噂話系短編集

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踊る仔鹿亭の毒舌夜話

ワインと毒舌の夜

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月明かりが石畳を照らす夜、王都の片隅にある小さな居酒屋「踊る仔鹿亭」では、女たちの楽しげな声が響いていた。木製のテーブルには、安物のワインと、色とりどりのチーズやパンが並ぶ。

「ねえ、聞いてよマリー! あの騎士団のルーカスったらさぁ!」

赤毛のロジーナが、琥珀色のワインを一気に煽り、勢いよく話し始めた。向かいに座る金髪のマリーと、黒髪のリーナが興味津々に顔を向ける。

「またルーカス? あんた、懲りないねぇ」

リーナが呆れたようにため息をつく。ルーカスは、顔だけは良いが、とんでもない女癖の悪さで有名な騎士だ。

「だってさ、こないだ『君の瞳は夜空の星のようだ』なんて囁いてきたのよ? 私、ちょっとドキッとしちゃって」

ロジーナは頬を染めるが、すぐに不満げに口を尖らせる。

「でもね、その次の日よ! 私が市場で買い物してたら、別の女にも同じこと言ってるのを聞いちゃったの! しかも、その女、私より胸が小さいのよ!」

「ぶふっ!」

マリーが思わずワインを噴き出す。リーナは肩を震わせて笑いをこらえている。

「最低! ほんと、クズ男の言うことなんて信用できないわ!」

ロジーナは憤慨しながら、テーブルをドンと叩いた。

「まったくだわ。ルーカスみたいな男は、甘い言葉で女を釣るだけ釣って、ポイ捨てするんだから」

マリーが同意するように頷く。彼女は数ヶ月前、ルーカスに散々振り回された経験がある。

「でしょでしょ!? あいつ、私に『君のためなら死ねる』とか言ってたのに、結局私がお金を貸してほしいって言ったら、『騎士の給料は安いんだ、すまない』だって。死ねるんじゃなかったのかよ!」

ロジーナの言葉に、マリーとリーナは顔を見合わせて大きく頷いた。

「あら、ルーカスだけじゃないわ。この間、私が店で働いていたら、自称吟遊詩人の男が来てね。『君の歌声は天使のようだ』なんて言ったのよ。それで、私の店でただ飯食おうとするの! しかも、食い逃げしようとしたから捕まえてやったわ!」

リーナが腕まくりをして、当時の怒りを思い出したように話す。

「吟遊詩人なんて、口先ばっかり達者なんだから。詩の一つでも詠んで、女の気を引こうとする魂胆が丸見えよ」

マリーが冷めた目でワイングラスを回す。

「ほんと、男ってなんでこう、しょうもない嘘ばっかりつくのかしらね」

ロジーナが大きなため息をついた。

「きっと、自分を大きく見せたいだけなのよ。中身がないから、虚勢を張るしかないのよ」

マリーが静かに、しかし的確な言葉で男たちを分析する。

「中身がない…たしかに! ルーカスなんて、剣の腕は立つけど、頭の中は筋肉と女のことしかないもんね!」

ロジーナは膝を叩いて納得した。

「そうよ、中身がないのよ! それに、自分勝手だし!」

ロジーナはさらにワインを一口飲み、興奮気味に続ける。

「この前なんてさ、ルーカスが騎士団の訓練で怪我をしたって聞いて、心配してお見舞いに行ったのよ。そしたら、包帯グルグル巻きなのに、『君が来てくれたから、もう治ったも同然だ』なんてキザなこと言ってきて!」

「あらあら」マリーが眉をひそめる。

「でしょ!? で、私が『痛いでしょう?何かしてあげられることは?』って聞いたら、『ああ、俺の傷を癒すのは、君の美しい歌声だけだ』って…」

ロジーナはそこで言葉を切り、大きくため息をついた。

「…で、私の歌声に聞き惚れて、またただ飯を要求してきたのよ! 怪我人だからって許されると思ってるの!?」

「最低ね!」リーナが顔をしかめる。「私のところに先日来た商人なんて、もっと酷かったわよ」

リーナは熱くなったワインを冷ますように、グラスをゆっくり回した。

「あのね、店の帳簿が合わないって私が困ってたら、『ああ、美しいレディがそんな難しい顔をしては、街のバラが萎んでしまう』とか言って近づいてきたの。いかにも手伝ってやるって顔でね」

「あら、紳士的じゃない?」ロジーナが首を傾げる。

「それがね、帳簿を見始めた途端に『これは難しい! 私の頭脳では手に負えない!』とか言い出して、結局何もしないで、私が淹れたお茶と菓子だけ平らげて帰っていったのよ! あげく、『君の入れるお茶は、どんな難問も忘れさせてくれる』ですって。あんたが難問にしたんやろがい!」

