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第一章・最弱の魔法使い
第二十一話
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昇級試験から早三日、リリィとベルベットは工房の中で話をしていた。
「と、いうわけで、アンタは三級の学科を受ける必要はないわ」
「い・や!」
激しい拒絶をするが、ベルベットはやれやれと頭を振り、もう一度諭す。
「あのねぇリリィ、これはあーしのお願いとか嫌がらせじゃなくて、三級の講師の人が泣きながらあーしにお願いしてきたから言ってるの、わかる?」
「い・や!」
駄々っ子のようなリリィをベルベットはもう三十分も説得をしているが全く聞く耳を持とうとしない。
事の顛末を簡単に説明すると、学ぶ事に制限がなくなったリリィは、暴走した、だった。
授業で事あるごとに質問を重ね、並外れた知識を持つリリィは三級の講師をあっさりと論破してしまうのだ。
そんな状況も三日目に突入するとリリィの友人であるベルベットに三級講師は泣きながら懇願するのだ、どうかあの好奇心の化け物を引き取ってくれ、と。
好奇心の化け物とは言い得て妙だとベルベットは思ったが授業の内容を見ると笑い事でもないと、リリィの説得を引き受けたのだ。
「そもそもなんでアンタは三級なのかしらね?」
馬鹿みたいに知識がある分、すごくアンバランスな状態になっている、とベルベットは思うのだ。
しかし、そんなベルベットの疑問はリリィによって払拭される。
「それは当然ワタシにまだ昇級するような資格がないからだよ」
いや、確かにその通りなんだけど……、とベルベットは困ったようにため息を吐く。
「だってやっとちゃんと学べるんだよ? 質問しないなんて勿体なくてワタシには出来ないよ」
今まで一人で勉強してきた弊害がこんな所に出るとは、とベルベットは頭を悩ませる。
決していけない事ではないから余計に注意しにくいのだ。
まいった、と悩むベルベットを他所にリリィ楽しげに授業の内容を語るのだ。
やれ基本属性の解釈がとか、やれ実習が楽しいとか、そんな取り留めもない事をだ、無論それをベルベットが拒絶出来るわけもなく、なし崩しに聞き役になっている状態だ。
「楽しいんだよ、やっとこの学園に受け入れて貰えたの、だからちゃんと学びたいの」
だめ? と、上目遣いをするリリィにベルベットの胸はキュンと高鳴る。
ーーダメよ、あーし、しっかりしないと。
気をとりなおしてテイク2。
「でもリリィ、アンタ三級で習う範囲はもうすでに自分で予習済みでしょ? やっぱりもう学科には出る必要はないんじゃない?」
そう聞くとリリィは首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ、今まで一人で勉強してたから微妙に解釈のズレとかがあるの、やっぱり基礎は大事だからね、復習も兼ねて間違い探しを出来るなんて一石二鳥だよね」
ああ、そういうことか、とベルベットは思い立つ。
リリィは自分と周りの認識のズレを修正しているのだと理解するとベルベットは講師を質問攻めにする気持ちも分からなくはない、と思ったのだ。
しかし、答えられない講師が悪いとは言え頼まれごとを引き受けたからには何らかの手を打たないといけないのもまた事実。
さて、どうしたものか、と頭を悩ませると、不意に名案が浮かぶ。
「リリィ、跳ぶわよ」
「えっ?」
リリィが承知をする前にベルベットが指を鳴らすと、パッと視界の映像が切り替わるように二人は別室へと飛んでいた。
ここは? と辺りをリリィが辺りを見渡すとここが自分の知らない部屋だと理解する。
高級そうな机、無数の本棚、部屋の天井には星々の天体を再現する細工が施されている。
ここが学園内だとすればこんな部屋の心当たりは部屋は一つしかないと、リリィは額に汗が滲む。
「ベルベットさん、突然来られますとこちらも準備というものがあるので困ります」
部屋の窓際にいる凛とした雰囲気を漂わせるメイドがそう言うと、ベルベットは鼻で笑ってソファーに腰を掛けた。
「星詠みの賢者があーしの行動を読めないわけないでしょ」
それはごもっともですが、と答えるメイドの手元には淹れたてのように湯気が立ち上るカップが三つ、まるで来ることが分かっていたかのように準備されていた。
「で、そちらの方は?」
チラリとリリィを一瞥して女性はベルベットにそう尋ねる。
