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第1章

ヒナセの人生(2)

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 ヒナセに与えられた役目は王が口にするもの全ての毒味役。

 
 特に抵抗もなくその役目をすんなり受け入れ、お役に立てるようしっかりこなそうと初めての時は少し緊張しながら慣れないフォークを使い一口分を口に含み咀嚼し飲み込んでから、つい出かけてしまった「美味しい…」という呟きを無理やり「大丈夫」に変え王に伝えた。が、何故か王は食事を摂ろうとしなかった。
 この料理が好きではなかったのかと、次の料理が運ばれ同じようにヒナセが一口食べ安全を証明しても、ダメ。次も、その次も――。
 
 
 結局初日のその食事で、王は何も口にすることは無いまま退席してしまった。
 
 
 ヒナセは毒味役だという事を忘れてしまうくらいこんなにも美味しい料理を食べたのは初めてで感動していたのに、どうして、何故、王は食事に手をつけないのか……。
 その後も何度か食事があったが、食べるのはヒナセのみ。このままではお腹が減って倒れてしまわないか心配になったが、ヒナセにはどうすることもできなかった。
 
 
 
 そんなヒナセの疑問は、王自ら紹介してくれたある女性の存在でわかることとなる。
 
 
 
「着いてきなさい」
 
 
 食事の時間以外は特にヒナセに決められたことは無く、ただ日当たりのいいふかふかの絨毯の上でぼーっと過ごすだけ。それは白い部屋に居た時となんら変わらず慣れたことでヒナセはなんとも思っていなかったが、王はそんなヒナセを気にかけてくれたらしい。
 珍しく王から声をかけてもらえ、ぱぁっと気持ちが浮き足立つ感情に、これはなんだろう、と疑問に思いながらも、とてててっと王の元へゆき、ヒナセが自然と伸ばす手を一瞬の逡巡の末、大きな手で握り返してくれた。すると、またもやぱぁっと気持ちが舞い上がり今度は顔までにこにこしてしまった。
 
 当時さらに小さかったヒナセの3倍近く大きな王を必死に見上げ、うれしい、うれしい、どこにいくの、と全身から伝わる高揚感。
 
 
「お前は」
「?」
「……なんでもない。こちらへ」
 
 
 何か言おうとした言葉を呑み込んだ王は、そのままヒナセを伴いある場所へと連れていく。
 
 広い広い王宮内、ここに来てまだ数日しか経っていないヒナセの知らない王宮の奥の方、手を引かれるままキョロキョロしながら歩いているうちにひっそり静かな場所に辿り着き、ひとつの大きな部屋が存在した。
 
 控えめなノックと共に「私だ」と声をかける王。
 間もなく内側から出てきたメイドが扉を開け、中へ入れるようにしてくれる。
 
 
「入りなさい」
 
 
 ここが誰のお部屋なのか、何もわからないまま王に促されおずおずと入室するヒナセに「あら」と優しい声がかけられた。
 
 
「とても可愛らしいお客様、陛下のお友達ですか?」
 
 
 窓際の日当たりのいい場所に設置された天蓋付きの大きなベッドに上半身を起き上がらせ優しく微笑む綺麗な女の人。
 陽の光が風でなびく綺麗な髪に反射し、その女の人の周りがキラキラ光っているように見えたヒナセはその光景に心奪われポカンと眺めていた。
 
 
「さすがに友と言うには年齢が離れすぎだ」
「あら、お友達に歳は関係ないですよ」
 
 
 口に手を当てうふふ、と笑う女の人の近くに立ち薄らと笑う王の表情はヒナセが初めて見た王の笑顔で、王も笑うんだ…と衝撃だった。
 
 
「紹介する、王妃だ」
「紹介されました、王妃です」
 
 
 なんて温かい関係性なんだろう…と、もはや入口付近で空気となって二人のやり取りを眺めていたヒナセへ突然話がふられ、ぴゃっと飛び上がり、なんとか絞り出した言葉はとてもとてもか細い声だった。
 
 
「ヒ……ヒナ、セ」
「ヒナセ?」
 
 
 コクコクと一生懸命頷けばもう一度確かめるように「ヒナセちゃん」と優しく呼んでくれる。その瞬間、ぱあぁぁっと顔が輝くヒナセに「まぁ」と口元をほころばせた王妃は手招きし、ベッドの近くまで呼ぶ。そして、
 
 
「よろしくね、ヒナセちゃん」
 
 
 そう言って、頭を撫でてもらうという初めての経験に、ぶわぶわと頬が高揚し、この優しい人好きっ、と一瞬でヒナセは思った。
 
 
 
 それからヒナセには優しい女の人――王妃様の話し相手という新しいお役目も追加された。
 
 
 
 
 
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