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第ニ章・お兄様をさがせ!
第三十三話
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エルフィアの怒号と共に晴れ晴れとした空に暗雲が立ち込める。
太陽の光を遮るほど分厚い雲は男子寮一帯を覆う。
「これは、雨雲?」
アルフレッドが空を見上げた瞬間、エルフィアは納刀した剣を振るい、アルフレッドの脇を打った。
疾風、そう評するのが適切かと思うほどの鮮やかな不意打ち。隙を突かれたアルフレッドはなす術もなく吹き飛ばされる。
しかし、この程度の攻撃でダメージを受ける竜騎士ではない。馬鹿力、頑丈さ、それこそが今のアルフレッドの持ち味だった。地竜を砕き、上級魔法すら受けきるタフネス、一介の剣士如きが敵うような相手ではない、その筈なのだが、エルフィアはそうは思っていないようだった。
「職業は剣士っすか、シーカーより弱いなら話にならないっすよ」
勢を殺し、体勢を立て直すとアルフレッドは両の拳を握り締めて構えを取る。
そんな竜騎士の言葉を受け、エルフィアも挑発をするように言い返した。
「シーカーという人がどの程度か知りませんがお兄様より弱いなら話にならないですね」
ギチギチに縛った紐を解き、エルフィアは抜刀する。これで完全に戦闘態勢に入った、とアルフレッドは思う。
「言ってくれるっすね、じゃあどの程度なのか見せて貰うっすよ」
地面を蹴り付け一直線に踏み込むとエルフィアはアルフレッドの接近に合わせて剣を振った。
刹那の間、思考は加速し数秒先の未来をアルフレッドは観る。
ーー不味い、斬られる。
寸でのところで反応し、アルフレッドが地面を殴り付けると、爆発のような衝撃が岩盤を抉った。
衝撃が霧散し土埃が巻き上がるとアルフレッドはエルフィアを見失っている事に気づく。
ーー隠業? 戦闘中に器用な事をするっすね。
対人戦に置いてアルフレッドが相手の気配を手放すのは珍しい事だった、常人よりも感覚が優れるアルフレッドは一度捉えた気配を簡単に手放す事はほぼ無い、それでもエルフィアの気配を逃したのは単に力量の高いスキルのせいだった。
土煙の中、アルフレッドは僅かな気配すら逃さないように感覚を研ぎ澄ます。
一秒二秒、眼球を左右に動かしエルフィアを探すと視界の端で土埃の動きの変化を捉えた。
白銀の斬撃が的確に肩口から腰に掛けて両断するように迫る。
正面から斬撃を受け止めれば両断は必至、そういう攻撃は受け止めなければいい、というのがアルフレッドの持論の一つだ。
瞬時に脱力を開始して、肩から腕、そして手から指の先まで一気に力を抜くとアルフレッドは緩やかな動きで振り下ろされる剣の腹を叩いた。
「!?」
完璧に捉えたと確信していたエルフィアは驚きに満ちた顔をする、まるで斬撃がアルフレッドを避けるように真横にズレたのだ。
「中々良い筋っすけど、どっか迷いがあるっすね」
どこか傷つけたくない、という意思が剣線に混じっているような気がしたのだ。
袈裟斬りを受け流し、エルフィアの懐に潜り込むとアルフレッドは気の抜けた拳でエルフィアの腹部に目掛けて拳を放つ。
当たれば恐らく一撃で意識を持っていくであろうその拳はエルフィアを捉える事なく空を切った。
「迷い? 確かに迷っているかのかもしれません、お兄様の体を傷つける事を!」
体を捻りアルフレッドの拳を避けたエルフィアはその回転の勢いを利用して回し蹴りを放った。
捉えたと確信していたアルフレッドは物の見事に頭部を蹴り抜かれる。
一転、二転と転がるとアルフレッドは確信する。
ーーコイツはシーカーと同じくらいの強さっすね。
驚くべき才覚だ、とアルフレッドは感心する。
