通りすがりの竜騎士っすけど、何か?

ペケペケ

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第一章・最弱の魔法使い

第十七話

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 ダメだった、ワタシは……。

 何も言えず、何も出来ず、ただ座り込むリリィの耳に響いたのは聞き覚えのある声だった。


「ちょっと待ちなさいレオナルド」


 観客席にいた白髪褐色の少女が声を上げるとレオナルドの背後に声の主が現れる、側から見れば瞬間移動そのもの、それはベルベットが得意とする空間転移の魔法だった。

 聞き覚えのある声にリリィは顔を上げた。

「ベル?」

 レオナルドは振り向く事なく背後の少女に無表情で応える。

「何かな? ベルベット女史」

 そんなレオナルドに明らかな敵意を持ってベルベットはレオナルドを睨みつける。

「その結果はおかしいんじゃないかしら?」

 そんな敵意を受け流すように、レオナルドは小さく首を振った。

「何がおかしいものか、オレは中立公正に判断を下しただけだ。そもそも、君が工房あなぐらから出て来るなんて珍しいな、この娘に思い入れでも?」

 しかし、そんな事はどうでもいいとベルベットは切り捨てる。

「そんなことはどうでもいいのよレオナルド、あーしはアンタの判定が誤っているとしか思えない、それを変えないならアンタは特級にいる価値のない人間だわ」

 ベルベットの言葉にレオナルドはピクリと眉を釣り上げる。あくまでも無感情と無表情に徹するレオナルドの顔に綻びが出来始める。

「君は優秀だ、ベルベット。だがね、この試験の内容を知っているかな? 中級魔法の行使だ、彼女はただ威力の高い初級魔法を放ったに過ぎないだろう? オレが不合格にしても何もおかしな事はないだろう?」

 自信満々でそう言うレオナルドをベルベットは鼻で笑い、嘲笑する。

「フン、二流魔法使いが良く吠えるわね、そんな事は百も承知よ。あーしが指摘しているのはこの子が使った鉱石のほうよ」
「鉱石だと?」

 ベルベットの言葉に反応してリリィの敷いた魔法陣の四隅を見る、そこには魔力が入っていた筈の石が転がっていた、その色は燻んでいまやただの石コロと何ら変わらない。

「魔力を含んだ鉱石だろう? 中々高価な物だが、大方あそこの竜騎士にゴマを擦って採ってきてもらった物だろう」

 と、レオナルドはゴミを見るような目でリリィを見る。
 そんな視線を遮るように、ベルベットはレオナルドの前に立ちはだかった。

「だからアンタは二流なのよ、レオ」
「その二流という言葉を止めろ、ベル」

 レオナルドは堪えきれずに感情を表に表した。そんな小者を馬鹿にするようにベルベットは言葉を続ける。

「止めないわ、だってアンタは本物の二流だもの」

 カッと目を見開き、ベルベットに向けてレオナルドは手を上げる。が、その手が振り下ろされる事は無かった。
 音もなく近付いたアルフレッドがレオナルドの振り上げた手を掴んでいたからだ。

「止めて欲しいっす、教授」
「っ、竜騎士!」

 明らかな嫌悪の眼差しが手を掴んでいるアルフレッドに注がれる。
 そんなレオナルドをさらに挑発するようにベルベットは、小者もいいところだわ、と本音を漏らす。

「ベルベット、少し落ち着くっすよ、挑発ばっかりしてたらいつか本当に叩かれちゃうっすよ?」

 と、そんなベルベットに注意を促すが失笑もせずにベルベットは答える。

「あーしが叩かれる? 珍しく面白い冗談を言うわねアルフ」

 そう話をする二人の表情は少しも笑っていない、それだけ二人にとって真面目な問題ということだ。

「で? さっきの話はどういう事っすか? ベルベット」

 事と次第に寄っては、と、一瞬だげ怒りの感情が見えると手を掴まれているレオナルドはその気配を感じたのかブワッと冷や汗が吹き出る。

「どーもこーもないわ、この子は中級魔法なんて比にならないレベルの魔術を行使していたのよ、だからこの試験に落ちるのはおかしいって話よ」

 そんな筈はない、と、レオナルドはアルフレッドの手を振り払いながら言う。

「どう見てもこの女は初級魔法以外の発動はしていない、あったとすればこのオレが見落とす筈がない」

 本来ならレオナルドの言うことは最もな事だ、特級の魔法使いが魔法の発動に気づかない訳がない。だが、今回に限っては視点が違う、ベルベットはリリィの使った魔力鉱石の話をしているのだから。

