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4.伯爵家の新たな日常

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 ローランドの朝は早い。
 まだ薄暗い時間に目を覚ますと、ベッドの脇に立て掛けてある愛剣を手に取った。

 そして、部屋を出ようとすると……。

「おはようございます、ローランド様」

 目を逸らした。

「ローランド様、挨拶をするときは相手の目をしっかり見てください。
 さあ!」

「……おはよう」

 チラッとエイラの方を見て、早口でそれだけいうと、逃げるように庭へと出た。

 朝の鍛練は、冒険者として活動していた頃からの日課だ。
 いや、鍛練というより、もはや癖といったほうがいいだろうか。
 これをしないと、どうにも一日が始まった気がしないのだ。

 ほどよく汗をかき、鍛練を終了したところで、横からタオルが差し出された。

「お疲れ様でした。
 どうぞお使いください」

 受け取ったタオルで汗を拭いていると、強い視線を感じる。

「……ありがとう」

 言葉を発する瞬間だけ、エイラのほうへと視線を向けた。



 食事は、屋敷の広い食堂で行う。
 これまでは一人でとっていた食事だが、最近は対面の席にエイラが座っている。

 広い食堂で独り食べるのは落ち着かなかったが、目の前にエイラがいるのも落ち着かない。

「冒険者にも女性の方はいらっしゃいますよね?
 女性と目を合わせられない状態で、どうやって生活なさっていたんですか?」

 美味しそうに、料理を食べていたエイラが尋ねてきた。
 フェルト男爵の領地は貧しい、という話をエイラから聞いた。
 貴族であるにも関わらず、時には平民よりも安上がりな食事をとる日もあるという。
 そのせいもあってか、エイラは伯爵家での食事を、とても美味しそうに食べるのだ。

「……基本、独りで活動していたから」

「なるほど」

 独りでも、とくに困ることはなかった。
 魔物相手に後れを取ることはなかったし、数日程度であれば、休息も必要なかったため、野宿をするときに見張りを交替する人員も要らなかったのだ。

「そういえば、どうして目を合わせようとしなくなったんですか?
 なにか、きっかけがあったんですよね?」

「……昔は普通に話せていた。
 でもある日、睨んだだけで魔物が倒れたんだ。
 剣で斬ってもいないのに、魔物を倒してしまった。
 魔物ですら殺してしまうのなら、それより弱い人々と目を合わせるなんて、怖くてできなかった」

「でも、もうそんな心配する必要ないってことは、わかりましたよね」

「……それは、まあ」

 エイラは不思議な人だ。
 貴族の令嬢らしくないというか、お節介というか。
 長年、人の目を見ずに過ごしてきたというのに、ここ数日でいったい何度、エイラの瞳を覗いたことだろう。

 そしてその度に、妙に緊張してしまう。
 こんなこと、竜種と闘ったときですらなかったのに。

 きっと今も目の前で微笑んでいるだろうエイラを思うと、胸の辺りが苦しくなった。

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