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しおりを挟む私はそのまま、けいちゃんのお家へ拉致された。
どちらの母親もシングルマザーということもあり、保育園からお互いの家を行き来していた私には第2の家のようでもある。
瀟洒な3LDKのマンションは、生まれた時から建売りに住んでいる私には憧れだった。
手を繋がれたまま、玄関を上がる。
当たり前だけど、けいちゃんのママはいなかった。
けいちゃんママは、外資系企業に勤めるキャリア・ウーマンだ。
そこで、アメリカ人のけいちゃんのパパと出会ったらしい。
『もう、スッゴク格好良い人でね!めちゃくちゃときめいて、押し掛けたのよ~』
とっても清楚な感じの美人なけいちゃんママは、見た目に反してかなりの肉食系だった。
『でも、ダメだったの。大好きだったけどね』
ちょっとだけ寂しい顔で笑ったけいちゃんママは、それからずっと一人だ。
…けいちゃんのパパにはずっと好きな人がいたらしい、と聞いたのはごく最近。
うまくいかないね、とけいちゃんは笑っていた。
けいちゃんが3歳で離婚して、日本に戻ってきたけいちゃんは、あまり父親という意識がないのかドライだ。
今でも時折は会っているみたいだけれど。
「さぁちゃん?」
ぼうっと取り留めのないことを考えているうちに、けいちゃんの部屋のソファに座らされていた。
「けいちゃんママは、…遅いの?」
「…多分ね。何時も通りかな。どうして?」
けいちゃんの真っ直ぐな視線に耐えきれず、いつものように立ち上がる。
「じゃ、じゃあ、夕飯作るね。けいちゃん、何が食べたい?」
けいちゃんから距離を取りたくて、キッチンに向かおうとした腕をとられた。
「いらない」
「…そ、そう。けいちゃんママ、何が作ってくれてる?」
首を振るけいちゃんは、そのまま、私の腕を掴んだままだ。
「じゃあ、やっぱりっ!」
引き剥がそうとひっぱるが、びくとも動かない。
「…さぁちゃん」
…。
「は、はい」
「…どうして、誕生日来てくれなかったの」
「め、メールした、よ」
「ずっと、一緒に祝ってくれてたのに」
「も、う、私達も16歳だし、けいちゃんも彼女とかにお祝いしてもらいたいだろうと思って、遠慮したんだよ」
何度も心の中で反芻した、一番最もらしい言い訳を一気に吐き出した。
「彼女なんて、いない」
「…そ、そう。けいちゃん、すごくモテるから、すぐに出来るよ!」
…心の奥で、ホッとした自分に落ち込む。
「…いらない」
「え?」
「…さぁちゃんだけで良い。他はいらない」
ビー玉のように色素の薄い瞳が私をじっと見つめる。
「…いつまでも、おままごと、して、られない、よ」
私がいつまでもさぁちゃんママでいられないように、けいちゃんも赤ちゃんのままではいられないのだ。
「僕はもう赤ちゃんじゃないよ」
掴まれたままの腕に力が籠る。
「っ」
痛みを感じて声をあげるけれど、けいちゃんの手は弛まなかった。
「ほら」
グイと引かれて、強く抱き寄せられる。
「さぁちゃん位、簡単に好きに出来る」
耳元でそう囁かれ、どうしたら良いか分からず、けいちゃんの制服の裾を握る。
僅かに身体を捩るけれど、更に抱き込まれただけだった。
「…さぁちゃん」
どこか、硬質なその声。
耳元に当たっていた唇が滑り、頬に押し付けられる。
「け、けいちゃん…」
名前を呼ぶ私の声が滑稽な程、震えている。
本の少しだけけいちゃんの腕が緩み、正面から覗きこまれた。
何時もと変わらないけど、まるで知らない人のようだ。
「好きだ」
鼓動が跳ね上がり、心臓が痛い。
「ずっとずっと、さぁちゃんが好きだった」
「け、いちゃん」
どうしよう。
どうしよう。
「離れたくないよ」
ずっと、傍にいて。
「…さぁちゃん、僕を選んで」
ビー玉のような瞳が揺れている。
出逢った時のように、ゆらゆら。
「無理なら、手酷くふってほしい。…もう、君に会えなくなるくらい」