「アンタ、あんなに粗末な魔力鉱石が存在すると思ってるの?」
「どういうことだ?」

 ベルベットはやっぱり何も気付いてないか、とため息を付いてリリィに向き直る。

「まだ鉱石はある?」

 ベルベットが優しい声音でそうリリィに尋ねると、リリィは小さく首を縦に振って答える。

「一つだけなら、でも他の四つに比べると粗悪な出来で使えるかわからないの」

 不安気なリリィにベルベットは、大丈夫、と言って頭を撫でた。

「あーしに任せなさい」

 リリィはそう言うベルベットの背中がとても大きく見えた。

「レオナルド、これが何か分かる?」

 と、ベルベットがレオナルドに問うと不快そうな表情を浮かべ答える。

「魔力鉱石、か? 使えそうにないが」
「そうよ、なら、こんなに粗悪な魔力鉱石が本当に自然界に存在すると思ってるの?」

「思っているも何もここにあるじゃないか」

 と、レオナルドは答える。

 ベルベットは本当に頭の固いバカね、と内心で思うがあえてそこに触れずに話を続ける。

「ならアンタ、鉱石魔術って知ってる?」

 ここまでヒントを出して自力で答えにたどり着けないなら、レオナルドは本当に特級にいる資格がないと判断するしかない、とベルベットは思う。
 いけ好かないクズだし、表面を取り繕ってばかりいる小者だと思ってはいるが実力の方は少しだけ認めているのだ。

 そんなベルベットの言葉を受けてレオナルドは馬鹿にしているのか、と怒りをあらわにすると知っている情報を列挙して行く。

「北方の大賢者が生み出した大魔術、置換魔法と魔力の流転、本来天然でしか生まれない高純度の魔力鉱石を人工的に生み出す……」

 と、ここでレオナルドの言葉が止まった。

「いや、まさか、そんなはずは」
「そのまさかよ、この大バカ」

 いや、そんな馬鹿な、とレオナルドは狼狽しながらベルベットの持つ魔力鉱石を奪い取り確認を始める。

 そんな中、アルフレッドは訳がわからないとベルベットに、どういう事っすか? と説明を求める。

「リリィが今回魔法を使う為に使ったアイテムを作る工程で上級魔法と比べても差し支えない魔術を使っていたって話よ、そうでしょ? リリィ?」

 そう振られてリリィは、えっ? と驚いた顔をした。

「あの鉱石はリリィの自作でしょ? 荒さで分かるわ」

 リリィは荒いと言われてその通りだと思っていた。
 本来目指した筈の精霊石には遠く及ばず、せいぜい自分の魔力の代用に使える程度の物しか作れなかったのだ。
 加えてリリィ自身は鉱石魔術の事を知らなかったこともあり、自分が大それたことを成した自覚がないのは仕方がない事なのかもしれない。

