私とけいちゃん

明石 はるか

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私とけいちゃんは、小学生になった。
ドーナツ化現象と言われるものなのか、かなりの都会にも関わらず、クラスは二クラスしかなかった。
私とけいちゃんは、違うクラスだった。
…恐ろしい事に、私には友達が一人もいなかった。
出来なかったのだ。

小学生になると幼いなりに、徐々に序列が出来る。
気づかなかったが、私は底辺に近い所にいる人間だったと気づかされた。
それはもう、否応なしに。
平凡な丸顔に、ややぽっちゃりした身体。
日本人形も真っ青な黒髪は多すぎて、全く纏まらない。
保育園で嫌われていたように、決して社交的でない性格。
おまけに天使のようなけいちゃんを従えるように見える私が、蛇蝎のように嫌われるまでにそれほどの時間はかからなかった。
可愛くて優しいけいちゃんは隣のクラスの人気者だった。
そのけいちゃんが私ごときに顎で使われているのだ。
…私自身には全くそんな気持ちはなかったけれど。
美しいということは正義なのだ。
きっと。

「…さぁちゃん、重いでしょ。僕が持つ」
そう言って、お道具箱の入った重い鞄を私から取り上げるけいちゃん。
「帰り、一緒に帰ろうね」
そう言って、朝は教室まで私を送ってくれるけいちゃん。
「一緒に行こうよ」
同じ授業の時は教室にまで迎えに来てくれるけいちゃん。

私からけいちゃんの教室に行った事は一度もない。
重いから鞄を持ってと頼んだ事もない。
一緒に登下校をしようと約束した事もない。
そうどれ程、私が声高に叫んだ所で、人は自分の見たいものを見て、聞きたい事を聞く生き物なのだ。
皆の中ではけいちゃんが正義で、私が悪なのだ。
けいちゃんはいつでも私と一緒にいることを選んだ。
最初に見たものを親だと認識する雛のように。
けいちゃんが私の手を離すことは決してなかった。


