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第ニ章・お兄様をさがせ!
第二十八話
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学園内の施設は大きく分けて四つある。
戦闘訓練や運動能力を鍛える為の体技場、同じ目的で作られた屋外にある広場、アルフレッドとレオナルドが戦った試験会場などもこの施設の一つに数えられる。
次に、本校舎。これは説明をするまでもない、勉学に励むための施設だ。
教室はおよそ数えられない程あると言われていて、ある説によると保健室の天井の穴と同じだけ部屋があるとかないとか。
そして三つ目、儀式や降霊などを行うための施設。
儀式というのも千差万別あるが、この学園はその千差万別の儀式を全て行えるように何千という儀式場が存在する。
魔法習得の儀式場から精霊契約の儀式場、本当に全ての儀式場を把握している人間はこの学園でも一握りしかいないと言われている。
そして四つ目、これこそが職業学園エルニーニョの最大の魅力だと言う者がいるほどにルーベンスが力を入れて作った施設、それが学生寮だ。
男子寮と女子寮が分かれており、一人に充てられる部屋は丸々一室、室内における空調の管理システム、広い間取り、トイレにお風呂、広いキッチン、etc、etc……。
加えて談話室を兼ねた食堂では朝と夜の計二回の食事が出され、望む者は昼食の弁当まで作ってもらえるのだから住み心地も良くなろうというものだ。
一定の水準に達した学生が学園から出て行こうとしない理由の第一位にランクインするほどだった。
「なるほど、そしてここが件の学生寮ということですか」
本校舎よりデカイのではないか? とエルフィアは呆れてしまう。と、リリィも少し困ったように頬を掻いた。
「まあ、ルーベンス様が言うには『人の子を預かっているのだから住み心地が悪い状態には出来ないです』って言ってたけどね。それと、ここは男子寮だから女子寮を含めるとこの倍くらいのデカさになる計算になるよね」
「いや、流石に限度があると思うのですが。王都の宮廷より広いとは、もう呆れ返るしか無いです」
「それはルーベンス様だから、ねぇ?」
学園内での設備や敷地の関係の広大さやデカさなどの理由は、ルーベンス様だから、の一言で片付いてしまう事が多い。
星詠みの賢者は物欲が薄く、手元の資産を惜しみなく学園に使うため、何かを作る時はとことん豪勢な物を造ってもらうのだが、結局使用される事がない事が多々ある。そんな無駄使いをしてもルーベンスの資産は有り余っているのだからおかしな話だ。
「リリィから聞いた話が本当ならお兄様は良い場所にお住みなのですね、安心しました」
「女子寮もそんな感じの筈だからエルフィアもきっと気にいると思うよ」
「筈、ですか?」
リリィの物言いにエルフィアは小首を傾げる。と、あっけらかんとした態度でリリィは言う。
「ワタシは女子寮に住んで無いから実は良く知らないんだよね」
それはおかしい、と怪訝な表情を浮かべ、エルフィアはリリィに問い詰める。
「それではリリィ、貴女は一体どこに住んでいるのですか?」
「学内の魔法具店に下宿させてもらってるんだ、そこの叔母さんのご飯が絶品で良く一緒に作ったりするんだよ」
ニコニコしながらそんな事を言うリリィを見て、エルフィアは自分が考えている以上に彼女の状況が悪いのではないかと心配になる。
明るく振舞ってはいるが実は学園に所属していながら住む場所も与えられていないとしたら? もし、そうなら……。
深く考え込むような険しい表情をするエルフィアにリリィが、どうしたんだろう? と不思議そうにしていると勢いよく両の手をエルフィアが掴む。
そして、熱の入った声音でエルフィアはリリィに言った。
「リリィ、私たちは友人です、何か困った事があるなら何でも言って下さい」
力強く両手を握りそんな事を言うエルフィアに、リリィは戸惑いながら尋ねる。
「えっと、急にどうしたの?」
「いえ、リリィはもしかしたら凄く酷い状況にいるのではないかと心配になってしまって」
ああ、なるほど。と、リリィは納得すると、エルフィアを宥めるように口を開いた。