「友達よ、今日はこの子の事で話をしに来たの、ルーベンス様は?」
「すでに目の前におられますよ」
その言葉にベルベットもリリィも対角線上のソファーに目をやったが目視することが出来ない。
ベルベットは数秒間その空間を凝視したかと思うと、種が割れたわ、と一言呟く。
「趣味が悪いわね、ルーベンス様」
はぁ、と小さくため息を吐くベルベットだったが、リリィはその言葉の意味が分からなかった、何故なら目の前のソファーには誰もいないからだ。
「んー、ん?」
目を凝らす、よ~く目を凝らす。
すると、次第に違和感が分かるようになってくる、まるで透明な人型のガラスがそこに座っているように微妙に空間が歪んで見えるのだ。
「ベル、これって」
「そ、透過魔法、オマケに防音対策までしてるわ、本当に性格が悪い」
ベルベットが呆れたようにそういうと、姿なきそれは口を開いた。
「初めまして、私はルーベンス・リベラルド、この学園の学長を務めさせて頂いています」
もう姿を隠す必要が無くなったのか、ルーベンスは自分に掛けていた魔法を解いて姿を現わす。
「ベル、やっぱりここって」
おずおずとリリィの疑問にベルベットは答えを口にした。
「星詠みの賢者、ルーベンス・リベラルドの部屋よ」
予期していた答えにリリィは卒倒しそうになる、目の前に伝説が座っているのだから当然と言えば当然だ。
白髪の老婆、しかし老婆と呼ぶには少し外見が若すぎる。その見た目は実年齢九十八歳とはかけ離れて若い四十から五十の間と言った所だろう。
リリィは程よく歳を取った女性、そんな印象を受けた。
「それで? ベルベットさんは私に何の御用かしら?」
ルーベンスはそう言ってメイドが運んでくれた紅茶に口を付ける。
「ルーベンス様なら言わなくても分かりますよね?」
ふふふ、とルーベンスは笑う。
「買い被り過ぎよベルベットさん、今はベルさんと呼んだ方がいいのかしら?」
茶化すようなルーベンスの態度に、どっちでもいいわよ、と少し照れくさそうに答える。
「それでいいのよ、子供がおばあちゃんに敬語だなんてダメですよ、いつもみたくフランクに行きましょう」
「まあ、おばあちゃんがそう言うなら」
と、ベルベットが答えるとルーベンスの傍に待機していたメイドがギロリとベルベットを睨む。
「ほら、コイツが睨むから嫌なのよ」
ルーベンスはため息を吐いて、メイドに注意をする。
「オルガナ、何度も何度も言っていますけど、私に不遜な態度を取ったと言ってすぐに人に噛み付くのは止めて下さい、これじゃあ私は孫たちと触れ合う事すら出来ないですよ」
露骨に嫌そうな顔をしてオルガナは、はい、と頷く。
「まったく、この子は」
頭が痛いわ、とルーベンスは笑う。
「それでおばあちゃん、リリィの事なんだけど」
「そうそう、リリィさんのお話ね」
と、言ってルーベンスは緊張気味のリリィに挨拶をする。
「貴女と会うのは二回目ですね、お久しぶです、リリィ・マクスウェルさん」
やんわりとした笑みをリリィに向けるルーベンスだったが、柔らかい物腰が更にリリィを緊張させた。
「あ、ぁの、ひ、ひ、ひ、お久しブッ、っ~~~」
それはもう、盛大に舌を噛んだリリィだった。
「ひたいれす」
「当たり前よ、というかなんでおばあちゃんに対してそんなに緊張してるの? ただのポンコツおばあちゃんよ?」
ギラン! という効果音がしそうな程鋭い目つきでオルガナはベルベットを睨み付けるが、気にする様子もなくベルベットはリリィに回復魔法を掛け続ける。
「らってえーゆーれらよ? ほれはきんほうひまふよ」
「ごめん、治ってから話して?」
リリィはコクリと頷く。
「リリィさんの舌が治るまで私が一方的に雑談してもいいかしら?」
別にいいけど、とベルベット。
ふんふん、と頷くリリィ。
「ありがとう、それでリリィさんの件についてはベルさんの考えがもっともいい未来に繋がる可能性があると思います」
「やっぱり分かってたんじゃない」
と、少し憤慨するベルベットにルーベンスは、ごめんなさいね、と謝る。
「へるのはんはえ?」
なんの話? とリリィはベルベットを見る。
「リリィをあーしの助手にするって話よ」
「へっ!?」
驚きに目を見開くリリィにルーベンスは、まあ落ち着いて下さい、と話を再開する。
「実際のところ、リリィさんの知識量は一級魔法使いと同等かそれ以上なのですよ、良くあの環境でそこまでの知識を得られたと感心してしまうくらいに凄いです、だから三級の学科は受けなくても良いと私も思うのですよ」