土煙が晴れるとエルフィアはゆっくりと間合いを詰めて行く。
「お兄様の体を使ってその程度、腰の宝剣は使わないのですか?」
「残念ながらアンタくらいの相手だと力を貸してくれないみたいっすね」
「力を、貸さない?」
「この剣はそういう物じゃないんすか? 本物の強敵を相手にした時しか抜けないとか、そんな呪いがかかってるんじゃ?」
エルフィアはアルフレッドを一笑すると、やはり貴方はお兄様の足元にも及ばない、と口にする。
「竜剣・ドラグニカ、ドラクレアの宝剣、その剣は神をも殺す神葬の礼装、神種、竜種、魔族、この世に存在する上位種と呼ばれる存在を完全に屠れる数少ない武装、しかしその使用に制限などありません」
「制限が、ない?」
「竜剣を扱えないのは単に実力不足、剣が貴方の事を所有者として認めていないからですよ」
そうだったのか、とアルフレッドは落胆する。
二度も自分の窮地を救ってくれたこの剣が自分を持ち主と認めていないという事実が胸に突き刺さる。
ーーお前も俺を拒絶するのか。
アルフレッドは腰の剣を睨みつけた。
「さあ、お喋りは終わりです、安らかに眠りなさい」
軽やかな足取りは舞う蝶を彷彿とさせる。
たんたーん、と独特なテンポのステップを刻みながらエルフィアは剣を振るう、右から左、下から上へ、変幻自在の剣線は的確にアルフレッドの体を捉える。
しかし、ギリギリの所で、体に掠めながらもアルフレッドはそれを回避する。
ーー結局、前の俺の持ち物も、知り合いも家族も、誰一人として俺という人格を認めないんすか、期待なんてしてなかったっすけど、少し応えるっすね。
しかし、それならそれで別にいいとアルフレッドは腰の剣に手を掛けた。
引き抜く事は出来ない、しかし棒のように扱う事は出来ると、アルフレッドは鞘ごと竜剣を引っ張り抜き、死の舞を踊るエルフィアの剣を受け止めた。
「妙な使い方を」
「アンタもコレも俺を認めないならそれでいい、でもだからって俺がここにいる事に変わりねえっすよ!」
アルフレッドの剣を持つ手が高熱によって焼ける、誤った使用法に宝剣は怒っているのだ。
しかし、アルフレッドは剣を手放す事は無かった。認めないなら俺も正しい使い方などしてやるものか、そう意地になっているのだ。
紙一重で避けていた斬撃を今度は攻撃を織り交ぜながら受け止める、数回の攻防のウチにアルフレッドは遂にエルフィアの胴を捉えた。
「クフッ」
重い一撃がエルフィアの体を数メートルも後方へ飛ばす。
ーー重い、まさか剣技で押し負けるとは。
下手をすれば一撃で勝負がついていた、とエルフィアは冷や汗を掻く。
ーー仕方ありませんね、お兄様の体を傷つけたく無かったのですが。
已むを得ない、とエルフィアは剣を掲げる。
「来れ轟雷」
ゴロゴロと雷が鳴ったと思うと、雷雲が雷をエルフィアの掲げる剣に落ちる、そして、
「穿て雷光!」
剣を突き出すと同時に剣先から光が走った。
正に一瞬の出来事、雷光がアルフレッドを貫いた。
黒煙が立ち上り、アルフレッドは口から煙を吐く。
「これは流石に痛い」
皮膚の至るところに火傷を負い、内臓にもダメージを負っている事が分かる、しかし動けないことはない、と首を鳴らした。
「えーと、エルフィアって言ったっすか?」
「はい」
アルフレッドはため息を吐いてエルフィアと言葉を交わす。
「アンタがその……アルクって人を大事に思ってるのはわかったっす、でもそいつはもういない、諦めてくれないっすか?」
「諦める? 私が、お兄様を?」
「俺はもうここにいる、死にたくないし殺されたくもない、でもアルクって人はもう俺の中にはいないんすよ」
エルフィアは絶叫するように叫んだ。
