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1巻
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序章
暖かな春の光が差し込むサロンには、その穏やかな空気に似つかわしくない悲鳴が飛び交っていた。
「早く侍医を!」
「茶を淹れたのは誰だ!?」
「逃がすな! 捕まえろ」
「ひいぃっ、私は何も……っ」
茶を淹れたメイドが取り押さえられ、執事が侍医を呼びにサロンを出ていく中、リカルドは向かいに座っていた母ソニアに駆け寄った。
「母上、母上……っ! 誰か早く母上を助けてくれ!」
ソニアは床に倒れ込み、小刻みに震えながら息子の袖を掴む。
その真っ白いシャツには赤い染みが滲んでいった。
「リ、カルド……」
「母上、大丈夫です。すぐに侍医が来ますから」
母の紫色の綺麗な瞳に、しっかりと自分が映っている。
たった一口の紅茶で、人が――母が、死ぬわけがない。
きっと大丈夫。
そう思うのに、彼女の瞳が虚ろになっていくのを見ると、涙が止まらなかった。
「母上、目を閉じてはいけません。母上……母上、しっかりして……」
ソニアの手から力が抜けていく。
震える唇がやんわりと弧を描き、呼吸音が小さくなって……
「あい、して……ます……あな、た……生きて……リカルド」
「っ、母上? 母上! 母上っ!!」
最期、息子の名前をはっきりと呼び、ソニアは動かなくなった。
リカルドの腕の中の彼女にはまだ体温が残っているのに――
バタバタとサロンに駆け込んでくる者たちの足音は、リカルドの慟哭でかき消された。
シャルドワ王国の側室ソニア・アルリーヴァが毒殺された。
捕らえられたメイドの証言から、黒幕は同じ側室の一人だと判明した。子を授からなかった彼女は、リカルドという優秀な王子とその母親であるソニアを妬んでいたという。
側室はのちに牢で自害し、人々はこの恐ろしい毒殺事件の犯人がいなくなったことに安堵した。
それと同時に、母親の死を目の当たりにしたリカルドが心を壊し、幼い振る舞いをするようになったことを嘆くのだった――
第一章
キラキラと輝くシャンデリアの光は、満天の星とは似ても似つかない。
煌く宝石のアクセサリーと最高級の生地を使ったドレスで着飾った令嬢たちに紛れ、セラフィーナ・パルヴィスはこっそりとため息をついた。
(やっぱりパーティは苦手だわ)
眩しすぎる照明も、豪華な装飾も、セラフィーナにはなじみのないものばかり。見るからに高級だとわかるものに囲まれていては緊張もするし、気疲れしてしまう。
貴族と一口に言っても、地位や名声の差がある。贅を尽くして暮らしている者もいれば、慎ましやかに公務に励むだけの者もいて、男爵位を賜るパルヴィス家は後者だ。
セラフィーナは、ここシャルドワ王国の東側にある小さな田舎領地の出身である。庶民と比べれば裕福という程度の、貴族社会では冴えない田舎者。
パルヴィス家当主である父マルティーノは首都で仕事をすることもあるが、セラフィーナは違う。
普段、彼女がこんなに豪勢なパーティに招待されることなどない。
二年程前に済ませた社交界デビューのときも、首都の煌びやかな雰囲気になじめず、結局今と同じようにほとんど壁の花となってやり過ごした。
それ以来、首都のパーティに参加したことはなかったのだが……
今夜、セラフィーナがこのパーティに参加しなければならなかった理由はただ一つ――シャルドワ王国の王子二人の成人祝いだからである。
シャルドワ王国の貴族の端くれとして、王子の祝い事を無視するわけにはいかない。
つまり今、セラフィーナはシャルドワ王城の広間にいて、国で一番洗練され、高級で、豪華なパーティに参加しているというわけだ。
(これが国の格式高いパーティだとは、思いたくないけれど)
再び零れたため息は、優雅なダンス音楽にかき消されて誰にも聞こえることはないだろう。
だが、楽団の美しい生演奏でも隠し切れない悪意というものが――残念ながら――このシャルドワ王国には存在する。
「まったく、あのポンコツ王子はどうにかならないものなのかしら? 私、恥ずかしくて仕方ありませんわ」
「本当ですわね。でも、あれはもう治りませんわ。五年間いろいろな医者が診たけれど、何をしてもダメだと聞きました」
「嘆かわしいわ」
セラフィーナから少し離れたところにいる二人の令嬢の会話は、お世辞にも淑女の言動とは言いがたい。にもかかわらず、周囲に咎める者は誰もいなかった。
彼女たちの言う「ポンコツ王子」とは、今日の主役の一人――シャルドワ王国第二王子のリカルド・アルリーヴァのことを指す。
セラフィーナは会場のダンスホールで一人、音楽に合わせて飛び跳ねるように踊るリカルドに視線を向けた。
ワルツのステップを無視したダンス――さらにパートナーもなく、一人で踊っているのは彼だけなのでとても目立つ。
