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第1章

ヒナセの人生(3)

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 初め言われたのは、ヒナセの気が向いた時だけ来てくれればそれでいいとの事だったが、ヒナセはほぼ毎日王妃の所に通った。
 
 入り組んだ王宮のヒナセに与えられていた部屋から王妃の部屋までの道はすぐに覚え、3回目には一人で行けるようになったし、コソッと顔を出す小さなヒナセにすぐ気が付きおいでおいでと温かく迎えてくれる王妃はいたずらっ子のように大きなふかふかのベッドの上に招いてくれる。
 あまり言葉を知らないヒナセにたくさんの事を教えてくれる優しい王妃との時間。
 
 初対面で既に、好きな王妃様という印象を持ったヒナセはあっという間に大好きな王妃様になっていた。
 
 
 
 そんな王妃が、心配そうに言葉を漏らしたのは何度目の訪問のときだったか……
 
 
「ねぇ、ヒナセちゃん、陛下はちゃんとお食事を召し上がっていらっしゃる?」
「!」
 
 
 王妃が用意してくれる絵本を夢中になって眺めていたヒナセは、王妃のふとした質問にガバッと顔を上げると、全力で顔を横に振り、どうにかしてと本気で困った目で訴えた。
 
 王が食事をとらないのは相変わらずだった。
 臣下たちも困り果て、ヒナセだけ毎日毎食美味しさを味わう事になる勿体ない料理たち。
 
 王妃様なら何か理由を知っているのだろうか…
 

「はぁ…そうですか」
「王様は…なんで…」
 
 
 基本身振り手振りで会話をしてしまいがちなヒナセが珍しく喋り、まぁ、と驚いた表情を見せる王妃はふふ、と笑うとヒナセの小さな頭をそっと撫でていく。
 
 
「ヒナセちゃんにも心配かけて、ほんと悪い王様ですねぇ。……そうね、お友達のヒナセちゃんに聞いてもらいたいわ。秘密にしてくださる?」


 内緒話をするように口の前で人差し指を立ててそう言う王妃に、ヒナセは絶対言わないとアピールするべく両手で口を塞ぎコクコク頷く。
 約束ね、と笑った王妃はずっと謎だったヒナセの疑問を教えてくれる。


「陛下は、食事にトラウマを持ってしまったみたいなんです…わたくしが原因で」
「?」
「わたくしね、少し前にお食事に混ぜられていた毒で下半身と胃腸がダメになってしまったの」
「え……」
 
 
 初めて知る衝撃の事実にヒナセは目を大きく見開き、確かにいまだ見た事のないシーツの中の王妃の下半身にそっと視線を走らせてから、失礼だった!と慌てて視線を戻す。
 
 
「いいのよ、気を遣わせてしまってごめんなさい。こうして生きているだけで奇跡だもの、感謝しなくちゃ」
 
 
 そう明るく笑う優しい王妃が毒で倒れる場面を想像し、いまもなお不自由を強いられている……気づいた時には両目からポロポロと溢れていた。
 
 
「あらあらあら、泣かないでヒナセちゃん」
 
 
 白く綺麗な両手がヒナセの両頬をそっと包み、親指で涙を拭っていく。
 
 
「少し不自由になってしまったけれど、わたくし全然辛くないの。本当よ?それにこうやってヒナセちゃんとお友達になれた事にも感謝しているの、それはいまわたくしが生きているからよ」


 だから泣かないで、と拭うスピード以上に溢れて止まらないヒナセの涙。困ったわねぇと優しく微笑む王妃は嗚咽の合間にぽつりぽつりと何かを呟くヒナセに気付くと顔を寄せ耳を澄ませる。


「っ、ぼ、く…が、もっと早く、」

「ん?」
「ぼく、毒、効かな…、毒味…で、お役に…たてた」
「!」
 
 
 ヒナセの両頬を包んだまま、今度は王妃が大きく目を見開く。

 毒味―――
 
 
「あなたは、いま…陛下の毒味役をやっているの?」
 
 
 まさか、という様子で言う王妃に、こくんと素直に頷き、キョトンとしてしまう。そんなどこまでも無垢なヒナセにショックを受けた表情で「そんな…」と小さな呟きをもらした王妃はスっと息を吸い言葉を呑み込むように天井を見上げる。
 なんで、どうしてそんな顔をするの、とオロオロするヒナセは次の瞬間、王妃に抱き締められていた。
 
 
「え……」
「ヒナセ、よく聞いてください。あなたはまだ子供です。守られる存在です。自分を犠牲にしようとしないで。わかりましたか」
 
 
 そんな事、いままで言われたことがない。
 
 わからない。
 
 
「ヒナセ、わかりましたか」
「……は、い」
 
 
 わかるまで何度も言う、という涙で目を赤くした王妃の真剣さに圧倒され、気付けば首を縦に振っていた。
 
 もう一度ギュッと強く抱き締められ、王妃が王と話をする、というのでその日はお開きとなった。
 

 パタンと閉じた扉に背中を預け、ぽけーっと立ち尽くすヒナセ。頭を撫でてもらうことすら初めてだったヒナセは抱き締められることももちろん初めてで、人の温かさをあんなにも感じる行為に心がぽわぽわし、ずっと地に足がついてないような心地でどうやって自分の部屋まで戻ったか記憶になかった。
 
 
 
 自分は守られる存在…?

 でも、誰が守ってくれる?
 
 王妃様?王様?
 
 わからない…

 また、次、王妃様に聞こう…




 
 ―――だけど、それが王妃と交わした最後のやり取りだった。
 
 
 
 
 
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