ある日、運命に出会いまして。

鬼塚ベジータ

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 カチン、と、軽い音が鳴る。
 静まり返ったその場では、それはあまりにも大きな音だった。

(……あれ……?)

 痛みがない。衝撃もない。ぎゅうと閉じていた目をおそるおそる開いていくと、先ほどとなんら変わりない状況が見えた。

「……なんで、」
「それはオモチャじゃねえぞ、アルバラ」

 爆音が空を裂くと同時、アルバラが持っていた銃が弾き飛ばされた。
 アルバラの手は衝撃に震える。少し麻痺しているらしい。

「い! たいっ……!」
「頭なんか撃ってたらそれ以上に痛かったな」

 反乱軍の男と黒服の後ろから、ルークが悠然とやってきた。まったく焦った様子はない。その手にはアルバラが持っていたものよりも小さな銃が握られていて、アルバラの銃を弾いたのはこいつの弾丸であると分かる。

「ル、ルークさん! 逃げてください! この人たち、ルークさんを探して殺すんだって、」
「ほう。どうやるんだ、教えてみろ」

 口角をつり上げると、黒服の男へと目を向ける。
 黒服は少しばかり怯んだのか、一歩だけ足を引いた。しかし果敢にも銃口をルークへと向けて、焦った様子をひた隠しているようだ。

「あまり驚いていませんね」
「ああ。おまえが潜入していることは分かっていた」
「……匂わせたつもりはありませんでしたよ」

 二人の会話を聞き流し、アルバラだけが次をどうすべきかと考えていた。
 黒服はもう余裕気味だ。反乱軍の男は現在、幸いにもアルバラの近くにいるだけでアルバラを捕らえていないから、もう逃げられるわけがないと安心しきっているのかもしれない。アルバラが持っていた銃は、弾かれてどこかに行ってしまった。側には草木しか生えていなくて、武器になりそうなものは一つもない。

(……ルークさんが殺されちゃう……)

 ルークも銃を持っているとはいえ、武装した男を二人相手にするのはさすがに不利だろう。どうすればこの状況を打破できるのか。

「どれほど警戒していても、こちらのテリトリーで行動していることに変わりはない。電波妨害はしっかりとされていたがな」
「……なるほど。泳がされていたわけですか」
「おまえから抜き取れるものは案外多かったよ」

 ルークの目がちらりとアルバラに向けられた。しかしアルバラは気付かない。どうすればルークを救えるのかとそればかりで、今は武器を探すことに必死だった。

「残念ながらそこの王子様は渡せないんだ。大人しく引け」
「それは、反乱軍と対立するという意思表示か?」

 反乱軍の男がアルバラの前に立つと、大きめの銃をルークに向けて構えた。

「どうとらえてもらっても構わん。聞き分けが悪いようなら、こちらも強行に出るしかない」
「……強行?」

 遠くで、バラバラとローターの回る音が聞こえた。気付いた二人はすぐに振り仰いだけれど、同時に反乱軍の男が膝をつく。

「ぐっ……! ぅ、ああああ!」

 膝を撃ち抜かれたらしく、おびただしい量の血液が吹き出していた。

「チッ。案外早い到着でしたね」
「俺の持っている端末が運よく生きていたようでな。……ああ、そうだ。おまえへの通信は断っていたから、俺が仲間を呼んだことに気付かなかったのか」
「なるほど。俺は最初から疑われていたと」

 アルバラは恐怖に目を閉じていた。
 目の前で人が撃たれた。その痛みから苦しんでいる。そんな姿を見ていられなくて、聞いていたくもなくて、耳もぎゅうと塞いでいる。

「……やけに王子に構うようですが、何か理由が?」

 黒服はそれを最後に、ヘリからの銃撃に倒れた。眉間に一発、弾痕が残る。
 ドサリと音を立てて倒れたけれど、アルバラはまったく気付いていない様子だった。

「……理由か……」

 そんなものがあったような気もするけれど、なかったような気もする。
 ルークは短く息を吐いて、アルバラへと歩み寄る。

「おい、大馬鹿王子」

 しかし当然、耳も目も塞いでいるアルバラには分からない。

「おい。もう大丈夫だぞ、おい」
「王子を、どうするつもりだ」

 ルークの足元では、膝を撃たれて苦しんでいる反乱軍の男が、痛みに堪える表情でルークを睨みつけていた。

「……分かっているのか……! 王子は、ユーリウス殿下が保護をしようとしている。それをさらったとなれば……殿下が、黙ってはいない」
「ではその時はどうしようか。……それこそ、おまえたちの言う戦争でもしてみるか?」

 一拍間を置いて、男は悔しげに口を開く。

「どうして、そこまで……」
「こいつは本来王位継承権第一位の男で、なぜか離宮に隠されていた過去がある。そして何より、ユーリウスも国王も欲している。……利用価値が高い」
「外道が……!」