そんな奇妙なリカルドの行動に、周囲の人々は迷惑そうな視線を向けている。近寄る人がいないので、人の多い会場の壁際に立つセラフィーナにも彼のことはよく見えた。
青みがかった銀髪がリカルドの動きに合わせてふわふわと揺れている。絹のような髪はシャンデリアの光を反射して美しい。
紫色の瞳もキラキラと輝いて楽しそうだ。
端整な顔立ちに、かっちりした正装姿。外見は年齢よりも大人びて見えるのに、手足をパタパタと動かす仕草は幼い。
五年前、母親を亡くしたことをきっかけに、リカルドの精神年齢は退行してしまった。それからずっと成長を止めている彼を、いつからか人々は「ポンコツ王子」と呼んで蔑むようになったのだ。
ソニア・アルリーヴァ――彼の母親は、側室として城に上がった女性だった。正妃である実姉ザイラになかなか子ができなかったために、姉妹の父親が計らったという。
側室は他にも何人か選ばれたけれど、男児を産んだのはソニアだけだった。さらに、同時期にザイラも王子を産んだため、他の側室たちは国王の興味を失った。
二人の王子は健やかに育ち、将来の後継者の心配は必要なくなった。特にリカルドは幼い頃から優秀で、周囲からの期待も大きかった。
ところが……リカルドが十三歳のとき、ソニアが毒殺された。
リカルドとソニアが茶を飲もうとしたときの出来事だったので、親子二人を狙ったのだろうと言われている。ただし、命を落としたのは先にカップに口をつけたソニアだけだった。
毒を盛った給仕係のメイドは実行犯として、彼女の証言から側室の一人が黒幕として、すぐに捕らえられた。
側室の中で唯一男児を産んだソニアを逆恨みしての愚行だったと言われている。後継ぎを生むために城へ召されたにも関わらず、早々に役立たずと判断された上に、リカルドが優秀に育っていくのを見て憎しみを募らせたのだろう、と。
犯人の側室は牢で自害し、メイドも死刑になったため、事件はそのまま解決したと思われた。
しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。
目の前で母親を殺されたリカルドの心が壊れてしまったからだ。
生みの親を亡くすだけでも深い悲しみと喪失感に苛まれるだろうに、それが悪意ある者に無理やり殺められた。当時まだ十三歳だったリカルドがショックに耐えられなくても不思議ではない。
周囲の人々は最初こそ同情や哀れみを見せていたけれど、いつしか彼がなかなかそのショックから立ち直らないことを嘆くようになった。
そうして時を追うごとに、人々の落胆は嫌悪へと変わってしまった。
「優秀だという噂だったから、お父様はすぐに治ると期待していたらしいけれど、あれでは無理ね」
「母親が死んだくらいであんなになってしまっては、どうせ国の統治などできなかったでしょう。むしろ国が滅びる前にわかってよかったと思うべきですわ」
この国の人々は、どうしてこんなに冷徹なのだろう。
優秀な王子に期待していた分、落胆する気持ちは理解できる。だが、母親を亡くした傷心の王子を「ポンコツ」と呼ぶ神経はどうかしている。まして「母親が死んだくらいで」など……
あまりにもひどい言いようと嘲笑に、セラフィーナは拳を握りしめた。
しかし、田舎娘の怒りになど気づくわけもなく、令嬢たちのお喋りはエスカレートしていく。
「本当に。自分の成人祝いに集まった皆様への挨拶もまともにできなかったではありませんか」
「まったく恥晒しもいいところですわ」
とうとう我慢できず、セラフィーナは大股で彼女たちに近づいた。
「ちょっと貴女たち、いくらなんでも度が過ぎます」
「まぁ、なあに貴女? 突然不躾に……失礼ではありませんの?」
令嬢の一人が眉を顰め、迷惑そうにセラフィーナを見る。
「失礼なのはどちらです? リカルド様に対する貴女たちの発言は王室への侮辱になりますよ」
「侮辱だなんて……私は事実を述べたまでですわ。ねぇ?」
令嬢が同意を求めると、もう一人が頷いてクスっと笑った。
「ええ。それとも、貴女はリカルド王子が国を治められるとでも? 嫌だわ。これだから政治に疎い方は困ります」
「見ない顔だけれど、もしかして田舎から出てきた方なのかしら? ドレスも地味で流行も知らない上に、中央政治への理解もないなんて……恥ずかしいですわよ」
二人の令嬢がセラフィーナを小馬鹿にすると、周囲からも失笑が漏れる。
「っ、貴女――」
「おねえちゃんたち、けんかしてるの?」
セラフィーナが言い返そうとしたところに割り込んできたのは、やや舌足らずな声。
続いて腕を引っ張られ、彼女は少しよろめいた。
「けんかはダメなんだよ~」
「あ……リカルド様」
ダンスフロアで踊っていたはずのリカルドが、いつのまにかセラフィーナの横にやってきて、首を傾げている。
自分を見つめる澄んだ紫色の瞳に、セラフィーナは困って視線を泳がせた。