リーナの語尾が強くなる。マリーとロジーナは顔を見合わせ、声を上げて笑った。

「やっぱり男って、結局自分を良く見せたいだけなのね」マリーが静かに呟く。

「そうよ! しかも、言い訳がまた滑稽なのよ」ロジーナが同意する。

「そういえば、うちの常連客の木こりのジェイコブも、この前ひどかったわ」マリーが思い出したように話し出した。

「彼、いつも『俺の斧は世界一だ!どんな大木も一振りだ!』って自慢してるの。でも、この間、街の入り口に生えてる、あの大きな樫の木を倒す依頼が来た時、なんだかんだ理由をつけて断ったのよ」

「へえ、どんな理由?」リーナが興味津々に身を乗り出す。

「それがね、『この樫の木は、妖精が宿っている神聖な木だから、むやみに伐採すると祟られる』とか、『俺の斧は、魂を持つ木には使えないんだ』とか…」

マリーは呆れたように肩をすくめた。

「…ただ単に、あの木が硬すぎて、彼の斧じゃ太刀打ちできないだけなのよ! 自分の腕が足りないのを、妖精のせいにしたり、斧の魂のせいにしたりするなんて、ほんと見苦しいわ」

三人の女たちは、男たちの奇妙な言い訳の数々に、呆れと嘲笑の入り混じった視線を交わした。夜は更け、ワインのボトルは次々と空になっていく。

「ほんと、男ってすぐに自分を大きく見せたがるんだから!」

ロジーナが残りのワインをグラスに注ぎながら言った。グラスの底には、もう澱しか残っていない。

「そうよ。この間、王宮の舞踏会に行った時のことなんだけどね」

マリーがふと、遠い目をしながら話し始めた。彼女はかつて、貴族の館で侍女として働いていたことがある。

「ある騎士が、私に話しかけてきたのよ。それはもう立派な衣装を身につけてね。『我が家は代々、この国の王に仕えてきた由緒正しき家柄だ』って、家系の自慢話ばかりするの」

「へえ、騎士様ねぇ」ロジーナが皮肉っぽく笑う。

「それでね、私が『あなた様もさぞかし剣の腕が立つのでしょうね』って言ったら、『ああ、もちろん! 私は幼い頃から武術の稽古に励み、今では騎士団の中でも指折りの腕前だ』って、胸を張るのよ」

マリーはそこで言葉を区切り、呆れたようにため息をついた。

「でもね、その騎士、舞踏会の途中で階段から足を踏み外して、盛大に転んだのよ。しかも、転んだ拍子に剣が鞘から飛び出して、あわや周りの人を巻き込むところだったの。咄嗟に避けた私が、剣を拾ってあげたんだけどね」

「あらま!」ロジーナとリーナが声を揃える。

「その時の言い訳がまた酷かったわ。『これは、我が家に代々伝わる呪われた剣でな。時折、自ら鞘を飛び出す癖があるのだ』ですって。自分の不注意を剣のせいにするなんて、呆れてものも言えなかったわ」

マリーは首を振り、口元に小さな笑みを浮かべた。

「呪われた剣ねぇ。そんな見え透いた嘘、誰が信じるっていうのよ」

ロジーナが笑い転げる。

「ほんとよ! 私の店にもね、やたらと見栄を張る客がいるのよ」

リーナが眉間に皺を寄せた。

「『俺は北の国から来た腕利きの猟師だ! 一人で熊も仕留めたことがある!』なんて大口叩いてね。いつも山で獲れた肉を売りに来るんだけど、どう見てもただの野うさぎとか鳥の肉なのよ。熊なんて見たこともないわ」

「ははは!」マリーが楽しそうに笑う。

「でしょ!? で、先日、山賊が出たって話になった時に、『俺が行って、奴らを一掃してやる!』なんて息巻いてたんだけど、次の日になったら、『ああ、昨夜は星の巡りが悪くてな。戦いに不向きな日だったのだ』とか、『俺の猟犬が体調を崩してしまって、一人では心もとない』とか、色々な理由をつけて、結局山には行かなかったのよ!」

リーナは語り終えると、残ったワインをグラスごと傾け、一気に飲み干した。

「結局、口ばっかりなのよね。言ってることとやってることが全然違うんだから」

ロジーナが呆れたように呟く。

「そうよ。男の言葉なんて、風と同じよ。すぐに消え去るんだから」

マリーが静かに、しかし力強く言い放った。彼女たちの夜は、まだまだ続いて行くのであった。
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