「そんな筈はありません! お兄様はエルフィアを置いて死んでしまったりしません! 貴方は嘘つきです、お兄様の声でエルフィアの事をアンタと言ったり、お兄様の目でエルフィアを敵視したり、なんで貴方がその顔で、その声で、その瞳で生きているのですか? その体はお兄様の物なのに」
涙を流すエルフィアに、アルフレッドは答える。
「知らないっすよ、俺だって」
やるせなくなったアルフレッドはこの戦闘を終わらせようと、クロエに声をかける。
「クロエっち、リリィを頼んだっすよ」
遥か後方にいるクロエにそう叫ぶと、アルフレッドは息を大きく吸い込んだ。
「竜の咆哮」
耳を劈く轟音が辺りに響き渡る。が、エルフィアは怯む様子もなく涙を拭いていた。
「竜騎士の、基本スキルですか」
「リリィから竜の咆哮が空属性のスキルだって聞いてるっす、それが効かないってことはアンタは空属性の魔法使いっすか?」
「ご明察、とは言えませんね、私が雷撃を使った時点でそれは気付くべきことです、やはり貴方はお兄様には遠く及ばない、知識も、力も」
自分の前任者は一体どれ程の強者だったのだろうか? 陶酔気味のエルフィアの言葉を鵜呑みには出来ないが、言葉の端から度々聡明だったことや、自分の知る実力者であるシーカーより剣技が達者だった事が伺えた。
しかし、それを考えても仕方ないと、アルフレッドは竜剣を地面に突き刺した。
「剣を使わないのですか?」
「これ以上は無理っす、それに……」
アルフレッドは焼け爛れた拳を握り締め、エルフィアに向ける。
「こんな柔な剣が俺の力に耐えられるとは思えないっす」
内心では、こんな物は使いたくない、というのが本音だった。
ーーそれに、結局これしか無いんすよね。こんな物に頼るより、近づいてぶん殴る、その方が確実っす。
悲しげな表情を浮かべるアルフレッド。
その様子を見たエルフィアは何を思ったのか剣を鞘に収めた。
「抜刀術、という技をご存知ですか?」
いや、とアルフレッドは答える。
「東に伝わる剣技なのですが、これは神速とまで言われる速度で敵を斬り払う技です、どのみち貴方はもう拳しか使わないでしょうが、一応」
引くに引けなくなっているのか、とアルフレッドは思ったが、それを口にしたりはしなかった。
「まあ、これで俺が負けるならアンタの好きにすると良いっすよ、煮るなり焼くなり殺すなり、気の済むようにすればいい」
そう言い終わると、拳を更にキツく握り締め、アルフレッドは地を蹴った。
ーー来る!
エルフィアは構える。来たる瞬間に備えて。
粉塵を上げて物凄い速度で迫るアルフレッドにエルフィアは冷静に間合いに入るのを待つ。
五メートル、二人の間合いはまだ遠い。
四メートル、お互いに武器を振り被る。
三メートル、二人の間合いが重なり始める。
二メートル、振りかぶった武器を振りかざす。
一メートル、お互いの武器が交差した。
アルフレッドは拳、エルフィアは剣、音速を超えた拳を正確にエルフィアは剣の刃で捉える。
帯雷している刃は岩盤を物ともせず砕く拳に深々と切り込むが中程で止まってしまう。
骨は刃で切り込めたがアルフレッドの筋肉がそれを許さなかったのだ、馬鹿力のアルフレッドは刃を敢えて受け入れ、筋肉で絡め取ったのだ。
その刹那、勝ちほこるようにアルフレッドは叫ぶ。が、
「これで俺の勝ちッッッッーー」
勝ち名乗りを上げることは出来なかった。
「まさか刃を力で止めるとは思わなかったですが、流石の竜騎士でも体内から雷を流されては動け無いでしょう」
「ッッッッーー」
「エルフィアの方が一枚上手でしたね、お兄様」
喋る事もままならず、アルフレッドは感電しながらニヤリと笑った。
「何がおかしいのですか?」
不思議そうにそう言うエルフィア。
その瞬間、背後に触れる手が一つ。
「お休み、エルフィア。特技破壊、睡眠」
急激に襲われる眠気に抗いながらエルフィアは振り返る。
