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しおりを挟む私は高校生になった。
けいちゃんと離れることを一大決心した私は、出来るだけ今までの私を知らない学校に行こうと一生懸命勉強したが、所詮私の頭のレベルはしれていたので可もなく不可もない女子校となった。
もう少し近所に共学の高校もあったのだけれど、そこを志望校として書いたら提出前にけいちゃんに見つかり、『さぁちゃんがここに行くなら僕も行くから』と言われ、慌てて志望校から外したのだ。
流石に女子校には進学出来まい。
私はけいちゃんがいない場所で生きていく。
けいちゃんは私の進路を確認後、私の女子校のすぐ近くの国内有数の進学校へ進学を決めた。
しかも特待生だった。
けいちゃんはどんどんハイスペックになっていく。
私は持ち前のねちっこさを発揮し、色々なマンガやアニメにハマり、立派な腐女子になっていた。
世の中には小奇麗な腐女子も多数いるだろうが、私はこれぞ腐女子を体現していた。
手入れもしていない黒髪を一本に括り、眼鏡は標準装備だ。
人目が怖く、いつも下を向いている。
虐められた経験は私を卑屈にしていたからだ、と言い訳しておく。
それに引き換え、けいちゃんは着々とリア充の道を歩んでいた。
背は周りにいる男子より頭ひとつは高く。
ふわふわの茶色の髪はサラサラに。
柔らかそうなほっぺは、肉が削げて、精悍な顔立ちに。
ちょっとだけ垂れ目のその瞳は優しそうで、学校中の憧れの的だそうだ。
どうやら、けいちゃんは楽しい学園生活を送っているようだ。
又聞きだけど。
最寄りの駅にはけいちゃんを待つ女子高生が多数出没した。
一緒に通学しようと迎えに来るけいちゃんに断りを入れ、けいちゃんの学校の始業時間に間に合わないだろうギリギリに最寄り駅に着く電車を選ぶ。
そうして、私はけいちゃんとの接点をひとつずつ潰していった。
携帯の着信は出ずに折り返しはしない。
どうしても返答がいるメールにのみ、簡単な返信を返す。
5歳からずっと一緒に祝っていた、けいちゃんの4月20日の誕生日でさえ、メールだけですませてしまった。
…けいちゃんの世界に私が居なくなるということは非常に寂しい事だったけれど、それ以上に、けいちゃんが私に煩わされずに幸せに暮らしているという事実は、私に安寧をもたらした。
と思っていたけれど、入学式を終えて3週間後。
私の平穏は終わりを告げた。
HRを終えて、帰宅部の私は帰り支度をし校門へ向かう。
クラスで友達なりかけの澤村さんと帰るのは
何時もと違うざわついた雰囲気に、首を傾げる。
澤村さんと、なんだろうね?と話ながら歩くとだんだんと門が近づいてきた。
…。
…。
そこには、下校中の女子全て視線を集めながらも、欠片も気にせず門に凭れて手元の本に目を向ける制服姿のけいちゃんがいた。
き、気のせいだ。
「み、見て!めちゃくちゃ格好良い子が門にいるよ!…彼女待ちかなぁ…。良いなぁ~」
澤村さんが興奮したように私の制服の裾を引く。
はっ!
そうだ!
私、ちょっと自惚れてました。
…てっきり、私に会いに来たと思ってしまった。
もしかしたら、この女子校にけいちゃんの彼女が出来たのかも?
「…ほ、本当だね」
…つきりと痛んだ胸は無視して、羨ましそうな澤村さんに頷いて、早足で周りの女の子と同化して通りすぎる。
「あ~ん、待ってよ、さくらちゃん」
後ろからから、澤村さんが私を呼ぶ。
そんな小さな声に、僅かに反応したけいちゃんが視線を上げた。
周囲を軽く見渡して、…目があった。
瞬間、蕩けるような微笑みを浮かべたけいちゃん。
あちこちから、堪え切れないような悲鳴。
「…さぁちゃん」
嬉しくて堪らないといった声で私を呼ぶけいちゃんに、固まっていた周囲は、誰なのかを探すようにキョロキョロと見渡し始める。
まずい。
私はどうするべきか。
1、走り去る。
2、気づかなかったふりをして、早足で歩き去る。
3、けいちゃんの元に行く?