「ちょっと!」
ドン、と壁に向かって突き飛ばされる。
体育館の壁に肩を強かに打ち付けた。
「…っ」
周囲には私を取り囲むように怖い表情で立つ女生徒たち。
顔を上げれば、嫌悪の表情を向けられる。
「川野、さくら?…あんたさぁ、いい加減にしなよ」
リーダー格だろう女生徒が綺麗に巻かれた髪を揺らしながら、私の肩を押す。
ぶつけた肩が痛んで、眉をしかめた私に、
「何よ。文句でもあるの?」
反抗的な態度だと思ったのか、より一層険しい表情となった。
「新城君もさぁ、困ってるって」
…。
唇を噛み締めた私に、途端に馬鹿にしたように私を見る彼女たち。
「ほんとだよ」
「…あんたみたいなだっさい女に付きまとわれるなんて、圭君がかわいそうだよ!」
彼女たちの言葉に俯く。
「新城君は優しいから、あんたの事ほっとけないだけでしょ?」
もう一度強く突き飛ばされ、ぬかるんだ地面に尻餅をついた。
「空気読みなよ」
「マジで言ってるんだからね。…幼馴染みかなんだか知らないけど、圭君に付きまとわないで」
「返事は?」
制服のスカートに泥水がしみ込んでいくのをぼんやり感じる。
…これで、何度目だろう。
けいちゃんは誰にでも優しくて、格好良くって、学校中の人気者で。
それは中学に入った今でも変わらない。
頭も良いと分かり、もう一つ人気に拍車がかかった位。
それでも、けいちゃんは変わらない。
ずっと変わらず私と一緒に居ようとしてくれる。
私は変わってしまったのに。
…いつまでもさぁちゃんママではいられないのに。
バシャリと頭から冷たい衝撃を感じて、顔を上げる。
蓋の開いたペットボトルがこちらに向けられていた。
…水で良かった。
回らない頭で、そんなどうでもいい事を考えていたら、
「何とか言いなよ!」
痛めた肩と逆を蹴られる。
「…っ」
地面に着いた手が泥を掻いた。
「あら、泥だらけになっちゃったね」
嘲る言葉に、唇が震える。
堪えきれず押し上がってくる涙に、きつく唇を噛んだ。
私がけいちゃんといることは、そんなに可笑しなことなんだろうか。
…そんなに許せないことなんだろうか。
「で、返事は?」
触るのも嫌だといった風に、足の爪先でもう一度肩を突かれる。
虚勢を張ることも出来ず、もう頷いてしまおうとしたその時。
「さぁちゃんっ!」
大きな声が聞こえて、ぎゅうっと抱きしめられる。
「っ!」
蹴られた肩が痛い。
「だ、大丈夫?」
顔を上げると、悲壮な顔をしたけいちゃんだった。
おずおずと頷くと、私を抱えるように立ち上がらせて、眉を顰めたまま彼女達を振り返った。
「…どうして、こんなことを?」
何時もは聞けない、抑えきれない怒りを滲ませた冷たい声。
「っ…、だって圭君、…こんな子に付きまとわれて、大変だと思っ」
「僕は付きまとわれてなんかいない」
言い募る女生徒に被せるようにけいちゃんが強く言う。
「僕が居たくて一緒にいるんだ。…それに君達には関係ないことだろう」
全員がけいちゃんの強い視線にたじろぐように、顔を臥せた。
「け、圭、君」
「名前で呼んで欲しくない。…全員、学校に関係ある事以外、話しかけないでくれ」
冷たい表情を浮かべたけいちゃんが一人一人を見つめる。
私に決して見せる事のない顔。
何時も優しく微笑みを浮かべているけいちゃんしか知らない女生徒達は、泣きそうだ。
「きちんと先生に話すから。…このままで終わると思わないで」
泣き出した女生徒達を無視して、私に向き直ったけいちゃんは、苦渋に満ちた顔で私の無事を確かめるように、私の体に手を滑らせた。
「さぁちゃん、…ケガしたの?」
けいちゃんが肩に触れた時、僅かにした身じろぎで気づかれてしまう。
首を振るけれど、けいちゃんに無理やりプチプチと制服のブラウスを肌蹴られ、色をかえ始めている肌を見られたその途端。
ダンっ!
けいちゃんの拳が体育館の壁に打ち付けられた。
私を含め女生徒全員が、呆然とけいちゃんを見つめる。
怒りを通り越した無表情。
泣いている女生徒達へとけいちゃんが踵を返そうとするのに、慌ててけいちゃんの腕を掴む。
「だっ、ダメ!けいちゃんっ!」
チラリと私を振り返ったけいちゃんは僅かに首を振った。
「どうして?…許さないから」
けいちゃんの言葉にびくりと震える女生徒に、
「早くっ!早く、行ってっ」
声を絞り出して告げる。
我に返った女生徒たちが走り出すのを見送って、ほっと息をついた。
「…どうして」
未だ硬い表情のけいちゃんに、首を振る。
「…女の子に暴力を振るっちゃだめだよ」
「…さぁちゃんはふるわれたのに?」
「男の子が女の子に、だよ」
納得いかない、といった憮然とした表情のけいちゃんに微かに笑う。
「…保健室、行こう」
痛ましそうに私を見るけいちゃんに頷く。
服は泥だらけで、肩はズキズキと痛んだ。
流石にこのままでは帰れないだろうし。
けいちゃんに支えられながら、挫いたらしい足を引きずるように、保健室へと向かう。
とぼとぼと校舎までの道を歩きながら、
「さぁちゃん、ごめん」
「え?」
「…全部、僕のせいだ」
見ると、泣きそうな表情をしたけいちゃんに、そっと首を振る。
「けいちゃんのせいじゃないよ」
「ううん、僕のせいだ」
けいちゃんの歩みが止まる。
しっかりと握られた、温かい手。
近い距離で見つめあう私とけいちゃん。
「こんな怪我させてまで…」
けいちゃんの手が労わるように、優しく私の肩を滑る。
真剣な、切ないその顔。
痛々しいまでの表情。
「…さぁちゃんの…手を、離してあげられなくて、ごめん」

…けいちゃんにこんな顔をさせたい訳じゃないのに。
…けいちゃんにこんな思いをさせたい訳じゃないのに。
小さな嫌がらせは、それこそ星の数ほどあった。
多分、こんなことはこれからも度々起こるんだろう。
その度にけいちゃんはこんな顔をして私の傍にいるんだろうか。




私はけいちゃんが大好きだ。
だから、ずっと幸せに笑っていて欲しい。
いつもの天使のような微笑みで。

ずっとけいちゃんの傍にいることが、幸せだと疑っていなかったから傍にいた。
でも、違うのかもしれない。


…私はけいちゃんの手を離すべきなのかもしれない。







けいちゃん、けいちゃん、だいすき。
…わたしだけの、けいちゃん。









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