「今はエルフィアが思ってるような酷い状況じゃないから安心して? 確かに少し前は凄く辛い状況だったけど、今は毎日が楽しいんだ。魔法具店に下宿させてもらってるのだって最初は魔法具を安く買うためだったけど、今はすっごく仲良くなったから単純に出て行きたくないだけなんだよ?」
「そ、そうなのですか? 私はつい魔法使いの職業適性が低いせいでマトモに学園側から学ばせてもらえないとか、それを馬鹿にする人間が沢山いて迫害されているとか、そんな状況を利用してリリィを辱めようとしたりする人たちが沢山いる、そんな状況なのかと思ってました」
まるで見てきたかのような具体的な想像にリリィは目を逸らして言う。
「…………ソンナコトアルワケナイヨ」
良く良く思い出してみると確かに酷い状況だったなぁ。と、リリィは思う。
逆に今の環境が恵まれ過ぎているとも思えるけれど、とも。
片言ではあったが、そんなリリィの言葉を聞いて安心したのかエルフィアはホッと胸を撫で下ろすとやんわりと笑みを浮かべる。
「良かったです、安心しました」
出会ったばかりだというのに、こうまで深く心配してくれるエルフィアの気持ちが嬉しくて、リリィもまた笑みを浮かべて感謝の言葉を告げる。
「心配してくれてありがとうね、エルフィア」
そうリリィが謝辞を述べると顔を真っ赤にしてエルフィアはあたふたとする。
「ッーー、わ、私は、その、別になにも……」
照れ隠しに俯きながらひっきりなしに、自分は何もしてない、と手を振る様子を見たリリィは思った。
ーーかわいい、持って帰りたい。
どこか忠犬を思わせる雰囲気とお礼を言われ慣れていないせいか、顔を赤くして照れる仕草が愛玩動物のように見えてしょうがないのだ。
頭を撫で回したい気持ちを押さえ込み、リリィは頭を激しく横に振った。そうしないと邪念に負けて今すぐにでも頬ずりを初めてしまいそうだったからだ。
「と、とりあえずお兄さんを探さないとね!」
「ええ、ええ、そうしましょう、それがいいです」
一方は羞恥心を、一方は邪念を誤魔化すように、二人は兄探しを再開するのだった。
「エルフィアのお兄さんの名前はアルクェイド・ドラクレアで良いんだよね?」
「はい、間違いないです」
「そして、職業は剣聖だよね?」
コクリとエルフィアは頷く。
「でもやっぱり覚えがないんだよね、EX職業の人だったら知っていても不思議じゃないのに」
「私たちくらいの年齢でEX職業になっている方は珍しいですからね、まあ、それでもお兄様は十の時から剣聖でしたけどね!」
自慢気に胸を張るエルフィア、まるで自分の事のように誇らしげにされても、リリィは苦笑いをするしかない。
「この学園は広いからね、ワタシの知らない人が剣聖でも不思議じゃない…………のかな?」
しかし、それでも腑に落ちない、とリリィは思っていた。
そもそもEX職業とは一朝一夕で成れるようなものではない、高い職業適性を持ち、才能に溺れる事なく努力した者のみが成れる、ある一つの極みだ。
それを若くして成るというのは本物の天才なのだという事をリリィは理解している。
それ故にEX職業という偉業に対して名声がないという点が腑に落ちないのだ。
「分かりますよリリィ、腑に落ちないのですよね?」
「やっぱりエルフィアもそう思う?」
流石エルフィアだ、と感心したのも束の間だった。
「いくら学園広しといえどお兄様の内から滲み出る輝きは万人に知れ渡ると思うのですよね?」
うん、そういう話ではない、とリリィは心の中でツッコミを入れる。そもそもリリィはアルクェイドなる人物を知らない。
「まあ闇雲に探し回るより男子寮を確認する方が早いっていうのは我ながら良いアイディアだと思うんだ、エルフィアのお兄さんが他国の人なら間違いなく寮住まいだと思うし」
「リリィの思考の柔軟さには驚かされます、私はお兄様の足跡を辿ることしか頭になかったです」
それはただ単にエルフィアがお兄さんの事しか考えてないからでは? と思うがそれを口にはせず聞き流す。
「とりあえず寮母さんに事情を説明して入居者のリストを見せてもらおっか」
「それが懸命でしょうね」
と、二人が男性寮に入ると、すぐ右側には小さな窓口があった、受付らしき人物は居らず誰かがいるような気配もない。