「今のワタシにはあれが限界だったの、魔力を鉱石に込められたのだってワタシの最高魔力の十%くらいだった、だからそんなにすごいことじゃ、」

 ない、と言い切る前にレオナルドが発狂するように声を上げた。

「ありえない!」

 突然の大声にリリィは体を揺らして驚く。

「こんな小娘が! 賢者の魔術の一端を操るなんて事はあり得ない、大方外部の人間にでも手伝ってもらったんだろ、他のバカ共を騙せてもオレは騙せないぞ」

 最初の澄まし顏は何処へやら、レオナルドは狼狽しながら吼えたて、明らかな敵意と嫉妬をリリィに向ける。

「このオレが尊敬し、敬愛する大賢者ゼルレイドの魔術をこんな魔法使いの才能の欠片ほどしか持ち合わせていないクズが、鉱石魔術を習得しているなんて俺はーー」

 信じない、と、その言葉が口に出される事は無かった。
 アルフレッドとベルベットが同時に殺気に良く似た威圧感を放ったからだ。

「ぁ……」

 ベルベットは静かに口を開く。

「軽い暴言くらいなら許したわよ? でもね、あーしの友達を、肩を並べて歩くと言ってくれた子を泣かせるのは絶対に許さないわ」

 リリィは涙を流していた、レオナルドの心ない一言に傷付いたからだ。
 今回の罵倒は明らかに私怨によるもので、リリィからしてみれば、それは生まれて初めて受ける侮蔑以外の負の感情だった。


 涙を流すリリィを見たアルフレッドは自分の体が火に包まれるような錯覚に陥る。
 自分の体の奥から溢れ出てくるのは熱に良く似た怒りそのものだった。殴り掛かるのを必死に我慢しながらアルフレッドはレオナルドに告げる。

「俺は誰かにこれ程の怒りを覚えた事は無いぞ」

 アルフレッドの蒼眼が金色に変わる、それは戦う意思の表れだった。

「レオナルド・オスロー、俺と決闘しろ」

 アルフレッドの口調に変化が合った事はその場の誰もが気づいていた、ベルベットもレオナルドも遠巻きに見ていたシーカーも、そして涙を流すリリィも、初めて感じる竜騎士の激情を肌で感じている。

 ベルベットも怒りを抑えながらレオナルドの逃げ道を潰す。

「逃げるのはあーしが許さない、逃げるならどんな手を使ってでもアンタの人生ごとあーしが叩き潰す、それとも相手を選びたい? あーしかアルフか、それともあそこで静かに怒っているシーカー? 好きな相手を選びなさい」

 レオナルドは冷や汗を掻きながら冷静に考える。

 ーーベルベットはダメだ、魔法の相性が悪い、何よりも悪声の魔女の異名を持つ女と戦うなんて持っての他だ。シーカー・マクシミリアン、剣士科の有望株だった男、今はEX職業に職業替えをしている、これも分が悪い、なら。

 と、レオナルドはいやらしい笑みを浮かべて、アルフレッドに指を指す。

「その決闘を受け入れてやるよ竜騎士」

 ーー最弱の竜騎士しか相手はいないだろ。

 消去法とは言え、ベルベットは少し落胆する。

 ーーこの小者にあーしやシーカーと戦う勇気はないか、本当はあーしが潰したかったのだけど。

 と、チラリとアルフレッドの様子を見ると怒りの形相を浮かべていた。

 ーー今回は譲ってあげるわ、アルフ。

 初めて見るアルフレッドの形相にベルベットは大人しく獲物を譲る事にした。


「受けたな? 俺はもう手加減はしてやれないぞ、お前はの逆鱗に触れたんだ」
「ハッ、まるで今まで手を抜いていたみたいな言い草だな、最弱。EX職業に成り行きでなった分際で良く吠えるじゃないか」