 遠く聞こえていたはずのローターの音が近づいていた。アルバラはそれを感じてようやくうっすらと目を開くと、目の前に居るルークに泣きそうな顔で飛びついた。

「ルークさん! 無事だったんですね! 良かった!」

 躊躇いもないその様子に、ヘリから降りてきた数名の黒服たちはぎょっと目を剥いていた。
 彼らはルーク・グレイルという男のことをよく知っている。その上で、アルバラの行動が信じられなかった。

「で、おまえはなぜあの場から動いたんだ」
「だ、って……この人たちが来たから、逃げないとと思って……」

 もしかしたら離宮に押し入った男たちが来たのかもしれないと、そんなことも思っていた。

「はぁ……阿呆が。それで、銃口を自分に向けた理由は」
「それは……僕が捕まれば、ルークさんの居場所がバレると……」
「どうやってバレるんだ。そんなわけがないだろう」
「だってこの人たち、僕たちが居る島まで正確に追いかけてきましたし……!」
「俺が発信器を持っていたからだ。おまえが捕まってもどうにもならん」

 ルークはふたたび深いため息を吐き出すと、抱きついたままのアルバラを膝裏からすくいあげて、そのまま横向きに抱き上げた。

「わっ!」
「そこの男は連れて行け。反乱軍の人間だ。使えるかもしれん」
「はい」

 黒服が、倒れている反乱軍の男に布を噛ませていた。それ以外の黒服はやはりルークとアルバラが気になるのか、二人の様子に釘付けである。
 しかしルークには関係がない。アルバラを抱き上げたままで悠々と歩き始めると、ヘリから垂らされた縄梯子に片手でつかまった。

「おまえの話を聞かせろ。……どうしてここまで、ユーリウスや国王がおまえに構うのか」

 ——アルバラが持っていた銃には、しっかりと弾が入っていた。セーフティも外れていたし、トリガーを引いて撃てないわけがない。しかしアルバラは死ななかった。空砲というわけでもない。ただトリガーだけがカチンと軽い音を立てて、銃口からは何も飛び出すことはなかった。

 これまでのこととあわせてみれば、それが偶然でないということは分かる。

 アルバラはやはり何か普通ではない。あまりにも運が良すぎる。

 必死にルークにしがみつくアルバラを片手で支えて、ルークは器用にヘリに乗り込んだ。機内はやはり広く、数人の黒服がすぐにアルバラとルークの元にやってくる。

「あ、あの、ルークさん、怪我はないんですか?」
「俺に? あるわけがない。水を確保するために離れただけだからな」
「水を……」

 思ったとおり、ルークは何かをしに行ってくれていたらしい。それなのにアルバラは何の役にも立てなかった。

「何をむくれてる」

 差し出された水を飲みながら、ルークはじっとアルバラを見つめていた。アルバラも水は渡されている。喉は乾いているけれど、それをいじるばかりで飲む気にはなれないようだ。

「……僕、ルークさんのためになりたくて……」
「それで?」
「でも何もできなかったから……ルークさんは、木の実とかお水とか、たくさんしてくれたのに……」

 本気で落ち込んでいるアルバラに、ルークは一瞬気を取られて口の端から水をこぼした。すぐに黒服がタオルを寄越す。けれどルークが動かなかったから、黒服がルークの服にこぼれた水を拭いていた。

「……おまえは、俺のために何かをしようと?」
「? そうですよ。ルークさんは僕を助けてくれたり、守ってくれたので」
「……この、俺のために?」
「何かおかしいですか?」

 ぽかんとしているルークを前に、アルバラも同じような顔をしていた。そんな間抜けな表情のルークを見たことがない黒服たちは、けれど何かを言い出せないまま二人の様子を観察している。

「ひとまず飲め」
「…………はい」
「今度はなんだ」
「……別に……」

 のろのろとキャップを開けると、不満ありげに水を飲む。アルバラはまた不機嫌だ。そういえば朝も不機嫌だったなと、ルークはそこで思い出す。
 少しばかり共に過ごして、ルークにもアルバラが分かってきた。アルバラは嘘をついたり感情を隠すのが下手くそだ。打算的に考えることもないから、カマをかけたり駆け引きが出来るタイプでもない。変に勘ぐる必要もないから、ルークもまっすぐに「アルバラ」という男を見ることができる。

 つまりアルバラは今、ただ単に本当に機嫌が悪い。むすっとして唇を尖らせる程度の、可愛らしい不機嫌さだ。

「アルバラ」

 呼んでも、アルバラは何も言わなかった。
 不機嫌なままだと、きっとルークの質問にも答えようとはしないだろう。
 アルバラはいったい何者なのか。ルークが気になるのはそこである。

「……分かった。おまえの欲しいものをなんでもやろう。だから機嫌を直せ」

 難しい顔をしたルークが、苦し紛れにつぶやいた。不本意なのが見て取れる。
 そんなルークに、周囲で二人の様子を伺っていた黒服たちはさらに目をひん剥いた。

 あのルーク・グレイルという男が誰かのご機嫌とりをしている。それはこれまで夜を共にした美女相手にもなかったことで、もちろんビジネス相手にも見たことはない。
 秘密を抱えているにしても、まさかアルバラ相手にそんなにも下手に出るとは……ルークの言動に、機内は一気に重たい空気に変わる。

