通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第一章・最弱の魔法使い

第十二話

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「どういう事っすか、ベルベット」

 竜騎士は珍しく怒っていた。
 ベルベットは性格は最悪だが契約や約束を破るような奴では無いと思っていた。

 しかし、蓋を開けてみればベルベットはリリィに魔法を教える事なくそのまま帰してしまった、その事にアルフレッドは怒っていた。

 だが、そんなアルフレッドには見向きもせずにベルベットは答える。

「どうもこうもないわ、あの子が勝手にそういう道を選んだのよ、私は謝るなら許してあげると言ったのよ」

 それを勝手に、と拗ねるような仕草をするベルベット。

「そういう話しじゃないっす。ベルベット、こっち向くっすよ」

 キチンと話を付けなければ気が済まない、とアルフレッドは工房を進むが、突如奇妙な感覚に襲われた。

 一歩足を進めるたびに自重が増えているように感じたのだ。
 そしてそれは気のせいでは無かった。
 アルフレッドが一歩進む度に体感でおよそ倍くらいの重みが増して行くのだ。

 地竜の鱗すら素手で砕ける程の力を持つアルフレッドだったが、物の八歩ほどで歩みが止まってしまう。

「ベル、ベット」
「今は誰とも話したくないの、あーしの部屋から出て行って」

 アルフレッドの方を見向きもせずにベルベットは指を鳴らす、空間が歪み、それと同時にアルフレッドの視界も歪んだ。

「待つっす、ベルベット!」

 そう叫ぶのも束の間、アルフレッドは完全に別の空間に飛ばされる。
 歪む視界が元に戻ると、そこは良く知る自分の部屋だった。

「クソっす」

 怒りに任せて壁を殴ると魔法障壁に遮られ音もなく拳が止まる。

「なんでベルベットは急に態度を変えたんすか!」

 全く分からないと頭をひねる。が、先ほど会ったリリィも何故か納得している様子だった。

「リリィも、なんで喰い下がらないんすか」

 竜の血の件もある、交渉次第でベルベットも嫌とは言わないはずだったのに、と苦い表情を浮かべている。

「こんなことなら、ちゃんと俺が学んでおくべきだったっす」

 そうすればベルベットに頼らずにリリィを助けてあげることが出来たのに、と過去の自分にすら腹を立てるが、ハッと恨みがましい感情が胸の内に燻っている事に気づく。

 一つ大きく息を吸い込み、アルフレッドは落ち着きを取り戻す。

 ーーダメっすね、こんなんじゃ。

 こんなの俺が抱く感情じゃない、と気持ちをリセットする。

「とりあえず、俺はリリィを信じるしかないっすかね」

 不安ではあるが、実際問題これ以上はリリィの実力次第というのは分かっていた。
 過度な干渉はリリィもきっと望むところではないだろうと自分を納得させる。

「リリィ、信じてるっすよ、努力で道が切り開ける事を俺に証明して欲しいっす」

 ーー他人任せでみっともないっすけど、俺はそれがどうしても知りたいんす。

 祈るように目を瞑ったあと、アルフレッドは颯爽と自分の部屋を後にした。








「魔力が足りない人が魔法を使う方法、かぁ」

 全く分からない。と、別棟の教室、その真ん中でリリィは頭を悩ませていた。

「でもベルが言ったヒントは私が知りたいと思ってた答えに直結してるんだよね」

 魔力不足の人間がどうやって魔法を使っているか、それを聞ければおそらく自分の抱えてる問題の大半をクリアできると思っていたのだ。

「でも確かにそういう人がいて、なおかつ魔力が足りないのに魔法を使う人がいるって事実があるのはベルのお墨付きだから、私が考えるべきなのはその結果に至る為の過程のみって事になるよね?」

 それだけでも随分と明確な目標になる、とリリィは心からベルベットに感謝する。

「やることが分かっているなら後は邁進するしかないよね」

 リリィは張り切って山積みになっている本に手を伸ばした。





 およそ3時間、リリィは黙々と資料を漁ったが、目当ての方法は終ぞ知り得なかった。

「ベルが持っていた大図書館の本、きっとあれに私の知りたい事が書いてあったんだろうなぁ」

 目の奥の鈍い痛みを和らげようと目を瞑り考える。

「そういえばベルはあの時、方法は教えるから後は勝手にやれって言ってたよね?」

 酷く残念だった事を思い出す。

「でも裏を返せば、方法が分かっているなら私だけでも出来ることって事だ」

 ーーでもその方法が思いつかないんだよね、それに。

 ベルベットの事を疑う訳ではないが今現在リリィが思いもよらないような事をすぐに実行してすぐに成功を収められるか少し怪しいとも思っている。

「きっと最低でも三日の猶予は必要だ」

 昇級試験まであと七日、今日をいれると少なくとも後三日で答えを見つけなくてはいけない事になる。

「アルフの約束も守りたい、ベルとも友達になりたい、だから絶対に答えを見つけないと」

 炎のような意思がリリィの胸の内を熱く焦がしていた。

「絶対に合格するぞ~」

 おー、と一人で奮起するリリィだった。







「はぁ、ダメだなぁ」

 リリィは机に突っ伏すように項垂れる。
 決意を新たにした日から既に3日が経過したが、未だに正解を見つける事が出来ずにいた。

「方法は遅延呪文ディレイスペルの重ね掛けの後の属性魔法の統合、くらいかな、でも遅延呪文は難易度が高すぎるし確実性がないからなぁ」

 遅延呪文とは魔法の発動に掛かる時間を意図的に遅らせる魔法式の事で、主な使い方は罠や奇襲、フェイントといったような地味で目立たないような使い方ばかりだ。
 それ故に魔法使いの間では扱うのが難しい上に使いにくとされ、あまり好んで扱う者は少なかった。