「えっと、あの……喧嘩では、ないのですが……」
「あら、そろそろダンスのお相手を探さないと。もう行きましょう」
「そうですわね。あちらに殿方がお集まりのようですわ」
リカルドの悪口を言っていた令嬢たちは、そそくさと逃げていく。その周りの人々も咳払いをして談笑に戻ったり、その場を離れたり、彼と関わりたくないと言わんばかりだ。
それ以上遠くにいる者たちは、そもそもセラフィーナたちの言い争いには気づいていない。
セラフィーナはふぅっと息を吐いて気を取り直し、リカルドに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。リカルド様のためのお祝いなのに……」
「うん。僕はもう成人なんだって。あっ、成人っていうのは、おとなってことだよ。だからね、僕はけんかを止めたの。えらいでしょ?」
リカルドは両手を腰に当てて胸を反らし、自慢げに言う。
セラフィーナはその可愛らしい仕草に微笑んだ。
「そうですね。成人したのに、喧嘩はいけませんね」
「おねえちゃんも成人なの?」
「はい。私もリカルド様と同じ、十八歳の成人です」
「そうなんだ~。おそろいだねぇ。おねえちゃん、名前は?」
ニコニコと機嫌の良さそうなリカルドに名を聞かれ、セラフィーナはハッとして礼をする。
「申し遅れました。私はパルヴィス男爵家が長女、セラフィーナでございます」
「セラフィーナおねえちゃんかぁ」
リカルドはきょろきょろと周りを見回し、首を傾げた。
「おねえちゃん、お友達がいないの?」
「え? あ……その、私は普段、王国の東側にある男爵領に住んでおります。首都に来る機会が少なく、あまり知り合いがいないのです」
「ふぅん。でも今日は、ミケーレに会いに来たんでしょ? あっちに行かなくていいの?」
リカルドが指さしたほうを見ると、このパーティのもう一人の主役――第一王子ミケーレがたくさんの人々に囲まれていた。
背の高いミケーレは、貴族の輪の中心で彼らに対応している。
中性的な顔立ちの異母兄とは違ってやや強面だが、貴族たちへの物腰は柔らかそうだ。笑顔も見られる。剣術に長けているとの評判を裏付けるような屈強な体躯も男性らしい。
ふとセラフィーナの視線に気づいたのか、こちらを向いたミケーレと目が合った。
「――っ」
ほんの一瞬、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直する。
リカルドとは違う緑色の瞳から放たれる鋭い眼光は、離れていても彼女に突き刺さるようだった。
「おねえちゃん、どうしたの? ミケーレに会いに行かないの?」
「あ……後で、ご挨拶だけしますね。今は、皆さんがいらっしゃいますから」
「そう? でも、早くしないとミケーレとけっこんできなくなっちゃうよ」
「結婚? 私はミケーレ様と結婚するつもりなんてありません」
リカルドの突拍子もない言葉に、セラフィーナは思わず笑う。
田舎者の男爵令嬢が王子と結婚などできるわけがない。そもそも、このパーティは二人の王子の成人祝いだというのに、自分が見初められようと邪な気持ちで参加するなど……
(……私は少数派なのね)
ミケーレに群がる令嬢たちが必死に自分を見てもらおうと背伸びしているのを見て、セラフィーナはため息をついた。
彼女たちの父親も、どうにかして娘を売り込もうと全方位からミケーレに話しかけている。
「おねえちゃんは変なんだねぇ」
リカルドがしみじみといった様子で呟くので、セラフィーナは苦笑いした。
なぜかその一言だけが妙に大人びて聞こえたせいもあるが、彼の言う通りだと思ったからだ。
セラフィーナは貴族の中では珍しい存在なのだろう。
だが、自分の立場は弁えているつもりだ。
田舎貴族で、特に何かに秀でているわけでもない。容姿も中身も至って普通の自分が、王子に求婚されるわけがない。
「そうですね。変かもしれません」
「そっか。じゃあ、それも僕と同じだねぇ」
「同じですか?」
「うん。僕は変なんだって。えぇと……ぽんこつ?」
リカルドは腕を組んで少し考えた後、ポンと手を叩く。
セラフィーナは彼自身から出た「ポンコツ」という言葉に、思わず彼の腕を掴んだ。
「おやめください。リカルド様はポンコツではありません。そのような言葉……二度と、口にしないでください」
涙が滲むのを、瞬きをして散らす。
精神的には幼くとも、リカルドは自分を取り巻く環境はきちんと理解できるはずだ。現に、自分が周囲からどう思われているのかを知っている。
誰も隠そうとすらしていないのだから当たり前だ。
それでも……こんなふうに自らを「ポンコツ」だと言うなんて間違っている。
「大切な人を亡くす悲しみが、どれほどのものか……想像しただけでもつらいのに……みんな、勝手なことばかり……」