ベルベットから同じ話は聞いていた、でもリリィは普通に授業を受けたいのだ。
特別なんて、この一年で懲り懲りだと、身にしみているからだ、しかし、そんなリリィの内心を他所にルーベンスは話を続ける。
「だから、その努力を認めて学園側は貴女に専属の講師を付ける事にしたのですよ」
「へっ!?」
「そしてその講師があーしって訳よ、リリィ」
はい、治った、とベルベットはソファーに座り直すと、リリィは興奮しながら 顔の前で手を振る。
「だ、だ、ダメですよ! そんな特別扱いなんて、ワタシなんて学園最弱だし、何より他の人が可哀想です」
ベルベットは、やっぱりこの子は真面目過ぎる、と呆れた。
より良い環境に身を置けるならそれは素直に受け入れればいいのだ、しかし、リリィはそれを良しとしない、この頑固さを説得出来ないからベルベットはルーベンスに頼る事にしたのだ。
頑ななリリィにルーベンスは諭すように聞いた。
「例えばベルベットさん、いや、アルフレッドさんでも構わないわ、どちらもそうだけど学園側は特別扱いしているわ、それが何故だか分かりますか?」
迷うことなくリリィは答える。
「それは特別扱いをするだけの才能があるからじゃないんですか?」
酷く正しい事をリリィは言った。そしてそれはその通りだった。
「その通りです、だからリリィさん、貴女には才能があるから特別扱いをするんですよ」
そう言われればそうなのかも知れないけど、とリリィは不満気にする。
「貴女が今まで苦労してきたことは知っています、それが実り、より良い環境に身を置けるならそれはいい事だと思いませんか?」
「……………」
「そんなに自分に卑屈にならなくても良いと私は思いますよ、アルフレッドくんも言ってましたし」
アルフが何を? とリリィは聞いた。
「リリィが職業適性なんか関係ないって事を証明してくれたっす、だから俺も竜騎士以外の何かを目指すっす、て」
「アルフが、そんなことを?」
「彼は彼なりに悩みがあって、苦悩があるのです、その一つを貴女が解決したという話です」
おっと、これはアルフレッドくんには内緒ですよ、とルーベンスは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「リリィ、あーしはアンタに寄りかかるならそんな関係はいらないってそう言ったわね?」
それは良く覚えてる、とリリィは強く頷く。
「もしそれを気にしてるならそれはまた別の話よ、これは一級魔法使いのあーしの役割の一つでもあるんだから」
「でも……ベル」
内心ではベルと一緒にいられる事は嬉しい、それでもリリィは特別扱いが嫌なのだ。
浮かない表情のリリィにルーベンスは最後の詰めに入る。
「リリィ・マクスウェルさん、貴女の夢は何ですか?」
迷いなく、リリィは答える。
「偉大な魔法使いになることです」
そうですか、それは良い夢ですね、とルーベンスは微笑む。
「その夢は、誰かに遠慮して叶えられるようなものなのですか?」
「そ、れは……」
才能のない自分が偉大な魔法使いになるには途方もない努力が必要になる。
それはもしかしたら生涯を掛けても足りない程のものかも知れない、とルーベンスは遠回しにそう伝えているのだ。
「いいじゃないですか、特別扱い、それでリリィさんが目標に届くならそれは願ったりかなったりではないですか?」
「そう、です」
「貴女が人に優しくて自分に厳しい子だというのは知っています、でも偶には自分に優しくてもいいんじゃないですか? 人が最後の最後に頼れるのは自分だけ、ならその自分を労わるのも自分の役目だと私は思います」
貴女はその優しさに甘える資格はあると思いますよ? そのルーベンスの言葉にリリィの涙腺は崩壊した。
「べる、べる! えーゆーがでんせつのひとがわたしにやさしくじでくれるよぉぉぉぉ」
「ああ、はいはい、もう好きなだけ泣きなさいな、アンタはちょっと頑張り過ぎなのよ」
その後も延々とリリィは泣き続けた、気の済むまで、涙が枯れるまで、延々と。
こうして学園長からの説得もあり、三級魔法使いリリィ・マクスウェルは晴れて一級魔法使いベルベット・プライマーの助手となった。
それがリリィの大きな躍進に繋がったと分かるのは、
まだ少し、先のお話だ。
「と、いうわけで、アンタは三級の学科を受ける必要はないわ」
「い・や!」
激しい拒絶をするが、ベルベットはやれやれと頭を振り、もう一度諭す。
