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【10. 赤い砂の所以】
しおりを挟むどれくらい歩いただろうか。随分歩いたような気がするが、一人黙々と歩いていたので長く感じるだけなのかもしれない。それに加えてあまり変化のない景色が時間の感覚をおかしくする。
初めこそスエットの裾を靴代わりにして森の縁を歩いていたミチルだったが、かなり歩きづらかった為、途中でズボンを元の位置にもどして砂の上を歩いていた。
最初のうちはドキドキと化け物の急襲への緊張があったが、あまりの変化の無さにすぐに気が抜けてしまった。
「はあぁぁ」
ドッカリとその場に腰をおろす。
いつ目ェ覚めるんだろ。前回、化け物を見て気を失った時に目が覚めたんだから、いっそ化け物に喰われたら目覚めるかな?
そう思ってから足の裏の痛みを思い出し、その考えは捨てることにした。
ショックで死ぬわ。
代わり映えのない砂と山の景色をぼんやり見ていたときだった。遠くの岩陰にうごめく何かが見えた気がした。ミチルは立ち上がり手をかざしてそちらを見やる。
それはどうやらよろめく人間で、人影はフラフラと進んだかと思うと、そのままその場に倒れ込む。ミチルは慌てて駆けだした。
サラサラの砂地に足を取られて必要以上に体力を消耗する。人影が中年の女だと判断できる距離まできた時は、すっかり息があがっていた。
「だ、だい、……大丈ッ、夫ですかッ?」
うつ伏せになって倒れている女の傍に膝をつき、ミチルよりも体重のありそうな女の上体をなんとか抱き抱える。
女は薄く目を開けると、ミチルの方に手をのばして何度か口を開け閉めした。何か言いたいのだろうと女の口元に耳をよせる。女の息がミチルの耳にかかった。
その時、急にミチルの手元が軽くなる。急な反動に、力を込めて女を支えていたミチルは、後ろにひっくり返ってしまった。
「……え……?」
尻餅をついたミチルの顔や体に赤い砂が降りかかる。目の前で起こった出来事を一瞬理解できなかった。
ミチルが支えていた、確かに呼吸をしていた十分な重みのあった女の体が、ミチルの手の中を滑り落ちていったのだ。───赤い砂となって。
今ミチルの手の中に残っているのは抜け殻のような、女の着ていた衣服のみだった。
「あ……、あぁ……」
悲鳴が喉につかえて声にならない。
座り込んだミチルの膝や腹の上の赤い砂は、ミチルの震えとともにサラサラと流れ落ち地面に同化していった。
ゆっくりと腹部に視線を落とす。
赤い砂を内包した、ダラリとした女の抜け殻。
ミチルは発作的に立ち上がると、その場を飛び退き、火の粉をはらうような勢いで体についた砂をはらった。
なんなの? なんだっての? なんで人間が砂になるのッ?
それも地面と同じ赤い砂。
足下に広がる赤い砂を目にして息をのむ。
これ……この砂って……人の、なれの果て?
「やだッ! やだもうッッ! 何ッ!!」
素足で地面に立っているのが耐えられず、なんとか違う足場を探そうと首を巡らしたときだった。
「あれ? 若返ってる」
低い声が上から降りてきた。
声の方を見上げると、クルミ型の大岩の上にこちらを見下ろす大柄な男の姿があった。
「向こうから見たときはおばさんかと思ったのに」
「あの、あのッ! その人が今、砂にッ! サァーってッッ!」
要領を得ないミチルの言葉であったが男は得心したように頷いた。
「あー、イッっちゃたのか。じゃああんたは別人なわけね」
4mはあろう岩の上からひょいっと身軽に飛び降りる。重い音と共にすぐ傍まで砂が舞いあがった為、ミチルは小さな悲鳴をあげ、体についた砂を神経質にはらった。
背中に大きな袋を背負いのっそりと立つ男。高さ幅ともに驚くほど大きかった。身長だけでいえばタケルと変わらないが、いかんせん幅はその倍はありそうで、立っているだけでかなりの威圧感がある。
ただ、小さな目の上の眉が八の字に垂れ下がっているので恐ろしい印象は受けなかった。年の頃は30才前後というところだろうか。
「あれ? 裸足? ちょっと待ってて」
男は背中の袋を地面におろすと、ごそごそと中を物色する。
「あー、これどうだろ」
袋の中から外側が黒、中がピンクチェックの新しいスニーカーをミチルの前に差し出した。
「履いてみな」
一瞬どうしたものかと思ったが、素足でこの砂の上にいるのは精神衛生上良くないと判断してそのスニーカーを受け取る。
足を入れてみると24cmのミチルには少しきつかったのだが、踵を踏んで履くことにした。
その様子をみていた男はウンウンと頷くと、砂になった女の抜け殻──衣服を持ち上げた。同時に赤い砂と共に何かがコロコロと転がり落ちる。
「おっとっと」
男は大きな体を丸めるようにして体を折ると、地面に転がったものを手にとった。
「なんの石かわかる?」
ごつい男の手の平に乗ったそれは、クリップの部分に宝石らしい単褐色の石の埋め込まれた、高級そうな太短い万年筆だった。
ミチルは首を横に振る。ミチルは俗に言う「誕生石」の種類すら把握していない。
「ふーん」
男は特に興味もなさそうに、スニーカーが入っていた袋に万年筆を放り込むと、女の残した衣服も同じようにして袋に入れた。その光景を見たミチルは、自分の足を包むスニーカーに視線を落とす。
「もしかして……」
ミチルの言いたいことを察してなのかどうか、男は「ウンウン」とつかみ所のない、返事とも取れないような調子の声を返すと、袋をまた肩にかついで歩き始めた。
いや、これ、遺品じゃないの!??
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