セラフィーナの震える声を聞きながら、リカルドはじっと彼女を見つめていた。
その表情からは彼の感情は読めない。
無邪気に笑うのでもなく、泣きそうなセラフィーナに困るのでもなく、ただ彼女を見つめるだけ。そこに色のある感情が存在するようには感じられず、セラフィーナはよくわからない不安に駆られた。
「リカルド様……?」
思わず手を伸ばしかけるが、リカルドはそれをひらりとかわし、くるくるとその場で回る。
「おねえちゃん、怒ってるし泣いてるし、変なの」
「あ……申し訳ありません」
セラフィーナが急に「やめて」と言ったり、泣きそうになったりしたから、リカルドは状況が読めなかったのだろう。
他の人たちが口を揃えて言っていることを否定されても、矛盾する事柄に困惑するだけだ。
それに、せっかくの祝いの席だと言ったのはセラフィーナなのに、雰囲気を壊してしまった。
セラフィーナは自分の配慮の足りなさを反省する。
何か楽しいことを――そう思って会場を見渡すと、軽食が並ぶテーブルが目に付いた。
ほとんどの人が食事を終えて歓談やダンスをしているので、人目も気にならないだろう。
「あの、それじゃあ……あちらでケーキを召し上がりませんか? とてもおいしそうですよ」
「ケーキ! 早く行こっ」
幸い、リカルドの興味も引けたようで、セラフィーナはホッとする。
後ろからついていくと、彼は色とりどりのケーキの前で目を輝かせた。
「キラキラだねぇ」
飴細工や果物などの飾りつけに感心しているようだ。
「そうですね。リカルド様はどれが食べたいですか?」
「僕は全部」
「えっ、全部ですか?」
「うん!」
頷くや否や、リカルドは皿を取って片っ端からケーキを盛り始めた。いくら一口サイズとは言っても、種類があるのでかなりの量になる。
皿の上がケーキの山になっていくのを驚きながら見ているセラフィーナをよそに、リカルドは盛ったばかりのケーキをものすごい勢いで口に詰め込みはじめた。
「んんっ、ほいひい!」
口の周りにクリームがつくのにも構わず、リカルドはケーキの山の頂上をぺろりと食べてしまう。
そうして、最後に口の周りを舐めてニカッと笑った。
「おねえちゃんも食べて。おいしいよ」
セラフィーナにもケーキを勧めつつ、リカルドは夢中になってケーキを頬張っている。
それがなんだか可笑しくて、セラフィーナは思わずふふっと笑った。
「本当に、おいしそうですね」
正直、先ほど壁際で孤立していたときは、食欲などまったくなかった。
貴族社会では当たり前のことなのかもしれないけれど、相手の腹の中を探りながらの食事がおいしいとは到底思えない。
人の悪口を言ったり聞いたりしながら食べるのも同じだ。
だが、リカルドの底抜けな明るさを見ていると、セラフィーナもお腹が空いてきた。
彼女は皿を手に取っていくつか好みのケーキを選び、最初にチョコレートケーキを口に運んだ。
「いただきます」
滑らかな口溶けの舌触りの後、ちょうどいい甘みが広がって、自然と頬が緩む。
「……おいしい」
「へへっ、でしょ?」
セラフィーナの呟きに、リカルドが誇らしげに胸を張った。
自分が作ったわけでもないのに自慢げな様子が可愛らしくて、セラフィーナはまた笑った。
この小さな幸せがリカルドを癒しているのだと感じる。
彼に対する周囲への憤りや過去の悲しみに捕らわれるよりも、こうして小さな喜びを積み重ねていくほうが、きっと前向きになれる。
リカルドがこの先、ずっとこのままだとしても……大きな悲しみから自分を守るための手段であるのなら、それが正解なのかもしれない。
王位継承の争いから外れたことだって、不幸だとは限らないだろう。
リカルドには平穏に生きてほしい。彼はもう、十分つらく悲しい経験をしたのだから。
セラフィーナはそう願いながら、ケーキを頬張って嬉しそうなリカルドに目を細めた。
ケーキを食べて少し雑談をした後、リカルドは「眠くなった」と言って自室へ戻っていった。
どこに控えていたのか、年配の世話係がちょうどいいタイミングで彼を迎えに来たのには驚いた。
白髪交じりではあったが、背が高く頭の切れそうな紳士といった姿――若い頃はきっと女性に人気があっただろう。
マウロと名乗った彼は、リカルドをしっかりと「王子」扱いしていた。
(リカルド様も信頼しているようだったわ)
幼い頃からの側付きなのかもしれない。
そうして、眠そうに目を擦りながら「おねえちゃん、バイバイ」と手を振るリカルドを見送った後、セラフィーナは再び壁の花となった。
父は相変わらず仕事関係の話に夢中だ。
時折アイコンタクトが飛んでくるが、セラフィーナは曖昧に微笑むに留めている。
普段、首都になど来ない娘に、いきなり誰かと交流しろというのも無理な話だ。
セラフィーナもすでに十八歳で、結婚相手を探すには遅すぎるくらいだとは理解している。
だが、踊るにしてもこちらから誘うわけにもいかず、もちろん誰かに誘われることもない。