「あのねぇリリィ、これはあーしのお願いとか嫌がらせじゃなくて、三級の講師の人が泣きながらあーしにお願いしてきたから言ってるの、わかる?」
「い・や!」
駄々っ子のようなリリィをベルベットはもう三十分も説得をしているが全く聞く耳を持とうとしない。
事の顛末を簡単に説明すると、学ぶ事に制限がなくなったリリィは、暴走した、だった。
授業で事あるごとに質問を重ね、並外れた知識を持つリリィは三級の講師をあっさりと論破してしまうのだ。
そんな状況も三日目に突入するとリリィの友人であるベルベットに三級講師は泣きながら懇願するのだ、どうかあの好奇心の化け物を引き取ってくれ、と。
好奇心の化け物とは言い得て妙だとベルベットは思ったが授業の内容を見ると笑い事でもないと、リリィの説得を引き受けたのだ。
「そもそもなんでアンタは三級なのかしらね?」
馬鹿みたいに知識がある分、すごくアンバランスな状態になっている、とベルベットは思うのだ。
しかし、そんなベルベットの疑問はリリィによって払拭される。
「それは当然ワタシにまだ昇級するような資格がないからだよ」
いや、確かにその通りなんだけど……、とベルベットは困ったようにため息を吐く。
「だってやっとちゃんと学べるんだよ? 質問しないなんて勿体なくてワタシには出来ないよ」
今まで一人で勉強してきた弊害がこんな所に出るとは、とベルベットは頭を悩ませる。
決していけない事ではないから余計に注意しにくいのだ。
まいった、と悩むベルベットを他所にリリィ楽しげに授業の内容を語るのだ。
やれ基本属性の解釈がとか、やれ実習が楽しいとか、そんな取り留めもない事をだ、無論それをベルベットが拒絶出来るわけもなく、なし崩しに聞き役になっている状態だ。
「楽しいんだよ、やっとこの学園に受け入れて貰えたの、だからちゃんと学びたいの」
だめ? と、上目遣いをするリリィにベルベットの胸はキュンと高鳴る。
ーーダメよ、あーし、しっかりしないと。
気をとりなおしてテイク2。
「でもリリィ、アンタ三級で習う範囲はもうすでに自分で予習済みでしょ? やっぱりもう学科には出る必要はないんじゃない?」
そう聞くとリリィは首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ、今まで一人で勉強してたから微妙に解釈のズレとかがあるの、やっぱり基礎は大事だからね、復習も兼ねて間違い探しを出来るなんて一石二鳥だよね」
ああ、そういうことか、とベルベットは思い立つ。
リリィは自分と周りの認識のズレを修正しているのだと理解するとベルベットは講師を質問攻めにする気持ちも分からなくはない、と思ったのだ。
しかし、答えられない講師が悪いとは言え頼まれごとを引き受けたからには何らかの手を打たないといけないのもまた事実。
さて、どうしたものか、と頭を悩ませると、不意に名案が浮かぶ。
「リリィ、跳ぶわよ」
「えっ?」
リリィが承知をする前にベルベットが指を鳴らすと、パッと視界の映像が切り替わるように二人は別室へと飛んでいた。
ここは? と辺りをリリィが辺りを見渡すとここが自分の知らない部屋だと理解する。
高級そうな机、無数の本棚、部屋の天井には星々の天体を再現する細工が施されている。
ここが学園内だとすればこんな部屋の心当たりは部屋は一つしかないと、リリィは額に汗が滲む。
「ベルベットさん、突然来られますとこちらも準備というものがあるので困ります」
部屋の窓際にいる凛とした雰囲気を漂わせるメイドがそう言うと、ベルベットは鼻で笑ってソファーに腰を掛けた。
「星詠みの賢者があーしの行動を読めないわけないでしょ」
それはごもっともですが、と答えるメイドの手元には淹れたてのように湯気が立ち上るカップが三つ、まるで来ることが分かっていたかのように準備されていた。
「で、そちらの方は?」
チラリとリリィを一瞥して女性はベルベットにそう尋ねる。
「友達よ、今日はこの子の事で話をしに来たの、ルーベンス様は?」
「すでに目の前におられますよ」
その言葉にベルベットもリリィも対角線上のソファーに目をやったが目視することが出来ない。
ベルベットは数秒間その空間を凝視したかと思うと、種が割れたわ、と一言呟く。
「趣味が悪いわね、ルーベンス様」
はぁ、と小さくため息を吐くベルベットだったが、リリィはその言葉の意味が分からなかった、何故なら目の前のソファーには誰もいないからだ。
「んー、ん?」
目を凝らす、よ~く目を凝らす。