「り、りぃ?」
「ごめんねエルフィア、抵抗のスキルを壊しちゃった」
意識が保てなくなり、エルフィアの意識は闇へと落ちる。
「お、にぃ、さま」
太陽の光を遮るほど分厚い雲は男子寮一帯を覆う。
「これは、雨雲?」
アルフレッドが空を見上げた瞬間、エルフィアは納刀した剣を振るい、アルフレッドの脇を打った。
疾風、そう評するのが適切かと思うほどの鮮やかな不意打ち。隙を突かれたアルフレッドはなす術もなく吹き飛ばされる。
しかし、この程度の攻撃でダメージを受ける竜騎士ではない。馬鹿力、頑丈さ、それこそが今のアルフレッドの持ち味だった。地竜を砕き、上級魔法すら受けきるタフネス、一介の剣士如きが敵うような相手ではない、その筈なのだが、エルフィアはそうは思っていないようだった。
「職業は剣士っすか、シーカーより弱いなら話にならないっすよ」
勢を殺し、体勢を立て直すとアルフレッドは両の拳を握り締めて構えを取る。
そんな竜騎士の言葉を受け、エルフィアも挑発をするように言い返した。
「シーカーという人がどの程度か知りませんがお兄様より弱いなら話にならないですね」
ギチギチに縛った紐を解き、エルフィアは抜刀する。これで完全に戦闘態勢に入った、とアルフレッドは思う。
「言ってくれるっすね、じゃあどの程度なのか見せて貰うっすよ」
地面を蹴り付け一直線に踏み込むとエルフィアはアルフレッドの接近に合わせて剣を振った。
刹那の間、思考は加速し数秒先の未来をアルフレッドは観る。
ーー不味い、斬られる。
寸でのところで反応し、アルフレッドが地面を殴り付けると、爆発のような衝撃が岩盤を抉った。
衝撃が霧散し土埃が巻き上がるとアルフレッドはエルフィアを見失っている事に気づく。
ーー隠業? 戦闘中に器用な事をするっすね。
対人戦に置いてアルフレッドが相手の気配を手放すのは珍しい事だった、常人よりも感覚が優れるアルフレッドは一度捉えた気配を簡単に手放す事はほぼ無い、それでもエルフィアの気配を逃したのは単に力量の高いスキルのせいだった。
土煙の中、アルフレッドは僅かな気配すら逃さないように感覚を研ぎ澄ます。
一秒二秒、眼球を左右に動かしエルフィアを探すと視界の端で土埃の動きの変化を捉えた。
白銀の斬撃が的確に肩口から腰に掛けて両断するように迫る。
正面から斬撃を受け止めれば両断は必至、そういう攻撃は受け止めなければいい、というのがアルフレッドの持論の一つだ。
瞬時に脱力を開始して、肩から腕、そして手から指の先まで一気に力を抜くとアルフレッドは緩やかな動きで振り下ろされる剣の腹を叩いた。
「!?」
完璧に捉えたと確信していたエルフィアは驚きに満ちた顔をする、まるで斬撃がアルフレッドを避けるように真横にズレたのだ。
「中々良い筋っすけど、どっか迷いがあるっすね」
どこか傷つけたくない、という意思が剣線に混じっているような気がしたのだ。
袈裟斬りを受け流し、エルフィアの懐に潜り込むとアルフレッドは気の抜けた拳でエルフィアの腹部に目掛けて拳を放つ。
当たれば恐らく一撃で意識を持っていくであろうその拳はエルフィアを捉える事なく空を切った。
「迷い? 確かに迷っているかのかもしれません、お兄様の体を傷つける事を!」
体を捻りアルフレッドの拳を避けたエルフィアはその回転の勢いを利用して回し蹴りを放った。
捉えたと確信していたアルフレッドは物の見事に頭部を蹴り抜かれる。
一転、二転と転がるとアルフレッドは確信する。
ーーコイツはシーカーと同じくらいの強さっすね。
驚くべき才覚だ、とアルフレッドは感心する。
土煙が晴れるとエルフィアはゆっくりと間合いを詰めて行く。
「お兄様の体を使ってその程度、腰の宝剣は使わないのですか?」