「誰も、いないみたいですね」
そう言って、エルフィアが窓口から中を覗き込むと、突然見知らぬ女性の顔が眼前に浮かび上がった。
「ヒッ!」
突然の出来事に驚き、エルフィアが小さな悲鳴をあげて飛び退くと、突如現れた女性の顔はケタケタと楽し気に笑う。
「やあやあ、すまなかったねぇ、僕は人を驚かすのが三度の飯より好きでねぇ」
短い髪をかき上げながら、ぶかぶかの寝間着のようなものを着込んだ女性が悪びれた様子もなく、スゥっと壁をすり抜けて来た。
目の前の不可思議な現象にリリィは目を丸くして尋ねる。
「えっ? あの、いま壁を通り抜けませんでしたか?」
「ん? ああ、僕は人を驚かすために日夜努力しているからね、壁くらいなら通り抜けられるんだよ、まあ君みたいな美少女の心の壁は時間が掛かるけどね!」
飄々とそんな事を言ってのける女性にリリィは、へ、へぇ、と愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「ところで、こんなむさ苦しい男子寮になんの御用かな?」
胡散臭い、と、一目みただけでそう思わせる何かがあるとエルフィアは思う、警戒心を顕にしながら驚かされた意趣返しのように女性を睨みつけていると、
「ああ、その悪感情を秘めた視線が堪らないよ」
なぜか唐突に恍惚とした表情を浮かべ、クネクネと悶え始める。
本格的に気持ち悪いとエルフィアがドン引きをすると、リリィが間に入り、女性に尋ねる。
「貴女が男子寮の寮母さんですか?」
自らの腕を抱え込みながら身悶えする変態はそう尋ねられると、動きを止めて奇妙な体勢で二人の少女を見つめる。
「そうだよ、そういえば自己紹介がまだだったね、僕はクロエ・ミスティル、しがない変態だよ」
「「…………」」
寮母ではなく堂々と自称に変態を付ける辺りがもう末期だな、と二人は無言になる。と、聞いてもいないのにクロエは自分の情報をオープンにしていく。
「ちなみに僕は両刀で男の子も女の子も大好きなんだ、良かったら今日一緒に夕御飯でもどうかな?」
追撃のように繰り出されるお誘いを二人は死んだ魚のような眼でノータイムで返答する。
「「遠慮します」」
それは聞いた変態は、残念だ、と肩を落としたのだった。
戦闘訓練や運動能力を鍛える為の体技場、同じ目的で作られた屋外にある広場、アルフレッドとレオナルドが戦った試験会場などもこの施設の一つに数えられる。
次に、本校舎。これは説明をするまでもない、勉学に励むための施設だ。
教室はおよそ数えられない程あると言われていて、ある説によると保健室の天井の穴と同じだけ部屋があるとかないとか。
そして三つ目、儀式や降霊などを行うための施設。
儀式というのも千差万別あるが、この学園はその千差万別の儀式を全て行えるように何千という儀式場が存在する。
魔法習得の儀式場から精霊契約の儀式場、本当に全ての儀式場を把握している人間はこの学園でも一握りしかいないと言われている。
そして四つ目、これこそが職業学園エルニーニョの最大の魅力だと言う者がいるほどにルーベンスが力を入れて作った施設、それが学生寮だ。
男子寮と女子寮が分かれており、一人に充てられる部屋は丸々一室、室内における空調の管理システム、広い間取り、トイレにお風呂、広いキッチン、etc、etc……。
加えて談話室を兼ねた食堂では朝と夜の計二回の食事が出され、望む者は昼食の弁当まで作ってもらえるのだから住み心地も良くなろうというものだ。
一定の水準に達した学生が学園から出て行こうとしない理由の第一位にランクインするほどだった。
「なるほど、そしてここが件の学生寮ということですか」
本校舎よりデカイのではないか? とエルフィアは呆れてしまう。と、リリィも少し困ったように頬を掻いた。
「まあ、ルーベンス様が言うには『人の子を預かっているのだから住み心地が悪い状態には出来ないです』って言ってたけどね。それと、ここは男子寮だから女子寮を含めるとこの倍くらいのデカさになる計算になるよね」
「いや、流石に限度があると思うのですが。王都の宮廷より広いとは、もう呆れ返るしか無いです」
「それはルーベンス様だから、ねぇ?」
学園内での設備や敷地の関係の広大さやデカさなどの理由は、ルーベンス様だから、の一言で片付いてしまう事が多い。