すると、次第に違和感が分かるようになってくる、まるで透明な人型のガラスがそこに座っているように微妙に空間が歪んで見えるのだ。
「ベル、これって」
「そ、透過魔法、オマケに防音対策までしてるわ、本当に性格が悪い」
ベルベットが呆れたようにそういうと、姿なきそれは口を開いた。
「初めまして、私はルーベンス・リベラルド、この学園の学長を務めさせて頂いています」
もう姿を隠す必要が無くなったのか、ルーベンスは自分に掛けていた魔法を解いて姿を現わす。
「ベル、やっぱりここって」
おずおずとリリィの疑問にベルベットは答えを口にした。
「星詠みの賢者、ルーベンス・リベラルドの部屋よ」
予期していた答えにリリィは卒倒しそうになる、目の前に伝説が座っているのだから当然と言えば当然だ。
白髪の老婆、しかし老婆と呼ぶには少し外見が若すぎる。その見た目は実年齢九十八歳とはかけ離れて若い四十から五十の間と言った所だろう。
リリィは程よく歳を取った女性、そんな印象を受けた。
「それで? ベルベットさんは私に何の御用かしら?」
ルーベンスはそう言ってメイドが運んでくれた紅茶に口を付ける。
「ルーベンス様なら言わなくても分かりますよね?」
ふふふ、とルーベンスは笑う。
「買い被り過ぎよベルベットさん、今はベルさんと呼んだ方がいいのかしら?」
茶化すようなルーベンスの態度に、どっちでもいいわよ、と少し照れくさそうに答える。
「それでいいのよ、子供がおばあちゃんに敬語だなんてダメですよ、いつもみたくフランクに行きましょう」
「まあ、おばあちゃんがそう言うなら」
と、ベルベットが答えるとルーベンスの傍に待機していたメイドがギロリとベルベットを睨む。
「ほら、コイツが睨むから嫌なのよ」
ルーベンスはため息を吐いて、メイドに注意をする。
「オルガナ、何度も何度も言っていますけど、私に不遜な態度を取ったと言ってすぐに人に噛み付くのは止めて下さい、これじゃあ私は孫たちと触れ合う事すら出来ないですよ」
露骨に嫌そうな顔をしてオルガナは、はい、と頷く。
「まったく、この子は」
頭が痛いわ、とルーベンスは笑う。
「それでおばあちゃん、リリィの事なんだけど」
「そうそう、リリィさんのお話ね」
と、言ってルーベンスは緊張気味のリリィに挨拶をする。
「貴女と会うのは二回目ですね、お久しぶです、リリィ・マクスウェルさん」
やんわりとした笑みをリリィに向けるルーベンスだったが、柔らかい物腰が更にリリィを緊張させた。
「あ、ぁの、ひ、ひ、ひ、お久しブッ、っ~~~」
それはもう、盛大に舌を噛んだリリィだった。
「ひたいれす」
「当たり前よ、というかなんでおばあちゃんに対してそんなに緊張してるの? ただのポンコツおばあちゃんよ?」
ギラン! という効果音がしそうな程鋭い目つきでオルガナはベルベットを睨み付けるが、気にする様子もなくベルベットはリリィに回復魔法を掛け続ける。
「らってえーゆーれらよ? ほれはきんほうひまふよ」
「ごめん、治ってから話して?」
リリィはコクリと頷く。
「リリィさんの舌が治るまで私が一方的に雑談してもいいかしら?」
別にいいけど、とベルベット。
ふんふん、と頷くリリィ。
「ありがとう、それでリリィさんの件についてはベルさんの考えがもっともいい未来に繋がる可能性があると思います」
「やっぱり分かってたんじゃない」
と、少し憤慨するベルベットにルーベンスは、ごめんなさいね、と謝る。
「へるのはんはえ?」
なんの話? とリリィはベルベットを見る。
「リリィをあーしの助手にするって話よ」
「へっ!?」
驚きに目を見開くリリィにルーベンスは、まあ落ち着いて下さい、と話を再開する。
「実際のところ、リリィさんの知識量は一級魔法使いと同等かそれ以上なのですよ、良くあの環境でそこまでの知識を得られたと感心してしまうくらいに凄いです、だから三級の学科は受けなくても良いと私も思うのですよ」
ベルベットから同じ話は聞いていた、でもリリィは普通に授業を受けたいのだ。
特別なんて、この一年で懲り懲りだと、身にしみているからだ、しかし、そんなリリィの内心を他所にルーベンスは話を続ける。
「だから、その努力を認めて学園側は貴女に専属の講師を付ける事にしたのですよ」
「へっ!?」
「そしてその講師があーしって訳よ、リリィ」
はい、治った、とベルベットはソファーに座り直すと、リリィは興奮しながら 顔の前で手を振る。
「だ、だ、ダメですよ! そんな特別扱いなんて、ワタシなんて学園最弱だし、何より他の人が可哀想です」