元々田舎者だと思われていたところに、リカルドのことで令嬢と揉めた上、そのリカルドとケーキを食べていたのだ。
暖かな春の光が差し込むサロンには、その穏やかな空気に似つかわしくない悲鳴が飛び交っていた。
「早く侍医を!」
「茶を淹れたのは誰だ!?」
「逃がすな! 捕まえろ」
「ひいぃっ、私は何も……っ」
茶を淹れたメイドが取り押さえられ、執事が侍医を呼びにサロンを出ていく中、リカルドは向かいに座っていた母ソニアに駆け寄った。
「母上、母上……っ! 誰か早く母上を助けてくれ!」
ソニアは床に倒れ込み、小刻みに震えながら息子の袖を掴む。
その真っ白いシャツには赤い染みが滲んでいった。
「リ、カルド……」
「母上、大丈夫です。すぐに侍医が来ますから」
母の紫色の綺麗な瞳に、しっかりと自分が映っている。
たった一口の紅茶で、人が――母が、死ぬわけがない。
きっと大丈夫。
そう思うのに、彼女の瞳が虚ろになっていくのを見ると、涙が止まらなかった。
「母上、目を閉じてはいけません。母上……母上、しっかりして……」
ソニアの手から力が抜けていく。
震える唇がやんわりと弧を描き、呼吸音が小さくなって……
「あい、して……ます……あな、た……生きて……リカルド」
「っ、母上? 母上! 母上っ!!」
最期、息子の名前をはっきりと呼び、ソニアは動かなくなった。
リカルドの腕の中の彼女にはまだ体温が残っているのに――
バタバタとサロンに駆け込んでくる者たちの足音は、リカルドの慟哭でかき消された。
シャルドワ王国の側室ソニア・アルリーヴァが毒殺された。
捕らえられたメイドの証言から、黒幕は同じ側室の一人だと判明した。子を授からなかった彼女は、リカルドという優秀な王子とその母親であるソニアを妬んでいたという。
側室はのちに牢で自害し、人々はこの恐ろしい毒殺事件の犯人がいなくなったことに安堵した。
それと同時に、母親の死を目の当たりにしたリカルドが心を壊し、幼い振る舞いをするようになったことを嘆くのだった――
第一章
キラキラと輝くシャンデリアの光は、満天の星とは似ても似つかない。
煌く宝石のアクセサリーと最高級の生地を使ったドレスで着飾った令嬢たちに紛れ、セラフィーナ・パルヴィスはこっそりとため息をついた。
(やっぱりパーティは苦手だわ)
眩しすぎる照明も、豪華な装飾も、セラフィーナにはなじみのないものばかり。見るからに高級だとわかるものに囲まれていては緊張もするし、気疲れしてしまう。
貴族と一口に言っても、地位や名声の差がある。贅を尽くして暮らしている者もいれば、慎ましやかに公務に励むだけの者もいて、男爵位を賜るパルヴィス家は後者だ。
セラフィーナは、ここシャルドワ王国の東側にある小さな田舎領地の出身である。庶民と比べれば裕福という程度の、貴族社会では冴えない田舎者。
パルヴィス家当主である父マルティーノは首都で仕事をすることもあるが、セラフィーナは違う。
普段、彼女がこんなに豪勢なパーティに招待されることなどない。
二年程前に済ませた社交界デビューのときも、首都の煌びやかな雰囲気になじめず、結局今と同じようにほとんど壁の花となってやり過ごした。
それ以来、首都のパーティに参加したことはなかったのだが……
今夜、セラフィーナがこのパーティに参加しなければならなかった理由はただ一つ――シャルドワ王国の王子二人の成人祝いだからである。
シャルドワ王国の貴族の端くれとして、王子の祝い事を無視するわけにはいかない。
つまり今、セラフィーナはシャルドワ王城の広間にいて、国で一番洗練され、高級で、豪華なパーティに参加しているというわけだ。
(これが国の格式高いパーティだとは、思いたくないけれど)
再び零れたため息は、優雅なダンス音楽にかき消されて誰にも聞こえることはないだろう。
だが、楽団の美しい生演奏でも隠し切れない悪意というものが――残念ながら――このシャルドワ王国には存在する。
「まったく、あのポンコツ王子はどうにかならないものなのかしら? 私、恥ずかしくて仕方ありませんわ」
「本当ですわね。でも、あれはもう治りませんわ。五年間いろいろな医者が診たけれど、何をしてもダメだと聞きました」
「嘆かわしいわ」
セラフィーナから少し離れたところにいる二人の令嬢の会話は、お世辞にも淑女の言動とは言いがたい。にもかかわらず、周囲に咎める者は誰もいなかった。
彼女たちの言う「ポンコツ王子」とは、今日の主役の一人――シャルドワ王国第二王子のリカルド・アルリーヴァのことを指す。
セラフィーナは会場のダンスホールで一人、音楽に合わせて飛び跳ねるように踊るリカルドに視線を向けた。
ワルツのステップを無視したダンス――さらにパートナーもなく、一人で踊っているのは彼だけなのでとても目立つ。