 鼻で笑いアルフレッドを嘲笑するレオナルドだったがそれでアルフレッドの感情を揺らせる訳もなく一蹴される。

「別にそんな事はどうだっていい、いつやる? 今すぐか? 小細工を仕掛けるのに時間が掛かるなら待ってやるよ、早く決めろ」

 良くも最弱風情が馬鹿にしてくれたな、と滲み出るプライドをグッと抑え、レオナルドは軽薄な笑みを浮かべる。

「そういうなら時間を貰おうか、三十分後、ここでやろう、オレが勝てばこの女は退学、お前が勝てば認めてやるよ、この女が鉱石魔術を使えるってな」

 そう言ってその場を離れるレオナルド。

 静寂に包まれた試験会場の静寂を破ったのはリリィだった。

「どうして! ダメだよアルフ、やめよう? 相手は特級の魔法使いだよ、怪我しちゃうよ!」

 足に縋るように嘆願するリリィの視線に合わせるように、アルフレッドはしゃがみ込んでニカッと笑った。

「大丈夫っすよ、俺の怪我なんてすぐ治るっすからね」

 先ほどの怒りの形相から一転して、アルフレッドはリリィに気の抜けた笑みを向ける。

「治るから良いとかじゃないよ、それにそんなのダメだよ、ワタシはダメだったの、試験に合格出来なかったの、それを力付くで無理やり変えようとするなんてダメだよ」

 そんなリリィの言葉にベルベットは呆れたように嘆息する。

「リリィ、今回あーしがアンタを庇護したのはアンタにその資格が合ったからよ、それ以上でもそれ以下でもないわ」

 続けて、アルフレッドも言う。

「そうっすよ、俺はベルベットの言葉があったからこうして動けるんすよ、その証拠にさっき俺と目が合った時、俺は動かなかったっすよね? あれはリリィが正当な試験で落ちたっていうなら俺は何も出来なかったからっすよ」

 確かにそうかもしれないけど、とリリィは沈痛な面持ちを崩さなかった。
 後ろめたさと、自分の力不足が分かるからだ。

「アンタはちゃんと示したわ、あーしに寄りかからないという事を、だからアンタは……リリィはあーしの友達よ」

 ベルベットは頬を染めてソッポを向いてそう呟いた。

「……ベル」

 ベルベットの言葉を受け取りたい気持ちと自分はダメだったという罪悪感がリリィの中で鬩ぎ合う。
 そんなリリィの気持ちを軽くする為にアルフレッドは軽口を叩く。

「信じるっすよ、リリィ。ベルベットは天才っす、性格は最悪でも嘘はつかない、これは確かっす」
「いい度胸ね、アルフ。レオナルドとの決闘が終わったら覚悟しなさい」

 少し不機嫌そう言うベルベットに、ははは、それなら早めに決着を付けないとっすね、とアルフレッドは笑うが、それでも自分の為に誰かが傷つくかも知れないと思うとリリィは険しい表情を崩せなかった。

「ワタシのせいでアルフが戦うなんて……やだよ」

 頑なになるリリィに、もう一人の友人が声をかける。

「リリィ、あまり思い詰める事はないと思う」
「シーカー?」
「私は君と出会ってまだ間もないがね、私は君という人間の凄さは良く分かっているつもりだ」
「…………」
「君が自分の力を信じられないなら君を信じる私たちを信じてくれればいい、それにね」

 シーカーは少し照れくさそうに言う。

「アルフが戦わなかったなら、私かベルベットが戦うだけだよ、それだけ私たちは君を評価してるという事だ」

 そんなシーカーをアルフレッドとベルベットは生暖かい目で見守る。

「な、何かな?」

 そんな視線に気付いたシーカーが照れながらそういうと、いつもの調子でアルフレッドがシーカーを茶化す。

「いやぁ? シーカーにしては感情表現が出来てると思っただけっすよ」
「そうね、シーカーにしてはね」

 くっ、と恥ずかしそうにシーカーはソッポを向く。
 そんな場を纏めるようにアルフレッドはリリィに想いを伝える。

「でもそういう事なんすよ、リリィ。俺が戦うのはリリィの為でもあるけど何よりも自分の為なんすよ」
「自分の、ため?」
「そう、友達をあんな風に侮辱されて黙ってろって言う方が酷って話っすよ」

 その言葉に二人も静かに頷く。


「アルフ」


 ーー託してもいいんだろうか?


「なんすか?」


 ーー力不足はわかってる、でもワタシを認めてくれる人たちがいるなら。


「ワタシもね、悔しいの」


 ーーワタシは……

「ワタシ、この学園を辞めたくないよ」


 溢れ出る感情が涙になってリリィの頬を濡らす。


 認めなくちゃいけない事だった、諦めないといけない事実だった。
 それでも、此処に、この学園に居ても良いと言ってくれる人がいるのなら、リリィはこの場に残りたいと、そう思った。

 リリィの本音を受け取ったアルフレッドは出会った時と全く同じ笑顔でその思いに応える。

「分かったっすよ、必ずリリィの事をあのボンクラに認めさせてやるっすよ、だから泣かないで欲しいっす」


 ーーああ、アルフに、この人たちに出会えて本当に良かった。


「うん!」

 リリィも涙を拭いて笑顔を浮かべた。


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