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第1章 少年

01 最初の事と最後の事

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「なんとしても逃げろ!逃げるんだ!!!」

「貴方だけは失いたくないの!お願い!逃げて!」




「ハッ!」

聞き慣れた父の声と母の声に目が覚める。 
しかし、覚醒した彼の脳はそれが幻覚や幻聴の類だったと彼に気づかせる。

(そうだ、もう二度と父上の声も母上の声も聞けないんだ)

「はぁ、、、ここは何処だろう」

昨夜の事を思い出すのは容易い、少年の人生では初めての事だ、本気で死を覚悟するほど走ったのだ。

そして目が覚めたのは森の中。
だが分かっている事がある、決して南には向かってはならない、故郷がある、温かな家があった南には、今や少年が望むものは何もない。あるのは焼け野原と体に刻印のある種族が人間に奴隷として連れていかれる光景だけだ。

負けたのだ、ニルヴィアは。

いや、そもそも戦ってすらいなかった。

突然の奇襲に殆どなす術なく惨殺された。

武芸に優れた王が、王妃を片手に守りながら必死に戦ったが、クルヴェルト軍の数を前に、息子を逃すため自らを囮とした。

そんな王であり、自らの旦那でもある男の死に様を見ながら、王妃もまた、息子を逃すために自らを囮とした。しかし、麗しい見た目をしていた王妃は、侵略者から見ればある意味の戦利品である、傾国の美女とまで言われた彼女だ、もしかすれば生かして捕らえられたかも知れないが、彼女は夫をひたすらに愛していた。

彼以外には指すら触れさせない女であった。
そんな彼女が、彼以外の男に自らの体を汚させるはずもなく、彼女の得意とする消滅魔法で自らの体を冥府へと打ち捨てた。

その日、ニルヴィアは滅亡した。
2000年に渡り栄えた古き種族の王国は、
たった一人の少年を残して、死ぬか奴隷としての生を送る事になった。



各国は慌てた、クルヴェルト帝国には途方もない数の問い合わせが殺到した。
しかし、その全てに対し、クルヴェルト帝国が送った返答は。

ニルヴィア王国の騎士たちが我が国の国民を惨殺した。その件で話し合いの場を持とうとしたが、送り込んだ外交官すら生首で帰ってきた。

これは正当な報復だ、と。

残念な事に、世界の誰にも、それを否定は出来なかった。唯一出来るとすれば、ニルヴィアに送り込まれた外交官だろうが、もはや彼は生首だけである、帝国の手によってだが。
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