そんな奇妙なリカルドの行動に、周囲の人々は迷惑そうな視線を向けている。近寄る人がいないので、人の多い会場の壁際に立つセラフィーナにも彼のことはよく見えた。
青みがかった銀髪がリカルドの動きに合わせてふわふわと揺れている。絹のような髪はシャンデリアの光を反射して美しい。
紫色の瞳もキラキラと輝いて楽しそうだ。
端整な顔立ちに、かっちりした正装姿。外見は年齢よりも大人びて見えるのに、手足をパタパタと動かす仕草は幼い。
五年前、母親を亡くしたことをきっかけに、リカルドの精神年齢は退行してしまった。それからずっと成長を止めている彼を、いつからか人々は「ポンコツ王子」と呼んで蔑むようになったのだ。
ソニア・アルリーヴァ――彼の母親は、側室として城に上がった女性だった。正妃である実姉ザイラになかなか子ができなかったために、姉妹の父親が計らったという。
側室は他にも何人か選ばれたけれど、男児を産んだのはソニアだけだった。さらに、同時期にザイラも王子を産んだため、他の側室たちは国王の興味を失った。
二人の王子は健やかに育ち、将来の後継者の心配は必要なくなった。特にリカルドは幼い頃から優秀で、周囲からの期待も大きかった。
ところが……リカルドが十三歳のとき、ソニアが毒殺された。
リカルドとソニアが茶を飲もうとしたときの出来事だったので、親子二人を狙ったのだろうと言われている。ただし、命を落としたのは先にカップに口をつけたソニアだけだった。
毒を盛った給仕係のメイドは実行犯として、彼女の証言から側室の一人が黒幕として、すぐに捕らえられた。
側室の中で唯一男児を産んだソニアを逆恨みしての愚行だったと言われている。後継ぎを生むために城へ召されたにも関わらず、早々に役立たずと判断された上に、リカルドが優秀に育っていくのを見て憎しみを募らせたのだろう、と。
犯人の側室は牢で自害し、メイドも死刑になったため、事件はそのまま解決したと思われた。
しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。
目の前で母親を殺されたリカルドの心が壊れてしまったからだ。
生みの親を亡くすだけでも深い悲しみと喪失感に苛まれるだろうに、それが悪意ある者に無理やり殺められた。当時まだ十三歳だったリカルドがショックに耐えられなくても不思議ではない。
周囲の人々は最初こそ同情や哀れみを見せていたけれど、いつしか彼がなかなかそのショックから立ち直らないことを嘆くようになった。
そうして時を追うごとに、人々の落胆は嫌悪へと変わってしまった。
「優秀だという噂だったから、お父様はすぐに治ると期待していたらしいけれど、あれでは無理ね」
「母親が死んだくらいであんなになってしまっては、どうせ国の統治などできなかったでしょう。むしろ国が滅びる前にわかってよかったと思うべきですわ」
この国の人々は、どうしてこんなに冷徹なのだろう。
優秀な王子に期待していた分、落胆する気持ちは理解できる。だが、母親を亡くした傷心の王子を「ポンコツ」と呼ぶ神経はどうかしている。まして「母親が死んだくらいで」など……
あまりにもひどい言いようと嘲笑に、セラフィーナは拳を握りしめた。
しかし、田舎娘の怒りになど気づくわけもなく、令嬢たちのお喋りはエスカレートしていく。
「本当に。自分の成人祝いに集まった皆様への挨拶もまともにできなかったではありませんか」
「まったく恥晒しもいいところですわ」
とうとう我慢できず、セラフィーナは大股で彼女たちに近づいた。
「ちょっと貴女たち、いくらなんでも度が過ぎます」
「まぁ、なあに貴女? 突然不躾に……失礼ではありませんの?」
令嬢の一人が眉を顰め、迷惑そうにセラフィーナを見る。
「失礼なのはどちらです? リカルド様に対する貴女たちの発言は王室への侮辱になりますよ」
「侮辱だなんて……私は事実を述べたまでですわ。ねぇ?」
令嬢が同意を求めると、もう一人が頷いてクスっと笑った。
「ええ。それとも、貴女はリカルド王子が国を治められるとでも? 嫌だわ。これだから政治に疎い方は困ります」
「見ない顔だけれど、もしかして田舎から出てきた方なのかしら? ドレスも地味で流行も知らない上に、中央政治への理解もないなんて……恥ずかしいですわよ」
二人の令嬢がセラフィーナを小馬鹿にすると、周囲からも失笑が漏れる。
「っ、貴女――」
「おねえちゃんたち、けんかしてるの?」
セラフィーナが言い返そうとしたところに割り込んできたのは、やや舌足らずな声。
続いて腕を引っ張られ、彼女は少しよろめいた。
「けんかはダメなんだよ~」
「あ……リカルド様」
ダンスフロアで踊っていたはずのリカルドが、いつのまにかセラフィーナの横にやってきて、首を傾げている。
自分を見つめる澄んだ紫色の瞳に、セラフィーナは困って視線を泳がせた。
「えっと、あの……喧嘩では、ないのですが……」