 そんな人気のない遅延呪文を使う事を思いついたリリィの方法はと言うと、遅延呪文をかけた初級魔法を重ね合わせる事によって中級魔法を作り出す、といった方法だった。
 しかし、リリィが口にした通りこの方法は難易度が非常に高い、誤差0.何秒も許されないような正確な時間の間隔と繊細で緻密な式を本来の魔法式に統合しなくてはならない。
 本来の中級魔法を使う労力の3倍程の苦労をしなくてはならないのだ。

 使える時間が一ヶ月ほどあったならリリィはこの方法を取っただろうが、悲しい事に確実と言えるレベルに持っていくには時間が圧倒的に足りなかった。

 ーーでも、これ以上の答えはないような気がする。
 と、リリィは思う。

 調べられる事は調べ尽くした、だが肝心だと思った上級魔法に関する資料が圧倒的に足りていないのだ。

「調べ方が悪いのかな? それとも私の考え方が悪いのかな?」

 何度考えてみても堂々巡りの思考しか出てこないと、リリィは大きなため息を吐き、おもむろに窓から見える緑に目を向ける。

「気分転換に、散歩でもしようかな」

 思えば机に齧りついてからもう半日が過ぎていた、とリリィは思い出す。

「体もバキバキだし、このまま考えてもいい案が浮かぶとは思えないし、少し体を動かそっか」

 仕方ない、とリリィは椅子から立ち上がり、旧校舎の外へと足を向けた。





 緑が生い茂る森の中をリリィは目的もなくゆっくりと歩いて行く。

 特別目を見張るような何かがある場所ではないが、ただ歩くだけで癒しを感じてしまう。
 豊かな自然を感じると心まで豊かになる、というのはリリィの持論の一つだった。

「危険はないし、緑は豊か、誰に会うでもないし散歩をするならやっぱり旧校舎の裏が一番良いよね」

 木々の木漏れ日を浴びながらリリィは体を伸ばしながら歩を進める。

 危険な魔獣も、人を襲うような獣もこの森には存在しない、それは学園の周りに張られた結界の作用なのだとリリィは聞いていた。

「危険の排除は学園の責任だからだっけ? こんな広い敷地を覆うくらいの結界ってどのくらいの魔力を使うんだろう?」

 ちょうど結界の淵まで訪れていたリリィは結界の境界線を見てそんな事を疑問に思う。

「普通の結界の維持だって凄く魔力を使う筈なのに一体どこから魔力を持って来てるのかな?」

 そう口に出してみるとリリィの中に違和感が芽生える。

 ーーあれ? それってなんか、今の私の状況に似てない?

 と、とても大事な何かに気付けそうになったその瞬間、突如吹き荒れる暴風がリリィを襲った。

「へっ?」

 突然の激しい暴風に目を閉じたリリィが感じたのは言い様のない浮遊感だった。
 重力と引力を物ともせずに強い風はリリィの体を空へ空へと押し上げる。

 リリィが閉じた目を開き、次に目にした光景は遥か上空から見下ろす広大な学園の敷地の全てだった。

「うわぁ、すごい」

 リリィは感無量の声を上げた。

 浮いているリリィのすぐ下には緑がお生い茂る森があり、その少し先には自分の教室がある旧校舎が目に入る。
 更に遠く離れた場所にある真新しい新校舎の周りには運動場や実戦訓練場、儀式の祠、妖精の湖。
 数え切れない程の施設が存在している、その周りの至る所には数え切れない程の生徒たちが己の技術をあげようと切磋琢磨していた。

 魔法や魔術、あらゆる技術を駆使した最先端の学び舎、リリィが焦がれるように憧れた職業学園の全貌がリリィの眼前に広がる。

 ーー私も、ここで学んでるんだよね。

 まだその一端すら味わっていないが、この学園が如何に凄い所なのかはリリィが良く知っている。知っているからこそ、リリィはこの学園を選んだのだ。

 ーー絶対に昇級試験に合格して、ここの全てを使って、私は絶対に偉大な魔法使いグランドキャスターになるんだ。

 と、感極まった所でリリィを上空へと押し上げていた風が止まった。
 体を押し上げる力を失ったリリィがどうなったかというと、

「うっそーん」

 そのまま落下を始める、だった。

「イヤァァァァァァァァ、うそうそ、ちょっと待ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」

 リリィがいくら絶叫しても落下する速度は変わらない。
 怖い、速い、死んでしまう、と恐怖に身を縛られるリリィだったが生きる為の思考だけは止める事は無かった。

 ーー浮遊魔法は使えない、風魔法で体を浮かせるような魔力は私にはない、木をクッションに? いや、現実的に考えて助かる訳がない、それに移動する手段が私にはない、着地の瞬間にだけどうにか浮く事はできないかな? いや、ムリだよぉ、むりムリ無理、絶対に死んじゃう。

 幾ら思考を重ねても数秒後に訪れる衝撃から逃れる術を思いつく事が出来ないリリィは、あと何秒もしない内に私は真っ赤なザクロのようになるんだ、とついにその思考を止める。

 ーーあっ、走馬灯だ。

 思考が止まる代わりに脳が見せたのは数々の思い出だった。

 ーー色々あったけど、私が一番嬉しかったのって、アルフに会えた事なんだ。

 まだ出会ってから数日しか経っていないのに両親や兄弟の思い出よりも先にアルフとの思い出が脳裏をよぎった。

 内心、意外、というほどでもなかったが、驚きはしていた。

 ーー私って、そんなに、

 そんな思考も地面が目前に迫った所でリリィは意識と共に手放すのだった。


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