星詠みの賢者は物欲が薄く、手元の資産を惜しみなく学園に使うため、何かを作る時はとことん豪勢な物を造ってもらうのだが、結局使用される事がない事が多々ある。そんな無駄使いをしてもルーベンスの資産は有り余っているのだからおかしな話だ。
「リリィから聞いた話が本当ならお兄様は良い場所にお住みなのですね、安心しました」
「女子寮もそんな感じの筈だからエルフィアもきっと気にいると思うよ」
「筈、ですか?」
リリィの物言いにエルフィアは小首を傾げる。と、あっけらかんとした態度でリリィは言う。
「ワタシは女子寮に住んで無いから実は良く知らないんだよね」
それはおかしい、と怪訝な表情を浮かべ、エルフィアはリリィに問い詰める。
「それではリリィ、貴女は一体どこに住んでいるのですか?」
「学内の魔法具店に下宿させてもらってるんだ、そこの叔母さんのご飯が絶品で良く一緒に作ったりするんだよ」
ニコニコしながらそんな事を言うリリィを見て、エルフィアは自分が考えている以上に彼女の状況が悪いのではないかと心配になる。
明るく振舞ってはいるが実は学園に所属していながら住む場所も与えられていないとしたら? もし、そうなら……。
深く考え込むような険しい表情をするエルフィアにリリィが、どうしたんだろう? と不思議そうにしていると勢いよく両の手をエルフィアが掴む。
そして、熱の入った声音でエルフィアはリリィに言った。
「リリィ、私たちは友人です、何か困った事があるなら何でも言って下さい」
力強く両手を握りそんな事を言うエルフィアに、リリィは戸惑いながら尋ねる。
「えっと、急にどうしたの?」
「いえ、リリィはもしかしたら凄く酷い状況にいるのではないかと心配になってしまって」
ああ、なるほど。と、リリィは納得すると、エルフィアを宥めるように口を開いた。
「今はエルフィアが思ってるような酷い状況じゃないから安心して? 確かに少し前は凄く辛い状況だったけど、今は毎日が楽しいんだ。魔法具店に下宿させてもらってるのだって最初は魔法具を安く買うためだったけど、今はすっごく仲良くなったから単純に出て行きたくないだけなんだよ?」
「そ、そうなのですか? 私はつい魔法使いの職業適性が低いせいでマトモに学園側から学ばせてもらえないとか、それを馬鹿にする人間が沢山いて迫害されているとか、そんな状況を利用してリリィを辱めようとしたりする人たちが沢山いる、そんな状況なのかと思ってました」
まるで見てきたかのような具体的な想像にリリィは目を逸らして言う。
「…………ソンナコトアルワケナイヨ」
良く良く思い出してみると確かに酷い状況だったなぁ。と、リリィは思う。
逆に今の環境が恵まれ過ぎているとも思えるけれど、とも。
片言ではあったが、そんなリリィの言葉を聞いて安心したのかエルフィアはホッと胸を撫で下ろすとやんわりと笑みを浮かべる。
「良かったです、安心しました」
出会ったばかりだというのに、こうまで深く心配してくれるエルフィアの気持ちが嬉しくて、リリィもまた笑みを浮かべて感謝の言葉を告げる。
「心配してくれてありがとうね、エルフィア」
そうリリィが謝辞を述べると顔を真っ赤にしてエルフィアはあたふたとする。
「ッーー、わ、私は、その、別になにも……」
照れ隠しに俯きながらひっきりなしに、自分は何もしてない、と手を振る様子を見たリリィは思った。
ーーかわいい、持って帰りたい。
どこか忠犬を思わせる雰囲気とお礼を言われ慣れていないせいか、顔を赤くして照れる仕草が愛玩動物のように見えてしょうがないのだ。
頭を撫で回したい気持ちを押さえ込み、リリィは頭を激しく横に振った。そうしないと邪念に負けて今すぐにでも頬ずりを初めてしまいそうだったからだ。
「と、とりあえずお兄さんを探さないとね!」
「ええ、ええ、そうしましょう、それがいいです」
一方は羞恥心を、一方は邪念を誤魔化すように、二人は兄探しを再開するのだった。
「エルフィアのお兄さんの名前はアルクェイド・ドラクレアで良いんだよね?」
「はい、間違いないです」
「そして、職業は剣聖だよね?」
コクリとエルフィアは頷く。
「でもやっぱり覚えがないんだよね、EX職業の人だったら知っていても不思議じゃないのに」
