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しおりを挟む目が覚めた。
けいちゃんの大きな手が私の背を滑る。
素肌に触れる温かな手が気持ち良い。
目の前には、天使の笑みを浮かべたけいちゃん。
「…起きた?」
こくりと頷いて、窓を見ると、もうすっかり夜だった。
「っ!」
慌てて携帯を見ると、午前2時。
ど、どうしようっ!
青褪める私に気付いたけいちゃんが、宥めるように私の手を撫でた。
「ちゃんと紗良さんには、こっちに泊まるって連絡してあるよ」
手回しの良いけいちゃんの言葉に、息をついた。
良かった。
私がこんな時間まで帰って来なかったら、ママは半狂乱のはず。
…。
待てよ?
「け、けいちゃん。マ、…うちのお母さんに何て言ったの?」
「今日結婚の約束をして、さぁちゃんを僕のお嫁さんにするから、僕の家に泊まりますって」
っ!
な、何だって?!
「ま、ママは何て…?」
「本当にさぁちゃんで良いのか、って。紗良さんらしいけど、失礼だよね。僕にはさぁちゃんしかいないのに」
っ…。
親としては間違ってるけど、人間の心情としては的確な答えだ。
我が母ながら、真実を突いてるぜ。
まだ15歳なのに、とか。
女の子なのに、とか。
色々言いたいことは、山のようにあるけれど。
「…いや、本当に、私で良いの?」
いっぱい可愛い女の子いるよ?
驚いたように私を見るけいちゃん。
「当たり前だよ」
ぎゅうっと抱きしめられる。
「僕はさぁちゃんだけしかいらないんだから」
サワサワとお尻に触れるけいちゃんの大きな手を振り払う。
赤ちゃんはこんなことしないけどね!
「絶対、さぁちゃんを離さないからね」
真剣な顔で私を見つめるけいちゃんに、ちょっとだけ胸がほわほわする。
そっとけいちゃんの胸に頭を擦り寄せた。
髪を優しく撫でてくれる大きな手。
「…大きくなったね、けいちゃん」
「僕、ずっと、さぁちゃんの赤ちゃんじゃなくて、旦那さんになりたかった。…さぁちゃんの赤ちゃんのパパになりたい」
なんと!
「わ、私達、まだ16歳だよ」
私はまだ15歳だし。
ちょっと困ったように笑うけいちゃん。
「うん。だから、僕が18歳になったら籍を入れようね」
えっ?!
「あ、あの」
「赤ちゃんは、僕の誕生日までに産まれないようにしたら良いから、ちょっとだけ余裕を見て…17歳の9月までは避妊するね」
えっ!
そ、それ以降は?
「け、けいちゃん、…そ、それ以降は?」
怖いけど、聞かなくては。
けいちゃんは、にっこり笑った。
「しない」
ええっ!
「わ、私、高校はどうするの」
けいちゃんの計算だと、私、高校3年で出産する事になるじゃないか。
「どっちでもいいよ?」
どっちでも良くない。
高校位、ちゃんと出たいよ…。
ブルブルと首を振る。
「やだ。ちゃんと、卒業したい」
涙目で私がそう言うと、
「うん。…でも、避妊はしないからね」
!!
「け、けいちゃん…」
譲る素振りもないけいちゃん。
…私も大学生とか、社会人になりたい。
そう言うと、首を振られた。
「だめ、絶対だめ」
「どうして?」
「そんな事して、誰かがさぁちゃんを好きになったらどうするの?…今でも、心配で死にそうなのに」
…そんな心配は無用だよ、けいちゃん。
「やっぱり一緒の高校に行くべきだった」
いや、勘弁して下さい。
今の学校も、月曜日に登校するのが恐い。
「きちんと働いて、ママにも親孝行したいし」
「僕がめちゃくちゃ頑張るから、それで親孝行して」
…。
「…どうしてそんなに赤ちゃんが欲しいの?」
「…だって、赤ちゃんが生まれたら、さぁちゃんは僕から離れていかないでしょ?」
…。
これが巷で噂のヤンデレ?
おかしいよ、けいちゃん…。
「本当は今すぐ赤ちゃん欲しい位だ。…でも、まだ結婚出来ないから、我慢するね」
…と、いうか、社会人になるまで…せめて高校卒業するまでは待って欲しい。
「お、お金もないよ」
ママに負担をかけたくない。
「大丈夫。僕が大学出て、社会人になる位まで生活出来る位の貯金はあるから」
あっさりとけいちゃんはそう言った。
「まぁ、貯金というよりも、父さんから送金される養育費だけど」
…アメリカにいるけいちゃんのお父さん。
時折、会っているのは知っていたけれど。
いかにも、って感じのエリートビジネスマンだ。
けいちゃんのお父さんからの養育費は一切手をつけられず、けいちゃんに渡されたらしい。
その額、月に50万円。
…どこのセレブだ。
けいちゃんは4歳から日本に来て、それからだから…。
50万円×12ヶ月×12年?