ベルベットは、やっぱりこの子は真面目過ぎる、と呆れた。
より良い環境に身を置けるならそれは素直に受け入れればいいのだ、しかし、リリィはそれを良しとしない、この頑固さを説得出来ないからベルベットはルーベンスに頼る事にしたのだ。
頑ななリリィにルーベンスは諭すように聞いた。
「例えばベルベットさん、いや、アルフレッドさんでも構わないわ、どちらもそうだけど学園側は特別扱いしているわ、それが何故だか分かりますか?」
迷うことなくリリィは答える。
「それは特別扱いをするだけの才能があるからじゃないんですか?」
酷く正しい事をリリィは言った。そしてそれはその通りだった。
「その通りです、だからリリィさん、貴女には才能があるから特別扱いをするんですよ」
そう言われればそうなのかも知れないけど、とリリィは不満気にする。
「貴女が今まで苦労してきたことは知っています、それが実り、より良い環境に身を置けるならそれはいい事だと思いませんか?」
「……………」
「そんなに自分に卑屈にならなくても良いと私は思いますよ、アルフレッドくんも言ってましたし」
アルフが何を? とリリィは聞いた。
「リリィが職業適性なんか関係ないって事を証明してくれたっす、だから俺も竜騎士以外の何かを目指すっす、て」
「アルフが、そんなことを?」
「彼は彼なりに悩みがあって、苦悩があるのです、その一つを貴女が解決したという話です」
おっと、これはアルフレッドくんには内緒ですよ、とルーベンスは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「リリィ、あーしはアンタに寄りかかるならそんな関係はいらないってそう言ったわね?」
それは良く覚えてる、とリリィは強く頷く。
「もしそれを気にしてるならそれはまた別の話よ、これは一級魔法使いのあーしの役割の一つでもあるんだから」
「でも……ベル」
内心ではベルと一緒にいられる事は嬉しい、それでもリリィは特別扱いが嫌なのだ。
浮かない表情のリリィにルーベンスは最後の詰めに入る。
「リリィ・マクスウェルさん、貴女の夢は何ですか?」
迷いなく、リリィは答える。
「偉大な魔法使いになることです」
そうですか、それは良い夢ですね、とルーベンスは微笑む。
「その夢は、誰かに遠慮して叶えられるようなものなのですか?」
「そ、れは……」
才能のない自分が偉大な魔法使いになるには途方もない努力が必要になる。
それはもしかしたら生涯を掛けても足りない程のものかも知れない、とルーベンスは遠回しにそう伝えているのだ。
「いいじゃないですか、特別扱い、それでリリィさんが目標に届くならそれは願ったりかなったりではないですか?」
「そう、です」
「貴女が人に優しくて自分に厳しい子だというのは知っています、でも偶には自分に優しくてもいいんじゃないですか? 人が最後の最後に頼れるのは自分だけ、ならその自分を労わるのも自分の役目だと私は思います」
貴女はその優しさに甘える資格はあると思いますよ? そのルーベンスの言葉にリリィの涙腺は崩壊した。
「べる、べる! えーゆーがでんせつのひとがわたしにやさしくじでくれるよぉぉぉぉ」
「ああ、はいはい、もう好きなだけ泣きなさいな、アンタはちょっと頑張り過ぎなのよ」
その後も延々とリリィは泣き続けた、気の済むまで、涙が枯れるまで、延々と。
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それがリリィの大きな躍進に繋がったと分かるのは、
まだ少し、先のお話だ。
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今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
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これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
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※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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