 しかしアルバラだけはそれを分かっていないのか、むすっとしたままで上目にルークを見つめると、おもむろに腰をあげた。歩み寄るアルバラに、ルークも少し身構える。けれど何ということもなく、アルバラはただルークの隣に座っただけだった。

「……僕は国に帰されるんですか」

 俯き気味の言葉は小さくて、それでもしっかりとルークに届く。

「おまえは帰りたいのか?」

 その問いかけに、アルバラは素直に頭を振った。

「……どうしたらいいかが分からなくて……帰ったら危ないかもって思うのに、母のことは気になります。ユーリウス殿下のことだって……」
「……ユーリウスとは仲が良いのか」
「はい。幼い頃からよく面倒を見てくれていました。母も、殿下には気を許していたみたいなので」

(ユーリウスが反乱軍だと分かった上で懇意にしていたのなら、アルバラの母は国と敵対していたということか)

 それならば、アルバラの母が正妃として表に立たず離宮に引きこもっていたのも分かる。あるいは、閉じ込められていたからこそ国に反発していたのか。

「気を許していたのなら、ユーリウスの元に戻りたいんじゃないのか。あいつは反乱軍の人間だ。おまえに危害を加えることはないだろう。——敬遠してきた俺に連絡を寄越すほど気にかけているようだしな」

 それにもやはり、アルバラは頭を振るばかりだった。

「……さっきの男の人も、ユーリウス殿下が僕を呼んでいると言ってくれました。でも僕、なんとなく行っちゃいけない気がしてて……」
「……なんとなく?」
「理由は分からないんですけど……。ユーリウス殿下はすごく優しくて、いつも僕のことを考えてくれて、大切にしてくれているのに……たまに変に触られるからかな……」
「……ほう。興味深い」

 ルークの眉がピクリと跳ねて、口角は歪につり上がる。
 変に触られる。その意味を穿つならば、婚約者も居るユーリウスにはとんだ醜聞だ。

「ボス」

 確証を得る前に、黒服が小型の端末をルークへと差し出す。

「ユーリウス殿下から通信です」
「個人端末か」
「はい。反乱軍のコードではありませんでした」

 それを受け取ったルークはすぐに、ミュートボタンを解除した。

「よお、ユーリウス。何の用だ」
『白々しいことを言うなよルーク・グレイル。アルバラをどうするつもりだ』

 端末から聞こえる声に、アルバラはきゅっとルークの服の裾を掴む。

「こいつが帰りたくないと言うから連れているだけだ。俺が何かを企んでいるような言い方はよせ」
『ふざけるなよ、アルバラがそんなことを言うはずがない』
「と、言っているが……どうなんだ、アルバラ」

 突然話を振られて、アルバラの肩が大きく跳ねた。
 どうもこうも、先ほど話したとおりである。それを直接言わせようとするなんて、なんと意地悪な男なのか。

『アルバラ? そこに居るのか? どうせその男に縛られて脅されているんだろう? 安心しろ、私がすぐに助けに行く』
「ほう。縛られているのか? アルバラ」

 ルークの服の裾を握り締める手が、白くなっている。アルバラは何度も頭を振っているけれど、声を出さない限りは相手には伝わらない。

『アルバラ、』
「僕、殿下のところには帰れません」
『! 無事なのか!? アルバラ!』
「すみません! 僕、まだルークさんと居ます!」

 それだけ言うと、アルバラは「もう何も言うことはない」と示すようにルークの腕に顔を押し付けた。目をぎゅっと閉じている。隙間からそれが見えて、ルークもどこか満足げだ。

「と、いうことだ、ユーリウス。おまえの事情はおまえの力だけで片を付けろ」
『……アルバラに指一本触れてみろ、どのような手段を使ってでもおまえを捻り潰すからな』
「……それは、組織としての話か? それとも個人的に言っているのか?」

 挑発するような言葉に返事はなく、ユーリウスは一方的に通信を終わらせた。
 端末を黒服に返して、アルバラを軽く叩く。するとアルバラがおそるおそる上目にルークを伺う。

「終わったぞ」
「……あ、ありがとうございました」
「ボス。本部に戻ります。第一邸の場所はバレておりますので」
「こいつもしばらく本部に置く。部屋は俺と同じでいい」
「お、同じですか……?」

 黒服が目を丸くして、アルバラを訝しげに見つめていた。

「危険です。反乱軍とも国王とも繋がっている可能性があります」
「俺がやられるとでも?」
「そうではありませんが……」
「こいつがどこかと繋がっているのであれば尚更、俺が直接見た方がいいな。目的が俺なら尻尾を出すのも早いだろう」

 ルークが意味ありげにアルバラを見下ろした。
 しかしアルバラは言われた意味をあまり理解していなかったのか、不思議そうにルークを見つめ返しているだけだった。

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