「残念ながらアンタくらいの相手だと力を貸してくれないみたいっすね」
「力を、貸さない?」
「この剣はそういう物じゃないんすか? 本物の強敵を相手にした時しか抜けないとか、そんな呪いがかかってるんじゃ?」
エルフィアはアルフレッドを一笑すると、やはり貴方はお兄様の足元にも及ばない、と口にする。
「竜剣・ドラグニカ、ドラクレアの宝剣、その剣は神をも殺す神葬の礼装、神種、竜種、魔族、この世に存在する上位種と呼ばれる存在を完全に屠れる数少ない武装、しかしその使用に制限などありません」
「制限が、ない?」
「竜剣を扱えないのは単に実力不足、剣が貴方の事を所有者として認めていないからですよ」
そうだったのか、とアルフレッドは落胆する。
二度も自分の窮地を救ってくれたこの剣が自分を持ち主と認めていないという事実が胸に突き刺さる。
ーーお前も俺を拒絶するのか。
アルフレッドは腰の剣を睨みつけた。
「さあ、お喋りは終わりです、安らかに眠りなさい」
軽やかな足取りは舞う蝶を彷彿とさせる。
たんたーん、と独特なテンポのステップを刻みながらエルフィアは剣を振るう、右から左、下から上へ、変幻自在の剣線は的確にアルフレッドの体を捉える。
しかし、ギリギリの所で、体に掠めながらもアルフレッドはそれを回避する。
ーー結局、前の俺の持ち物も、知り合いも家族も、誰一人として俺という人格を認めないんすか、期待なんてしてなかったっすけど、少し応えるっすね。
しかし、それならそれで別にいいとアルフレッドは腰の剣に手を掛けた。
引き抜く事は出来ない、しかし棒のように扱う事は出来ると、アルフレッドは鞘ごと竜剣を引っ張り抜き、死の舞を踊るエルフィアの剣を受け止めた。
「妙な使い方を」
「アンタもコレも俺を認めないならそれでいい、でもだからって俺がここにいる事に変わりねえっすよ!」
アルフレッドの剣を持つ手が高熱によって焼ける、誤った使用法に宝剣は怒っているのだ。
しかし、アルフレッドは剣を手放す事は無かった。認めないなら俺も正しい使い方などしてやるものか、そう意地になっているのだ。
紙一重で避けていた斬撃を今度は攻撃を織り交ぜながら受け止める、数回の攻防のウチにアルフレッドは遂にエルフィアの胴を捉えた。
「クフッ」
重い一撃がエルフィアの体を数メートルも後方へ飛ばす。
ーー重い、まさか剣技で押し負けるとは。
下手をすれば一撃で勝負がついていた、とエルフィアは冷や汗を掻く。
ーー仕方ありませんね、お兄様の体を傷つけたく無かったのですが。
已むを得ない、とエルフィアは剣を掲げる。
「来れ轟雷」
ゴロゴロと雷が鳴ったと思うと、雷雲が雷をエルフィアの掲げる剣に落ちる、そして、
「穿て雷光!」
剣を突き出すと同時に剣先から光が走った。
正に一瞬の出来事、雷光がアルフレッドを貫いた。
黒煙が立ち上り、アルフレッドは口から煙を吐く。
「これは流石に痛い」
皮膚の至るところに火傷を負い、内臓にもダメージを負っている事が分かる、しかし動けないことはない、と首を鳴らした。
「えーと、エルフィアって言ったっすか?」
「はい」
アルフレッドはため息を吐いてエルフィアと言葉を交わす。
「アンタがその……アルクって人を大事に思ってるのはわかったっす、でもそいつはもういない、諦めてくれないっすか?」
「諦める? 私が、お兄様を?」
「俺はもうここにいる、死にたくないし殺されたくもない、でもアルクって人はもう俺の中にはいないんすよ」
エルフィアは絶叫するように叫んだ。
「そんな筈はありません! お兄様はエルフィアを置いて死んでしまったりしません! 貴方は嘘つきです、お兄様の声でエルフィアの事をアンタと言ったり、お兄様の目でエルフィアを敵視したり、なんで貴方がその顔で、その声で、その瞳で生きているのですか? その体はお兄様の物なのに」
