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第二章 現代編

夢のあとに4

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なんて、あったかいんだろう。

冷えきった指先に血が通い始め、レオの胸の中でぬくもりに満たされていった。しっとりした彼の肌の弾力に、思わず頬を寄せる。

「レイ、もっと一緒にいたい」
「……うん」

するりとレオの指先がシャツの裾から割り込み、伶の滑らかな背中を撫でていった。痺れるような刺激にたまらなくなって目を閉じる。

「ほんとにいいの? だってレイは……」
小さく頭を振ってレオを制した。
「でも疲れてるだろ。明日帰るならもう休みなよ。前みたいに泊まっていけばいい」

倒れたっておかしくないくらい疲れてるはずだった。リサイタルで聴衆を魅了し、責務を果た後に、こんな夜更けに会いに来て。まったく何を考えてるんだか。

「レオの代わりはいないんだから。主役がいなけりゃ舞台は中止だよ。もっと自分を大事にしたら?」

レオは返事をせずに、ブランケットで伶の肩を包み込むように抱きしめた。

「......もう次のステージに立つかどうかは分からない。僕はね、レコード会社との契約を更新しようかずっと迷ってたんだ。レイがパリに来てくれたら辞める決心がつくんじゃないかって、勝手に期待してた……」

一見華やかな音楽業界。才気溢れる新星は世界中から滾々こんこんと湧き出てくる。ステージは戦場だと昔のレオは言っていた。戦うのはいい、でも城たちが魅せたいレオと、本当のレオは乖離がありすぎた。彼はその狭間で立ちすくんでいる。どこに進むべきか彼は迷っているんだ。

「……レオ、ちょっと手を出して」

不思議そうに差し出された左手の指先にそっと触れた。何万時間と弦を押さえ続けた、少し硬くなった指先に、レオの人生が懸かっている。過去も未来も。

「レオは人を感動させる宝物を持ってる。どこにいてもお前の周りに人は集まる。だから立ち止まらず自分の信じた道を進めばいいよ」

レオは眉を寄せながら下唇を噛み締めていた。
「レイはどうして……どうして僕の欲しい言葉をくれるの? どうしてそんなにやさしいの?」

やさしいのはどっちなんだか。無理やりにでもパリに連れて行くのかと思えば、反論もせずに受け止めてあっさりと引き下がる。レオはいつの間に、こんな聞き分けのいい大人になったんだろう。

「僕は言いたいことを言ってるだけ。レオだってそうだよ、いつまで我慢するの?」
「我慢て、何が?」

「疲れたら疲れたって言えばいい、嫌なことは嫌だって言いなよ。昔みたいにワガママなくらいのほうがレオらしくて、僕は好き」
言ってしまってから焦るなんて遅すぎる。触れていた手を咄嗟に離してごまかそうとした。

「……僕はレイが欲しい」 
懇願するようにつぶやいて寄せた唇を、伶は初々しくうつむいてためらった。なんて答えたらいいか、もう分からなかった。

「恥ずかしい?」
「ちょっとね」
「僕はこうしたいってずっと願ってたよ?」

頬を緩めて見上げる。それからゆっくりと顔を斜めに傾け、吸い寄せられるように彼を求めた。

肉厚なレオの唇は信じられないほど柔くやさしくて、永遠に触れていたいくらい心地良かった。

ブランケットが床に落ちて、お互いの距離はもっと近づく。

差し込まれた滑らかな舌先は、ねだるように伶の細い舌を絡めて激しくなっていった。

まるで自分がどろどろに甘くとろけてレオの身体の奥深くへ飲み込まれていくみたい。


「……レイ、平気?」

「どうしよう」
「うん?」

伶は熱い息を小さく漏らした。

「……気持ちよすぎておかしくなりそう」

「好きだよレイ。ずっと好きだった」


キスだけでふわふわとのぼせるように熱に浮かされ、もう何も考えられない。濡れた唇のくちゅくちゅと吸う水音だけが、ひんやりと静まり返った部屋に響いては消えていった。

だんだん腰の力が抜けて緩んでいく。レオは力強い腕で支えながら、ゆっくりと伶を倒していった。

すぐに弾けるようなくすぐったい感触が首筋を走り抜ける。恥ずかしくてたまらなくなって、ぎゅっと目をつむった。

「レイの肌、すべすべでシルクみたいだ」
まくられたシャツの隙間から、艶っぽいため息とレオの猫っ毛がかすめる。

「んっ……」
胸元に感じる、吸われるような甘い刺激が全身を貫いた。繰り返される愛らしい吐息に、レオは口元を緩めて伶を抱き上げる。


ずっしりとベッドは沈み込んで、ふたりを受け入れた。着ていたものは性急にはがされ、レオも乱雑に床に脱ぎ捨てた。月明かりに照らされた彼の裸体。引き締まった腹筋に、使い込まれたしなやかな腕の筋肉。

伶はその雄々しさに見とれていることに気づき、熱くなった顔をそむけた。

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