「あら、そろそろダンスのお相手を探さないと。もう行きましょう」
「そうですわね。あちらに殿方がお集まりのようですわ」
リカルドの悪口を言っていた令嬢たちは、そそくさと逃げていく。その周りの人々も咳払いをして談笑に戻ったり、その場を離れたり、彼と関わりたくないと言わんばかりだ。
それ以上遠くにいる者たちは、そもそもセラフィーナたちの言い争いには気づいていない。
セラフィーナはふぅっと息を吐いて気を取り直し、リカルドに頭を下げた。
「お騒がせして申し訳ありません。リカルド様のためのお祝いなのに……」
「うん。僕はもう成人なんだって。あっ、成人っていうのは、おとなってことだよ。だからね、僕はけんかを止めたの。えらいでしょ?」
リカルドは両手を腰に当てて胸を反らし、自慢げに言う。
セラフィーナはその可愛らしい仕草に微笑んだ。
「そうですね。成人したのに、喧嘩はいけませんね」
「おねえちゃんも成人なの?」
「はい。私もリカルド様と同じ、十八歳の成人です」
「そうなんだ~。おそろいだねぇ。おねえちゃん、名前は?」
ニコニコと機嫌の良さそうなリカルドに名を聞かれ、セラフィーナはハッとして礼をする。
「申し遅れました。私はパルヴィス男爵家が長女、セラフィーナでございます」
「セラフィーナおねえちゃんかぁ」
リカルドはきょろきょろと周りを見回し、首を傾げた。
「おねえちゃん、お友達がいないの?」
「え? あ……その、私は普段、王国の東側にある男爵領に住んでおります。首都に来る機会が少なく、あまり知り合いがいないのです」
「ふぅん。でも今日は、ミケーレに会いに来たんでしょ? あっちに行かなくていいの?」
リカルドが指さしたほうを見ると、このパーティのもう一人の主役――第一王子ミケーレがたくさんの人々に囲まれていた。
背の高いミケーレは、貴族の輪の中心で彼らに対応している。
中性的な顔立ちの異母兄とは違ってやや強面だが、貴族たちへの物腰は柔らかそうだ。笑顔も見られる。剣術に長けているとの評判を裏付けるような屈強な体躯も男性らしい。
ふとセラフィーナの視線に気づいたのか、こちらを向いたミケーレと目が合った。
「――っ」
ほんの一瞬、蛇に睨まれた蛙のように身体が硬直する。
リカルドとは違う緑色の瞳から放たれる鋭い眼光は、離れていても彼女に突き刺さるようだった。
「おねえちゃん、どうしたの? ミケーレに会いに行かないの?」
「あ……後で、ご挨拶だけしますね。今は、皆さんがいらっしゃいますから」
「そう? でも、早くしないとミケーレとけっこんできなくなっちゃうよ」
「結婚? 私はミケーレ様と結婚するつもりなんてありません」
リカルドの突拍子もない言葉に、セラフィーナは思わず笑う。
田舎者の男爵令嬢が王子と結婚などできるわけがない。そもそも、このパーティは二人の王子の成人祝いだというのに、自分が見初められようと邪な気持ちで参加するなど……
(……私は少数派なのね)
ミケーレに群がる令嬢たちが必死に自分を見てもらおうと背伸びしているのを見て、セラフィーナはため息をついた。
彼女たちの父親も、どうにかして娘を売り込もうと全方位からミケーレに話しかけている。
「おねえちゃんは変なんだねぇ」
リカルドがしみじみといった様子で呟くので、セラフィーナは苦笑いした。
なぜかその一言だけが妙に大人びて聞こえたせいもあるが、彼の言う通りだと思ったからだ。
セラフィーナは貴族の中では珍しい存在なのだろう。
だが、自分の立場は弁えているつもりだ。
田舎貴族で、特に何かに秀でているわけでもない。容姿も中身も至って普通の自分が、王子に求婚されるわけがない。
「そうですね。変かもしれません」
「そっか。じゃあ、それも僕と同じだねぇ」
「同じですか?」
「うん。僕は変なんだって。えぇと……ぽんこつ?」
リカルドは腕を組んで少し考えた後、ポンと手を叩く。
セラフィーナは彼自身から出た「ポンコツ」という言葉に、思わず彼の腕を掴んだ。
「おやめください。リカルド様はポンコツではありません。そのような言葉……二度と、口にしないでください」
涙が滲むのを、瞬きをして散らす。
精神的には幼くとも、リカルドは自分を取り巻く環境はきちんと理解できるはずだ。現に、自分が周囲からどう思われているのかを知っている。
誰も隠そうとすらしていないのだから当たり前だ。
それでも……こんなふうに自らを「ポンコツ」だと言うなんて間違っている。
「大切な人を亡くす悲しみが、どれほどのものか……想像しただけでもつらいのに……みんな、勝手なことばかり……」
セラフィーナの震える声を聞きながら、リカルドはじっと彼女を見つめていた。
その表情からは彼の感情は読めない。
無邪気に笑うのでもなく、泣きそうなセラフィーナに困るのでもなく、ただ彼女を見つめるだけ。そこに色のある感情が存在するようには感じられず、セラフィーナはよくわからない不安に駆られた。