涙を流すエルフィアに、アルフレッドは答える。
「知らないっすよ、俺だって」
やるせなくなったアルフレッドはこの戦闘を終わらせようと、クロエに声をかける。
「クロエっち、リリィを頼んだっすよ」
遥か後方にいるクロエにそう叫ぶと、アルフレッドは息を大きく吸い込んだ。
「竜の咆哮」
耳を劈く轟音が辺りに響き渡る。が、エルフィアは怯む様子もなく涙を拭いていた。
「竜騎士の、基本スキルですか」
「リリィから竜の咆哮が空属性のスキルだって聞いてるっす、それが効かないってことはアンタは空属性の魔法使いっすか?」
「ご明察、とは言えませんね、私が雷撃を使った時点でそれは気付くべきことです、やはり貴方はお兄様には遠く及ばない、知識も、力も」
自分の前任者は一体どれ程の強者だったのだろうか? 陶酔気味のエルフィアの言葉を鵜呑みには出来ないが、言葉の端から度々聡明だったことや、自分の知る実力者であるシーカーより剣技が達者だった事が伺えた。
しかし、それを考えても仕方ないと、アルフレッドは竜剣を地面に突き刺した。
「剣を使わないのですか?」
「これ以上は無理っす、それに……」
アルフレッドは焼け爛れた拳を握り締め、エルフィアに向ける。
「こんな柔な剣が俺の力に耐えられるとは思えないっす」
内心では、こんな物は使いたくない、というのが本音だった。
ーーそれに、結局これしか無いんすよね。こんな物に頼るより、近づいてぶん殴る、その方が確実っす。
悲しげな表情を浮かべるアルフレッド。
その様子を見たエルフィアは何を思ったのか剣を鞘に収めた。
「抜刀術、という技をご存知ですか?」
いや、とアルフレッドは答える。
「東に伝わる剣技なのですが、これは神速とまで言われる速度で敵を斬り払う技です、どのみち貴方はもう拳しか使わないでしょうが、一応」
引くに引けなくなっているのか、とアルフレッドは思ったが、それを口にしたりはしなかった。
「まあ、これで俺が負けるならアンタの好きにすると良いっすよ、煮るなり焼くなり殺すなり、気の済むようにすればいい」
そう言い終わると、拳を更にキツく握り締め、アルフレッドは地を蹴った。
ーー来る!
エルフィアは構える。来たる瞬間に備えて。
粉塵を上げて物凄い速度で迫るアルフレッドにエルフィアは冷静に間合いに入るのを待つ。
五メートル、二人の間合いはまだ遠い。
四メートル、お互いに武器を振り被る。
三メートル、二人の間合いが重なり始める。
二メートル、振りかぶった武器を振りかざす。
一メートル、お互いの武器が交差した。
アルフレッドは拳、エルフィアは剣、音速を超えた拳を正確にエルフィアは剣の刃で捉える。
帯雷している刃は岩盤を物ともせず砕く拳に深々と切り込むが中程で止まってしまう。
骨は刃で切り込めたがアルフレッドの筋肉がそれを許さなかったのだ、馬鹿力のアルフレッドは刃を敢えて受け入れ、筋肉で絡め取ったのだ。
その刹那、勝ちほこるようにアルフレッドは叫ぶ。が、
「これで俺の勝ちッッッッーー」
勝ち名乗りを上げることは出来なかった。
「まさか刃を力で止めるとは思わなかったですが、流石の竜騎士でも体内から雷を流されては動け無いでしょう」
「ッッッッーー」
「エルフィアの方が一枚上手でしたね、お兄様」
喋る事もままならず、アルフレッドは感電しながらニヤリと笑った。
「何がおかしいのですか?」
不思議そうにそう言うエルフィア。
その瞬間、背後に触れる手が一つ。
「お休み、エルフィア。特技破壊、睡眠」
急激に襲われる眠気に抗いながらエルフィアは振り返る。
「り、りぃ?」
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