うん。
やっぱり、2だ。
駅に足を向けて、早足で歩き始めた私に、
「さ、さくらちゃん?…早いよ~!」
わちゃわちゃ言いながら、小動物のように着いてくる澤村さん。
あ、忘れてた。
「ご、ごめんね。ちょっと用事を思い…だ、し…」
「さぁちゃんっ」
後ろから抱え込まれるように引き寄せられる。
ぎゅうっと力を込められて、恐る恐る見上げると、ちょっとだけ怒った顔のけいちゃん。
「…どうして、気づかないふりしたの?」
…。
「け、けいちゃん、離して…」
「嫌だ」
周辺の全ての視線を感じる。
怖くて見られないけど、気のせいじゃないはずだ。
「ねぇ、さぁちゃん。どうして?」
「…あ、あの」
言いよどむ私にため息をついて、けいちゃんの腕の力が緩む。
「とりあえず、帰ろう?」
仕方なく頷くと、横でぼうっとけいちゃんを見つめる澤村さんと目が合った。
「あ、あの…澤村さん」
おずおずと声をかけると、はじかれたように私を見た。
「さ、さくらちゃんの彼氏だったんだねぇ!すっごいカッコ良い彼氏さんだね~!」
頬を染めてけいちゃんと私を見る澤村さんに、慌てて、
「あ、あの、私達はっ」
否定しようとした私の台詞に、被せるようにけいちゃんが言う。
「新城圭です。初めまして、澤村さん?」
微笑み付きで名前を呼ばれた澤村さんは魂が抜けたようにコクコクと頷いている。
「さくらがいつもお世話になってます。これからも、よろしく」
…あなたは私のお母さんか。
「駅まで一緒?」
しぶしぶ私が頷くと、
「え、やだ。私、一人で帰ります。…さくらちゃん、また明日ね!」
そう言って走り出そうとする澤村さんの腕を掴む。
プルプルと首を振って。
「一緒に帰ろうよ…」
せめて、二人は嫌だ…。
「お邪魔虫だよ~!」
「ぜっ、全然、そんなことない!一緒に帰りたいっ!」
必死に言い募る私に、何かを感じ取ったのか、澤村さんは頷いてくれた。
「う、うん。二人のお邪魔じゃないなら…」
「ぜん、ぜんっ!…ありがとう、澤村さん」
「もうっ、みきで良いってば~!」
朗らかに笑う彼女にほっとする。
「みき、ちゃん」
…私が求めていたものは、これだ。
えへへ。
嬉しくて笑った私の腕が後ろにぐい、と引かれる。
けいちゃん?
笑ってるけど、目は笑っていないけいちゃんに鞄を取られる。
「けいちゃんっ!じ、自分で持つよ!」
取り返そうとする伸ばした手を握られて、
「僕が持つから。…行こう?」
そう言って、けいちゃんは駅に踵を返した。
「そうなんですね。新城さんて、綾西高校なんだ。…頭も良いんですね~」
羨ましい!と笑顔で澤村さんが言う。
「そんなことないよ。たまたまだよ。…さぁちゃんがここの女子校にするって言ったから」
…!
初めて知った!
けいちゃんと離れる計画が台無しじゃないか…。
「すごーい!…さくらちゃん、愛されてるねぇ」
澤村さんの言葉にフルフルと首を振る。
「けいちゃんと私は…っ」
そんな関係じゃない、と言おうとして。
握った手をぎゅうっと強く握られる。
痛いよぅ…。
涙目で見上げると、真剣な顔をしたけいちゃんが私を見ていた。
「…」
「…うん。大好きだよ、さぁちゃん」
「っ、…けいちゃんっ!」
「すごい…。ベタぼれだ」
澤村さんが、感心したように言う。
その言葉に、けいちゃんが優しく優しく微笑んだ。
余りの美しさに、呆然とする澤村さんと私。
いつの間に、そんな顔が出来るようになったんだ、けいちゃん。
…大人になったんだね。
「うん。ベタぼれなんだ」
っ!
け、けいちゃん!
ママに何て事を!
「…」
「さ、さくらちゃんは幸せだね!」
二の句も継げない私に、澤村さんが空気を読んでくれて、ちょっとだけ清涼な風が吹いた。
「…さぁちゃん、幸せ?」
そんな私と澤村さんに、幼い頃の私に続き、空気読めない選手権優勝候補に躍り出たけいちゃんが、私を覗きこんで聞く。
再び、空気が凍りついた。
…けいちゃん。
「あ、…じゃ、じゃあ、私、こっちだから!さくらちゃん、又、月曜日にね!…新城さんもサヨナラ!」
駅が見えてくるやいなや、そう言って駆けていく澤村さん。
「あ…」
…月曜日も変わらず接してくれるだろうか。
顔を上げて、けいちゃんを見る。
「…どうして」
「さぁちゃん」
「…どうして、けいちゃんは私を放っておいてくれないの」
こんなんじゃ、小学生や中学生の繰り返しだよ。
私はまた、けいちゃんにあんな顔をさせてしまうのか。
「…じゃあ、どうしてあの時、さぁちゃんは僕を放っておいてくれなかったの」
…。
ま、まだ4歳だったし…。
返す言葉もない私を、見つめ返す静かな瞳。
そこには、どんな感情の揺るぎもない。
…まるでビー玉みたいだ。
「あの時、僕の事なんか、さぁちゃんが放っておいてくれてたら、…こんなにさぁちゃんだけじゃなかったはずだ」
僅かに顰められた眉。
「…でも、もう遅いから」
けいちゃんが小さく呟いた。
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