…。
…。
恐るべしセレブ。
「…それは、私のお金じゃなくて、けいちゃんのだよ」
「さぁちゃんは僕のお嫁さんになるんだから、さぁちゃんの物でもあるんだよ?」
だって僕たちの子供に使うんだから養育費になるよ、と、とんでも理論を展開するけいちゃん。
結婚はもう決定事項?
「将来を見越して、全部、学費は特待生で進学したからね」
…私、ちょっとだけ、けいちゃんは貧乏だと思ってました。
だから、頑張ってるんだって思ってたのにっ!
「僕、頑張って良い大学を出て、良い会社に就職するから、心配しなくていいからね」
…けいちゃんの人生設計は既に準備万端のようです。
「だから、安心して赤ちゃん産んでね?」
…。
はずれがないと、結局、国立の医学部に進学したけいちゃんは、内科のお医者様になった。
内科を選んだのも、手術なんかがなく比較的早く帰れるかららしい。
総合病院で異例の速さで主任となったけいちゃんは、甘いマスクと丁寧な診察が評判で、大人気らしい。
…人生、思い通りですね。
やっぱりというか、思い通りにけいちゃんの18歳の誕生日に、私たちは籍を入れた。
赤ちゃんが私の意をくみ取ってくれたのか、私の妊娠が発覚したのは、私が卒業する半年前だった。
何とかかんとか私は高校を卒業することが出来たのだ。
…ありがとう、空くん。
「まま~、まま~!」
料理を作っている私に手を伸ばしてくる、よちよち歩きの花ちゃんを抱き上げた。
「お腹空いた~!ママ~!」
隣の部屋から長男の空くんの声が聞こえる。
「はーい!今、作ってるの~」
応えて、ソファで眠っている三男の海くんにブランケットをかけた。
玄関からベルの音がして、パタパタとお迎えに向かう。
塾帰りの次男の太陽くんの手を引いて、帰ってきたけいちゃんだった。
「おかえりなさい。太陽、けいちゃん」
「うん。ただいま」
ポイポイと靴を脱いで上がる太陽に、
「ほら、きちんとママにただいまは?」
頭をぐりぐりして叱るけいちゃん。
「…ただいま」
「はい、おかえりなさい」
「ぱぱ!ぱぱ!」
けいちゃんに手を伸ばす花ちゃんを私から受け取ったけいちゃんは、私を花ちゃんごと抱きしめてキスを一つ。
「変わりなかった?」
「うん。けいちゃんこそ、お仕事お疲れさまでした」
「僕は大丈夫。…さぁちゃん、無理しちゃダメだよ?」
そう言って、大きくなってきた私のお腹を優しく撫でる。
「もう5人目なんだから大丈夫だよ」
…これで、終わりにしたいのだ。
切実に。
けいちゃんの思い通りに、雁字搦めだ私。
私の頬に、額に、唇にキスを落とすけいちゃんは、相変わらず砂糖のように私を甘やかしている。
「パパ!はなちゃんも!ちゅ、して~」
けいちゃんに顔を突き出す花ちゃんの頬に、キスをするけいちゃん。
満足気な花ちゃんに二人して笑って。
「もうすぐご飯出来るよ?」
「うん、ありがとう。今日は何?」
手を繋いで、リビングへと向かう。
「うんと、ビーフシチューとパンとサラダ?」
私の言葉に笑うけいちゃん。
「どうして疑問系なの?」
「何となく。…煮豚もあるの」
「煮豚大好き」
嬉しそうなけいちゃん。
「うん。だから、作ったの。…どっちが好き?」
けいちゃんはニコニコして、私の手をぎゅっと握った。
「さぁちゃんが一番好き」
「…ビーフシチューと煮豚だよ?」
私と食べ物を並べるのはおかしい。
「大好きな物全部纏めて比べても、さぁちゃんが一番大好き」
…。
「あ、ありがとう」
蕩けるような微笑みを浮かべたけいちゃんに抱きしめられて。
扉の向こうからは皆の騒がしい喧騒が聞こえる。
「ママ~!ママ~!ごはん~」
けいちゃんがいて。
たくさんの子供がいて。
…今日も私は幸せです。
大好きだよ、わたしのけいちゃん。
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