「リカルド様……?」
思わず手を伸ばしかけるが、リカルドはそれをひらりとかわし、くるくるとその場で回る。
「おねえちゃん、怒ってるし泣いてるし、変なの」
「あ……申し訳ありません」
セラフィーナが急に「やめて」と言ったり、泣きそうになったりしたから、リカルドは状況が読めなかったのだろう。
他の人たちが口を揃えて言っていることを否定されても、矛盾する事柄に困惑するだけだ。
それに、せっかくの祝いの席だと言ったのはセラフィーナなのに、雰囲気を壊してしまった。
セラフィーナは自分の配慮の足りなさを反省する。
何か楽しいことを――そう思って会場を見渡すと、軽食が並ぶテーブルが目に付いた。
ほとんどの人が食事を終えて歓談やダンスをしているので、人目も気にならないだろう。
「あの、それじゃあ……あちらでケーキを召し上がりませんか? とてもおいしそうですよ」
「ケーキ! 早く行こっ」
幸い、リカルドの興味も引けたようで、セラフィーナはホッとする。
後ろからついていくと、彼は色とりどりのケーキの前で目を輝かせた。
「キラキラだねぇ」
飴細工や果物などの飾りつけに感心しているようだ。
「そうですね。リカルド様はどれが食べたいですか?」
「僕は全部」
「えっ、全部ですか?」
「うん!」
頷くや否や、リカルドは皿を取って片っ端からケーキを盛り始めた。いくら一口サイズとは言っても、種類があるのでかなりの量になる。
皿の上がケーキの山になっていくのを驚きながら見ているセラフィーナをよそに、リカルドは盛ったばかりのケーキをものすごい勢いで口に詰め込みはじめた。
「んんっ、ほいひい!」
口の周りにクリームがつくのにも構わず、リカルドはケーキの山の頂上をぺろりと食べてしまう。
そうして、最後に口の周りを舐めてニカッと笑った。
「おねえちゃんも食べて。おいしいよ」
セラフィーナにもケーキを勧めつつ、リカルドは夢中になってケーキを頬張っている。
それがなんだか可笑しくて、セラフィーナは思わずふふっと笑った。
「本当に、おいしそうですね」
正直、先ほど壁際で孤立していたときは、食欲などまったくなかった。
貴族社会では当たり前のことなのかもしれないけれど、相手の腹の中を探りながらの食事がおいしいとは到底思えない。
人の悪口を言ったり聞いたりしながら食べるのも同じだ。
だが、リカルドの底抜けな明るさを見ていると、セラフィーナもお腹が空いてきた。
彼女は皿を手に取っていくつか好みのケーキを選び、最初にチョコレートケーキを口に運んだ。
「いただきます」
滑らかな口溶けの舌触りの後、ちょうどいい甘みが広がって、自然と頬が緩む。
「……おいしい」
「へへっ、でしょ?」
セラフィーナの呟きに、リカルドが誇らしげに胸を張った。
自分が作ったわけでもないのに自慢げな様子が可愛らしくて、セラフィーナはまた笑った。
この小さな幸せがリカルドを癒しているのだと感じる。
彼に対する周囲への憤りや過去の悲しみに捕らわれるよりも、こうして小さな喜びを積み重ねていくほうが、きっと前向きになれる。
リカルドがこの先、ずっとこのままだとしても……大きな悲しみから自分を守るための手段であるのなら、それが正解なのかもしれない。
王位継承の争いから外れたことだって、不幸だとは限らないだろう。
リカルドには平穏に生きてほしい。彼はもう、十分つらく悲しい経験をしたのだから。
セラフィーナはそう願いながら、ケーキを頬張って嬉しそうなリカルドに目を細めた。
ケーキを食べて少し雑談をした後、リカルドは「眠くなった」と言って自室へ戻っていった。
どこに控えていたのか、年配の世話係がちょうどいいタイミングで彼を迎えに来たのには驚いた。
白髪交じりではあったが、背が高く頭の切れそうな紳士といった姿――若い頃はきっと女性に人気があっただろう。
マウロと名乗った彼は、リカルドをしっかりと「王子」扱いしていた。
(リカルド様も信頼しているようだったわ)
幼い頃からの側付きなのかもしれない。
そうして、眠そうに目を擦りながら「おねえちゃん、バイバイ」と手を振るリカルドを見送った後、セラフィーナは再び壁の花となった。
父は相変わらず仕事関係の話に夢中だ。
時折アイコンタクトが飛んでくるが、セラフィーナは曖昧に微笑むに留めている。
普段、首都になど来ない娘に、いきなり誰かと交流しろというのも無理な話だ。
セラフィーナもすでに十八歳で、結婚相手を探すには遅すぎるくらいだとは理解している。
だが、踊るにしてもこちらから誘うわけにもいかず、もちろん誰かに誘われることもない。
元々田舎者だと思われていたところに、リカルドのことで令嬢と揉めた上、そのリカルドとケーキを食べていたのだ。
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