「私たちくらいの年齢でEX職業になっている方は珍しいですからね、まあ、それでもお兄様は十の時から剣聖でしたけどね!」
自慢気に胸を張るエルフィア、まるで自分の事のように誇らしげにされても、リリィは苦笑いをするしかない。
「この学園は広いからね、ワタシの知らない人が剣聖でも不思議じゃない…………のかな?」
しかし、それでも腑に落ちない、とリリィは思っていた。
そもそもEX職業とは一朝一夕で成れるようなものではない、高い職業適性を持ち、才能に溺れる事なく努力した者のみが成れる、ある一つの極みだ。
それを若くして成るというのは本物の天才なのだという事をリリィは理解している。
それ故にEX職業という偉業に対して名声がないという点が腑に落ちないのだ。
「分かりますよリリィ、腑に落ちないのですよね?」
「やっぱりエルフィアもそう思う?」
流石エルフィアだ、と感心したのも束の間だった。
「いくら学園広しといえどお兄様の内から滲み出る輝きは万人に知れ渡ると思うのですよね?」
うん、そういう話ではない、とリリィは心の中でツッコミを入れる。そもそもリリィはアルクェイドなる人物を知らない。
「まあ闇雲に探し回るより男子寮を確認する方が早いっていうのは我ながら良いアイディアだと思うんだ、エルフィアのお兄さんが他国の人なら間違いなく寮住まいだと思うし」
「リリィの思考の柔軟さには驚かされます、私はお兄様の足跡を辿ることしか頭になかったです」
それはただ単にエルフィアがお兄さんの事しか考えてないからでは? と思うがそれを口にはせず聞き流す。
「とりあえず寮母さんに事情を説明して入居者のリストを見せてもらおっか」
「それが懸命でしょうね」
と、二人が男性寮に入ると、すぐ右側には小さな窓口があった、受付らしき人物は居らず誰かがいるような気配もない。
「誰も、いないみたいですね」
そう言って、エルフィアが窓口から中を覗き込むと、突然見知らぬ女性の顔が眼前に浮かび上がった。
「ヒッ!」
突然の出来事に驚き、エルフィアが小さな悲鳴をあげて飛び退くと、突如現れた女性の顔はケタケタと楽し気に笑う。
「やあやあ、すまなかったねぇ、僕は人を驚かすのが三度の飯より好きでねぇ」
短い髪をかき上げながら、ぶかぶかの寝間着のようなものを着込んだ女性が悪びれた様子もなく、スゥっと壁をすり抜けて来た。
目の前の不可思議な現象にリリィは目を丸くして尋ねる。
「えっ? あの、いま壁を通り抜けませんでしたか?」
「ん? ああ、僕は人を驚かすために日夜努力しているからね、壁くらいなら通り抜けられるんだよ、まあ君みたいな美少女の心の壁は時間が掛かるけどね!」
飄々とそんな事を言ってのける女性にリリィは、へ、へぇ、と愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「ところで、こんなむさ苦しい男子寮になんの御用かな?」
胡散臭い、と、一目みただけでそう思わせる何かがあるとエルフィアは思う、警戒心を顕にしながら驚かされた意趣返しのように女性を睨みつけていると、
「ああ、その悪感情を秘めた視線が堪らないよ」
なぜか唐突に恍惚とした表情を浮かべ、クネクネと悶え始める。
本格的に気持ち悪いとエルフィアがドン引きをすると、リリィが間に入り、女性に尋ねる。
「貴女が男子寮の寮母さんですか?」
自らの腕を抱え込みながら身悶えする変態はそう尋ねられると、動きを止めて奇妙な体勢で二人の少女を見つめる。
「そうだよ、そういえば自己紹介がまだだったね、僕はクロエ・ミスティル、しがない変態だよ」
「「…………」」
寮母ではなく堂々と自称に変態を付ける辺りがもう末期だな、と二人は無言になる。と、聞いてもいないのにクロエは自分の情報をオープンにしていく。
「ちなみに僕は両刀で男の子も女の子も大好きなんだ、良かったら今日一緒に夕御飯でもどうかな?」
追撃のように繰り出されるお誘いを二人は死んだ魚のような眼でノータイムで返答する。
「「遠慮します」」
それは聞いた変態は、残念だ、と肩を落としたのだった。
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