けいちゃんのあまりの言葉に首を振る。
「そんな、こと、出来ないよ…」
離れようとしたのは、けいちゃんにあんな顔をさせないため。
けいちゃんが大切なのは、変わらないのに。
…どう伝えたら、良いんだろう。
「さぁちゃんが僕をいらないなら、僕は消えるから。…生涯、君に会わない」
突然、あまりにも大きな選択を突きつけられ、息を呑む。
「…ど、どうするの?」
震える声で、けいちゃんを呼ぶ。
「父さんの所へ、…アメリカに行くよ。もう帰って来ない。…新城圭の名前も捨てる」
「け、けいちゃん…」
どうして、と問う声に、けいちゃんが切ない顔で微笑った。
「…僕を呼ぶさぁちゃんの優しい声を、思い出したくないから」
手を伸ばしかけて、その手を強く握る。
中途半端に握ってはいけないんだ。
けいちゃんは、そんな私の手をじっと見つめている。
「僕がさぁちゃんを諦めるには、それくらいの覚悟がいるんだ」
泣きそうなその瞳。
小刻みに震える私の右手を両手で包み込んで、祈るように額を押し当てるけいちゃん。
「…どうか、僕を選んで」
愛してるんだ、そう呟くその声。
「君の一生を僕に下さい」
…昔、ママが話してくれたパパの事。
『パパはママの事をすごくすごく愛してくれたの。…人生を変える程愛してくれる相手に出会えるって、とっても幸せなことなのよ』
優しく私を撫でてくれるママの手。
『だから、さくらちゃんも間違えないでね』
…躊躇っちゃダメよ?
ママの声が聞こえる。
パパは私が3歳の時に亡くなってしまったけれど、ママはまだパパを愛してる。
…私も間違えちゃダメだ。
彼女なんていない、と言われた時に感じた安堵を。
離れる、と言われた時の裂かれるような胸の痛みを。
愛してる、と言われた時の震えるような喜びを。
私はまだ子供で。
私はけいちゃんのように一生を、今すぐに誓えないけど。
…それでも、この手を掴まないという選択肢は私にはないのだ。
ゆっくり屈んで、サラサラの髪が揺れてるけいちゃんの後頭部にそっとキスを落とす。
「…さぁちゃん?」
けいちゃんが身体をそっと起こした。
「けい、ちゃん」
揺れるけいちゃんの瞳。
「い、いなく、ならないで…」
胃の底から熱い物が込み上げて来て、涙が零れる。
「…私と、ずっと…一緒にいて」
けいちゃんの目が見開かれて、私の手をギュッと握る。
「本当?」
けいちゃんの長い指が頬の涙を拭ってくれた。
「もう絶対に離してあげられないけど、それでも良い?」
私が生きてきた15年の中で、けいちゃんと一緒にいたのは11年。
物心ついた時から、思い出は全てけいちゃんと共にある。
…まるで空気のような存在で。
「いなくなったら、…生きていけないよ」
頷く私に、けいちゃんが泣きながら微笑った。
「ありがとう、さぁちゃん。愛してる」
そんなけいちゃんと、お互いに泣きながら。
ただ抱きしめ合った。
「さぁちゃん…、好き」
初めはぎこちない口づけだった。
何度も何度も啄まれる唇に、喘ぐように息を継ぐ。
唇をなぞるように這っていた舌が、スルリと口腔内を蹂躙し始めた。
「んっ…んんっ…け、けい、ちゃん…」
大人みたいなキスに、心臓がもたない。
「…さぁちゃん、大好きだ」
頬を紅潮させて、私の額にコツンとけいちゃんの額が触れる。
「けいちゃん…」
もう一度、ちゅ、と唇が落とされる。
「…さぁちゃんを全部くれる?」
「え…」
それは、…そういう意味だろうか。
戸惑いながらけいちゃんを見つめると、長い指が頬を撫でる。
「全部、ちょうだい?」
強請るように何度も何度もキスをされて。
コクリと、頷いた。
まだ慣れない制服を脱がされて、けいちゃんの熱に翻弄されて、私はなすがままに、けいちゃんに全てをあげた。
「…全部、僕のものだ、さぁちゃん」
甘い甘い声に包まれて、私は意識を失った。
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