにホッとしたのも束の間、両手首をシーツに縫い付けられた。
「なかなか大胆な奇襲だな? 蚊族の姫よ」
「ひ――っ」
ニヤリと口角を上げたイザークの笑顔は冷徹で、カーヤは引きつった悲鳴を漏らした。
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